紅魔館にある図書館には料理の本から建築の本まで様々なジャンルの本がある。
しかし、やはり最も力を入れて収集しているのは、ここの住人の影響があるので魔導書だと言える。
ただ、その、『ぼくがかんがえたさいきょうのまほう』という本があるのはどうかと思う。
え、中身は戯言が書き殴られてるだけだけど、オレが書いたらちゃんとした魔導書になる?
――神様、ちょっと心動いたオレは、まだ厨二病が治ってないのでしょうか?
異世界での暮らし方 第14話
お嬢のとこに拉致られて宴会が行われた翌日、オレは紅魔館の図書館に仕事をしにきた。
ここに住んどる魔女の依頼で魔導書の写本を作っとるんやけど、それなりの危険性がある代わりに報酬がすごいんよね。質素にしとけば1回の依頼で3ヶ月は暮らせる。
まぁ、宴会しとったら1ヶ月ぐらいで消えるんやけどな。
「で、今回は何を複製すりゃええの?」
「そうね……そこの棚の本をやってちょうだい」
「棚全部!? いくらなんでも多すぎるわっ」
「この前、貴方を後ろに乗せずに魔理沙がやってきて、ストックを根こそぎ持っていかれたわ」
「なんてこったい」
黒白はよくこの図書館にやってきては魔導書を盗んでいく。本人曰く「死ぬまで借りるだけだぜ」とのことやけど、あれは盗むとしか言い様がないわ。
で、魔導書がどんどん盗まれることに危機感を覚えた図書館の住人、つまり目の前におる魔女、パチュリー・ノーレッジがオレの能力に目をつけて依頼を出したのが紅魔館の連中との縁の始まりや。
ちなみにこの魔女、紫色の瞳と長い髪、そしてパジャマのような服装が特徴やね。それと各所につけられた、色が左右非対称なリボン。本人は喘息持ちで身体が弱いとのことやけど、弾幕ごっことなると得意の魔法が雨霰と降り注ぐから舐めてかかると痛い目を見る。
依頼内容はオレが手書きで写本を作る。すると能力のおかげで力ある魔導書がそっくりそのまま、内容も力も簡単に複製できる。そして黒白が図書館に突撃する際は箒の後ろに乗って思考や道を誘導し、複製した魔導書のみを盗ませるという一連の流れが仕事や。
目の前におる魔女が言うには、下手な魔法使いが書くよりもオレがやった方が力ある魔導書が出来上がるらしい。へっぽこ魔法使いが書いた魔導書をオレが複製した場合、原本を越える力を発揮したとも言っとったな、そういえば。
まぁ、オレの能力を活かせる天職なんよね、この魔導書を書くという仕事は。
でも、黒白にはバレんようにすんのが意外と面倒くさくてなあ。あいつ、やけに鼻がいいうえに、知ったら絶対悪巧みしおるからな、アイツ。
「ストックは棚2つ分はあったはずやけど?」
「人形遣いと一緒に来て強奪されたわ」
「あー、ご愁傷様」
よりによって、魔法使い2人組みで来たんかい。魔女の顔が腹立たしげに歪んどるから、きっと弾幕ごっこでやられて倒れてる間に根こそぎ持ってかれたんやろなぁ。
この図書館、現代の図書館とは違い誰にでも開放しとる訳やない。アレクサンドリア大王の図書館や日本帝国時代の図書館のように、基本的には開放してなかったり、限られた身分の人間しか閲覧できへん図書館や。ユネスコ公共図書館宣言なんてない時代に建てられたなら、しょうがないといえばしょうがないんやけどね。まあ、自称図書館やし。
「だから早く書いてちょうだい、早急に、魔理沙がまた来る前に、今すぐ、ナウ!」
「分かった分かった。だから落ち着け、な?」
顔が近い近い! 本を奪われたのが悔しいのか、この魔女にしては珍しく興奮してオレに詰め寄ってきとる。
女性の顔を近くで拝めるんは普通に考えると嬉しいんやけど、瞳から光が消えとるから怖いんやって。こう、いきなり包丁とかでブスっと腹を刺されそうで。あと、そんなに興奮して喘息大丈夫なんですかね!?
「なら今すぐやりなさい。終わるまで帰さないわ」
「セリフだけ聞くと色っぽいのに、全っ然色っぽくない!」
「準備は出来ているわ。今回は前みたいな事故が起こらないように結界も張ってあるから」
「つまり事故が起こるかもしれんってことか!? んなもん複製させんといで欲しいんやけど」
「さあ、やってちょうだい。食事とかは小悪魔が持って来てくれるわ」
「最後まで無視ですかこのやろう」
魔女は言いたい事だけ言うと、いつも通り椅子に座って本を読み出した。時々顔を上げてこっちを見てきてさっさと作業しろと催促までしてきおる。ああもう、分かりました、さっさと作業しますよ、はぁ。
4時間後
「手、手が、手がぁぁぁ!」
つる、そろそろ手がつる! 字の書きすぎで手が痛い! というか指に力が入らんねんんけど。
なんで科学の発達したこのご時勢にこんな卒論を手書きでやってた大学生の気分を味わわなあかんのよと思うわけやけど神様どうよ。て、幻想郷におる神様やったら外の世界のことなんて分かるわけないかっ!
