不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第四十話

 メリットとデメリット。リターンとリスク。利益と損害。頭の中で張り巡らされる思考の輪の中では、常にそれらを考えている。損得を図るというのはいかにも人間的な思考であるのだが。何故だろうか。それを考えずに行動するフレイムヘイズは多い。

 彼奴らの頭は実に直情的。それは愚直という言葉が実に似合うほどに、真っ直ぐな奴らなわけだ。彼らの目指す先には、栄光だとか地位だとかの人間にとって価値のあるものがあるわけではない。

 あるのは『勝利』と『復讐』のみ。

 潔い考え方とも言えるのかもしれない。

 俺にとっては高尚な考え方である。

 利益とは『勝利』であり、勝利とは『復讐』である。損害は存在せず、『敗北』という名の死が待つのみ。負けが死というのも極端な話であるのは承知しているが、俺に限って言えば間違いではない。

 俺の中の心持ちでもある。

 『逃げるが勝ち』なんて言葉があるが、まさに俺の人生そのものを謳っているようではないか。辞世の句、モットー、座右の銘に当てはまるだろう言葉だ。

 なれば、フレイムヘイズの本来の利益と俺の利益では異なってくるのも当然。俺はいつだって損害の方に目を奪われるのだから。

 目先のリスクを考えれば、復讐どころか戦うことすら出来ず、戦った上のデメリットを考えれば、逃げることしか考えられない。

 今回もまたそんな選択肢やら、判断が必要になってくる。

 そう、全ては逃げて平和に、平々凡々で安全な生活を手に入れるために。

 

「封絶は、確かに優れた自在法だ。これは間違いないね」

「うん、私もこれほどの自在法は素直に賞賛するよ。空間の隔離なんて、それこそ格違いの自在法」

 

 この自在法の真にすごいことは、誰でも扱えるといったキャッチコピーだ。全世界の``紅世の徒``やフレイムヘイズの共通の自在法と言えば、俺ですら扱える『炎弾』以外には考えられない。フレイムヘイズに限って言えばそこに『清めの炎』『達意の言』が並び立ち、``紅世の徒``には『人化』の自在法が存在するが、それを含めたとしても僅か四つしかない。

 この封絶が、五つ目に入り込むと言えばどれほどの偉業であるかは、語らずも分かる。それも、他の2つと比べた際の自在法の高度は圧倒的に高く、それなのに自在式は簡易にまとめられている。

 ``紅世``最高の自在師の名に恥じない仕事ぶり。天才の二文字以外に当てはまる言葉のない自在師だ。

 つくづく敵ではないことにホッとする。

 

「でも、だからと言って俺が広めるかどうかは別の話だ」

 

 さっきまでの軽い雰囲気を吹き飛ばすように、少し重くした声で俺は言う。

 いくらリャナンシーと俺には先ほど得た、悲しい親近感があったとしても、判断を鈍らせてはいけない。

 日本での経験を思い出せ。

 もっと目を凝らし先を考えて、今を見ろ。

 この『封絶』の話はあまりにも旨すぎる話だ。

 リャナンシーがおそらくは冗談で他に教える相手がいないと言ったのは理解できる。彼女には彼女なりに、俺に接触することへのメリットを考えていたはずだ。聡明な彼女が、自身の偉業を自慢したいがためだけに自在法を俺にみせるはずがない。

 一番に考えられるのは、俺を介してフレイムヘイズに広めるのが最も手早いと考えたから。

 フレイムヘイズ内において『不朽の逃げ手』の名は、残念ながらにそこそこのものを誇ってしまっている。それに、俺の名だけなく、今もネットワークを広めている外界宿を使えば、更に封絶の認知度は高くなるだろう。

 そうすると、外界宿にあらゆるメリットが生まれるのは明白だ。

 『封絶』という革命的な自在法を世界へと広める役割を務めることによって、外界宿が一つの歴史を刻むことになるのだ。

 これはドレルはもちろんのこと、後の平和を勝ち取りたい俺にとっても有益な話だ。

 俺自身が何も広める必要はない。外界宿が広めれば結果的には、俺にも利益が回る。俺が直接手を出さないことによって、これ以上の知名度の上昇も抑えられるだろうし、これが封絶を広めるための最善の方法だろう。

 これは意図的に封絶を知れ渡した場合の話であり、これほどの自在法はそんなことをしなくとも世界中に知れ渡るのは時間の問題なのは承知済み。

 危険な橋を渡らないどころか、目にも留めない行動を重視するなら、下手に手を出さないのが無難なところだろう。

 たとえ、目の前に転がっている平和への足がかりと言う名のメリットを無視してでも、だ。

 

