「秋介さん、超高速機動を行う際はバイザーとセンサーの設定を変更しなければならないこと、ご存じで?」
「初めて聞いた。教えてくれよ」
「勿論です」
学園で談笑する時や、模擬戦後の反省会の様な和やかさは無い。初めての実戦を迎える俺と箒に、代表候補生の皆は精一杯のレクチャーをしてくれた。セシリアが言うようにまだまだISについて知らないことが多い俺達は真剣に聞いて、少しの疑問も持たないように不安を解消していく。
超高速という事は、それだけ早く景色が流れていくことを意味している。通常時のハイパーセンサーでは処理が追いつかなくなるそうだ。それだけの速度を出せるISはやっぱり高性能で危険なものだと再認識した。
「………これか。うおお、なんかいつもより鮮やかだ」
「そのままの設定で戦闘に移行しても構いませんけど、長時間の使用は厳禁ですので、お気をつけくださいな」
「ああ、分かった。ありがとう」
「織斑」
「よう、ラウラ」
セシリアに礼を言って、この視界に慣れようと軽く動いている所にラウラが来た。
あの模擬戦では散々だったし、タッグマッチトーナメントも俺と皇さんのペアが勝ち進んだものの、なんやかんやで俺達の個人的な決着がつかなかった。ようやく騒ぎが収まった頃に俺から一対一で再戦を申し込んでみたが、頭に血が上っていたからと逆に謝られ、勝負はいったんお預けとなっている。
『再戦か。誘いがあるのは嬉しいが、今は止めておこう。私は生まれてからずっと軍で生きてきた身で、お前はつい数ヶ月前まで普通の中学生だった。勝負は目に見えているし、トーナメントでも私を圧倒したのは皇であってお前ではない。だから、私を納得させられるだけの力を十二分につけて、私に勝てると思った時にもう一度再戦を申し込んでくれ。今現在のお前に勝ったところで、私の気が晴れることも無いし、お前とて不本意だろう? 待つ。そして、いつでも受けて立つ』
結構上から目線という感じがするが、言っていることを間違いだとは思わない。ラウラが言うとおり、この時の俺は勝率0%だと自分でも思っていた。皇さんの助けが入らなかったら、俺はあの時被弾して負けていたはずだ。そんな状態で再戦を申し込んだところで、勝ったところで嬉しいはずがない。実力差は既に分かっているのだから。
ラウラが設けた猶予期間、最大限に活用させてもらおう。その為に、今まで以上に操縦技術やIS関連の勉強に熱を入れるようにした。誘拐事件は俺も悔しい思いをしたし、ラウラが話した世界中の期待を裏切ったという言葉はもう聞きたくない。弱い自分は絶対に嫌だ。アイツは毎日が辛かったはずなのに、常に改善しようと前を向き続けていた。俺はやらない、なんて言えない。
鍛錬を繰り返すうちに、ラウラがアドバイスをくれるようになり、それに合わせて鈴やシャル、セシリアからのアドバイスも増えた。余所余所しさや気まずい場面もあるものの、ラウラもだんだんと1組に受け入れられている。おかげで少し話す機会が増えた。
「くどいようだが、お前はただ福音を追い続けて斬るだけでいい。他はすべて仲間に任せるんだ」
「ああ、防御してくれるのはありがたいよな。大船に乗ったつもりでいくさ」
「それで良い。もう一つだけ、私から言っておくぞ。森宮兄妹は戦闘に関して全面的に信用してもいい」
「森宮は分かるけど、妹の……マドカだっけ? あの子はどうなんだ? セシリアが完全に押し負けていたのは見たけど」
「一夏もマドカも化け物のように強いぞ。ブリュンヒルデ並の実力でなければ太刀打ちできないほどにな」
「ち、千冬姉さんと同レベルってことかよ……!」
「二人が言わなかったので黙っていたが……正直なところ、このような徹底的安全策を取らず、二人に任せていればすぐに終わるような作戦だ」
「マジかよ……俺が頑張る意味って何だ?」
