不屈球児の再登板   作:蒼海空河

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やっと雪那さん登板!
先生お願いします。


積み重ねてきたものはなにか

「――――でアンタ何投げるつもり?」

 

 なんとか興奮が収まってきた咲夜は、相手に口元を読まれないようグローブで口を隠し、マウンドに立つ雪那に問う。

 内容は球種。

 現在はその打ち合わせ中だった。 

 

 約20年前に発足した女子野球において投手の求められる技能はいかに『変化球を扱えるか』という事を主眼に置かれていた。

 元々男性より、しなやかな筋肉を持つ彼女たちから放たれる変化球は独特の変化をもたらす。

 観客席(外野はさすがに分からないが)からでも分かりやすい程曲がるのだ。

 力強い、速い球を持つ男子野球とはまた味の違う野球が女子野球の魅力であった。

 

 咲夜が聞いたのも変化球をいくつ使うかというもの。

 雪那は「魔球は浪漫」と称してジャイロボールとナックルを練習していた。

 とはいってもプロですら使い手が皆無の超高難度の直球と変化球。

 

 螺旋軌道のジャイロボールは失敗して遅い直球やスライダーになることが多く。

 マウンドからホームまで、ほほ0回転~1回転という極少量の回転を球に加えるという繊細な作業に四苦八苦していた。

 

 ゲームのように経験値を溜めて覚えました――などとできるわけがない。

 コツを掴んだかもしれない、といったレベルだった。

 それでも並大抵の練習で至れる境地では無い。

 雪那が5年間、不断の努力を重ねてきた成果。

 

 ただ実戦レベルではまだまだ使えるわけもなく、甲子園に行くその日までに修得しようと磨いている最中だった。

 

 

「確かTVで言ってたのが……小1中2高3変化球論だっけ?

 小学生なら1球種は覚えた方がいいって言ってたしアンタもいくつか使えるんでしょ?」

 

 小1中2高3変化球論――小学生で1球種、中学生で2球種、高校生で3球種は変化球を使えた方がいいという一昔前なら考えられない理論。

 ただし小学生は1球種まで――小さい内は肘や肩の負担が大きいのであまり投げさせないようにという注意が付くが。

 兎や琴山も1球種まで。そしてあまり投げてはいない。彼女たちも負担が大きいだろうというのは理解していたからだ。

 

 女子野球では長く投低打高【投手の実力と比較して打者の実力が強い】の時代が続いている。

 140k/m以上を投げる投手も存在せず、投げてもレベルの高い打者にはことごとく打たれる。

 そんな状況から、柔よく剛を制すという諺のから至った。

 豪の速球では限界がある――なら柔の軟投派や技巧派で勝負するしかない、

 

 そうして変化球&制球重視が現在の女子野球。

 速球派はプロでは皆無。

 学年が上がるごとに消えていく。

 

「使える、けど、使わない(アイツらにはグーの音も出ない程の実力差を見せつけないと気が収まらねぇ……ッ!)」

「ってやっぱ使えんのね……ちなみにいくつ?」

 

 咲夜は雪那が変化球を投げたところを見たことがない。

 肘に負担がかかる練習はまだ駄目だと本人が言っていたからだ。

 しかしこの野球バカ――同時に天才的なセンスを持つ雪那なら、いくつか実戦レベルの球種を使えるに違いないとカマを掛けた。

 そして案の定、

 

「5、6個?」

「どんだけよアンタ……まさかこっそり練習してたとか?」

「数回、投げて、できた(まさか前世で野球やってましたとか言えんしな。あ、使えないって言えばそれで済んだんじゃ。

 ……チッ! 頭に血が昇り過ぎてんな……どうも)」

「…………投手じゃないから分からないけど、相変わらず規格外だというのはよっく伝わったわ」

 

 スライダー、カーブ、SFF、フォーク、カットボール――雪那が以前(・・)使っていた変化球。

 調整がてら投げてみたら、指先がキチンと覚えていたらしく幾分変化した。

 キレ等は見るも無残な出来でコントロールも定まらず、肘も突っ張る感触を感じすぐに封印したというオチもついたが。

 今は雌伏の時。

 元来のメイン武器である直球を極限まで鍛えようというのが現在の方針。

 雪那はそのため、走り込みで土台となる足まわりを鍛え上げ、球速にも多大な影響を及ぼすフォームのチェックも欠かさない。

 その成果が今、試される。

 

「サイン、大丈夫?」

「これでもアンタより成績上よ? 覚えたわ。

 じゃあ、ストレートだけで勝負するのね?」

「4シーム、2シーム、使う」

 

 シームとはボールの縫い目の事。

 投げた時、ボールの縫い目がいくつ来るかで4シーム、2シームと呼称が違う。

 

 4シームなら縫い目が多い分、ボールの揚力が増し球が伸びやすくなり、制球も安定する。通常日本の投手は4シームをメインに使っている。

 2シームだと縫い目が少ない分、ボールは揚力が減り、球は伸びない。4シームより若干ボールが沈むように見えるので打者は打ち損ねる可能性が高くなる。

 またボールの縫い目に沿って握り投げるとその分さらに球速が落ち、変化が大きくなる。雪那も縫い目に沿ってボールを投げるタイプだ。

 ただ雪那は別の問題もあって4シームと2シームを使い分ける必要性があったので使っている。

 それはもう少し後の事。

 

「オッケー、じゃあサインも加えって……。

 いよっし!