(俺自身が広めることへのメリット・デメリットはデメリットよりもメリットのほうが多い。だけど、それだけじゃなくて、この自在法の存在がどう影響するかも考える必要がある)

(慎重だね。いつにも増して慎重だよ、モウカ)

 

 馬鹿みたいに慎重だ、と嘲笑するかのように言う。

 おどけた調子のウェルとは違って、俺は真剣に言い返す。

 

(慎重にもなるさ。あんな出来事の後でもあるんだから)

 

 痛い思いはもう懲り懲り。

 痛い思い出を作らないためにも、熟考は大切だ。

 まだ、過去のことを思い出と言える余裕があるだけマシなのかもしれないが。

 

「勿論、無理にとは言わない。君には余計なお世話だったかな」

「いや。リャナンシーの言うところの、安全性についても理解できた。さっきはああは言ったけど、広めることには特に異論はない。それに……言われた通り、安全性には特化しているよ。この自在法は」

 

 フレイムヘイズにとってではなくて、人間にとって、だけどね。言葉にせずに胸中で呟く。

 この自在法におけるフレイムヘイズ最大の利点は、もう人目を気にして戦う必要がなくなること。封絶一つ張ってしまえば、外部からの余分な干渉を防ぎ、内部はフレイムヘイズのための戦場へと早変わり出来ること。

 これ自体のメリットは俺にも十分に当てはまるものであるのは間違いないのも確認済みだ。

 となると、重要なのは封絶の対策方法。

 パッと思いつくデメリットは、目立ってしまうこと。

 人の目には分からなくとも、俺たちのような異端者には、封絶を張りドーム型のバトルフィールドを築いてしまえば外から丸分かりとなってしまう。分かった所で干渉はできないのだが、逃げを第一とする俺には大問題だ。

 居場所がバレてしまうことも、問題ではあるのだが、内部から外部へと逃げる時により大きな問題が発生する。

 外部の情報を内部からも察知できないことから、外で待ち伏せされ、連戦なんてことも起こりえるのではないかと一考する。

 実際に封絶が流行り、誰もが戦闘をする際に形式的に張るようにならない限りは、こんな懸念など必要ないのだが、俺は流行すると睨んでいるし、なってから対策を考えてからは手遅れとなることだってあるのだ。

 ……なんて、先の展開を予測した所でどうなるわけでもないし。俺がそこまで正確に未来を読めるとも思えない。全く考えないのにも問題はあるが、結論のでない考えは無意味だ。

 なら、単純に。それこそシンプルに俺が考えることは、封絶を張られた時の対策と、張られないようにする対策の二つ。

 考えることは多そうだ。

 

「それなら任せてもかまわんか」

「俺が断ってもね、連れがさ」

 

 さっきから何度も封絶を張ったり消したり、修復をしたりと忙しない相方のフレイムヘイズを横目に見る。

 顔は新しい玩具を手に入れたかのように、生き生きした笑顔をしている。

 リーズは、今までほそぼそとした地味な自在法ばかりだから、空間系の自在法を扱う感覚を楽しんでいるのだろう。

 気持ちはわからないこともないが、そろそろ止めたほうがよさそうだ。

 

「お気に召したようでなによりだ」

「いや、リーズのこと抜きにしても感謝するよ。それにようやく、貴女が俺の元に来た理由の一つも分かったことだし。何よりも最初に俺の元に、『封絶』を教えてくれたことの意味が、ね」

「さて、なんのことやら。私は単に、広めてもらおうと思っただけだ」

「本人がそう言うなら、そう言うことにしとくよ」

 

 広まると確信している自在法を、わざわざ俺の元に教えてくれた友。

 友達って本当に大切だよね。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 西欧へと向かうのにシルクロードの道から逸れるため、リャナンシーとは別れを告げる。最悪な出会いの次には、最高の再会があった、此度の中国の旅は有意義なものだった。

 その最高の再会をしに来てくれた友の気遣いにも答えるためにも、俺は封絶が広まる前になんとしても対策を考えなくてはいけない。

 一に内部から脱出した後の外部との問題。

 内部は『嵐の夜』によっての強引な脱出が主な方法になるだろう。``紅世の徒``と正面切って立ち会うことになったら、この方針自体に変化はない。封絶が張られる、張らないといけないという状況になること自体が、すでに俺にとっては最悪な状況なので、そうならないように立ち回るのが一番の対策か。

