不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第二十七話

 ローマ帝国の終りが来る頃といえば、時期的にフランス革命が起きる頃である。皇帝ナポレオンをこの目で拝んで見てみたいななんて言葉を零したら、リーズが皇帝ナポレオンって誰よと疑問を口にした。

 よく考えればフランス革命中は市民の味方で帝なんて文字はついてなかったんだよね。彼は市民の味方をしたことによって絶大な支持を得た、この時期には珍しいお方だった。しかし、結局革命後は自ら皇帝を名乗ってしまい、いろんな人を失望させたとかいう話があったな。

 例えばフランス革命の後に、ナポレオンに共感を抱いたことでベートーヴェンが『英雄』を作曲したこととかで有名で、後にナポレオンが皇帝に即位して、激怒のあまりナポレオンへの献辞の書かれた表紙を破り捨てたというのはあまりにも有名だ。

 ベートーヴェン作の『運命』の有名なダダダーンという音は、弟子の質問に対して運命の扉の叩き方であると伝授したエピソードも有名だが、諸説にはナポレオンの皇帝即位に絶望した音でもあると言うものがあった気がする。記憶違いかもしれないが。なにせ、学校の勉強で習った以来だからね。

 どれも真偽は確かではないが、今なら調べられるのではないかと思う。

 今はようやっと十九世紀に入り、ベートーヴェンが直接に享受した弟子はまだ生きているだろうし。

 ナポレオンだってたぶん生きていると思う。

 俺は戦争に巻き込まれるのは嫌で、東欧に身を隠していたから、最も見れる確率が高いであろう一兵士であった戦時中のナポレオンを見ることは叶わなかった。

 一応は人外的な存在だから人間の戦争に巻き込まれたって余裕で生きれるだろうけど、もしもを考えるとやっぱり怖いものだ。

 というか、もうこの時代だと鉄砲は戦争の通常戦法なので流れ弾で一発お陀仏だってありえない話じゃない。現にサバリッシュさんも大戦で``紅世の徒``に向かって大砲を使うなんて言う戦法を用いたくらいだ。``紅世の徒``に有効ならフレイムヘイズだって十分に有効だ。なまじ身体は人間なわけだし。

 丈夫な騎士装甲に覆われて盾を持っているリーズならまだしも、俺は鉄砲なんて一溜まりもないのだ。最悪はリーズを盾にすればいいだけの話だけどね。

 また変なコト考えてるわね、と妙な勘の良さを隣で発揮しているリーズはともかく、ようやく西欧へと帰還を果たした。

 東欧にはあまりの平和さに百年という月日を過ごしてきたが、時代の発展とは少し遠い場所だけに変化が少なくこじんまりとした面白味のない場所でもある。

 平和を心から望む清く正しい心を持っている俺にとってはその場所もいいのだが、同時に適度のスリルと緊張感も味わいたい腕白な心も、持っている俺には物足りない場所でもあった。

 平和がやや欠けてしまう西欧か、楽しみがやや欠けてしまう東欧かは非常に悩む二択で、思わずリーズに相談した結果、ちょっと里帰りしたいかもと答えたリーズの意に沿って西欧へと再び帰りみた。

 選択肢がヨーロッパな理由はフレイムヘイズがヨーロッパ周辺に居ることが多く、いざとなれば仲間がいるのでそれなりの危険は仲間に放り投げることが出来ると考えたからだ。同時に``紅世の徒``も多いのだが……考えないようにしよう。他にも歴史的な動きが盛んなヨーロッパのほうが元現代人として面白味のある時代だよなとか理由もある。

 決して鎖国時代である日本に今行って迫害されたら怖いなとか考えたわけでもない。戦国時代だったら面白そうだったのになと少し残念には思った。

 しかし、西欧は西欧でいい所は多いのだから、悲観してばかりはいられないのだ。

 フランス革命が終わったのは今から数年前。産業革命も最盛期に入り、時代はますます近代化していく情勢市場。時代の流れとは無縁に近いフレイムヘイズもそれなりに人目を気にするようになっていく。

 なんでもかんでもフレイムヘイズが好きやって人々が勝手にオカルト現象だと思って終わる時代が過ぎ去ろうとしているのを、誰も彼もが感じていた。どこに行っても人の目があるように感じ、今までは馬での移動手段が基本だったのが、蒸気機関の発達と共に蒸気機関車などという機械による移動が可能となる。

 ある意味未来人である俺からすれば、これらの発明により地球温暖化が進むのだが、この先にどんどん便利なものが生まれるのも同様に知っているのだから結局は文句を言えない。というか、時代への干渉というのは色々やばそうだ。時代トリップものの地雷とも言うべき、もしくは肝とも言えるものなのだが、俺に踏む勇気はない。