「あら、思ったよりも早く限界になったのね」
「外の世界におった頃はパソコンあったから手で書かんでもよかったからなぁ。こんなに手を酷使したんは小学校の漢字の練習依頼やわ。そんな訳で休憩――」
「手を出してちょうだい。治療するわ」
「――え?」
「その程度の痛み、簡単に治療できるもの。痛みが取れたら作業できるわね?」
「んな殺生なっ!」
この魔女、疲れたら回復魔法使って延々と働かすつもりか!?
この読めもしない文字をただひたすらに書き写すってしんどいんやけど。でもって、いくら痛みとれてもテンションがもたんのやけど。こんな理解できへん文字見てもなんもおもしろないわ。
「おもしろくないのは、貴方がその文字について勉強しないからよ」
「勉強したくても辞書の類を貸してもらえないんですけどねえ!」
「だって、貴方が力を付け過ぎないように辞書等は貸さないと、レミィとどこぞの妖怪が協定結んじゃったんだもの」
「お嬢と協定結べるほどの力を持っとって、なおかつオレの能力を危険視してるとなると……紫か!?」
「まぁ、その協定もレミィが結んだから私も一応守ってるだけなんだけど」
「ほな――」
「ダメよ。貴方とレミィだったら、優先度はレミィの方が高いもの。でも」
「でも?」
「辞書は貸せないけど、私が口頭で教えるのは禁止されてないわ」
「禁止されてないっちゃされてないけど、グレーゾーンやん。そんなことしてええの?」
「私は貴方がどこまで出来るようになるか興味があるの」
それに、貴方の能力が上がれば上がるほど写本してもらえる本も増えるわ、と魔女はにやりと笑いながら答えてくれた。
どうやら魔女は知識欲を抑えきれんから、禁止されてない方法でオレに文字の知識を与えてくれるみたいや。しょうみ今以上のヤバイ本は遠慮したいんやけど、文字読めたらこの作業も少しは楽しくなりそうやし、習ってみよかね。
「教えてくれる言うんなら教えてもらうわ。で、授業料は?」
「私の好奇心を満たすためだから、そこまで高額な要求はしないわ。それに、魔導書の写本を作ってもらうついでだし」
「そっちがそれでええならかまへんけどな」
「ただし、これだけは守ってもらうわ」
「お、おう」
なんや真剣な表情になりおったぞ。やっぱ危険なことあるんやろか?
ルーン文字みたいなんもあるかもしれんし、知れば知るほど狂気に侵されるとか?
「私が教えるんだから、魔理沙に教わるのは禁止よ。それとあの人形使いにもよ」
「はい?」
「私は貴方が私の教えによって成長していくのが見たいの。そこに他人の手が加わるなんて論外よ。それに、教え方が違ったせいで変な理解の仕方をして怪我するかもしれないわよ?」
「あんたはどこの芸術家や。……ま、安心し。他の魔法使いよりも魔女さんの知識を信頼しとるから」
図書館に引き篭もっとるだけあって、知識量はかなりあるからなあ。その知識量はセンセーにも引けを取らんやろ。どっちの方が知識が豊富かは知らんけどな!
しかし、そんな人に教えてもらうのに授業料なしってのは、なーんか心苦しいな。
「その信頼の仕方は悪くないわね。さて、今はそのことよりも、治療をして続きを書いてもらうわ」
「いや、お願いやから休憩をやね」
「パチュリー様、秋さん、お茶の時間にしませんか?」
ありがとう小悪魔様! 今ならあなたが女神様に見える!
