デジモンアドベンチャー 選ばれてない子供   作:noppera

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第32話 恋の暴走ムスメ キンカクモン

 

 砂煙の中から現れたデジモンを改めて観察してみる。

 身長は恐らく平均的な大人の女性よりも頭一つ分高く、俺がメカノリモンから降りれば見上げる形になるだろう。

 来ている服装はかなりきわどく……いや、服と呼べるかも怪しいな。

 胸と腰に雷模様の布を最低限に巻くことしかせず、あとは鬼の頭蓋を元にして作られたような篭手、肩あて、膝あてを装備し、同じ柄の金色のマントを羽織っているだけであり、露出が非常に激しい。

 ……思わず豊満な胸や引き締まった腰に目を向けてしまった俺は悪くないと思う。

 雑念を振り払って改めて考えると、戦闘にとって脅威なのはあの鍛え抜かれた筋肉だ。

 自らの高身長に達する金棒を左腕一本で軽々と肩にかける姿を見ると、あの筋肉が見かけ倒しではないことは明白だろう。

 

「じゃあ頼んましたぜ姉貴」

 

「任せな。こんな貧弱乗り物デジモンに乗ってる奴、あたしの七星金棒に掛かれば一撃だよ!」

 

「うへぇ、頼もしいかぎりですぜ。よし、巻き込まれないようにさっさと行こうぜ」

 

「あ! アスタモン様に、「キンカクモンはちょー頑張ります♡」ってちゃんと伝えときな!」

 

「「……あれさえなけりゃなぁ」」

 

「返事は!?」

 

「「りょ、了解!!」」

 

 鬼を模した仮面を被っても分かるほどの闘志を漲らせたキンカクモンだったが、一瞬だけその表情を蕩けさせてガジモン達に伝言を頼み、それを聞いたガジモン達は呆れ顔を浮かべながらメカノリモンを避けて奥の方に向かって行った。

 

「さぁて……改めて名乗らせてもらう。鬼の金銀ブラザーズ、キンカクモンだ!」

 

 キンカクモンは先ほどの甘ったるい声とは一転した姉御肌と言う言葉がぴったりな声色で自らの名前を名乗った。

 向こうが名乗ったのだから、こちらも自己紹介と行くか。

 

「……高倉信人だ」

 

「タカ……? 変な名前だな。デジモンじゃねぇのか?」

 

「俺は人間だ。呼びにくかったら信人と呼んでくれればいい」

 

「ニンゲン?……まぁ、あんたが何者かなんてどうでもいい。あたしの恋を邪魔するなら潰されてもらうだけだ!」

 

「……えっと、恋?」

 

「すっとぼけんじゃねぇ! ガジモン達はピエロの鼠とか言ってたけど、あたしには分かる。あんたはあたし目当てでアスタモン様に近づいたんだろ!」

 

「…………は?」

 

 なんか会話が突拍子もない方向に向かい始めたぞ。

 

「だからアスタモン様はあたしに相手をさせたに違いない。直接あたしに振らせて夢見る馬鹿の目を覚まさせてやれってね」

 

「いや、ちょっと……」

 

「部屋を見る限り、戦闘があったみたいだけど……これって恋のライバルが出現したから一戦交えた証拠よねぇ~♡ あ~ん、アスタモン様ったら心配しなくてもキンカクモンはあなた一筋なのに~♡」

 

「…………」

 

「まったく、あたしもアスタモン様が好きで、アスタモン様もあたしが好きなんだからなんも心配することなんてなんてないのに~♡ 何時もカッコいいけどそういうかわいいところもあるのね~」

 

 先ほどのアスタモンのゲンナリとした表情を見ると、とても両想いとは思えないが……

 

「こいつをぶちのめして~、アスタモン様の用事が終わったらぁ~……えへへ~、駄目ですよそんなこと~。あぁん♡ アスタモン様ったら大胆……でもキンカクモンはあなたを受け入れる準備は万端……あはぁ、駄目ぇ♡ キンカクモン蕩けちゃいます~♡」

