(いったぁ~~)
腕とブレードが折れなかったことが不思議なくらいの力を腕全体で感じつつも、攻める手を止めない。距離をとったら最後、こんな量産機では二度と近づけません。しかし近接戦で一夏様に勝とうなんて泳いで世界を一周することよりも難しい。それは不可能と同義。
生身で勝つこともできないのに、IS戦なんて論外。蒼乃姉様の『白紙』と同等以上の機体性能を誇る『夜叉』とこんなポンコツでは論外の論外の論外の論外の論外の論外の論外。
た・だ・し。勝機がないわけではありません。蜘蛛の糸より細く脆いんですけれど。
ココが学校であること、そして殺し合いではなく試合だということ。何重にも掛けられたリミッターのせいで半分の力も出せない『夜叉』の状態と、学園生だけでなく各国の要人も直に観戦に来ている決勝戦という場が、私の可能性を上げてくれる。
誰よりも私を理解しているが為に手を抜きにくく、でも手を抜かなければならない今が最大の好機。蒼乃姉様が許可を出すのか、もしくは一夏様が自ら吹っ切れるか、そうなったら如何に私と言えども勝ち目はなくなる。大きく成長した織斑さんが時折見せた奇跡も通用しないでしょう。というより元からアテにはしていませんけど。あの金髪さんを足止めしてくれれば十分。
「はっ!」
「おおっと……」
右、左、上、下と縦横無尽にひたすらブレードを振り続けても、掠ることなく避けられ、いなされる。水のように流れる身体を留める事はできず、鋼のような守りは傷一つ付けることはおろか逆にこちらが痛手を負う。
故に攻める。休むことなく攻め続ける。逃げられないように、攻められないように。弾かれる度に手が痺れても、一撃も入れられないとしても、私が出来る事はそれしかない。
「よし」
「……!」
「今度は俺の番だな」
もう見切られたというのですか!? 速すぎます!
「くっ……」
高速で抜かれた武器をブレードでなんとか防ぐ。今までで一番強い衝撃が指、手首、腕、肩を通って全身へ響いた。
四枚の浮遊シールドを上手く操って弾き続けてきた一夏様はここにきて初めて武器を展開した。『LM-ジリオス』……ですね。まだ『SW-ティアダウナー』よりマシだと思うべきか、否か。どちらにせよ望月製の武器はどれもハイスペックで、頭のネジが百本ほど飛んでるんじゃないかってぐらいおかしな設計で有名。ピーキーすぎて需要のないそれらを手足のように使いこなす一夏様はやはり素晴らしいです!
………失礼。
まぁ、危機と言えば危機でしょうか。まだ動きも見えますし、ブレードもしばらくは持つ――
バキンッ!
……持つと思ったんですけどね。
「ようやくか、結構時間がかかったな」
「あら? 安心する暇なんてありますの?」
「お前がしてくることにイチイチ驚いて突っ込んでたらキリがないんでな。考えない」
「そう言われると、驚かしたくなりますわ」
ぽいっと折れたブレードを捨てて、スペアを取り出す。展開しておいて思うのも可笑しな話、このブレードは大した意味を持たない。何度も何度も振りぬいて折れなかったのは一重に一夏様が防ぐのではなく、流していたから。たったの一合で折れたのは『ジリオス』での攻撃を受けたから。
『ジリオス』はただの刀ではなく、刃の部分が“ニュード”と呼ばれるエネルギー体で覆われており、切れ味を増している。『雪片弐型』が刀身を二つに割って完全なビームの刀身に切り替わるのに対して、『ジリオス』は刃を覆うようにニュードが発生し、刀としての形を崩さない。勿論物理刀としても扱える。
この“ニュード”。実はかなり危険な物質なのですけど、兵器化するあたり流石望月と言ったところですか。
とにかく、普通のBT兵器とは違った物質“ニュード”を使用した『ジリオス』は、オルコットさんの『スターライト・MkⅢ』以上の威力を秘めている。現在のブレードを始めとした武器、装甲はBT兵器に対してある程度の耐性がつけられており、たったの一撃で武器破壊までいくことは無いんですけど……。
「11本目。どうした? もう終わりなのか?」
「分かっているくせに……いやらしいお方」
やはりというか、一撃しか持ってはくれませんか。………いや、バターのように溶かされて盾にすらならないよりはマシと考えましょう。
「だろ? という事で俺は諦めろ」
「まさか! そんな可愛らしい一面も素敵です!!」
「か、可愛らしいって………はぁ」
むぅ、肩を落としているにも関わらず、一撃も入れられません。こうして考えている間も会話している間もずっと攻撃しているというのに……悔しいですけど、やっぱり一夏様は素晴らしい方です。
ただでしてやられるつもりはありませんけど。それでは“戦略級”の名が廃れます。
「そろそろ終いだ」
「できるとお思いで?」
「思ってない。が、ここで決めないとメンドクサイ事になりそうだからな」
「あらあら。私の事を分かっていただけて嬉しいです」
返事は無く、答えは構え。鞘は無い為威力は衰えるだろうけど、腰だめに『ジリオス』を構える姿は抜刀術。
“刀
雑学ですが、更識に伝わる剣術は拳術でもあるとか。同じ“鼬”でも、“刀剣”と“刀拳”があるとは聞いていましたけど……真でしょうか? 気になります。
ま。それはさておき、集中しなければ。
………。
向こうが気になりますわ……。
「ふっ」
「!?」
緩んだ隙を……!