 じゃあ雪那、あのムカつく顔面ジョーク共の顔をピカソにしちゃいなさい!!」

「ん、絵具」

「いやそこはボケなくていいから」

「残念」

「ふふふ♪ 少し落ち着いてきたみたいね」

「――あ」

「アンタの相方やって5年よ?

 冷静に振舞ってても見え見えなのよ。

 ぐつぐつに腹が煮えてるのは私も同じ……けどそれじゃあ、うまく投げれないんじゃない?

 怒りつつもそれは頭じゃなく球に込めてやりなさいな。

 アタシが全部……受け止めてやるからさ」

「うん、わかった(まいったな……小4に諭される俺ってもしかして、バカなのだろうか?

 いや野球バカではあるからいいか、うんうん問題無し。

 にしても女は早熟っていうけど、凄ぇな咲夜は。

 マジでおっきくなったら惚れるかもな――いや捕手としては、もう惚れそうだ……最高だよお前。

 だから、俺の全力――

 

 受け取ってくれよ!!!)」

 

 表層は咲夜の言葉で冷えた。

 しかし内心に燃え滾る情熱を胸に彼女は振りかぶる。

 渾身のストレートをミットに叩きこむために。

 

 

 ~~5年生チーム 5回表攻撃~~

 

 

「ちっ、落ちつきやがったか」

 

 琴山は雪那の様子を見て吐き捨てるように言う。

 咲夜と会話した後いつもの雰囲気に戻ったと彼女は感じた。

 実際には少し違う。

 その程度で収まる程、彼女の怒りは小さくない。

 見た目は変わらなくともその内心は噴火直前の活火山。

 そして噴出したいその思いは全て左手の白球に込めていた――

 

 

 

「左か……」

 

 5年生チーム最初のバッターは一番杉浦。

 守備は苦手だが打撃には自信がある。

 兎に対しても4番の久永に次いで2打点を挙げていた。

 グリップを長めに持ち、雪那の動きを注視する。

 そして振りかぶった。

 相手は右足を高く振り上げYの字を描くようにフォームを繰り出す。

 その姿に若干気遅れしたものの、

 

「ふ……(派手なフォーム時代遅れなんだよ)」

 

 即座に否定する。

 走者のいない時はまだしも、クイックモーションではできない投球スタイル。

 なら最初からクイックに対応したフォームで投げろよ、というのが彼女の主張だった。

 琴山も同様でクイックモーションのように動作を開始してから投げるまでの時間が短いフォームで投げるタイプだ。

 ただし野球規則にある反則『打者の隙をついて意図的に投げる行為はクイックピッチとされボールを宣告される』――という反則スレスレを衝こうという意図が彼女にはあるが(現実に何度かボールを宣告されたことがある)。

 それは兎も角。

 

 雪那は動作を開始した。

 大地に根を張るように足を踏みしめ。

 流れるように腰を捻り、同時に足を天に掲げる。

 睨みつける瞳はミットをただ見据え。

 体を前に、肩と肘と続く。

 引絞られた全身はギリギリまで弓を引くように体を曲げ――

 

 

 

 杉浦はバットを握りしめタイミングを見計らった。

 コンマ数秒の空間。

 まだかまだかと杉浦は待つ――ただ待つ。

 しかし来ない。

 振りかぶっているのに球が何故か投じられない。

 

「……(遅い! ボークじ――――)」

 

 じゃないか――そう言おうとした時。

 

 

 

 ――放たれた。

 

 スパァン!

 

「……は?」

「ストライク!!」

 

 ギリギリまで引絞られた雪那の腕(ゆみ)は放たれたと同時にミットに収まった。

 コースは真ん中よりややインコース。

 絶好の甘い球を見逃した。

 杉浦は動けなかった。

 まるで全身が凍りついたかのように(・・・・・・・・・・・・・)

 

 周囲もまた驚いていた。

 5年生は一同に「は、はや……」と口を漏らすのみ。

 速球派を自称していた琴山は口をアホのようにポカンと開けたまま固まっていた。

 

 

 守備についていた4年生チームの反応はいくつかに分かれていた。

 兎は、

 

「ふぁ……!? 球が光になっちゃった。

 凄いや……とても、綺麗」

 

 尊敬の眼差しで雪那を見つめる。

 投手をやっている兎には分かる。

 どこぞの芸術作品のように完成されていると感じる綺麗なフォーム。

 彼女が目指す境地にすでに至っている雪那の姿。

 嫉妬など感じるまでも無いほど圧倒的な力には尊敬の念しか湧かなかった。

 

 夕陽は逆。

 

「なんで同年代なのに……打撃も守備も出来まくって、投球も……?