 

「……女性型デジモンは話を聞かないって特性があるのか?」

 

「……否定ガ困難デス」

 

 なるほど、暴走ムスメという名前はこんなふうに恋となると周りの事が全く見えなくなる様子を見てつけられたようだ。

 キンカクモンは体をくねらせながら自らの妄想を垂れ流しにしていて、蕩けきった表情とうねうねと動く引き締まった肢体がいろいろとまずい雰囲気をだしている。

 ……一歩間違えばR18ものだな。

 ウィッチモンといいこのキンカクモンと言い……デジタルワールドの女性型デジモンはこんな個性がぶっとんでる奴しかいないのか。

 まぁ、これに比べればウィッチモンはかなりましだけど……

 

「……っていうわけだから、さっさと潰れなぁ!」

 

「!? いきなり過ぎんだろ!?」

 

 今まで妄想に浸っていたキンカクモンがいきなり走り出して、こちらとの距離を詰めてきた。

 いきなりの奇襲だったのでかなり慌てたが、何とかブースターの点火が間に合って空中に逃れることができた。

 そして数瞬前まで俺達がいた場所に大上段に構えられた金棒が振り下ろされた。

 

「おらぁ!! ……チッ、上に逃げたか」

 

「……恐ろしい威力だな」

 

 金棒が振り下ろされた床は陥没して、そこを中心にして広範囲に渡ってヒビが入っている。

 この攻撃を無防備に食らったらほんとにぺしゃんこにつぶれてしまうかもしれない……キンカクモンにはまさにパワーファイターと言う言葉がぴったりだ。

 しかしあの身なりだと遠距離攻撃は持って無さそうだし、このまま空中からじわじわと攻撃をしていれば……

 

「ふぅん!!」

 

「!! 柱ガ崩レマス!」

 

「そう来るか!」

 

 俺達が空中に逃げたのに対し、キンカクモンは近くの柱におもっきり金棒をを叩きつけ、柱を倒して俺達に攻撃を加えてきた。

 でもこれくらいなら何とか避けれる。

 

「……これだけだと思うんじゃねぇぞ。そらぁ!」

 

「うお!? どんな肩してんだあいつ!」

 

 俺が柱を何とか避けようとした矢先に、キンカクモンは瓦礫の手に取り空中のメカノリモンに向かって投げつけ、俺の頭の2倍ほどはありそうな大きな石が高速で飛来してきた。

 数発当たるだけならなんともないだろうが、これが数十発あたるとなると無視できるダメージにはならないだろう。

 下から飛んでくる石と崩れる柱の瓦礫を避けながら、何とかキンカクモンとの距離をとるのに成功したが、あいつはスピードもそれなりにあったから直ぐに追いついてくるだろう。

 

「まずは能力アップだ」

 

了解(ラジャー)。≪フルポテンシャル≫!」

 

 メカノリモンの回りに透明な歯車が現れて、徐々に回転が加速した後にメカノリモンの機体へと入って行く。

 これで攻撃力や防御力が向上した。

 

「ドウシマスカ?」

 

「……奇襲で出鼻を挫かれたし、こっちもあいつの出鼻を挫いてやろうと思う。もう一度≪フルポテンシャル≫をかけてかてから、あいつにパワーで勝負する」

 

了解(ラジャー)

 

 メカノリモンにもう一度≪フルポテンシャル≫をかけさせると、俺はブースターの出力を最大にして飛行し、アームを機体の前でクロスさせてから運動エネルギーを最大に高めた状態でキンカクモンに突っ込む。

 不意を突いていたとはいえ、エテモンでも受け止めきれなかったメカノリモンの体当たりを食らってもらう!

 あいつの得意のパワー勝負でこちらが勝てば戦いの主導権はこっちに……

 

「……良い度胸だ」

 

「!?」

 

 しかしキンカクモンはこの高速で飛来する鋼鉄の弾丸を前にして、金棒を床に突き刺して不敵に笑った。

 まさかキンカクモンはメカノリモンを素手で受け止める気か!?