なんて
架空の鞘から放たれた『ジリオス』は高速で私に迫り、ぴたりと止まった。刃の先には、私の………
…………なんて奴。
考えごとをするなんていう誘いを受けてみたらこれか。
試合とはいえ、戦闘中に
勝敗条件は相手チームのシールドエネルギーをゼロにすること、気絶等の試合続行不可能な状態になること。後者はやり過ぎると反則を飛び越えて説教では済まなくなるので、殆どは前者で試合は決めること、もはや不文律のようなものだ。世界大会であるモンド・グロッソのルールブックにも、展開を解いたら失格、なんてものは書かれていない。勿論、今回の試合でもそうだ。ただし、非常に危険。
放ったのは“刀剣・鼬”。それが桜花――ラファールの胴体部分を斬り裂こうとした瞬間、桜花は胴体部分のみの展開を解除した。ISの一部を展開する部分展開の真逆、部分解除。
展開していなくても、ISは操縦者を守ってくれる。ただし、それは怪我をしないという意味合いではなく、死なないという意味。ISのエネルギーを上回る攻撃には耐えられずに威力は貫通し、決まって操縦者は大きな怪我をする。余りにも大きすぎる場合は死ぬ事だってありえる。“ニュード”ならもっての外だ。
桜花はそれを知っている。分かっていてやって見せた。『ジリオス』を寸止めすることを分かっていたんだ。逆にそこまでしなければ、俺に一撃を入れる事はできないと判断したということでもある。
呆れてモノも言えない……。
《なんて危険な事を……!》
珍しく『夜叉』も怒ってやがるよ。
「死ぬぞ」
「死にません。止めると分かっていたのですから」
「そこまでして勝ちたいのかよ」
「勿論です!」
だらりと垂れ下がった左手は俺に向けられ、ライフルが握られていた。ライフル……と言うよりはマスケット銃だな。流石に木製のパーツは見られないが、限りなく似せようとしているのか、茶色に塗られているしわざわざ木目も付けられている。装飾は無し、スコープなどのカスタムパーツも見られない、ISの武装とは思えないほどアンティークな雰囲気があり、飾り気も無くシンプル。トリガーから数センチ離れたところにマガジンが取り付けられているのがよく目立つ。
どこかで見た覚えが……気のせいか?
「私に専用機はありません。ですが、使い慣れた武器ならあります。ご存じなのではありませんか?」
「………見たことはないが、聞いたことはある。随分古風な銃を改造して使う酔狂な奴がいる、と」
「くすくす。そうですね、実に酔狂な奴です。威力も射程も劣るというのに。ですが気に入っているのですよ。手を加えたとはいえ、変に機構化されていないシンプルなこの子が。まあこれはIS用なので機械100%なんですけど」
桜花は銃口を俺から逸らし、両腕で愛でるように抱きしめた。
「望月に頼んで私が実際に使用しているこの子を
槍、ステッキ、ロッドのようにクルクルと銃を回し、もう一度俺に銃口を向けて引き金に指をかけ、俺に向ける。
「ご紹介します。私の相棒、『
その銃口から覗く先は、とてもどす黒い。試射の必要は無い、という事は使ったことがないということ。望月がいつ作成し、いつ桜花が入手したのかはわからないが、今日のこの日まで触れることは無かった。にも関わらず、感じる。一度も弾丸を撃ち出したことのない銃から、血のニオイを。
一瞬だけ、背筋が凍った。
「俺には名乗るほどの武器は無いな。言うなら、ISそのものが相棒だ」
「専用機ですからね。それが当然でしょう。故に、ここからは更に過激に参りますよ」
「来い」
「行きます」
桜花が『桔梗』を振りかざして真正面から向かって来た。どう考えてもマスケット銃で俺を殴るようにしか見えない。大丈夫なのか?
