一人暮らしをしたことはあるだろうか?
静かで、誰にも邪魔されずに自由に過ごすことができる。
そう、思っていたんですがねえ?
――なんかごめん。
――止めても聞かないから諦めておくれ。
世は無常也。
異世界での暮らし方 第28話
「お、に、い、さーん!」
「はいはいおはようさん。今日も元気でよろしい。でも玄関は静かに開けような」
「はーい」
今日も今日とて妹分がやってくる。
この子、ほぼ毎日やってくるけどええんか? 人里で布教してるんは知っとるけど、こう、他にすることないんか。
コチャーが玄関を閉めて、ここが我が家であるかのように違和感なく店舗スペースから奥の居間へ足を勧め、当たり前のようにお湯を沸かしお茶を入れようとしているのを眺めつつ、そんなことを考える。
はて、何でそこまで我が家の配置を把握してんのこいつ?
「お兄さーん、そろそろ茶葉がなくなりそうですよ」
「あれ、そうなん? いつもならもっと保つんやけど」
何でやそんなに飲むペース早くなってたか?
今日もお兄さん好みの濃さですよとコチャーが渡してくれたお茶を飲みつつ原因を考える。
たしかに最近知り合いが来ることが増えたけど、そんな早くなくなるほどではないよなあ。
「んー、今日もいい濃さで淹れることができました!」
「せやなあ。完っ全に好み把握されてるんやけど」
「そうでしょうそうでしょう。どうですかこの完璧な妹力」
「だから妹力ってなんなん」
「そして、これ、お兄さんも大好きなお店のお煎餅です!」
そうそう、この煎餅がこのお茶に合うんよね。でもその事をお前さんに言ったことあったっけ?
言ってたとしても、店の場所まで伝えたことはないはずやけど。
「教えてもらったことはないですけど、常備されてますし、そのお茶と一緒に食べている頻度が高かったのでどこのお店か調べてみただけですよ?」
今日はようやくそのお店を見つけることが出来たので、布教の帰りに買ってきたとコチャーは言うが、たしかあのお店、開店するかは気分次第だったはずなんやけどなあ。具体的には店主の腰の調子次第。梅雨の時期はほとんど開いてない。
ええんかそれで。いや、美味しいけど。
「ようやく買えました!」
「察した」
「でもこの煎餅の為ならやむなしです。お兄さんこそ、よくこのお店見つけましたね」
「あぁ、そのお婆さん、うちのお客さんなんよ」
買ってくの、ほぼ毎回腰痛用の商品やけど。たまにボケ封じのも買ってくから、あの店後継者が見つからんかったら潰れるかもしれんなあ。
そういや子供さんとか、お弟子さんとか見たことないなあ。本格的にあかんのちゃうこれ?
「今のうちに買い貯めしておきます?」
「しても湿気てまうから保存できへんやろ」
「お兄さんが永久保存とでも書けばなんとでもなると思うんですが」
「コチャー、お前頭ええなあ!」
「おや、珍しくお兄さんが素直に褒めてくれましたよ! これは記念に今晩の料理は豪華にしましょうそうしましょう」
コチャーが上機嫌で何を作ろうか悩みだしおったけど、そんなに褒めてなかったっけ?
そんなことないよなあ。褒める時は褒め……てたの幻想郷来る前かー!?
そういえばこっち来てからテスト勉強とかないから褒める機会減ってるわ、うん。
あれも作りたいこれも作りたいと未だにウンウン唸りながら悩んでいるコチャーの頭を撫でつつ、これからはもうちょっと褒めていこうと決意。とりあえず今日の料理はしっかりと褒めよう。さすがに罪悪感がですね……
「ななななんと、頭を撫でてもらえるご褒美まで!? デザートもつけてしまいましょうか!」
「テンション高いなあ。とりあえず落ち着こか」
「大丈夫です落ち着いています私は冷静です」
「それ大丈夫じゃないやつのセリフや」
「お兄さんがいけないんですよ。なんですかツン期が終わったツンデレですか。デレ期突入ですか。ようやく神社で同居始めますか!?」
ツンデレちゃうし、ツン期とかないし、同居はせえへんというかお前さん既にうちに入り浸ってないか?