「いやほんま助かったわ。おおきに小悪魔さん」
「あはは、パチュリー様は本の事になると人が変わりますからね」
「そんなことないわ。ちょっと熱くなってただけじゃない」
パチュリーと一緒にいることが多い、赤い髪の毛した小悪魔さんがタイミング良くお茶とお菓子を持って来てくれたので、これ幸いと休憩に。いやぁ、ほんと小悪魔さんには感謝せんと。
ただ、作業を中断させられた魔女の小悪魔さんを見る目には殺意が篭っとったね、うん。図書館に入ってきた小悪魔さん、顔を青くしてオロオロしとったし。おぉ、怖っ。
ちなみにこの小悪魔さん。名前やどういった経緯でこの紅魔館にいるのかを聞いても、人差し指を立てて「それは秘密です」と言って教えてくれへんのよね。あんたはどこのおかっぱ魔族やねん。
「あれでちょっと?」
「ちょっと、よ」
「嘘だ!」
「本気でやらせようと思ったら、洗脳ぐらいしてるわ」
「パチュリー様ならやりかねません」
「おっかない魔女やなぁ」
幻想郷の知り合いの中では比較的おとなしい魔女でさえこれやもんなぁ。なんというか、手加減するレベルが外と違って過激派が多いよな。一番過激なんは紅白かどこぞの半人半霊かな。
紅白はすぐに御札が飛んでくるし、半人半霊は怒っても慌てても何してもツッコミが斬撃やし。あいつらの夫になる人はそれに耐えられんとあかんのか、しんどそうやね。どっちもおっそろしい姑がおるし。
「そこまで言うならしょうがないわ。お菓子没収」
「まだ食べてへんのにっ!」
「あ、あの、パチュリー様? そんなことで怒らなくても」
「それ以上文句を言うならロイヤルフレア」
「「すみませんでした!」」
小悪魔さんと2人して即刻謝る。いや、だって既にスペルカード片手に構えてるんやものこの魔女。
「くそう、今から仕事の続きやるからオレの分のおやつ食べるなよ、絶対だぞ。食べたら味覚音痴にするからな!」
「それはあなたの頑張りしだいよ。仕事が遅かったら胃袋に消えるわ――小悪魔の」
「え、私なんですか!?」
「こんな量の本、どんだけ頑張っても遅くなるわっ!」
秋が仕事に戻るのを見届けて、取り上げていたお菓子をテーブルに戻す。まったく、ちゃんと治療すると言ってるのに何で休もうとするのかしら。
「本当にこんなことしてよかったんですか? 秋さん、変な笑い声をあげてますけど」
「問題ないわ、偶にあることだもの。ところで、疲労に効くお茶でも淹れてきてくれないかしら。時間は2時間後ぐらいでいいわ」
「……素直じゃないですねぇ。いつもそうやって心配してあげたらいいじゃないですか」
そうしたら好感度が上がりますよ、と小悪魔は笑うけど、なんで私が秋の好感度を上げないといけないのよ。
「心配してるんじゃなくて、2時間後には私が疲れるはずだから飲みたいだけよ。写本が間違ってないかは私が確かめないとダメなんだから」
「はいはい、そういうことにしておきます」
秋の能力が有能なのは認めるけど、時々誤字脱字があるから私が確認をしないといけないのが難点ね。でも、悔しいけど秋が魔導書を書いた方が力のある魔導書が出来上がるのよね。
「ところでパチュリー様」
「何かしら?」
「秋さんが開いている本から、何か出てこようとしてるのは気のせいですか?」
「えっ!?」
小悪魔の言葉に驚いて秋のいる方を見てみると、そこには本から出てこようと。いえ、呼び出されようとしているナニカと、その場から動かないバカが。おかしい。こういった事故がおこらないように、ちゃんと結界を張ってあるのに。もしかして、秋が書いた文字によって結界が切り裂かれた?
「秋さん、急いでそこから逃げてください!」
「いやぁ、そうしたいんはやまやまなんやけどね。足に力が入らんから立つことすら出来んのよ。いやぁ、困った困った」
「笑ってる場合じゃありませんよ!」
何か2人が騒がしいけど、とりあえずこんなこともあろうかと用意していた魔法を発動させる。
ほんっと、トラブルに愛されてるわね。魔導書絡みの事故を何度も体験するなんて、滅多にないわよ?
「ポチっとな」
その一言と共に、秋の姿が消えた。無事に転送できたみたいね。成功するかは半々だったけど、上手くいってよかったわ。
「パ、パパパパパチュリー様!? 秋さん消えちゃいましたよ、食べられちゃったんですか!?」
「まだ完全に出てきてすらないのに食べられる訳ないでしょ、落ち着きなさい」
「でも消えちゃいましたよ?」
「非常事態が起こったら転送されるようにしといたのよ」
「はぁ。秋さん、絶対に驚きますよ。それでどこに転送されたんですか?」
「紅魔館で一番強い存在のところ。つまり、レミィか咲夜のところよ」
レミィか咲夜の近くにいたら、何だかんだ言ってもあの2人が助けてくれるわ。まぁ、後で血を吸われたり、騒動に巻き込まれるかもしれないけど、死ぬよりはマシよね。
「あ、あの。お嬢様は昨日の宴会のせいで二日酔いで寝込んでるんですけど」
「なら咲夜のところに転送されてると思うわ」
「お嬢様より一足先に酔い潰されていました」
「ということは?」
「能力を使う余裕すらないみたいですね」
困ったわ、まさか2人同時に使い物にならなくなるなんて想定外よ。まずいわね、もしかしたら秋の転送先は……
「さっさとアレを送り還すか消滅させて、秋を救出しに行くわよ」
「あ、あの、もしかしなくても秋さんは」
「妹様のところに行った可能性が高いわね」
気がつくとそこは――どこやろか?
「あら、また知らない人間。しかも咲夜みたいにいきなり部屋に現れるなんて。もしかして咲夜の弟か子供?」
「あの人の伴侶はまだ見たことないなぁ。それに、咲夜さんに彼氏出来たらお嬢が大暴れするんちゃうかな」
「それもそうね。ところで――」
「「あんたダレ?」」
気付けば知らん部屋で宝石みたいなんがぶら下がっとる羽を付けた女の子と2人っきり。なーんか、嫌な予感がするんよね。