 過去に来て数百年経って何を今更という話と思うかもしれないが、余裕が出たのがここ数百年というのを考慮するとしょうがない話だ。

 ちょっとした興味で、頑張って機関車のチケットを手に入れて乗ってみたのだが、乗り心地は悪いし、無駄に人が大量に乗ってるから座ることもままならなかったりするのだが、徒歩や馬に比べると早く移動できるというのを肌で感じることが出来る。

 

「でも、やっぱり無理して買って乗るほどの価値はなかったな。正直お金がもったいなかった気がする」

「そう? 私は初体験で面白かったわ」

 

 未来の快適な乗り物を知っている身としては、あまり満足の行くものではないが、未来を知らない者からすればやはりいいものなのかもしれない。

 あまりにも昔のことだから感覚を忘れてるもんだと思ったけど、そんな時を超えても分かるほどこの時代の機関車の乗り心地の悪さだったということだ。

 

「私はモウカと一緒に風でビュアーッ! と飛ぶほうが爽快だったね」

「え、貴方って空を飛べたの?」

「浮遊の自在法だよ。地に足ついてないと落ち着かないから、あまり空に飛ばないけどね」

 

 実は空を飛べるんだぜ俺と言うと目を丸くしてリーズは驚いた。

 浮遊の自在法は出来るには出来るけど、あまり必要とはしない。逃げるときに陸上からでは無理そうだったら最終手段としてというだけのもので、移動手段としては用いない。

 スピードも結構出るし、存在の力の燃費も決して悪くないが、俺が怖い。空を生身で飛ぶという感覚はどうも無理だ。普段から空に浮いて慣れておけばいいのかもしれないが、やっぱり人間は地面に足を着けてこそだろう。変なこだわりではなくて人間は陸上の生物なのだから仕方ない。

 まあ、俺は陸上よりも水上や水中のほうがウェルの特性とも相まって得意だったりするけどね。そこは気持ちの問題だ。

 

「今度、私を空のお散歩させてくれない?」

「別にいいけど。暇があったらね」

「ふむ、我も是非とも味わいたいものだ」

「あんまいいものじゃないと思うけどな」

「そんなことないんじゃない? きっと気持ちいいと思うわ」

 

 ロマンだねーとは口に出さない。

 俺も空を飛ぶ前にはそう思っていたから。未来(過去)で飛行機に乗って空を飛ぶというのは、自分の身一つで飛んでいたわけではないので、あまり実感の持てるものではなく、皆が皆、自分の力で飛べたらいいのにななんて考えるような時代だった。

 いや、今もそうか。空に憧れてライト兄弟は空を飛んだのだから。

 鳥になりたいとは上手い言葉だ。

 もっとも、俺にとっては鳥とは空を飛ぶ存在というよりは、自由の象徴のようなものだったが。

 鳥は空を自由に飛び回るが、魚は海を自由に泳ぎ回るのに、魚を使って自由と表現する人は聞かないな。やはり、人間が生身で海を泳げるからだろうか。達成できない、ありえない幻想抱いて理想を言うことにロマンがあるというのか。

 ロマン、大いに結構だ。

 人間は願望を抱いてこそだろと思うところがあるからね。斯く言う俺もその類だし、叶わなかろうか、無理だろうがロマンも無理もやってみなくちゃ分からないというものだ。

 ああ、してみせるさ。世界平和。

 俺はよく分からない思考の果てによく分からない結論に至ったが、俺はきっと自分から世界平和を望むけど、何もせずに待つだけの人間だろうな。力ないからしようがないのさ。

 

「そんなに空に飛んでみたいならモウカに頼らず自分で飛べば?」

「出来るの? フルカス」

「ふむ、不可能ではない」

「そう、厳しいのね」

 

 ちょっと拗ねながらリーズが言った。

 フルカスの遠まわしな言い方を即座に理解したようだった。

 不可能ではないということは、無理ではないけど、ちょっと無茶をすると言ったところだろうか。俺の知る限りのフルカスのイメージだと、確かにあまり空のイメージはない。どちらかという騎士で、陸で活動するイメージのほうが強い。

 サバリッシュさんがじゃじゃ馬と言い褒めていた女騎士は、空も飛んでいたけどね。あの人は規格外だったので比較対象にはならないけど。

 俺からするとリーズは槍とか剣を飛ばして乗ったりする姿が思い浮かぶ

 一種のホラーのような描写だが、これがなかなかしっくりきそうだ。自ら存在の力で乗ることが出来そうな形の物──大剣なんかが適しているかもしれない──を作成して、俺が投げ飛ばすのに乗るといった感じに出来そう。

 そこまでお膳立てしたら、俺が直接飛ばすのも、俺の自在法でリーズも一緒に飛ぶのも変わらない気がするな。どれも空の快適な旅とは程遠そうだ。

 

「陸路も悪いもんじゃないさ。……と、ようやくついたか」

 