勢いよく立ち上がって、こちらに詰め寄ってくるコチャーの顔を手で押し返して座らせようとしとるんやけど、なんやこいつこんな力強かったか?
全然押し返されへんやん。むしろこっちが押され気味?
「コチャー、ステイ」
「はい!」
おとなしく座り直してくれたので、ひとまず財布を取って冷蔵庫の中身を確認する。
多少の肉と野菜はあるけれど、何か豪華なものを作るには足りないってとこやな。
コチャーを見ると期待してる目でこちらを見てとるし、これでいつも通りのを作る言うたらがっかりさせてしまうわな、うん。
「よし、人里に買い物いこか」
「らじゃー!」
なお、道中何を血迷ったか襲いかかってきた妖怪や妖精がおったけど、全てハイテンションなコチャーによって吹き飛ばされたことをここに記す。小型の台風かこいつ。
「あれ、母上?」
「母上!?」
「おや、帰ってきましたか。いつもなら居る時間なので、遠出しているかと思い帰るところでした」
「慣れたやりとり!?」
人里で予算の許す限りの買い物をして我が家に帰ると、そこには待っていてよかったですねと微笑む母上が。地獄で沙汰を出すのに忙しい母上がこっちに来るとは珍しいやん。何かあったっけ?
そして、あの人どこの誰ですか向こうでもお母様とはお会いしたことないんですよと鬼気迫る表情で迫りこちらを揺するコチャー。落ち着け落ち着けとりあえず揺するな視界が揺れゆれユレれれれ。
「吐くわボケェ!」
「あいたあ!」
とりあえず初手コチャーの頭叩く。相手は正気に戻る。
ポイントは身長の差を利用して斜め上から手を振り下ろし適度に衝撃を与えること。強すぎると脳細胞潰れてしまうからやめとこな。
「いきなり相手の頭を叩いてはいけませんよ」
「これツッコミやから大丈夫セーフ!」
「それならいいのですが」
「それでいいんですか!? いえ、私はお兄さんにかまってもらえるならいいんですが」
「むしろお前がそれでええんか!?」
「何か問題が?」
いや、お前さんがそれでええならええんやけど……ええんか?
どこで育て方間違えたかなあ。でも、向こうにおった時はここまでじゃなかったし、やっぱあの神様のせいやな。
おや寒気。
「秋、あなた何か変な存在に喧嘩でも売りましたか?」
とりあえず変な干渉があったので払っておきましたが、と母上が事もなさげに言う。いや実に頼もしい母上やなあ。
……え、何それここの結界ぶち抜いて干渉してくるんかあの神様ズ。こっわ、結界強化しよ。
で、なんやコチャー。そんなつっつかんでもええやん。
「お兄さん?」
「おーけーおーけー、こちらのクールビューティーな女性が母上。三途の川飛び越えて地獄にヒーロー着地してから保護者になってもらっとる大恩人」
「私が秋の母です。もし幻想郷から離れることになっても親と思ってくれていいんですよ?」
なぜかドヤ顔で胸を張る母上と威嚇するコチャー。
「で、こっちが幻想郷来る前にできた妹分のコチャー」
「私が、妹の東風谷早苗です! 今後ともよろしくお願いしますお母様」
何故か勝ち誇った顔して胸を張る妹分と、悔しげにコチャーの胸部装甲を見る母上。えっと、その、母上?