 認めない……兎とワタシのペアが一番だもん……っ!」

 

 野球部に入って一緒に大活躍してみんなに認められて――

 そんな夢想をしていた夕陽は否定する。

 アレは出鱈目だと。インチキだと。

 存在自体が可笑し過ぎると。

 

 大鳳は純粋に喜んでいた。

 

「かかかかかっっ♪ やっぱぁてめぇはそうだ。

 俺様と同じ天才だ。

 ギフトを産まれついて持ちうる輩。

 いいぜぇ~だからこそ面白れぇ。

 そんな奴を喰い破ってこそ俺様は強くなれるんだからな」

 

 獲物を狙う目で雪那を見る。

 

 音猫、輝、芽留は同じ様な反応。

 

「まぁまぁ、いつも通りの雪那さんなのに皆さん何故そこまで驚かれているのでしょう?

 あの程度、まだ本調子でもないのに」

「にゃは♪ 驚いてるなー驚いてるなー、おもしろーい!」

「わふわふ♪ びっくりーびっくりー変なのー!!」

 

 そして咲夜は――

 

「ふん……莫迦らしい」

 

 マスクの下で吐き捨てる。

 特に5年生の反応に対して。

 

「当然なのよ、この結果は。

 (そう――至極簡単な結果よ。1足す1は2より決まり切ったもの。

 あんたらが、せっせと反則ワザを磨いて、ファッションやアクセサリーに興じるなか、コイツは全てを捧げてきたの。

 野球というスポーツと真正面から向き合ってきた。

 ひたむきに。ひたすらに。初恋に一途な乙女のように。

 雪那は自分理解しないバカ低能共の矮小さに目もくれず、己の技能を磨いてきた。

 純粋で真っ白な心で。名前の通り新雪の心で。

 

 1年も多く練習時間があったのに無駄にしてきた、アンタらじゃ敵う道理は無い。

 天才なんかじゃない――ただ積み重ねてきた結果。

 努力という紙を重ねて壁のように積み上げた結果なのだから――)」

 

 阿呆のように惚けた打者をほっとき咲夜は簡単なサインを出す。

 そして構えた。

 ド真ん中に。

 

「いつでもこっちはオーケーよ。

 (コントロールなんていらない。

 必要なのは真っすぐ。

 真っすぐなアイツは心のどこかで燃え盛ってるだろう。

 だったらその気の向くままにすればいい。

 だって――アタシもムカついてるんだからね!!)」

 

 パンパンとグローブは叩く。

 さっさと打つ体制に戻れを暗に告げる。

 杉浦もはっと気づいたのか構え直すが動揺しているのは手に取るように分かる。

 雪那と咲夜の相手では無かった。

 

 ズバン!

 

「ストライク!」

 

 スパン!

 

「ストライッバッターアウッ!!」

 

 2番。

 

「え、え、え?」

「ストライク! バッターアウト!」

 

 3番。

 

「ちょっとまってよ……どうやって打つのこれ?」

「バッターアウト!」

 

 投げるまでが異様に遅く、投げた後は凄まじく速いキレのあるストレート。

 だがただ速いだけの球では無い。

 もう一つ雪那には凶悪な球の性質がある。

 それが現れるのは次のイニングでの事だった。

 今はただ雪那の球に翻弄される5年生たち。

 上位打線にボールを掠らせもせず三球三振。

 凍りついた彼女らにバットが動くことは一度もなかった。

 

「次は、攻撃」

 

 スタスタと歩きマウンドを去る。

 咲夜、音猫、双子と続き、他の4名も慌てて守備からベンチへと戻る。

 

 5-9。

 4点差。

 残り攻撃は3イニング分。

 

 全員がもう一度打席に立つ機会が巡る。

 当然雪那も――

 

 

 

 




【影道さんのスカウトコーナー】

「今日はなかなか有望そうな子を見つけたので紹介しよう。
 少々調べるのにトラブルはあったが……」

 大鳳 ひ(本人が激しく載せるなと抗議したので名前不明、苗字はおおとり)

 守備内野全般
 メイン 三塁
 右投右打 打法――クラウチング

 ミート:F
 パワー:A
 走力:E
 肩力:C
 守備:D
 エラー回避:F

 花火職人:打球の弾道が高すぎてフライになりやすい。しかし天候が味方すると……?
 ブルヒッター:引っ張り方向の打球が飛びやすい
 4番○:4番になるとやる気を出し打力アップ。それ以外の打順だとやる気をなくし、打力ダウン
 三振女:2ストライクに追いつめられると三振しやすい
 積極打法:積極的にバットを振る
 強振多用:ミートバッティングよりホームラン狙いの強振を多用する
 チーム×:チームの事を考えたバッティングをしない
 
「うーむ……パワーが凄いなパワーが。肩も良い。
 しかし一発狙いの性格がいかんともしがたいな……。
 スイングがぶれているのかミートも苦手のようだ。
 典型的な筋力で飛ばす外国人タイプのバッターだ。
 スイングが安定すれば凶悪な4番打者に変身するだろう」





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