 

「ウオオオオオオオオオ!!」

 

「な!? 嘘だろ!?」

 

 キンカクモンが咆哮を上げたちょうどのタイミングで両者は激突した。

 その時にキンカクモンは床を削りながら大きく後退してしまったものの、最終的にはメカノリモンの体当たりの勢いを完全に止めてしまい、今は機体をガッチリと掴んでいる状態になってしまった。

 

「まずい!」

 

「良いパワーだった……でもなぁ、あたしに挑むにはちっとばかし無謀だったなぁ!」

 

「うお!?」

 

 キンカクモンはそのままメカノリモンを凄まじいパワーで柱に向けて投げ飛ばし、柱に激突した瞬間に大きな衝撃が操縦席の俺を襲い、メカノリモンにもダメージが入る。

 

「失敗した……すぐに離陸するぞ!」

 

「逃がさねぇ! ≪雷光鬼蹴≫!」

 

「はやい!? 防御!」

 

 失敗を取り戻すために直ぐに空中に逃げようとしたところ、キンカクモンは電光石火のごとく距離を詰めて、電撃を纏った蹴りと放ってきた。

 離陸は間に合わないのでメカノリモンのアームで防御させる。

 

「!! ……思った以上にかてぇ」

 

「≪ジャイロブレイク≫!」

 

「くぅ!?」

 

 キンカクモンのキックを何とか受け止めた後、メカノリモンはカウンター気味になった重量級パンチを放った。

 キンカクモンはこれを避けられずガードするが、不安定な体勢で受けたので受け止めきれることができずに吹き飛ばされ、金棒が突き刺さっている位置まで後退した。

 俺はこの隙を逃さずブースターに点火して空中へと逃げる。

 あぶねぇ……防御力を上げてなければ結構ダメージが入ったかもしれない攻勢だった。

 物理的なダメージは少なかったが、電撃による内部に受けたダメージがあり、もし普通の状態でさっきの攻撃を受けてたら大きなダメージとなっていた。

 それと、これでキンカクモンは電撃を扱うことが分かった……次からは警戒しないとな。

 

「さっきの度胸はどうしたぁ! 下りてきな!」

 

「誰が下りるか! もうお前の土俵には登らんぞ」

 

「そうかい……じゃあ、そっちの土俵に乗ってやるよ!」

 

 キンカクモンはぐっとしゃがみ込んでから力を溜め、そして大きくジャンプした。

 

「飛んだ!?」

 

「空中に逃げて安心すんなよ! 遊びじゃない本物の鬼はどこまでも追いかけるんだよ!」

 

 キンカクモンは円柱を足場にしたり、柱を壁キックで利用して立体機動を行いながらこちらを追ってくる。

 あの金棒を担ぎながらこんな軽業もできる事には驚きを隠せないが、これはチャンスだ。

 向こうからこちらの土俵に登ってきたのだから、ここで手痛いダメージを与えておきたい。

 

「いつものやつで行くぞ」

 

了解(ラジャー)。≪デリートプログラム≫」

 

 柱と避けてキンカクモンの追撃から逃れながら、メカノリモンのリニアレンズから数字列を生成させてこの広い部屋の中にばら撒く。

 後ろから追ってくるキンカクモンを確認すると、次々と飛んでいく数字列を訝しげな表情で見ていた。

 

「……何のつもりかは分からねぇが、やられる前にやっちまえばそれで終わりだ!」

 

 キンカクモンはこちらが何かをする前に潰すため、移動スピードを上げてこちらに迫ってくる。

 しかし今のメカノリモンは≪フルポテンシャル≫で攻撃力、防御力、そしてスピードが底上げされているので、後ろから真っ直ぐに追ってくるキンカクモンが追いつくことはない。

 

「……今、下にあった柱だ」

 

了解(ラジャー)。5秒後に爆破します」

 

 メカノリモンに指示を出してからきっかり3秒後、俺はスピンターンをしてキンカクモンに向き合う形になる。

 

「お! やっとやりあう気に……」

 

 キンカクモンは向き合った俺達に気を取られ、足場に集まっている数字列に気付いていない。

 そして指示をだしてから5秒となった瞬間……

 

 ―――――ドカアアアン!!