「守ることだ。言っただろう? 安全策でなければ、と。いくら二人でも負傷は免れないだろうし、同じく福音のパイロットも何らかの傷を負う。パイロットの命と、作戦を共にする仲間や学園生の安全を守るために、その剣を振れ。お前だけにしかできないことをやればいいのだ。それ以上の事は求められないし、求める必要も無い」
「俺にしかできないこと……」
「何故抜擢されたのかを思い出せ。“零落白夜”を使えるのはお前だけだ。そうでなければ誰がお前の様な
「でもそれだと、森宮とラウラが怪我をする。最悪、死んでしまうかもしれない」
「そうだ。誰も傷つかず、誰もが幸福で終わるなど理想論だ。ありもしない幻想だ。必ずどこかで不幸が生まれ、傷つく人がいる。だが、それを最小限にとどめることは不可能ではないだろう?」
「……ああ、言うとおりだ。そうだな! 俺はできることをやるよ。零落白夜ガンガンぶっ放して、銀の福音止めてくる」
「『積み重ねてきた努力と時間だけは、決して自分を裏切らない』。私の兄と呼べる人が昔言っていた言葉で、私の教訓だ。忘れるな。今のお前なら、十分にこの作戦を成功させることはできる。信じろ」
「おう!」
こんな感じで、ラウラはとてもいい奴だ。
それにしても、姉さんじゃなくて兄の様な人か。……誰なんだろうな?
*********
「ふんふんふっふふん~♪ ポン酢!」
「……その鼻歌、止めてください」
「え~? 良いじゃん、このリズム。日本古来から伝わるポン酢のCMなんだよ? いいよねポン酢。和風って感じがするじゃん」
姉……束姉さんはテレビで聞いたことのあるリズムを口ずさみながら、紅椿の調整を行っていた。一見、真剣さのカケラも感じられない態度だけれど、姉さんの手は高速でキーボードを駆けまわっている。昔からこういう人だと分かっていても、とうてい理解はできなかった。
「これで良しっと! どうかなー?」
「……大丈夫です。さっきよりもしっくりきます」
「よしよし。ハイパーセンサーの感度上がってるけど、酔ったりしないよね?」
「ええ。最初はチカチカしましたけど、もう慣れました」
「箒ちゃんは今回ISタクシーだからねー。しゅーくん落としちゃったら大事だよー?」
「プレッシャーをかけないでください!」
にしししと笑いながら機材を片付けていく。姉さんの腰辺りまで直径のあるボールへと姿を変えた整備機械はコロコロと周囲を回り始めた。……AIでも積んでるのだろうか?
「さて、ではではお待ちかねの“絢爛舞踏”の発動方法を教えてあげようか」
「お願いします」
「その前にっ!!」
左手を腰に当て、身体を前かがみに傾けてからびしっと人差し指で指される。服装からしてアレなので、完璧にどこぞのアニメキャラの様なポーズだ。もうちょっと歳を考えてほしい。
「ちゃーーんとお願いしてほしいかな?」
「え? えっと……よろしくお願いします!」
「そうじゃなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!」
口を目いっぱいに広げて否定の叫び声をあげられる。耳元までわざわざ移動して叫ばれたので、キーンときた。痛い。
「何ですか急に!」
「違うよ! そうじゃないんだよ!」
「ちゃんとお願いしたじゃないですか!」
「ナッシング! バット! ナンセンス! だよ!」
「ええー?」
よろしくお願いします! の何が悪いんだろうか? 腰を曲げて頭を下げろというのか!? それとも……土下座!?
「はぁ……ねえ箒ちゃん。束さんは誰かな?」
「は? 姉さんは姉さんでしょう?」
「そうだよ。束さんは箒ちゃんのおねーさんなのだ」
「それが?」
「もう! 分かっててやってるでしょ! 束さんはプンスカだぞ! ぷんぷん!」
「いやいや……分かりませんから」
「仕方ないなぁ……。妹がおねーちゃんに敬語で話すっておかしいと思わないのかな?」
「それは………っ!?」
あなたの……姉さんのせいでしょう!
