意識を失ったコチャーを背負い、社へ続く階段を登る。
ひたすら昇る。
無心で登るる。
登り続ける……そろそろ着きませんかね。こいつ昔と違って重い。
異世界での暮らし方 第26話
コチャーを背負いながら階段を登り続けるものの、流石にこれはしんどい。もう何十段目かなこの階段。
「いい加減起きろやコチャー」
「起きてますよ?」
「落としてもええかな妹分?」
「いーやーでーすー」
起きてたわコイツ。寝たふりとは図々しくなったやないの。
このまま背負っていくのはしんどいから、コチャーをおぶっていた手を離して地面に落とそうとすると、こちらの体の前に垂れている腕を首に巻きつけてしがみついてきおった。
ああもう、無駄な抵抗せんとさっさと自分で歩かんかい!
「さっきお兄さんが地面に何度も叩きつけてくれたんで、体が痛くて歩けませーん」
「めっちゃ元気そうやなお前!」
「あー、叩きつけられたところが痛いなー」
「こ、このやろう」
白々しく背中が痛いと訴えるコチャー。
痛いから社までこのままおぶって行けと言う。
言っておくけどなあ、念の為『回復』と書いて治療したんやぞ、おい。
ああこら、横向いて吹けない口笛せんでええから。お前さん髪の毛長いんやから、こっちの顔にかかってくすぐったいっての。
「それにほら、女子高生を背負えるなんて役得ですよ?」
「副会長の方がデカかったぞ、と」
「んなっ!?」
何でそんなこと知ってるんですかとコチャーが騒ぐが、あいつサブミッションもこなせる暴力肯定型女子高生やぞ。そら嫌でも知ることになるって。
だから腕に力込めて首絞めるのは止めよう、あれは不可抗力だ。
「少しは、照れたら、どうなんですか。この、鈍感、にぶちん!」
「だからさっきからさっさと降りろと言うてるやろどあほう!」
せっかく気づかないフリまでしたんやから、その間に降りて欲しかった。
て、何で嬉しそうに笑って体押し付けてくるかなこの娘は!?
お年頃の女の子なんだから、もうちょい恥じらい持ちなさい、恥じらいを。
「副会長さんより小さいのに動揺するんですか?」
「あー、それでも平均的なサイズよりは大きいんちゃうの? 平均値なんて知らんけど」
「もちろん平均より大きいですよ」
「……そうやって兄の反応見るの楽しい?」
「はい、とっても!」
イイ笑顔ですねこのやろう。返せ。昔の純朴で可愛かったコチャーを返せ!
誰やコチャーをこんな打算や人の動きを計算して行動できるようにしたんは。こう、もっと何も考えず発言する天然なとこが可愛かったのに!
それが今ではこうやって、ニヤニヤしながらオレの反応見る余裕までありますがな。
「もうすぐで社に着きますから、もう少し頑張ってくださいお兄さん」
「このまま背面跳びして階段を滑り落ちたろか」
「ちょっ、なんて危ない事考えるんですか!?」
オレは身体能力強化してるから滑り落ちても多少痛いだけやけど、コチャーはそれだけじゃ済まないだろうなあ。
さっきも背中から地面に強打してるし、ダメージさらに倍やな!
その事に思い至ったのか、コチャーがこちらの肩を揺らしながら実行しないですよねと必死に話しかけてくる。さて、どうしよか?
ふと下を見ると、延々と続く階段。結構上ってきたなあ。これでも、あいつの家までショートカットしたのにまだ着かんか。もう10分以上は登ってる気がするんやけど。
「もう少しで着きますよお兄さん、というか、飛べば早いですよ?」
「普通の人間は空を自力で飛べません。これ大事」
「お兄さんが普通?」
「よし落とそう」
「キャーっ」
こいつ全然怖がってねえ!