 

「んな!?」

 

 着地しようとした足場がまさか爆発するとは思わなかったようで、爆発をもろに受けたキンカクモンは吹き飛ばされ、そして背中から落ちていく。

 キンカクモンが空中で身動きできない今がチャンス!

 俺はメカノリモンを操り落ちていくキンカクモンに急降下で向かって行く。

 

「覚悟しとけ! かなり痛いぞ!」

 

「≪ジャイロブレイク≫!」

 

「チィ……≪鬼爆葬≫!!」

 

 キンカクモン苦々しい表情を出しながら金棒をメカノリモンに対して振り抜いた。

 しかし、空中にいて思うように力を入れることができないキンカクモンの攻撃と、急降下による落下エネルギーが加わったメカノリモンの鋼鉄の拳……どちらが勝つかは明白だ。

 

「ぐぅ!? がはぁ!!」

 

 キンカクモンは下へと弾き飛ばされ、落下の勢いがさらに増した状態で床へと叩きつけられた。

 床は砕けてひび割れ、あたりが土煙に包まれてキンカクモンの姿が見えなくなる。

 俺とメカノリモンは床すれすれでUターンして再び空中に逃れて、その場で浮遊して様子を伺う。

 かなりのダメージを与えたはずだが、あのパワーを持っているってことは恐ろしくタフだという可能性もある。

 

「追撃だ!」

 

了解(ラジャー)

 

 俺がメカノリモンに指示をだすと、部屋で浮遊していた数字列が土煙を囲うために集まってくる。

 さすがにこれを受ければ確実にダウンするはず……

 

「起爆マデ、3…2…」

 

「……≪怒気怒鬼怒灸≫(ドキドキドキューン)!!」

 

「何!?」

 

 数字列による包囲が完了して技が決まろうとしていたその時、土煙の中から全方位に電撃が放たれ、包囲していた数字列がそれによってかき消されてしまった。

 状況から考えて、間違いなくキンカクモンが放った技だろう。

 

「……今のは効いた。やっぱ慣れないことするもんじゃねぇな」

 

「あれで決まりだと思ったんだけど……」

 

「まさか! ……まぁあの追撃はちょっと焦ったけどな。あれだろ? 爆発の原因は」

 

「さぁな」

 

「つれねぇな……まぁ、さっきので頭が冷えた。こっちの土俵に引きずり下ろしてやるよ」

 

 そう言うとキンカクモンは散らばっている瓦礫を掴み、電撃を帯びさせてこちらに向かって投げてきたり、柱を壊して瓦礫の雨を降らせることでこちらの飛行を妨害してきた。

 この攻撃なら躱すのにはさほど苦労しない。

 が、問題はバトルが膠着状態になったこと。

 今、この状況における勝利条件はパレスを脱出して逃げだすことで、敗北条件はもちろん俺達が負けてしまうことだ。

 負ける相手はキンカクモンだけでなく、アスタモンも含まれる。

 もしアスタモンが封印の解除を諦めて戻ってきたら、太刀打ちできる気がしない。

 つまりさっさとキンカクモンを倒し、脱出ルートを確保しなければならないといわけだ。

 しかし、接近戦では≪フルポテンシャル≫で底上げしたメカノリモンのパワーでも不利になり、遠距離攻撃の≪デリートプログラム≫もさっきの全方位電撃で数字列がかき消される。