とは言えなかった。敬語を話すな、と迂遠に言われたばかりだったし、いつもヘラヘラと笑ってばかりの姉がとても真剣な表情だったからだ。そして、どこか悲しそうだった。
家族は、姉の開発したISによってバラバラに引き裂かれた。政府によって名前を変えられ、望んでもいないのに何度も転校を繰り返し、秋介や仲の良かった友達と別れる羽目になったんだ、怒るなと言うのが難しい。唯一続けてきた剣道も、いつの間にかストレスの吐き口に変わっていた。そのくせ、姉は姿を現さずに隠れたまま好き勝手し放題ときている。
いつの間にか、私の中では別人へと姿を変えていた。
今まで放っておいた癖に……今になって!
「おねーちゃんおねがーいって言ってくれないと、教えないゾ☆」
「こ、この……!」
真面目なことを話すのかと思ったら……! コロコロと表情もテンションも変えて、忙しい人だな!
「とまあ冗談はここまでにしておいて。……ごめんね、箒ちゃん」
「え?」
「IS開発のせいで、家族バラバラになったこととか、しゅーくんとお別れしなくちゃいけなくなったこと怒ってるんでしょ? 5、6年もそのままなんだから、とっても怒ってるんだよね?」
「………ええ」
「紅椿はそのお詫びだよ」
「これが?」
「そう。今まで空いた時間を埋められるようにって、束さんが持ちうる全技術を詰め込んだハイスペックIS。専用機が無いからって、周りの女の子に遅れることも無いし、しゅーくんと背中合わせて戦えるようにって思ってね。電話をくれなくても、私から届けに行ったよ」
「だから、水に流せと?」
「んー、そう言う事になるのかな?」
卑怯だ。率直にそう思う。
確かに私は嬉しかった。これがあれば他の専用機持ちには負けない、秋介と共に戦える、同じ場所に立てる、一人だけ寂しい思いをすることは無いと、心から喜んだ。
だからって、これは酷い。とてつもなく高価なものだとわかる。もう高いとかそういう次元じゃ無いことも。ISであっても、最新型の第四世代型であっても、私の空白で灰色に染まった時間が消えるわけじゃない。
こんな簡単にポンと渡されただけで、わだかまりが消えるわけがない。
「今更だけどね、家族ってすごいなーとか、大切なんだなーとか思うようになったんだよね。一人暮らしって結構寂しいよ?」
「後悔するぐらいなら、ISなんて作らなければ良かったのに」
「後悔はしてないよ。自分で選んだから。でもね、やっぱり仲良くできるのならそうしたいじゃん。箒ちゃんもどこかでそう思ってるから、電話をくれたんじゃない?」
「それは……」
思ったことはある。姉は自分でこの道を選んだと昔言っていたし、父と母も最終的には納得していた。親戚のおじさんおばさん達は、しょうがないなぁと笑いながら受け入れている。
何年も引きずって、駄々をこねているのは私だけ。子供だから仕方ないって言う人も周りに入るけれど、それは何だか家族を応援していない様な気持ちになって嫌になる。むしろ誇って良いじゃないか、世紀の大発明をした自慢の姉だと言ってもいいくらいだ。
結局のところ、今更になって自分のやっている事が恥ずかしくなった。事は大きい、だけど考える時間はいくらでもあったのに……。さらりとは行かなくても、水に流すぐらいはできたはず。
ここまでしてもらって、専用機が欲しいと我儘を言うだけ言ってハイ終わり、そんなのは……それだけはやってはいけないことだ。
「すこーしずつでいいから、仲直りできないかなぁ~?」
下手にまで出て………。
「ね、姉さん」
「ん?」
「その、絢爛舞踏をどうやって使うのか、教えて、ほしい……」
無下にはできない。
「あはっ! わーいわーい! 箒ちゃんがデレたー! 束さん頑張っちゃおーっと!!」