………いや、型にはまるな。そんな考えは無意味だ。
遠慮せずに『ジリオス』を振り抜く。触れたものを切り裂くその刃は、嫌な予想通り『桔梗』に阻まれた。同じ望月製だし、背筋が凍るほどのプレッシャーを発したこの銃を簡単に切れるとは思わない。
力の限り押し合い、火花を散らせる。ふっと力を抜いても、分かっていたように桜花にも力を抜かれて体を崩せない。ガードが異様に固いな、まるで別人だ。どうしたものかな……。
《マスター!》
「……!? しまっ――」
突然の『夜叉』の警告。ほんの一瞬だけ気を緩めた俺を桜花が見逃すはずはなく、手痛い反撃をくらった。
『桔梗』をステッキのようにくるっと一回転させ、鍔競り合いをしていた『ジリオス』は巻き込まれて彼方へと飛ばされた。
これには結構驚いたが、素早く頭のスイッチを切り替える。新しく武器を展開するか、距離がとれるまでシールドで防御するか。迷わず後者を選んだ。武器を展開しても弾かれるだけだし、今の桜花に射撃戦は分が悪いと思われる。それだけの迫力がある。それに、俺は素手の方が強い。
背中にまわしていたシールド全四枚を前に移動させ、視界を遮りながら身体を守るようにひたすらランダムに動かす。迂闊に撃てば角度を調整して反射できるように準備しておく。正確に銃弾を狙った場所に命中させ跳弾で攻撃する“
あえて一発の銃弾が通れる隙を作る。普通に見てはわからないぐらいの小さな穴を自然を装って。桜花は……乗った。
前方三枚のシールドを通り抜けた弾丸を四枚目で弾く。勢いを殺さずに進行方向を変え、残ったシールドで軌道を調整して桜花へ向けて弾き返した。速度は幾分か落ちているが、まだまだ捉えにくい速さだ。命中する。弾を追うように前進して拳を握り、どこでも狙えるように目を凝らした俺が見たものは、さらに弾かれた弾丸だった。
(どこから……!?)
シールドを前面に押し出していたのが裏目に出た。視界が制限されて肝心な場所が見えづらい。ただし引くわけにもいかない。このまま攻める。
次の瞬間、身体がくの字に折れるほどの衝撃が腹に響いた。
「ぐっ……!」
追い打ちをかける桜花の『桔梗』をシールドで弾いて距離をとる。まだ痛む腹を抑えながら桜花を視界に入れた。
「……二丁だったのか」
「私としては『桔梗』までしか使わないつもりでしたけれど、一夏様はそこまで甘くありませんし、ありのままの私を知っていただきたくて、つい……ふふっ」
弾かれた弾丸も、俺へのカウンターも説明が付く。
なんてことは無い、皇桜花は二丁の銃を使いこなしている。
右手には『桔梗』。近くでも振り回していることから、メインがこちらだと思える。そしてさっきまでは無かった銃が左手に握られていた。
『桔梗』が中世を想像させるクラシックなマスケット銃、対して左手の銃は現代では見慣れたグレーのシンプルな自動拳銃だった。銃身下部にはナイフが取り付けられているので、こっちでも近接戦が出来るってことか。
「こちらも私の相棒、『
「……それが、お前本来のスタイル」
「はい」
「さっきの射撃は左手の『忍冬』か?」
「ええ。こちらも望月製で、徹甲弾を使用しております。勿論、『桔梗』も」
どうりで効くわけだ。装甲が薄いとはいえ、『夜叉』の装甲は特殊なものを使用している。ただの弾丸じゃあ傷をつけられない。だが、使われた徹甲弾と銃は、内側にまで衝撃を届かせるほどの威力を叩きだせる、か。
流石、桜花だな。
「そろそろ俺も攻撃しないとな、このままだと負けそうだ」
「そのままやられてくださいな。すぐにでも嫁に参ります」
「お断り、だ!」
「そんなに恥ずかしがらなくても……」
「ポジティブな奴め……」
嫁がとうとか、結婚がどうとか、勝手に決められては困る。何より姉さんが怖い。これ以上はいい加減面倒……手間がかかるので終わらせよう。さっさとぶっ飛ばしてベアトリーチェのフォローに行かないと。
取り出しますは『炸薬狙撃銃・絶火』。銃の破壊は難しいが、弾くならお釣りがくるほどの威力がある。桜花なら炸薬弾を撃ち抜いてきそうな物だが……。速度ならこっちに分がある。こだわらずに攻める。
俺より少し高い位置に滞空している桜花をスコープ越しに捉える。視界いっぱいにラファールが広がった。
だが、俺が注目したのはその向こう側。
《しつこい相手ですね。また来ますか……》
桜花の背後、アリーナの外、更に上空に複数のISを見つけた。そしてこっちへ向かってくる。
「桜花! こっちに来い!」
「!? ………これは、敵!」
間もなくソレは電磁シールドを突き破って侵入してきた。
なんとなく皇桜花のモデルがわかったんじゃないかなーと………