 残る攻撃手段は≪トゥインクルビーム≫のみだが……恐らくまた電撃でかき消されるだろう。

 決定打が入らないというのが今の状況だ。

 何とか隙を作り出せれば……こんなときストライクドラモンが居てくれれば、接近戦と後方支援で役割分担ができたから、そこまで苦戦しないと思うけど……

 まぁ、ないものを願ってもしょうがない。 

 

「当たらねぇ……さっさと倒してアスタモン様のところに行きたいってのに!」

 

「俺達を無視して行ってもいいんだぞ?」

 

「本当か!? ……って騙されねぇぞ! そうやって今度は別の機会を狙うつもりだろ!」

 

「いや、そんなことないから」

 

「はん、どうだか。考えてみれば、どっちにしろアスタモン様から絶対に逃がすなって言われてんだ。そんな選択肢はなかったな」

 

 あんまり期待してなかったが、あっちは退く気はさらさらなさそうだ。

 しかし、メカノリモン1体だと対処に時間が掛かりすぎるし、どうすれば……

 

「……ちょっとちょっと。ベルゼブモン様の家でこれ以上の好き勝手はさせないわよ、この怪力女」

 

「……んだと? 誰だ!」

 

 俺がこの後どうするかあれこれ策を考えたところで、キンカクモンのいる方とは別の方向から声が聞こえて来た。

 この声は……

 

「ノワールか?」

 

「苦戦してるようね、小さな勇者君。手を貸すわよ」

 

 声のした方向に目を向けると、俺達のいた通路からノワールが悠然と歩いてくるところだった。

 どうやら力を貸してくれるようだ。

 ノワールほどの素早い動きの持ち主なら、キンカクモンの隙をつくりだしてくれるはずだし、2対1なら比較的早く片が付くだろう。

 

「ブランはどうしたんだ?」

 

「ブランは接近戦が主体なの。でもあんな馬鹿力を持つ奴を相手にさせるなんて、危なくてしょうがないわ。それともあたし一人じゃ不満?」

 

「いや、普通に助かる。一対一じゃ隙をつくるのが難しかったんだ」

 

「じゃあ、掻きまわせばいいのかしら?」

 

「あぁ。具体的には……」

 

「……女か。はは~ん、そういう事か……」

 

「何よ?」

 

「とぼけんな! お前らあたしとアスタモン様のの仲を引き裂くために協力したんだろ! そこの黒い女はアスタモン様が目当てで、メカノリモンの奴はあたしが目当てなんだろう?」

 

「は、はぁ!? 何言ってんのよ! あたしはベルゼブモン様一筋で、そもそもブランを泣かしたおっさんに惚れるわけないじゃない!」

 

「お、おっさんだぁ!? どうみたって最高にかっこいいクールなお兄さんだろうが! ていうかベルゼブモンなんて太古の昔に死んじまったデジモンじゃねぇか! 現実を見ろやメルヘン女!」

 

「何ですってぇ!!」

 

 うわぁ、また話が変な方向に動き出したぞ……

 

「ちょ、ちょっとま……」

 

「大体からベルゼブモンなんてぼっちの魔王に惚れる理由がわかんねぇ。男ならアスタモン様みたいに多くの部下を持って君臨して、そしてそれを完璧にまとめ上げるカリスマを持ってこそだろ。ベルゼブモンが孤高だったのはそのカリスマがなかったからじゃねぇの?」

 

「そんなことない! ベルゼブモン様が孤高だったのは弱き者を攻撃しないって信念を確実に貫き通すためよ! もし頭の悪い部下がいたらそれが台無しになるじゃない!」

 

「そんな奴を出さないためのカリスマだろ? 結局、部下をまとめ上げる自信がなかったんだ。これが事実だ。理想じゃなくて現実を見な!」

 

「現実を見るのはどっちよ! あんたみたいながさつな女に男が惚れるわけないでしょ!」

 

「誰ががさつだ! 現実を見るも何も……あたしとアスタモン様は両想いだからもうそんな心配する必要ないし~♡」

 

