不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第三十七話

 迂闊だった。

 警戒を怠っていた訳ではない。

 いつも通りに気配をできる限り悟られないように薄く儚くし、物音や周囲にだって常に気を張り巡らせてはいた。俺の大本の生まれ故郷である日本とは言え、四国へは一度も来たことがなかったから、慎重に行動はしていたはずだ。

 それでも、接近を許してしまったという事実は覆らない。

 土佐で早速、『極光の射手』の情報を得ようと人間の気配を辿り、幾人かに聞くと、実際に見たという人物に会うことが出来た。

 西洋かぶれの甲冑を来た男だったからよく覚えていたらしい。

 カールさん、そりゃあ未だ鎖国で武士が徘徊する中で西洋のような分かりやすい別物の甲冑を着てたら目立ちますよ、もっと考慮してくださいな。

 あまりにも都合のいい展開にお調子づいて、こともあろうにあの『極光の射手』にダメ出しするほど気分が良かった。思ったよりも早く消息が掴めそうで気持ちが高揚してしまっていたのだ。気持ちは分かってほしい。

 リーズもこの時は『しょうがないわね』と言いながらちょっと優しげな視線を俺に向けるぐらい、ほのぼのとした空気だったんだから。

 とは言っても、たった一人の目撃情報、ましてやそれが一年以上も前のものとなると、他にも多数の情報を見つけない限りは消息はつかめない。あくまでも、一番難しいと思われていた第一歩を踏めたにすぎない。ここからはリーズを人目から隠しながら、俺が地道に人伝えに消息を探すしかない。

 リーズはともかく、俺は未来人的な立場とは言え、日本人だからさほど怪しまれずに済むだろうと考えた。これは、もしかしたらすぐに消息が掴めるのではないかと甘く考え、厄介事に巻き込まれる危険性を無視してでも、速度を重視した結果だった。

 おそらく、結果的にはこれが失敗だったのだろうが怪我の功名で``紅世の徒``の気配を見つけることが出来たのも事実だった。

 一箇所では有力な情報を得られないので、もっと範囲を広くして情報を集めようと、周りの村の人間の気配を探そうと、少し集中した時に違和感を感じる気配があった。

 数にして五つ。

 同じような性質の気弱な存在が感じられた。

 似たような気配は珍しいものではないのだが、全く同じというのはありえないのだ。

 存在の力は人の個性や姿と同じように、人それぞれが完全に別物であり、同じものなど通常はありえない。

 もし同じような個性と姿を持つもの実際に見たら少なからず違和感を感じるのと同じで、俺にも似たような現象が起きた。

 つまり、ありえない現象がその場に起きたということ。

 ありがたい事にありえない現象というのはとても分かりやすい。人間には到底不可能なことが起きたのだから、逆に考えて、人間以外には引き起こすことが出来るであろう現象が起きたと認識することが出来る。

 ``紅世の徒``かフレイムヘイズによるありえない現象が。

 

「五つの同一人物。確実に自在法の類と考えるべきだろうな」

 

 五つ内、三つはかなり近いところに存在があるので、警戒を最大限に上げる。いつ戦闘が起きてもおかしくないので、戦闘服である青いローブを着て、いつどんなことが起きても対応できるような体制になる。

 偶然なのか、ここは山の中の唯一の細い道だというのに人通りが少ないので、リーズも人目を気にせずに、盾と槍を構えて守りの姿勢に入る。

 

(偶然……と考えるよりは、ここに誘導されたと考えた方がいいか)

(楽観は死に直結だもんね。私は常に楽観的に捉えるように努力してるけどね)

(だから、ウェルの言葉はいつも俺にとっては意味が無いんだな)

 

 俺の慢心のせいで、最初から不利を強いられてしまったのだ。三つもの同一存在が近くにいるという不自然さも考えると、すでに敵の術中である可能性もある。

 相手がこちらに気付いていないと言う可能性もあるし、フレイムヘイズなら戦闘を避けられる望みだってあるかもしれないが、この場ではウェルの言うとおり楽観的に捉えるよりは最悪の事態を想定する方が理にかなっている。

 幸い、今感じれる``紅世の徒``の存在の力はかなり少なく、五つの全ての希薄な存在の力をかけ合わせても俺に到底及ばない。

 弱小の``紅世の徒``の可能性もある。

 無論、俺のように存在の力を薄くバレないようになるべく隠蔽しているのなら、この予測は全く当てはまらない。存在の力の総量を欺いているとも限らない。

 数ある憶測が飛び交う。

 相手の力量、人物像、立場。どれもこれも戦闘を有利に運ぶには知っておくに限る情報だが、やはりそんなことよりも、

 