「………」
若干いらっときたが、いつもの貼り付けたような笑顔じゃないところを見ると、何も言えなかった。
「い、いいから早く! 時間が無くなってしまう!」
「ぶーぶー。まぁ箒ちゃんの言うとおりだし、ちゃちゃっと済ませちゃおうかな。ズバリ! 唯一仕様能力を引き出す方法は、搭乗者の精神状態に左右されるのである!」
「精神状態?」
調子を取り戻した姉……姉さんは指を立てて語り始めた。
「ちょー簡単に言うと、何か一つのことを頭いっぱいになるまで想うこと、だね。それをISのコアが感じとって、共感を呼び、繋がることで発動するの」
「コアと繋がる」
「そう。パートナーのために尽くしたいっていうコアの気持ちが発動キー。だから、それを引き出す事が搭乗者のやるべきことなんだよ。専用機のコアは深いところで所有者と繋がっているから、それが本当か嘘か、どれだけ気持ちを込めているのか、強く想っているのか、ちゃーんと見分けがつくんだからね。いい加減なこと考えてると、嫌われちゃうから」
「な、なるほど。だ、だが、何を考えればいいのか……」
「どうして紅椿を望んだのか? それが一番の近道だよ。きっと紅椿はそれを知りたがっている」
「なぜ、望んだのか……」
やはり、他の専用機持ちの背中を見ることが嫌だったからだろうか? ……何か違うな。それは専用機にこだわらなくてもいい気がする。専用機でなければならなかった理由、やはりISの有無か。そこから生まれる何か……負けたくなかった? ……これも違う。何なんだろう?
………いや、そうか。そうだな。これ以外にない。
「負けるとか、そんなことじゃないな。紅椿、私は、肩を並べて立ちたい。ただそれだけだ。ちっぽけな願いだが、力を貸してくれ」
呟くと、心に広がる温かな気持ち。それが体中の穴から溢れだす様に漏れ出して、機体が光りに包まれる。
視界には、確かに“絢爛舞踏”と表示されていた。
……ありがとう。これからもよろしく頼む。
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午前十一時二十分。各自で準備を終えた作戦参加メンバーは海岸へ集まっていた。既にISを展開しており、見送りで待機メンバーと教員が来ている。
篠ノ之箒は見事絢爛舞踏を発動させた。消費したシールドエネルギーを始め、その他エネルギー系統の回復も成功しているため、篠ノ之箒とサイレント・ゼフィルスは作戦に参加することに決まった。
高速機動にセッティングされた紅椿に白式が乗り、パッケージ『ホロウ・フェアリー』に換装したサイレント・ゼフィルスはステラカデンテに乗ることになっている。『ストライクガンナー』に換装したブルー・ティアーズは速度的にギリギリのために誰も乗せず、俺は急な奇襲を想定して即座に対応できるようにフリーとなった。
最終確認を済ませ、あとは作戦開始時間を待つだけである。
緊張感が周囲を埋め尽くす中、俺は簪様と話していた。
「怪我しちゃ駄目だからね?」
「分かっています。そうそう被弾などしませんよ」
「だといいけど……何だか、嫌な予感がするから」
「そうですか……」
「兄さん、簪の予感はよく当たる」
「ああ」
更識の家は遠い昔陰陽師だったとかいう噂がある。家系図を遡ってもそういった祖先はおられなかったが、そうとしか考えられないと先代の布仏当主は語っていた。先々代楯無様も、先代楯無様も、現当主楯無様も、そして妹の簪様も、それらしい瞬間がある。簪様の場合、悪い予感がよく当たる、だ。今の所的中率は98%を超えていると本音様が仰っていた。予言の域に片足を突っ込む確立である。
簪様が嫌な予感がすると言って、
一層気を引き締めよう。せめて妹と主に被害が及ばないように。