「は! 怖い顔して、頭の中はお花畑みたいね。そのアスタモン様とやらはあなたの名前を聞いた時にうんざりとした表情をしてたわよ。 とても両想いには見えなかったわ」

 

「う、嘘つくんじゃねぇ! アスタモン様があたしを嫌ってるはずが……」

 

「あら~声が小さいわよ~。ほんとは心当たりがあるんじゃないの~?」

 

「ぐぅ! ……いや、分かったぞ。そうやって動揺を誘ってあたし等の恋仲を引き裂こうって魂胆だな! 騙されねぇぞ、この性悪メルヘン女!」

 

「あんたこそどこまで都合よく解釈すんのよ! あんたの脳は筋肉で出来てんじゃないの!?」

 

「なんだとぉ!?」

 

「何よ!?」

 

「…………女って怖いなぁ」

 

「同感デス」

 

 売り言葉に買い言葉でノワールとキンカクモンの口論はどんどんヒートアップしていき、2人は完全に俺達の存在を忘れてしまっているようだ。

 なんだろう、今日は女難の相でも出ていたのだろうか。

 何となくだけど、いま割って入ったらひどい目に会いそうなので、口論が終わるまで待とう。

 いつまで続くのか不安だったが、2人の口論はそこまで時間をかけずに終結した。

 

「はぁ、はぁ……もう、きりがないわ」

 

「こっちのセリフだ……こうなったら腕ずくでねじ伏せてやる」

 

「脳筋らしい答えね……でも同意してあげるわ」

 

「脳筋は余計だ……てめぇみてぇな華奢な体つきのデジモンなんて、あたしの攻撃が掠りさえすれば一撃だ」

 

「ふん。あたしのスピードを見れば、それさえ不可能だってあなたの頭でも分かるはずよ!」

 

 両者は口論が不毛だという事にようやく気付き、お互いに構えて戦闘態勢へと入った。

 先に動いた方はノワールのほうだ。

 ノワールはまず牽制射撃を数発放つが、キンカクモンは発射された小さな光弾を金棒を盾にして弾く。

 その隙にノワールは柱と柱の間を素早く移動し始めた。

 

「……チィ、はやいな……」

 

「食らいなさい、≪ミッキーバレット≫!」

 

「くぅ!?」

 

 ノワールが高速移動しながら2丁拳銃を乱れ撃ちをすることにより、キンカクモンは全方向から光弾に晒されることになった。

 1発1発の威力は低いものの、これを受け続ければダメージは無視できないものへとなっていくはずだ。

 

「……まどろっこしい! たぶんそこだぁ! ≪雷光鬼蹴≫!」

 

「え!? なんでこっちの移動パターンが……」

 

「女の勘だ!」

 

 しかしそのままダメージが入るのを座して待つキンカクモンではなく、ノワールの未来位置を予測して高速ので雷撃キックを放った。

 このままいけば、攻撃が当たる当たらないに関わらず距離を詰められてしまい、ノワールの銃の間合いではなくなる。

 だが、俺達もそれを黙って見ているはずがない。

 

「させるか!」

 

「チィ!? 邪魔すんな!」

 

「ありがと、助かったわ」

 

 俺はメカノリモンをノワールとキンカクモンの間に割って入らせ、キンカクモンの放ったキックを体を張って受け止めた。

 これでノワールが距離をとる時間が稼げる。

 

「この……≪鬼爆……」

 

「今度はこっちが助けてあげるわ! ≪ブレスファイヤ≫!」

 

「なっ!?」

 

 ノワールはキンカクモンの力が完全に入りきる直前に、2発の光弾でキンカクモンの手元を狙い打ちにすることでキンカクモンの技を崩した。

 

「よし、チャンスだ!」

 

「≪ジャイロ……」

 

「ウオオオオオオ!! ≪怒気怒鬼怒灸≫(ドキドキドキューン)!!」

 

「これか! 仕方ない、離れるぞ!」

 