「包容力がある私なら、お兄さんを包み込むことできますよー?」
そう言うとこちらの頭を胸に抱こうとするコチャー……を避けてその口に煎餅を3枚ほど突っ込む。
「はいはいそこまで。何でいきなり母上に喧嘩売っとんねんお前は」
「む。喧嘩を売られたとは思っていません」
「はいはい、そういうことにしときましょ。母上もお茶飲みます? 手抜きやけど」
「お兄さん私と扱い違いませんか!?」
『美味しいお茶の入ったヤカン』と書かれたヤカンにお湯を淹れようとすると、突っ込まれた煎餅を食べきったコチャーが叫ぶ。食べるの早ない? いい煎餅なんやからもっと味わって食べたらええのに。
マザコン、このマザコン、と叫ぶコチャーを放置してとりあえずお湯淹れて、と。湯呑の数あったかいな? あの魔女どもに使ってるやつは専用やからーー一応あるわ。良かった良かった。
「いつか親離れして巣立っていく母親よりも、いつまでも、そう、死ぬまで離れることのない妹の方がお得ですよ!」
「そんなアピールの仕方は予想外やわ」
「あの、秋? さすがに昼間からお酒飲ませて人里を歩くのはオススメできませんよ?」
「飲ませてへんよ!?」
人里まで5分とはいえ、妖怪と遭遇することもあるんですよと心配する母上。いや、それはそうなんやけどな?
「私が傍にいてお兄さんに怪我をさせる訳がないじゃないですか。それはさすがに怒りますよ?」
「ほう?」
そして、急に真顔になってカッコいいことを言う妹分。できるなら普段からそうしてくれんかねえ。
母上はそんなコチャーを驚いた顔で見つめている。そして、何か納得したんか頷き始めた。今のどこに納得できる要素が?
でもってなんでコチャーは自慢げな顔をしてるんや。
「及第点、としておきましょうか」
「何が及第点なんや……」
「もっと高評価でもいいんですよ?」
「あなたは少し調子に乗りやすいのが欠点です」
それでも、秋よりは妖怪や異変にも対処できるでしょうと言い、母上は安心した表情でお茶を飲んで顔をしかめる。
どうせ手抜きしたお茶やのに美味しく感じられるのが納得いかんのやろ。ごめんやけど慣れてとしか言えん。
「この店から出る時は、できるだけこの少女か博霊の巫女と一緒にいるように。そうでないと、また巻き込まれたり食べられたりするかもしれませんよ?」
「こいつらと一緒にいる方が巻き込まれそうなんやけど」
「お兄さん単独でもそれなりの巻き込まれ率だと思います!」
「そんなことないですー。厄神様に厄払いしてもらっとるからお兄さん単独だとそこまで巻き込まれませんー」
「その結果、厄神様でも祓えないどぎつい厄が残って巻き込まれているんじゃないですか?」
「あんまし見たくない現実叩きつけるとお兄さん泣いちゃうよ? いやまだ泣いてないから母上も頭撫でなくていいですから。いや、ちょ、恥ずかしいから! コチャーも撫でようとすな!」
振りほどきたいけど母上相手にそんなことはできへんし、妹分は妹分でこっちが身動き取れへんのをいいことに撫でてこようとするし、ほんまにもう!
とりあえず撫でてこようとするコチャーの頭を身長差利用して押さえつけて妨害して、と。
「やっほー、秋。御先祖様が様子を見にきたよー。手土産に竹林て狩ってきた猪もある……よ?」
「あー、これはアカン。さらに面倒くさくなるやつや。お兄さんは詳しいんだ」
玄関が開くと同時に元気な御先祖様が登場。
服が汚れてないから、今回は姫さんと殺し合いはしてへんみたいやな。毎回うちで洗濯したり修復することなるから、いつもこうであってほしいわ。
で、母上とコチャーを見て固まっとる、と。
続いてこちらの頭を撫でようとしていたコチャーさん。御先祖様の声を聞いて撫でようとするのをやめ、御先祖様を視界にいれて固まっております。
そろそろ動き出すんちゃうかな。あぁ、面倒くさい。
「なんか人増えてるー!?」
「また女性の方ですかー!?」
「とりあえず気絶させるか、記憶失わせるのは有りやろか?」
「当然無しですおバカ。有罪になりますよ」
「ですよねー」
これどうしたらええねん、教えて神様。
書いてと言われて、鬱々した日々の隙間にチマチマと書いていたのですが、三連休でそんな日々から開放されたので、なんとか書き切れました。
珍しく休日出勤がない三連休でした。
盆休みはないので更新は一年後くらいです。