不屈球児の再登板   作:蒼海空河

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お気に入り&感想ありがとうございます!

まだ拙い分ですが面白くなるよう頑張りますのでこれからもよろしくお願いします!


知ってて知らぬ世界

 ふわふわと揺られちゃぽちゃぽと水音が聞こえる。

 堂島闘矢の意識は定まらない。

 霧がかった思考の中――ただ声がどこからか響く。

 しまいに水気を帯び、ぼやける視界に一面の光が広がる。

 見えたのは一組の夫婦、そして白衣を着た人々。

 

『――もうすぐだ、頑張れ!』

『あ、あぁぁぁぁぁッッ!?』

『産まれました! 元気な女の子です!』

『15時間経過――かなりの長丁場でしたね』

『難産なのは予想の範囲内だ。母親はかなり消耗している。すぐさま次の準備を!』

 

 視界は闇色の幕が下ろされ場面は変わる。

 声と共に見えたのは真っ白な清潔感溢れる病院の一室。

 外には暖かい日差しと所々に雪化粧が施されていた。

 そこにいるのは穏やかな顔をした夫婦と小さな女の子。そして赤ん坊だった。

 

『名前はどうする?』

 

『雪那(せつな)って名前にするわ。春に雪が積もる日に産まれるなんてとてもロマンチックよ』

『そういえば昨日は春なのに大雪だったな。でも春だから今日にはあっという間に溶け消えるなんてな。

 刹那のような大雪ってわけか。でも心はあったかい子供でいて欲しいな』

『私とあなたの子よ。大丈夫に決まっているじゃない。ほら夏輝、あなたの妹よ』

『だぅ? きゃーきゃー♪』

『ははは! 夏輝も嬉しがっているようだね』

 

(誰――だ? ここ、は?)

 

 遠くのような近くのような――。

 聞き覚えのあるような無いような――。

 泥塗れで練習した後のように酷く疲れた彼はただただ眠気が誘うままに眠る。

 

 夢を見ていた。

 小さな女の子の赤ちゃんが暖かく見守られながら両親に育てられる様を。

 来る日も来る日も淡々と。

 それは何処にでもあるであろう幸せな一コマ。

 闘矢は何故自分がこの映像を見ているのか理解できないまま見続ける。

 何故か自分に呼びかけているような気がする声。

 

 ――雪那――セツナ――せつな――

 

(違う…………俺は闘矢……。どうじま、とうや、だ)

 

 ゆっくりと、しかし確実に霧が晴れ始めていた。

 そんな中彼の耳を捕らえて離さない音が届く。

 

(ッ!?)

 

 カンカンカン!

 脳裏に閃く光景は命を奪わんと近づく鉄の死神。

 

(や、やめ……!)

 

 ガタンゴトンガタンゴトン!

 その音は犯罪者を裁く13段の処刑台。

 絶対不可避の死。

 

(逃げ、ないと)

 

 必死にもがく。

 ただ心を支配するのは生存本能という原始的な欲求だった。

 

 カンカン!

 ガタンゴトン!

 

 カンカン!

 ガタンゴトン!

 

(イヤだ! 死にたく、無い! 早くここから逃げないと!

 だ、だれか助けてくれ……誰か――)

 

「あ、ああぁあぁぁぁあ!!?? イヤ、嫌、いやぁあぁぁぁ!!??」

「どうした雪那! 雪那!」

「あ、あなた病院に!」

「ああそうだ早く電話して――」

 

 その日ある街の一角で小さな事件が発生した。

 連日、芸能人のスキャンダルやスポーツの記事が紙面を賑わすなかで起きた当人達以外にとっては些末な出来事。

 特に報道されるわけでもなく、紙面に載るわけでもないその顛末はこうだった。

 

《ある日、両親に連れられ街を散歩していた少女が遮断機の前で列車が通り過ぎるのを待っていたところ、突如発狂したように叫び声を上げ昏倒した。

 両親は娘のただならない様子に即座に救急車を呼び搬送。

 身体に損傷はなく、脳波等各種機器も正常値を示しており、事実少女はよく日目を覚ました。ただし――》

 

「雪那、ほらにこーって笑ってみて!」

「うん」

「ほ~らお前の大好きな熊さんだぞー」

「うん」

 

「うん」「うん」「うん」「うん」「うん」――

 

 

 

 ――3歳の幼い少女は笑わなくなった。

 その少女は成長が早く、3歳児にしてはハキハキと喋ることができ、両親の自慢の娘だった。

 笑わない少女――しかし魂の無い人形というわけではない。

 話せば幼い子供特有の高い声で答えてくれる。

 リンゴやミカンなどの絵を見せてこれはなにかという質問にも、一語一語区切ってではあるが答えられる。

 ただ一般的な子供と違うのは声に抑揚が無く、感情を一切表に出さなくなった。

 精神科の医者に診ても貰っても『原因不明』と結果は芳しくなく、カウンセリングを受けても結局少女に笑顔が戻ることはなかった。

 

 いくつかの病院を周り、医者と両親は話しあった結果分かったこと。

 ある病院の医者、青島は両親にこう告げた。

 

「恐らくですが゛表出性言語障害゛の可能性が高いかと思われます」

 

 表出性言語障害――聞きなれない言葉に父、雲母誠二(きらら せいじ)は眉を顰める。

 

「表出性言語障害……? すみません寡聞にして聞いた事がないのですがそれはどういったものなんですか?