 体勢を崩したキンカクモンにこちらの技が入ると思われた直前に、キンカクモンの全身から電撃が迸り、メカノリモンの後退を余儀なくされた。

 あれがあるから接近戦も無闇にできない。

 組み合った状態であれをされればたまったもんじゃないな……

 

「≪トゥインクルビーム≫!」

 

「!! チィ!」

 

「……避けた?」

 

 キンカクモンの電撃が収まった時をみて放ったビーム攻撃を、キンカクモンは横に飛んで避けた。

 もう一度あの電撃を放って迎撃すかと思ったが……もしかすると……

 

「メカノリモン!」

 

「≪デリートプログラム≫!」

 

「あれか……めんどくせぇな!」

 

 キンカクモンはメカノリモンから放たれた数字列を見て、囲まれないようにしながらこちらに向かって来ている。

 電撃によってかき消すという事はしない。

 

「なるほど、さっきの技はタイムラグがあるな」

 

「ソノヨウデス」

 

 よく考えれば、あの規模の電撃を発生させるには相当なエネルギーがいるはずだ。

 つまり、あの技を放つにはある程度時間が必要で、そしそれを使ったばかりの今がチャンスということだ。

 

「ノワール! 多少無理しててでも、この数分で決める! 今のあいつにさっきの電撃は使えない!」

 

「!! 見抜かれちまったか……」

 

「オーケー。あたしがあの脳筋女に与えるダメージは少ないから、あんたが決めなさい!」

 

「了解!」

 

 そこから俺達は攻勢に回り、今まで攻めたててきたキンカクモンは守勢に回ることになった。

 ノワールは素早く動き回って攪乱に徹し、メカノリモンには飛行状態からキンカクモンの隙を窺う。

 キンカクモンをノックダウンするならば、≪デリートプログラム≫では威力不足だ。

 キンカクモンを空中から叩き落とすときに爆発が直撃したが、あの時キンカクモンは怯んだ様子を見せずにこちらを迎撃しようと攻撃をはなってきた。

 ダメージは入っていただろうが、それでも致命傷ではなかったはず。

 ならば残る手段は……接近戦で≪ジャイロブレイク≫を直撃させるしかない。

 

「よし、行くぞメカノリモン!」

 

了解(ラジャー)

 

「!! 来るか!」

 

 キンカクモンは空中から突っ込んでくる俺達を見て、体をこちらに向けて金棒を自分の体の前に出し、盾にして防御の体勢に入った。

 以前銃撃は続いているものの、そちらは一旦無視して俺達の攻撃を受け止めるようだ。

 これは仕切り直した方がいいか……

 

「舐めないでよね! ≪ブレスファイヤ≫!」

 

「!? ガッ……」

 

 一旦空中に上がって再度攻勢を仕掛けようと思った矢先、ノワールが援護射撃で隙をつくりだしてくれた。

 まず1発目で金棒による防御をずらし、そして2発目の光弾がキンカクモンの鬼仮面に直撃して、キンカクモンは軽く仰け反る。

 防御は中途半端になり、十分すぎる隙もできた。

 

「しまっ―――」

 

「≪ジャイロブレイク≫!!」

 

「―――――!!?」

 

 そしてメカノリモンのパンチが中途半端な防御を押しつぶし、キンカクモンの体にモロに入った。

 キンカクモンの大きな体が宙に浮き、そして弾き飛ばされる。

 キンカクモンはそのまま自分が入って来たこの部屋の入口に飛んでいき、そこにあった通路を塞ぐ瓦礫の中に突っ込んだ。

 瓦礫の崩れる大きな音がした後に、そのあたりは土煙に包まれる。

 

「うわぁ……すごいの入ったわね。あの脳筋女でも流石に立ち上がれないでしょ」

 

「あれが効かなかったらお手上げだぞ……」

 

 飛行による運動エネルギーが加わった鋼鉄の拳だったし、防御もままならなかったからかなりのダメージは入ったはずだ。

 少なくとも無傷では済まないはずだが……

 

