ここは何処か。悠久の時を超えるほどの幻想。周りに色という色はない。色がないと言うわけではない。唯――認識できぬほど白いのだ。あぁ、今宵の月は綺麗だった……美しい小鳥だと思っていたものが獅子の類であったのだからな……
――――瞬きをした瞬間、色が息吹を取り戻す。は、英霊も死んでしまえば人と同じというわけか。アサシンのサーヴァント佐々木小次郎は自分の立っている場所が冥界だということを自覚した。長い長い途方も無い階段。まるでそれは天に向かう階段か。ふっ、笑止。天国などとは酔狂なことよ。どんな形でさえサーヴァントが天に昇ることはない。ならば――
「首吊りへの処刑場か……?」
否、そこまで周りくどいことを世界が望むだろうか。行けばわかる。小次郎はゆったりと階段に向かっていった。
歩を進めている内に気づく。この階段は掃除されているものだと。馬鹿な、距離にして二百由旬は下らない――徐々に開けていく。水平線と同じ目線に辿り着いた時に、そこに門があった。小次郎はつくづく門に縁があると呟いた。
当然のように通る。門をくぐると其処には桜の花と広い屋敷があった――――。
「――――――ッ!」
鞘から刀を抜き上に弾く。キィンと甲高い金属音が鳴る。剣閃の類、恐らく衝撃波のようなものと察知し、佐々木小次郎は構えをとる。
「冥界の――白玉楼に何のようだ」
白髪の子供――15歳前後といったところか、まだ若いのにこれほどの剣閃を操るか。佐々木小次郎は唸る。
「失礼、アサシンのサーヴァント佐々木小次郎だ」
何分迷ってしまったのでな、と笑みを浮かべながら話す。
「私は魂魄妖夢。主を護るためにここを守護している」
名乗りを返す。これは妖夢にとっては礼儀であり当たり前のことだ。師匠からの教えの一つ。
「引き返すのもいいが、その後がわからぬ。ここは死後の世界ではないのか?」
当然の質問、この先の選択が佐々木小次郎にはない。
「適当に彷徨っていれば良い。さすれば逝くはずだ。ここに存在している方がおかしいのだ」
「なるほど……なるほど」
またイレギュラーな存在というわけか。全くついていない。口端がつり上がってしまう。
「何が……おかしい?」
「ふふ、死ぬのならば侍として是非一花咲かせたくてな」
手を掛けている業物に力が入る。
「……いいだろう。武士として手向けが必要であろう侍」
魂魄妖夢は二刀を鞘から抜いた。
「っくくく……はーはっはっは」
「何がおかしい!」
怒気を孕んだ声。それもそのはず構えを見ただけで笑われたのだ。魂魄妖夢としては当然の怒りだ。
「ふふふ、失敬失敬、なんと面妖な。こうしてまた二刀の使い手と戦えるのだからな」
かつて天才と言われた佐々木小次郎。そして生涯で唯一破れている相手は伝説の剣豪宮本武蔵。伝承ではその二刀使いに敗れているのだ。――尤も、この佐々木小次郎は佐々木小次郎であって佐々木小次郎ではないのだが。
小次郎が物干し竿と呼ばれる長尺の刀を横薙ぎに振るう。妖夢は左手の小太刀で受け、空いている刀でがら空きの胴に斬りかかるが、そこを跳躍により軽く避けられる。小次郎は跳躍の落下と同時に振り下ろす――――
「くっ」
妖夢は二刀を交差させ刃の間でその斬撃を受け止める。が、その重さ故か弾き返すのが精一杯だ。距離がまた開く。
「……小娘。私は華を愛でる趣味はあるが、摘み取る事はしないのでな」
「……私は従者だ、何事よりも主の命が最優先だ。貴様には危険がある」
「お前はまだ未熟だ。清らかな剣気があるのはわかるが、二刀を振るうには軽すぎる」
たしかにそうだった。ここまでの闘いで小次郎は息一つ乱していない。が、妖夢は肩で息をしている。剣術の技量は明確に小次郎が上だ。