「リーズ、いつでも逃げられるように準備しておくように」

 

 どんなことよりも逃げることが最優先。

 戦わずに、怪我をせずにいられるならそれに越したことはない。

 勝利は名誉や栄光を手にすることが出来るのかもしれないけど、同時に危険も手にすることにもなる。勝利して討滅した``紅世の徒``の知り合いや組織が報復に出たり、変な名が売れて知名度が上がって、追い掛け回されたり。

 勝利が良いことばかりではない。

 敗北は考えるまでもない。

 死が目の前に転がってくるだけだ。

 それに比べ、引き分け。痛み分けと言う意味の引き分けではなく、戦わずに終わると言う意味に引き分けはいい。双方共に現状維持状態。保留状態。恨み言も妬みごとも一切なしだ。

 

「分かってるわ。分かってるけど……敵は弱そうじゃない? これなら私にだって」

「弱そうじゃ駄目なんだ。絶対に弱いって保証があるなら、リーズだけで戦ってもらうのも吝かでもないんだけど」

「ふむ、未情報の相手に立ち向かうのは、危険だから、というところか?」

「つまりモウカはどんな相手でも臆病風に吹かれてるということよね」

「間違いじゃないねー。書く言う昔にも」

「昔話をしている暇はないよ。俺たちに気付いているのはほぼ確実だ。近づいて来てる。それもさっきまで近かった三つだけじゃなくて、囲むように五つ全てで」

 

 実を言えば現状はそこまで最悪の状況ではない。

 俺が想定した最悪は俺が気配も察することが出来ずに、相手の全力の奇襲を受けること。これに関して言えば、偶然とは言え相手の気配に遅れながらも気付けたのは御の字だ。

 ただ、ここで問題になるのは俺に気付いたから奇襲を止めたのか、それとも奇襲する気自体が端から無かったのか。ここに到るまでの成り行きが重要だ。

 これが分かれば、相手の性格と性質を見極めることも出来るかもしれないのだが、圧倒的な情報不足だ。予測は立てられても見極めることが出来るは出来そうにない。反対に変な憶測は、相手の予想外の行動に出た時に隙となるので考えないほうがいいだろう。

 それでも一つだけは分かる。

 

「敵も慎重な人物のようだ」

「……なんで、そんなの分かるのよ?」

「俺の知っている``紅世の徒``やフレイムヘイズで慎重じゃない奴は、敵が誰だろうがなりふり構わず突進してくるよ」

「ちょうど私たちが探している『極光の射手』みたいな奴らのことね」

「ふむ、``紅世``においても思慮が足りんのが多いからな」

「私も貴方に会ってなければそうなっている自信があるわね」

 

 首を縦に振って納得をするリーズ。

 どこか開き直っているようにも見えるが、きっと気のせいじゃないだろう。

 どこからその良くもない自信が出てくるのかは知らないが、俺も納得するぐらいリーズは考えなしであるのは確かだ。

 バカとかアホとか、天然だとかじゃなくて、浅慮。考えることをあまりせずに、本能のまんまに動くタイプなんだろう。

 フレイムヘイズに限って言えば慎重なようのほうが、希少種だったりするので、笑い事ではないんだけど。

 浅慮な奴が多いわけじゃない。『正面から戦って勝てばいい』と考える奴が多いだけだ。猪突猛進バカが多いというのだろうね、こういうのは。

 どちらにしろ、俺から言わせれば浅はかで、死にたがりにしか見えないが。

 

「ここは一つカマをかけてみるのもいいかもしれないな」

 

 敵が慎重な性格であっていれば、こちらと向こうで実力差があれば、慎重な敵のことだ戦闘を避けてくれるかもしれない。

 これは、俺のほうが存在の力が大きいことが前提ではあるが、戦闘を避けるのには逃げるに匹敵する有効な手段であると思う。

 敵のほうが存在の力が大きく強いと『思われる』なら、俺なら一目散に逃げる。

 俺の場合は、今みたいに敵の存在の力が低かろうが、逃げるの一択、戦闘回避の一つ覚えなんだけどね。存在の力が少なくても、リャナンシーのような自在師だったりすれば、厄介なことこの上ないというもの。

 

「『嵐の夜』の知名度で脅すということよね」

「惜しいが違う。『嵐の夜』は使えないよ」

 

 あれは周囲に人がいなくても、文字通り嵐を起こすのだから予想以上に目立ってしまう。だからと言って、この間のような小規模にしてしまえば『威厳』がなくなり、『脅し』になりえない。それに、俺のことを知らなければ、自在法の無駄遣いにもなり得る。その場合はしっかり逃げ切れるだろうが、このあとの日本での行動がかなり制限されると言える。