 だが、外部の情報をどのように手に入れるか。

 外は外で中の様子は見えないので、敵がいても対応しきれないかもしれないが、最初から『逃がす』作戦だったり、内部にいる時に外部から内部を丸ごと攻撃されるなんて手段に出られればひとたまりもない。

 封絶内部にいる時に、即座に外部へとスムーズに逃げ、外部の接触も封じる手段が欲しい。

 ニに封絶そのものを張られないようにする。

 これが一番の対策といえる。

 封絶を張られない状況を作ることもそうなのだが、いざ、敵が封絶を張ろうとした時に防ぎ、なおかつこちらが有利になるような状況を作りたい。

 実は言うと、これに関しては一つ考えがある。だいぶ昔から、考えてはいたのだ。

 俺の持ち得る自在法には、敵の自在法に対抗する術がない、と。

 これは教授や、俺のように空間を支配するような巨大な自在法を使う敵にはとことん免疫がないことになる。相性でなんとかなることはあっても、それは運でしかない。

 まあ、教授は対策を考えた所で、どうにもならないことの方が多いけど。

 しかし、それでも対策を考えずにいられないのが、生きるために必死な俺だ。全ての自在法の対策を考えることも、対抗しうる自在法を編み出せなくとも、出来る限りの力を注ぐ。

 そうやって考えて生まれた理論が、相手の自在式を一時的に無効化とすること。

 自在法は基本的には自在式というモーターを使って発動させる。そのモーターである自在式がなくとも、非常に燃費が悪く、要領も得ないながらも、存在の力で無理矢理に自在法を発動させることも可能ではある。

 だが、やはり大規模で、優れた自在法には自在式が存在する。

 かの教授の発明においても自在式は確認されてるし、今回の課題になっている封絶にも自在式が存在している。

 自在式が確認されていないものでも、自在法と成すための媒介があったりするものだ。

 例で言うなら、『万条の仕手』ヴィルヘルミナさんが自在に操る白いリボンを使った自在法などがそれの代表格だろう。

 つまり、多かれ少なかれ自在法を扱う時には、それの要因となる元が存在する。

 その要因を妨害することによって、一時的にでも自在法を封じるというのが俺の考えた方法だ。

 ここまではずっと前から理論的には完成していた。この自在法もほとんど完成状態であり、あとはどういった形で敵の自在法を封じるかだけが問題だった。

 自在式にも色々と変わった刻み方がある。

 俺のように頭の中で構築するタイプもあれば、先ほどのようにモノを媒介にしたタイプもある。

 だが、どう考えても頭の中で構築される類のものは、相手の思考を妨害するという手段以外は考えつかなかった。超音波のようなものならあるいは、と思いついてやってみたのだが、

 

「全然ダメじゃない。それに超音波って何のことか分からないけども、私の身には何も起きないわよ?」

 

 実験に参加していたリーズは、呆れ混じりの声でそう言った。

 実物タイプには効果が現れなかった。そもそも、超音波自体もあまり上手く発生させられなかったのも、原因の一つだが。

 自在法は、自在だなんて言葉があるくせに、一癖も二癖もある。

 使用できる自在法はある程度、契約している``紅世の王``の性質に左右されてしまう。必死の努力や力尽くで、出来無い事もないのかもしれないが、その代価に見合った自在法が完成するとは言い難い。

 リーズはその手に持っている槍と盾こそが自在式を埋めこまれ、自在法により構築されたものである。一つの物として存在させている。

 あの鉄を使えないモノへと変える。

 

「……ん?」

 

 眉間に皺を寄せて、その鉄の塊を見る。そして、頭の中では手をポンと叩く。

 大きなヒントを見つけた。

 これなら俺とウェルの属性的にも問題はないし、他の自在法との組み合わせも可能だ。

 ただ……

 

「これだと、物理的な自在式の妨害のみか」

 

 封絶を未然に防ぐ、という最大の課題はクリアはしたが果たして。

 やはり、万事に対する備えというのは、中々に難しいものだった。

 それでも無いよりはマシ。超音波などという不確定のものよりは、目に見える結果を優先したい。改良の余地はあるだろうが、この自在法で行くことにする。

 

「となれば、あとは実験あるのみだ」

「決まったの?」

「一応ね。リーズのおかげになるのかな。その鉄の塊で思いつけた」

「どんなものなの?」

「それはね……まだ内緒だ」

 

 新しい自在法が日を浴びる日が来ないことを祈って、その自在法の構築に着手した。


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