 多分、言語に関することとは分かるんですが」

「表出性言語障害とは主に生後~数歳までに起こる言語の遅延を差すもので、コミュニケーション障害といわれる精神疾患の1つです。

 症状としては知的障害と違い、こちらの質問にも普通に答えることができ理解もできます。

 ただ喋べろうとすると、1、2語程度しか話すことが出来なくなるものでして――」

「じゃあ! じゃあ娘はずっとこのままなんですか!?

 ねえ先生、ウチの娘はどうなんですか!?」

(みやこ)さん落ち着いて!

 ですが私もそこについてはお聞きしたいですね。娘はどうなんでしょうか?」

 

 医者はバツが悪そうに頭を掻く。

 

「すいません私の話し方が悪かったようで……。

 表出性言語障害は言語機能の成長が他の子より遅いだけで、小学校就学前にはみんなと同じように話せるかと思います。

 ただお子さんが線路の前で倒れたという状況が状況ですので断言はできないのですが。

 それより問題なのは感情に関しての面でしょう。

 状況から察して少女にとっては巨大な電車が恐怖の対象となり、極度の緊張感から昏倒したのではと思われます。

 こればかりは時間を掛けてゆっくり彼女の心をほぐさなければなりません。

 聞くところによると、御自宅は線路の近くだそうですが金銭面や仕事の事情で問題が無ければ、少し離れた場所に引っ越すことをおススメします。

 トラウマの原因が近くにいるとさらに悪化する可能性もあるので……」

「そう、ですか」

 

 肩を落とす両親。

 母、(みやこ)は顔を両手で覆い嗚咽している。

 この後遮断機の音や列車を酷く怖がるようになった幼い娘のために引っ越す事にする。

 

 そんな話をしている彼らの様子を1人の少女はただ無言で見つめていた。

 彼女は誰に気づかれる事もなく、スッとその場から離れトタトタと4階建の病院の屋上へと向かう。

 ガラリと少し錆びたドアを四苦八苦しながら開けるとそこには蒼空と干された白いシーツの海。

 それと一般開放されているのか日向ぼっこや談笑している人がいた。

 そこから人気のない場所までいくと見慣れない街を見下ろしながら少女は呟く。

 

「輪廻転生? 意味不明!」

 

 少女には記憶があった。

 産まれてから今日までの記憶。そしてそれ以前(・・)の記憶――前世の記憶が。

 

(俺は一体どうしたんだろう。これは夢か?

 野球ができなくて鬱屈がたまった末に気が狂ったのだろうか?)

 

 少女――闘矢の意識がはっきりとしたのは病院での事だった。

 最初は助かったのだとほっと息をしたのもつかの間、見も知らない大人2人に大丈夫かと連呼され良くわからないまま「うん」と返すしかなかった。

 でも彼が驚いたのはその後。

 

 まず体が小さい――明らかに子供、しかも男のアレが無いというおまけつき。

 転生などと非科学的なと笑い飛ばしたかった。

 これだけでも気が可笑しくなるほど動揺したのだが何故か笑えない。

 別に言葉の綾ではない。

 リアルに笑えなかった。表情筋が全て断裂していると錯覚するほど顔の筋肉は固かった。

 口周りの筋肉も常に硬直しており、話す言葉は日本語を覚えたての外人レベル。

 片言で単語を呟くようにしかできない。

 ポーカーフェイスを習得したと脳裏に浮かんだのは彼が野球バカだからだろう。

 

(なんだかんだで落ちつけられたのに1週間もかかったな……)

 

 次に変と思ったのは両親の髪色。

 父は赤で母が蒼なのだ。

 「真面目そうなのに髪染めてんのかよ」。

 最初彼は思ったが周囲を見ると普通に青、赤、緑の目に痛い原色を始めカラフルな光景が人々を覆っている。

 標識などは日本語なのにどこのゲームか、と別の意味で頭を抱えたくなった。

 自分の髪が蒼なのでそれもあるが。 

 