 東欧からイギリスに遠回りしてようやく返って来たこの地。

 俺にとっては厄介事に巻き込まれて、面倒なやつを旅の道連れすることになった、良い意味でも悪い意味でも色んな思い出いっぱいの場所である。

 あれ、良い意味なくね。

 リーズにとっては全ての始まりの地。

 

「ええ、懐かしいわね」

 

 イタリアの北東部に位置するボルツァーノ、その街である。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

「生まれ故郷が変わっているというのは複雑な気持ちね」

 

 リーズが感傷に浸りながら呟いた。

 変わっていないというのも違和感を感じるものだが、全てが変わってしまっているのもまた寂しいもの。街と人は移りゆくものだとか誰かは言ったが、全くその通りで、革命の影響なのか百年前の街並みというのはほとんど残っていなかった。

 リーズからすれば、故郷に帰って来たというよりは新しい街に来たという感覚しかないだろう。

 

「私の家だったものもない。お世話になったおじちゃんの家もないわね」

「ふむ、不変の我らと違い、常に変化し続けるものだからな。致し方あるまい」

 

 生まれ育った家もない。それは、彼女が愛しかった父親の跡さえも全く分からないと同義だ。

 リーズの家があったと思われる場所にあったのは、なんにもないさら地のみ。この街自体も昔はもっと活気があったというのに、今はそれを感じられない寂れた街となっている。

 月日の流れが残酷であることを今頃は痛感しているだろう。

 

(モウカは生まれた村自体がもう無いようなもんだもんね)

 

 リーズが空気を読んでなのか声にならない声で俺へと話しかける。

 書く言う俺も無言で、街中を歩いて行くリーズに同じく無言で後ろからいそいそと着いて行くだけで、一言も声をかけられないでいた。

 百年で成長した(鈍くなった)彼女の精神なら、こんな配慮などは必要ないのかもしれないけど。

 俺には彼女の気持ちはなんとなく察することが出来ても、理解することはあまりできない。ウェルの言う通りに俺の村は、その住んでいた営みを残して人を一人残らず``紅世の徒``に喰われてしまったのだから。

 残ったのは無人の村。

 そして、俺にはその村には何のしがらみも、思い出もないのだから、消えてしまっていても感傷には浸れない。どうでもいいの一言で足りてしまう。

 あえて未練があるとすれば、死ぬ前の現代の頃まで遡ることになる。けど、それこそどうしようもないことだった。

 俺にとっての今はここにあるし、生きている。幸せじゃないか。これ以上を何を望む。

 あ、楽しめることがあるならこれ以上を望むけど。だからって、あの頃に戻りたいなんて思わない。

 それに、現代がいいというのならトリップする前の過去(三百年前)に戻るより、未来(二百年後)に進むほうが早い。

 

(リーズはどうなんだろうな)

(どうって?)

(今がいいのか過去がいいのか)

(ありゃ、珍しいね、モウカがそんな事言うの。普段なら『生きていれば最高なんだから、リーズは生きている事実に感謝するべきだ』って言うだろうに)

(なんで、そんなに具体的なんだ)

 

 でも、そう言うだろうなという確信はある。

 

(もちろんそう言うが、それはもはや大前提だろ?)

 

 言うまでもないことだろうが。

 もうどれほど長い付き合いだと思ってるんだよ、これぐらいはきちんと察してもらわなくちゃ困るぜという期待を込めて言う。

 

(そっか。それもそうだよね)

 

 ウェルも何が面白いのか、カラカラと笑いながら肯定した。

 さて、感傷に浸るのもそこそこに活動を再開してもらわなくちゃ困るね。

 リーズに声をかけようと肩に手を触れようとしたら、勢い良くこちらに振り返った。

 めっちゃ近い距離だ。息遣いさえも聞こえてきそうな程に。

 

「さあ、行くわよ! 今、私の居るべき場所はここじゃないんだから」

 

 やけにハッキリとした凛とした声だった。

 顔には影などなく、彼女の金色の髪と同じく輝く笑顔があった。

 なんともまあ……いつもぶっきばらぼうな彼女には似合わないな何て思いつつ。

 

「そうか。じゃあ行くか」

 

 ここに留まる理由はもう何も無い。

 リーズもようやくしがらみから解放されて、晴れて自由の身となった。

 俺が先頭に立ち、次の目的地の場所を定める。

 そうだな……次はこれから歴史の中心になるであろうヴェルサイユ宮殿でも見に行くのがいいかもしれない。

 

「ありがとう」

 

 その言葉を聞いても返事をせず、後ろも振り向かずに俺はただ真っ直ぐに歩を進めるだけだった。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 ようやく見つけることが出来た。

 確かに珍しいと言われるほどには見つけるのにだいぶ時間がかかってしまったが、不可能ではなかった。

 

──これでようやく、私も前へ進むことが出来る。

 

 彼は見つけることが出来た。

 自由に飛んでは逃げてしまう鳥を。

 ただ、捕まえるのは至難の業であることを、彼はまだ知らない。


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