 あまり使いたくない手だ。

 これに対し、存在の力の開放なら、ここに来るまで全く``紅世の徒``の気配を感じなかったことからも、国内に``紅世の徒``が非常に少ないと考えられる。最低でも、九州・四国間においては。

 となれば、目の前に居るのが唯一の``紅世の徒``なら、逆に存在誇示だけで、向こうが去ってくれるのではないだろうか。何かしらの使命や野望があり、すでに計画に出ているのなら、それは無理だろうがその場合は最終的にはぶつかるのだ。それは今の状況となんら変りない。

 自分を大きく見せて、相手が怯えて消えてくれるならそれで良し。それが無理で、ぶつかり合うのなら四国は諦めよう。

 諦めて『嵐の夜』で確実に逃げてしまおう。

 四国を諦めるとなると、『極光の射手』の探索は難航極まるが……しょうがない。命と比べたら背に腹は代えられない。

 

「ならどうやって?」

「こうやって、さ!」

「久しぶりの全力全開だね!」

 

 普段は身の内に隠している存在の力を、これでもかと我侭に、大胆に自己主張をする。

 俺はここに居るぞ、どうだ強いだろとハリボテの脅し。

 これで敵が引いてくれば、万々歳なんだけど。

 相手の位置を精密に計算して、動きを正確に図ろうと、先ほどまで感じていた五つの存在に集中する。

 まだある。

 動かない。様子を見ているのだろうか。

 少し遠ざかった……か?

 上手くいったのか?

 そう考えた時、リーズがいる反対側。存在の力の察知に集中していて、死角となっている左側から、

 

「も、モウカさん!?」

 

 リーズが初めて俺の名前を呼んだことが、分からないぐらいの激痛が俺を襲った。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 後に、``仮装舞踏会(バル・マルケ)``の構成員であり、捜索や情報収集の担当を司る兵種の捜索猟兵(イエーガー)である、当時日の本において失踪事件を任されていた``聚散の丁``ザロービは、五つの体とトレードマークの五色のスカーフをそれぞれ着けて自身の身に起きたことを、人生で最大の修羅場と位置づけた。

 

 ──``紅世の徒``の失踪は、``紅世の徒``に限らずフレイムヘイズにも及んでいた。それも``紅世の徒``とフレイムヘイズの両者とも決して弱小とは言えない、実力者すらも無抵抗に殺されている。その内、一人は自身の最大の自在法を活用したにも関わらず、自在法を物ともしないどころか、術者ごと斬ってみせた。

 これはザロービ自身が見たことではないが、不思議な光を刀が斬ったとの情報で判断する。この時の様子を、熱烈と語った人間の様子からも証拠として十分と判断するに至った。

 その後、失踪事件の犯人であると思われる人物が現れた周辺を調査しているところに、巨大なフレイムヘイズを認知した。

 自己主張の激しく、ザロービの過去の経験では最も巨大な海色の存在の力にザロービは畏怖し、戦線の離脱を図ろうとしたところに奴が現れる。

 気配は全く感じられないのに、その雰囲気から分る存在感。まさに異物といったそれは、``紅世の徒``でもなく、フレイムヘイズですらないことを即座にザロービは理解する。

 これらのことからザロービは、失踪事件はこの異物、おそらくはミステスであろう物の犯行であることを確信した──

 

「つまらんな」

 

 自身の執務室にて、右目に眼帯をした三眼の妙齢の女性、``仮装舞踏会(バル・マルケ)``の軍師であるベルペオルは報告書に一瞥して呟いた。

 

「信憑性も何もかも不確定だらけではないか」

 

 書かれていることが事実だとすれば、これは勲章物の仕事ぶりだった。

 だが、実際には書かれていることがどれもこれもが簡単に信じられるようなものでもなく、信じさせてくれるようなものもなかった。

 しかし、と彼女は前置きをし、

 

「頑張った部下には褒美をやらねばな。なに、これをまた策へと昇華されるのには面白味は感じる」

 

 これは私の娯楽のようなもんだがな、とベルペオルは愉快気に一人笑った。

 彼女にとってはこれはまだ遊びの範疇。

 彼、ザロービは駒にすぎない。それも所詮はポーン程度の。

 ``紅世の徒``の間では、ベルペオルの策によりこのミステスの話は半信半疑に広がった。

 今、その真相を知っているのはたった二組のフレイムヘイズと弱小な一人の``紅世の徒``のみである。


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