キャーとか叫んだのは最初だけで、後は笑いながらしがみついてくるだけやん。
どうしてこんな風に育ってしまったんかなあ。
「まあまあ、境内まではあと少しですから」
「ホンマかいな」
「本当ですって。あの階段登れば到着ですよ」
それでもあと数十段はありそうなんやけどなあ。
しゃあない、我慢して背負って登ろかねえ。降ろそうとしても抵抗されて、無駄に疲れるだけやし。
「背負っていったるから、感謝するように。具体的にはこの後での飯を所望する」
「お酒もありますよ?」
「用意ええなあ、こんちくしょう!」
「と、到着!」
あれからコチャーを背負ったまま階段を登り、ようやく境内に着くことができた。いくら体力などを強化していても、人を背負って登るのはしんどい。
「お疲れ様でした。それでは喉も乾いているでしょうし、お茶でも淹れてきますね……あれ?」
「ありがとさん。ついでにとっとと降りてくれると助かるわ。しんどいから座らせてくれ……お?」
コチャーが変な声をあげて固まったので、なんだと思ってコチャーの指し示す方を見ると、紅白と知らない人が熾烈な弾幕ごっこを繰り広げていた。
いや、人というかいつものパターンだと妖怪か。でも、ここ神社だし妖怪な訳ないか。
紅白の神社はよく妖怪が酒飲んどるけどな、あれは例外やろ。たぶん。
ところで、紅白と別れてから今までそれなりの時間があったんやけど、もしかしてずっと弾幕ごっこ続けてるんか?
「あの紅白と長時間やりあうとか、やるなあ、あの人」
「ええ、まさか神奈子様とやりあえる人間がいるとは思いませんでした。彼女は本当に人間ですか?」
「ん?」
「あれ?」
何かがおかしいとコチャーと顔を見合わし、同じタイミングで首をかしげる。
あれ、コチャーの知り合いか?
様付してるぐらいだから、もしかしてもしかするとコチャーとこの祭神かあの人!?
「おい、妹。あっこで紅白とやりあってるのがお前んとこの神様?」
「あ、やっと分が抜けましたよ。じゃなかった、そう、そうなんですよ! で、あそこで神奈子様とやりあってるのが――本当に人間ですか?」
「知らんのか? 本気になった紅白は、弾幕ごっこなら妖怪にも神様にも負け知らずやぞ」
「なにそれ怖い」
「神様の方が怖いやろ。常識的に考えて」
こうなってそうだったから、のんびりと階段上がったり、コチャーとくだらん話して時間遅らせたのに意味なかったやんけ。
階段を登り終え境内に入ると、紅白がえらい威厳のある人と勝負をしていた。コチャーが言うにはその人がこの神社の神さんらしいけど、とうとう現代でも信者のいるような有名な神様ともやりあえるようになってしもたんか。今後はあいつの機嫌損ねんようにしよ。
「で、どうするよ?」
「さすがにあの弾幕ごっこの中に乱入はしませんよ。私も疲れてますから」
「疲れてなかったら乱入してそうよね、君……ん?」
あれ、今神様と目が合ったような。
と思ったら何やら紅白に向かって待ったとばかりに手を挙げて話しかけている。
「おい、お前んとこの神さん、何か弾幕ごっこ中断して話し掛けてるけど?」
「いったいどうなされたんでしょう? 神奈子様は軍神なので、勝負に水を差すことはなされない方なのですが」
コチャーが首をかしげていると、向こうの話し合いが終わったようで、何やら神さんが後ろにあるでっかい柱を……え?