「ゲホッ、ゲホッ………くそ、効いたってもんじゃねぇ。並みのデジモンなら死んでた一撃だった」

 

 土煙が晴れると、そこには瓦礫を背にして倒れるキンカクモンの姿があった。

 意識は保っているようだが、この様子を見るとキンカクモンには戦う力は残って無いようだ。

 

「勝ったわね」

 

「みたいだな。あとはここを脱出するだけだ」

 

「あぁ~、そっか。アスタモンが戻るまでにここを出ないとね」

 

 俺達は戦いが終わったことが分かると、安堵の息を吐いてここからどうやって出るかを考え始めることにした。

 まぁ、たぶん瓦礫を退かすしか方法はないか……メカノリモンにはもう少し頑張ってもらおう。

 

「よし、メカノリモンで瓦礫を退かして……」

 

「……ねぇ、何か聞こえない?」

 

「ん?」

 

 ―――………ズズーン―――………ズズーン

 

 ……確かに耳を澄まして見れば、何かが崩れるような、地響きのような音が聞こえてくる。

 アスタモンが封印を抉じ開けようとしている音だろうか?

 

 ―――ズズーン! ――ズズーン!

 

 いや、この音は近づいてきてるし、何より音が聞こえる方向がアスタモンのいる大扉の方向じゃない。

 音が聞こえるのは、キンカクモンの倒れている通路の向こう側からだ。

 

「……やっと来たか」

 

 ズシーン!! ズシーン!!

 

 音はどんどん近づいてきて、もうすぐ側まで来ているようだ。

 

「どうやら、援軍みたいだ」

 

「えぇ、そうみたい」

 

 俺とノワールはキンカクモンの後ろの通路を油断なく睨む。

 このタイミングで増援は、ちょっとまずいかもしれない。

 もし、その援軍を倒すのに時間が掛かるようならば、タイムオーバーになる可能性が出てくる。

 そうならないように、出てきた瞬間から全力で攻勢に出て、何もさせずに潰すようにしなければならない。

 ノワールもそれが分かっているようで、音のする方に銃口を向けて準備万端だ。

 そうしている間にも音はどんどん近づいてくる。

 音からしてたぶん大型のデジモンだが、火力が足りるかどうか……

 

 ズシーン!! ………ドゴオオオオオオン!!

 

 そして、音の正体が壁を突き破って姿を現した。

 

「……な、何よこいつ……」

 

「……冗談だろ」

 

 敵が壁の向こうから姿を現したが、俺達は動くことができなかった。

 なぜなら速攻でケリをつけるという策が破綻したからだ。

 

 壁を突きやぶって出てきたそいつは、巨大な体を持っていた。

 メカノリモンに乗っていても見上げる形になるそいつの体は銀色で光沢を放っており、まるで何かの金属でできているようであった。

 背中に瓢箪を背負い、立派な1本角を持ち、腹部には透明なカプセルのようなものが埋め込まれていて、その中に玉座が置いてあるのが見えた。

 見ようによっては誰かを入れるためのスペースに見える。

 

 このどこからどう見ても頑強そうで巨大な鬼を速攻で倒す火力を、俺達は持ち合わせてはいなかった。

 

「……すまない……遅くなった……ここ、頑丈」

 

「いいさ。置いてったのはあたしだしね。それより、あの呆けてるやつらに名乗ってやんな」

 

「………わか、った」

 

 銀色の鬼は足元にいたキンカクモンを心配するように声をかけた後、その巨体に呆気にとられている俺達の方に顔を向けた。

 

「……鬼の金銀ブラザーズ……弟、ギンカクモン」

 

 そう言って、巨大鬼のギンカクモンは俺達を睨む。

 

「……お前ら…姉者に、怪我させた。………許さない」

 

 少ない言葉からでも分かるギンカクモンが放つ怒気に、俺達は息をのんだ。





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