『時間だ』
「……だそうです。離れて下さい」
「うん。………一夏! マドカ!」
「はい?」
「ん?」
「………更識として命じます。必ず、無事に帰って来なさい」
「……必ず」
「任せてくれ」
最後ににっこりと笑って、簪様は旅館へと戻って行った。
更識として、か。
「マドカ」
「何?」
「簪様が命令を下したのは、俺が森宮に来てから初めてのことだ」
「そうなの?」
「必ず無事で帰るぞ。主に泥を塗るわけにはいかない」
「……分かった」
『全員集まれ、最終確認だ』
俺のほかにも皆が待機組と話をしていたところ、織斑先生から集合が掛かった。どこという指定も無いので、全員の中間地点へ歩いて集まり円を作る。
『海岸を出たらすぐに高速機動に入れ。接近中はなるべく森宮兄が前に出るように。カリーナは右側、森宮妹は左側を警戒、オルコットは索敵と背後の警戒を行え。紅椿と白式を囲むように意識しろ』
まるでSPみたいだ。実際、織斑も篠ノ之もVIPのようなものだしな。姉は世界王者と天才科学者ときている。
『織斑は零落白夜を連続使用して一秒でも早く仕留めろ。森宮兄は織斑の援護に回れ。シールドエネルギーを糧にする零落白夜を長く使用する為には被弾を最小限に抑える必要がある。ただし、無理に庇う必要はないぞ、紅椿の補給もあるからな』
「わ、分かりました」
「了解」
『カリーナとオルコットはとにかくかき回して目標のターゲットになれ。織斑、森宮兄への攻撃を最小限に抑えるのが仕事だ。無論、隙あらば撃て。ただし、接近戦は控えるように。最悪巻き添えをくらうぞ』
「了解ですわ」
「はい」
『篠ノ之は後方で待機、目標に探知されず、すぐに絢爛舞踏による補給が行える地点を探って待機だ。自分から攻撃行動には移るんじゃない。指示があれば即退避しろ。酸っぱく言うぞ、お前は戦うな。森宮妹はその護衛、貼り付け。ついでだが見張りも頼む』
「は、はいっ!」
「……了解」
『作戦中はこちらからも状況を確認できるが、ジャミング等の機能を搭載していた場合は通信も状況確認もこちらではできなくなる可能性が高い。基本的には現場に任せる。指揮は……森宮兄、お前が執れ。責任は私がとる』
「了解。最悪、司令部の判断に逆らう場合が出てくるかもしれませんがよろしいでしょうか?」
『その際は帰ってから詳しく話を聞こう。では、時間まで待機。難しいとは思うが、リラックスしておけ』
それを最後に通信が切れた。
………篠ノ之め、何があったのか知らないが浮かれてるんじゃないか?
「頼むぜ箒」
「任せておけ、絢爛舞踏も紅椿も使いこなして見せる」
「ま、本当は絢爛舞踏の出番無しで終わるのが一番良いんだろうけどな」
「私の役割が無くなるではないか」
釘を刺しておくか。
「篠ノ之」
「……なんだ?」
「お前、武装を全部置いて行け」
「なっ!? 何を言い出すのだ!?」
「言葉通りだ。浮かれている新兵なんざ居ない方がマシなんだよ。それに、最初から刀が無ければ攻撃もできないだろ」
「もし襲われたらどうするのだ!? それに、戦えなくなるだろう!?」
「襲われた時のために、わざわざもう一人連れて行くと決まっただろうが。それに、お前の役割は戦闘じゃない、“絢爛舞踏”による白式への補給だ。負傷した機体の修復だって兼ねている。俺が指揮官なら、お前の刀二本を外して弾薬を積ませるぞ」
「武器を持たずに敵へ突っ込めと言うのか!?」
「何度も言わせるな。お前は戦わない」
「私が言っているのは心意気の話だ!」
「展開装甲があるだろうが。絢爛舞踏を自在に使えるのなら、それさえあれば戦えるだろう? 流石に装甲までは剥がせないし、盾を置いて行けとは言えないのでな」