 別に異世界でもなく国名は日本。

 魔法があるわけでもなく。

 ただ髪がからふりーな世界だっただけ。

 西暦は2030年。

 覚えている限りでは2010年だったので20年後の日本、と言えなくはないが髪色が奇抜すぎてどう反応していいかわからなかった。

 

 でも其れさえも今の彼には些末な出来事といってもいい。

 彼は悩み続けた。

 野球の事なら1に2もなく優先させる彼は最初の一歩を踏み出せない。

 つまり――

 

(怖い……また野球が出来なくなる体になったら、嫌だ)

 

 野球がまた出来なくなるのが怖い。

 

 埃の積もったグローブは嘆く。

 冷たい感触しか返さないバットは喚く。

 袖を通さなくなったユニフォームは泣く。

 

 ――どうして私達を使わない?――

 

 ――使えねぇんだ! 俺の体じゃあ満足に使えねえんだよ……――

 

 ――右腕が駄目なら左。左が駄目なら脚。体が動くならいくらでも出来る――

 

 ――なんとかなるのは物語の世界だけだ! もう駄目なんだよ……全て駄目なんだよ――

 

 夢の中では死ぬまで一緒だと誓った道具達(なかまたち)から責められる。

 人生の全てだった野球を無くし生きるのさえ億劫な毎日。

 そしてここに来て女になるという奇想天外な事態。

 でも心に1つの光が燈る。どんな状況でもそれさえ可能なら歓喜に震えるだろう事実。

 

(野球が出来る。出来るんだ! なのに……震える。失うことが。やらなければ得る事も失うことも無いからと――)

 

 だが迷うということは野球がやりたいという事でもある。

 小さな胸の内には身を燃やしつくさんばかりの情火の炎。

 それは、野球が出来る、と思うたびに勢いをますばかりだった。

 

(にしても表情が表にでないし、声も碌にでねぇ。さっきの両親? と医者は障害がどーとか言ってたけど……)

 

 野球以外の事柄はあまり頭のよろしくない彼。

 彼らの言う言葉は的を射ていない――ストライクゾーンに近いが判定はボール、そう感じる。

 

(代償――って奴かもな……。思えば死んだっていいから野球がやりたいなんて考えていた時期もある。

 まさか文字通り死んで出来るようになるとは思わねえけど。

 でも神さんか誰か知らないが、その代わりに顔と声を持ってっちまったとしても納得しちまうよ。

 こんな姿になってたらさ……)

 

 見つめる自身の手。

 白魚のように穢れのない。

 マメだらけでガサガサだったかつての自分の手とは全てが違う。

 

(年をとれば戻る――そういう気がしねえな……。

 俺の勘がそう言ってる。表情も声も無くしたまんまな気が――)

 

 漫然とした中、不思議とそんな気がした。

 きっと新しい人生で野球が出来る――その代金として表情と声を支払った――そんな理屈もなにも無い想いが湧く。

 

 知らない街、知っているようで知らない日本。

 眼下には細い川が流れていて周囲には緑の木々が植えられている。

 木から落ちた若葉はただ流されているばかりだった――

 

 

 

 

 

 




【スカウト影道さんの評価コーナー】

「ここでは登場人物の能力を数字化して評価している。
 本編とはあまり関係ないのでさらっと流してもらっていい。
 ではさっそく今日の紹介に移ろう。
 本日は堂島闘矢くんだ」

【闘 矢】

球速:151k/m 評価A
制球:57 評価D
スタミナ:93 評価A
変化球:スライダー3、カーブ1、SFF2、フォーク4、カットボール7 評価A

ノビ○:手元で球が打者の予想以上に落ちず打ちづらい
根性:体力の限界を超えても球威がなかなか落ちない
尻上り:後半に行くほど手が調子がよくなっていく
ピンチ○:失点の危機に陥るとむしろ奮起する
闘志:闘志を前面に押し出したピッチングをする
重い球:球威があり打ち返しづらい

能力解説
H:0~19――論外だね
G:20~29――もう少し練習したほうがいい
F:30~39――なんとかならないだろうか
E:40~49――最低限のレベルではある
D:50~59――まあプロでは入られるレベルだね
C:60~69――これだけあればレギュラー確実だろう
B:70~79――一流の選手としていいレベルだ
A:80~99――素晴らしい! 日本球界を背負って立てるね!
S:100以上――これほどの選手は見たことがない! メジャーでも通用するレベルだ!

変化球
10段階評価


「某野球ゲームに似ているのはスルーして欲しい。
 それはさておき。
 素晴らしい才能だ! すぐにウチの球団に来てほしいレベルだ。
 これで2年というのだから末恐ろしい。
 それだけに怪我で失ったのが本当に残念だ。
 事故で亡くなったそうだが冥福を祈るよ。
 せめてあの世では野球を楽しんでいるといいのだが……」

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