「コチャーバリアー!」
「え、え、え!?」
神様がこちらにぶっとい柱を投げつけてきたので、咄嗟にコチャーを盾にして防いでしまった。
そして、コチャーは迫り来る柱を、自分たちの周りに風を巻き起こして弾いてみせた。
この妹分、こんな事出来たんやねえ……よく今まで吹っと飛ばされんかったな、過去の自分。
「いったい何してくれやがるんですかこのバカお兄さん!」
「あんなもん投げられたら、つい近くのもんで防ごうとしてまうやろっ」
「だからって大切な妹を盾にするのはどうかと思います!」
「お前さんとこの神さんなんやから、お前さんがどうにかするべきやろー」
「それは、たしかにそうなんですけど……」
「ああ、ただしオレから離れるなよ」
「また盾にするつもりですかっ!」
「あー、ちょっといいかい?」
コチャーと口論しとったら神さんが口を挟んできたので、コチャーと共に後にしてくれと伝えて再び口論を始める。
何か神さんが俯いて震えてるけど後や後。まずはこの確実に柱を吹き飛ばせる盾を確保せんとな。
ということで、コチャーの肩を掴んで確保する。逃がさへんよ?
「あー、うん、よし。そこの人を無視してじゃれ合っている2人」
「ですから」
「後にして言うてるやろ」
「まとめてお説教だよ!」
何故か突然神様が怒ったのでうわあと叫んでコチャーを盾にし、コチャーもうわあと叫んで風を巻き起こす。
この神様、言うたとたん弾幕ぶちかましてきおったぞ、おい。
なんて短気な神様だ。武神やったらこっちの準備が整うまで待ってくれてもええやん。何この神様外道ぎみですか。
弾幕はコチャーの風でかき消せたものの、バイオレンスな事をしでかしてくれた神様をコチャーと共に恐れおののいて見つめる。
「躊躇なく妹を盾にするお兄さんも、そうとう外道ですけどね」
「盾が喋る訳ないから聞こえんなー」
「ひどいっ!」
「あんたたち余裕だねえ。もっと激しくしてみるが耐えられるか!」
「ちょ、ちょっと神奈子様何考えているんですか!?」
神さんが宣言通り弾幕の密度を濃くすると、それに慌てたコチャーが前に出て弾幕を放ち応戦し始めた。
すると、だんだんオレとコチャーの距離が開き始め――
「そっちが隙だらけだよ!」
「あっ」
――神さんが盾のいなくなったオレに向かって投げた柱が腹に直撃した。
「うん?」
「お、お兄さん!」
「あー、早苗。なんであいつは何もせずに喰らったんだい?」
「あの、神奈子様。お兄さんは弾幕ごっこ出来ないんですが」
「……え?」
「あー、痛かった」
「え?」
柱が腹に当たった痛みから開放され、ようやく立ち上がれるようになって周りを見ると、何故かコチャーと神さんが唖然とした顔でこちらを見ていた。
いったいどしたん? あれ、普通ここは安心するとこちゃうかね。
首を傾げて不思議がっていると、物騒な物を投げつけた張本人の神さんが恐る恐る話しかけてきた。
「なんとも、ないのかい?」
「いや、痛い言うてますがな」
「お兄さん、何で無事なんですか?」
「だから、痛かった言うてるやん」
「いやいやいや、普通、神奈子様の御柱が直撃したら最低でも骨が折れてますよ。なんで痛かったで済んでるんですか!?」
コチャーが訳が分からないと叫んでいるけど、むしろそんな危険な物を一般人に投げつけるとかお前さん正気かと、神さんに聞きたいのですがオイ。
それに、一応被害出とるんやけどな。
「ほら、コートのボタン1個ちぎれてるやろ?」
「それだけかい!?」
神さんが驚いとるけど、これでもかと文字書き連ねて要塞並に固くなったコートが傷つくってよっぽどやからな?