「それは……だが!」
「はぁ」
面倒だ。ああ言えばこう言うタイプだ。それも中身を伴わない感情で押し通す。先生の言うことは聞けて、同年代のアドバイスは無視か。いい度胸だ。心意気の話は分かるが、ここは敢えて逸らす。
両手にバリアンスを展開、右手で織斑を、左手で篠ノ之を狙って即座に発砲した。ここまで僅か0.4秒。
「うおっ!?」
「くぅっ!」
驚いた織斑は後ろへ倒れるように身体を逸らしてギリギリのところで避けた。背中を砂浜に打ち尻もちをついているが、今のが避けられるのなら十分だ。格段に成長しているのが見られる。
篠ノ之は見えたようだが身体が反応できずに三発直撃した。ぐいっとシールドエネルギーが減っていることだろう。装甲には傷一つ付いていないあたりが、流石新型と思わせる。
「あ、あぶねえだろ!」
「貴様何をする!」
尻もちをついた体制のまま織斑が叫び、篠ノ之は怒って刀を抜いて迫ってきた。
「そう、織斑が言うとおり危ない。今のが必殺の攻撃だったらお前は死んでたな」
「じ、実戦では避けて見せる!」
「練習でできないことを実戦でできるものか。スポーツを嗜んでいるのなら、知ってて当然だと思うが?」
「くっ………!」
「まあ避けたとしよう。もしくは当たっても動ける状態にある、仲間が防いでくれた状況かもしれないな。次にどうする? こうやって武器を抜いて突っ込むのか? 自分の役割も忘れて」
「そ、それは………」
「これが、物語っている」
コンコンと、突きつけられている刀をつつく。あえて音が響くように、強めに。
「自分の実力と、与えられた役割、成すべきことをしっかりと把握しているのなら、何も文句を言いはしない。誰も言わん。責められて擁護されないのは、誰が見ても分かるほど明らかな非があるからだ。今のお前は浮かれているよ」
「………」
「篠ノ之、お前がやるべきことはなんだ?」
「………秋介への補給だ」
「そうだな」
キツイ言い方だが、これぐらいでもしなければ分からないだろう。自分の口に出して言えばもっと自覚が出るはずだ。
「それでやる気が出るならそうしろ。だが、絶対に手を出すなよ」
「………わかった」
悔しそうにうつむきながら、そう答えた。
周りが何かを言いたげに俺を見て、オルコットが口を開いたその瞬間、通信が割り込んだ。
『そろそろいいか?』
「……ええ」
『篠ノ之、森宮兄がお前に言ったことは、私が言えと言ったことだ。この作戦に参加させたくなかったところも、そこへ関係している。本分を忘れるな』
「……わかりました」
『では、時間だ。作戦開始、目標を撃破せよ』
「了解。全機稼働、発進準備」
さりげなく俺をかばったのか? いや、実際にそう思っていたんだろう。
短く、それだけを答えてブースターに火を入れる。エネルギーが溜まっていくのを感じながら他機を見る。
ステラカデンテによいしょと呟きながらマドカが乗り、オンブラが身体を固定した。一瞬だけぎょっとした表情を見せるマドカとしてやったりといった表情のリーチェだったが、すぐに気を引き締める。
ブルー・ティアーズは最後の調整見直しを終え、普段とは違うロングライフルを構えていた。俺をちらりと見て、頷く。さっきのことは隅に置く、そう言っている気がするな。
白式が浮いて紅椿の背に乗る。おんぶをするには背部のユニットが邪魔なので、肩と腰に足を乗せてスケートボートのような乗り方で姿勢を安定させていた。織斑は切り替えているようだが、篠ノ之はまだ暗い。無理も無い、気を落としたのは俺だ、できるだけのカバーはしよう。
「IS学園部隊、出撃」
普段の会話通りの声音で呟き、四つのブースターを吹かした。
AM 11:30 『銀の福音撃破作戦』開始
目標到達まで、あと10分