「未熟……未熟と笑えば良い。未熟ながらも研鑽してきたのだ! 馬鹿にされる謂れは何処にもない!」
迫る荒々しい剣撃。二方向からの刀も一振りで迎撃するこの剣速の速さ。そして紙一重で見切る動体視力。真剣が目の前を通っても眉一つ動かさない精神力。何一つとっても妖夢が適う場所はない。
「ふ……」
軽くいなす。まるで女子供を相手にするかのように。その剣さばきを愛おしむように、全力で楽しめる相手もそうは居ない。ならば相手の手の内をすべて見るのは――――必然。
距離が離れた次の瞬間の妖夢の動きは、小次郎のスピードをも凌駕していた。
「現世斬!」
およそ7メートルはある距離を一瞬で潰し、すれ違いざまに斬っていく。小次郎にもこの速さは予想できなかった。跳躍は間に合わない。
「もらった!」
それを超えるのが英霊。人には理解できないだろう。物干し竿を斜めに構え、スライドをさせ、前へのベクトルをずらし、そのまますれ違うだけとなった。もちろん物干し竿は剣撃で火花を散らせたのだが。
「やるではないか……よし、私も秘剣を見せてやろう」
妖夢には、いや空気が緊張しているのがわかる。
「構えよ。一太刀で死んでくれるな」
「……めいの…………ん!」
「秘剣……燕返し!」
小次郎の放った一太刀は一太刀にあらず。同時に三方向からの剣閃が妖夢を襲う。射程範囲に入ってしまえば其処は剣撃の檻。これが小次郎を英霊にまで昇華させた技。その武芸の極みは魔法にすら届くのだから――
「はぁ……はぁ…………」
小次郎は目を見開いた。もはや必殺の一撃は必殺に非ず。其処に生きている者が居たのだから。斬撃が三方向から来るのならば、三方向とも防いでしまえばいい。幽明の苦輪で半霊と妖夢自身、そして足りないもう一つは鞘で受けきった。もちろん鞘では受け止めきれずに吹き飛ばされてしまったが、まだ満身創痍ではない。戦う意志がある限り、魂魄妖夢に逃げはない。妖夢は我武者羅に剣を振るう。
三度ほど打ち合ったに小次郎は直感した。自分には時間がないことを。二度目の燕返しの構え。妖夢は遮二無二突っ込む――――
「燕返し!」
――――と見せかけて妖夢は急停止しバックステップを挟む。燕は旋回することはあっても急に後ろに下がることはない。小次郎敗れたり――――
しかしそれを見切ってこその英霊。敏捷の高さに物を言わせ踏み込みを深さを深めにそして先程より速く放つ――――。
――――だが、魂魄妖夢のステップは神速をも凌駕する、そして返す刀で――
「未来永劫斬!」
未来の彼方すら断ち切る速度。二百由旬の一閃というのが相応しいか。その鍛えあげられた脚力は小次郎の敏捷力を上回る――。
――勝負はつかなかった。確実に決まると思われた未来永劫斬。小次郎は避けられることを直感し、刀を妖夢に向かって投げ捨てた。左の刀で弾かれるが、同時にその刀を落としてしまう。意にもせずそのままに斬りかかるが、その分遅くなってしまう右の一太刀。それが両手で抑えられてしまったのだ。
「真剣……白刃取り……」
「妖夢、お前の剣は無骨であるが故に美しい」
佐々木小次郎の身体が消えていく。
「まだ、決着はついていないぞ!」
「そのうち消えるといったのは貴様だろうに……」
少々のため息。見れば少女は泣いているではないか。悲しさか悔しさか、はたまた別の感情か。
「何時か……また会おう…………その時は切ればわかる……」
「華を愛でていたと思ったのだがな……あれでまだ蕾であったか。何に成長するのか……楽しみだ」
その言葉を言い残し佐々木小次郎は消えた。
冥界では様々な出会いがある。彼と彼女がまた打ち合う日は必ず来る――――。
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