あの鬼と殴りあった時でさえ、コートは無傷やったのにどうなっとんねん。
あ、コチャーが紅白に話かけとる。あいつが敵認定した相手に自ら話しかけるなんて珍しいなあ。
昔はオレや家族に怒られん限りはそんな事せえへんかったのに。これが成長ってやつか。
「あの、お兄さんはいつからあんな規格外になったんですか?」
「最初からあんなんだったんじゃないかしら」
おい、お前ら。風巻き起こせるコチャーや、鬼にも勝てる紅白ほど規格外ちゃうわい――いや、そんな疑う目でこっち見られても。
「余所見していいのかい?」
「アイター!」
コチャー達の方を見ていたら、神さんに柱叩き込まれて再び地面を転がるハメに。
あー、痛い痛い。コートが頑丈だからって、中の人も頑丈と思うなよこのヤロー、バカヤロー。
あぁ、あかん、胃の中身吐きそう。でも吐いたらもったいないオバケがやってくるから我慢せんと。あいつしつこいからなあ。
「いや、どうして痛いで済むんだい。もうこうなったら泣くまでひたすら御柱を叩き込もうか」
「鬼かアンタは」
「神様だよ」
「せやったせやった――コチャー、この神さん怖い助けてえ!?」
「ところで霊夢さん。うちのバカお兄さんがご迷惑おかけしませんでしたか?」
「そんなことはないから、あげないわよ」
おい妹、今露骨に目と話題を逸らしたやろ。て、うおっと。また柱飛んできおった。
ちょっと余所見した瞬間にぶち込んでくるなんて、ほんっと容赦ないなあこの神様。
さて、この状態どうすっかねえ。
「てことで、もうこうなったらあらゆる手段を取ろうと思うんやけど、ええかな神様!?」
「できる事があるなら何でもすると良い、人間!」
「よっしゃあ!」
許可が出たし、こちらの準備が整うのを待ってくれるみたいやから、ありがたく準備を行うことにする。
まずはコートに仕込んでいたナイフを取り出し、柄に「布都御魂剣」と書く。これにて準備は完了。後は神を狩るだけや。
ハハ、幻想郷に来てからゲームと現実の違いが分からんなあ!
「準備は出来たね? ならかかっておいで、見定めてやろう!」
「なら要望通り、殺して解して――て、これはむしろ死亡フラグか。まあとにかく後悔させたるわ!」
で、まあその結果やけど。
「人間が神様に勝つなんて無理ですよねー」
「良い勝負してたじゃないですか。神奈子様は楽しそうに笑ってましたよ」
コチャーはそう言うけど、神さんに手加減されたうえであっさり負けましたとさ。
人間が敵うかい、あんなもんに。
御柱を布都御魂剣で切り裂きながら近づいたものの、やはり無理があったようで、避けも切り裂けもしない見事なタイミングであの御柱を叩きこまれて、今もこうして地面に横たわっている。
文字で防御力上げてなかったら死んどったんちゃうかなこれ?
「そんな事ないですよ。ほら、霊夢さんも神奈子様と良い弾幕ごっこしているじゃないですか」
「むしろ紅白が優勢よね」
何であいつ神様相手に余裕なん?
オレが神さん相手に戦っている間にコチャーと弾幕ごっこ繰り広げとったのに、疲労ないんかあいつ。
コチャーはオレの隣で、同じようにぐったり倒れとんのに何でや。
やっぱあいつ人外で、オレはまだまだ人間の枠内やろ。
「いえ、お兄さんも十分に人外名乗れますから」
「空飛んでるお前らの方が人外ちゃうかな。人は空を飛べないんだよ」
「私、現人神ですから!」
「はいはいそうですねー」
「何ですかそのやる気のない返事は!」
コチャーがじゃれついてくるのを引っぺがし、再び空を見上げる。そこにはやはり神様相手に美しい弾幕ごっこを繰り広げる紅白がおる。
あの神様、厄神様とか相手にならんぐらい戦いが上手いんやけどなあ。
いったいどう育ったらあんなんと戦えるようなんのさ。
「あ、神様が落ちた」
「え!?」
決めた。オレ、もう二度と弾幕ごっこなんてせえへんからな。
ストック切れました。
次から完全新作ですねえ。
社畜生活がつらいです。