~~2回表 5年生チーム攻撃~~
「さあ、やろうか」
4番、
落ち付いた雰囲気で投手を見やる。
それに対し、
「うぅ……(なんかこの人、凄く打ちそうな空気……怖い)」
怖いので極力目を合わさないように信頼する捕手のサインに注目する。
夕陽は最初、1本指を立て、次に4本指を立てた。
彼女たちのサインは単純に足し算。
立てた指の合計が4ならストレート。5ならカーブ。
今は合計で5なのでカーブの指示だった。
兎は心の中で落ちつけー落ちつけーとおまじないを掛ける。
昔から人と接するのが怖かった。
いつも夕陽の背中でびくびくしてばかり。
そんな自分に嫌気が差す毎日。
でも彼女はある野球選手の言葉を聞き野球を好きになった。
それはテレビで女子プロのヒーローインタビューでの事。
早く終わって9時からのドラマが始まってくれないかと思いながら聞き流していた兎の耳にスッと入る言葉。
『いやー今日は堂々としたピッチングでしたね! 向島選手!』
『ありがとうございます。今日は調子がよくて完投できました。
これも最後まで応援してくださったファンの声援のおかげだと思います』
『なるほど。ピンチになっても乱れない投球内容は素晴らしいかったと思います。
それもファンの後押しがあったおかげということでしょうか?』
『はい。
ただ私は昔怖がりでして、よくびくびく人の影に隠れていたりしたんですけどね』
『ほお! それは意外ですね。
ですが向島選手というと得点圏にランナーを置いての投球は防御率1点台の球界屈指のピンチに強い投手として知れ渡っているわけですが』
『そんな記録あるんですか。
まあ簡単な事ですよ。投手は1人じゃないって思うようになりまして』
『1人じゃない?』
『はい。至極当然ですが野球は9人でやってますからね。私の野球人生は仲間を信じ信じられて来ました。
ピンチの時も打たれたって周りの頼もしい仲間たちがいるんだって思うと不思議と心が落ち着くんです。
そうしていたら、何時の間にかどんな時でも最高のピッチングをできるようになったんです。
野球――そして仲間達が私の怖がりを無くしてくれたんですよ』
兎はこのインタビューを聞いて野球が好きになった。
自分の怖がりも野球ならきっと直してくれる。
仲間達がいればもっと安心できる。
素直な兎はそう信じてマウンドに立つ。
とはいえ――
「うぅ……(やっぱり怖いィィィ!)」
そう簡単に人は変われない。
夕陽はそんな兎の心中を知ってか知らずか低めにミットをずらす。
一度、一球打たれそうにない球を投げて気分を落ちつけようとしたものだった。
投げる兎。しかし緊張した体は指先に僅かな硬直をもたらしていた。
投げた瞬間兎は察知した。
(しまった!? 投げ損ねた!)
何処かに力が入り過ぎたのか指先は球を表面を滑りふわっとしたボールがミットを目指す。
幸いボールは外角へ向かう。
内角は引っ張られるとホームランの可能性があったが外角なら――
そんな兎は次の瞬間驚愕する。
「ふぅッ!!」
ガ、キィィィン!!!
鳴る金属音。
ボールは高く飛ぶ――
ここで緑川小学校のグランドについて説明する。
スポーツを振興しているこの市は半田舎という事もあり土地が多い。
それを生かし、市内には野球のみならずサッカーやバスケ、テニスなといくつかの施設も存在する。
そして緑川小学校には3つのグラウンドが存在する。
第一グラウンドは200mのトラックが存在し普段の体育を行っている。
遊具も多数あるので昼休みには子供たちの声が絶えない場所だ。
第二グラウンドはなにもない土のグラウンド。
普段はサッカー部などが使用している。
そして第三グラウンド。
ここが今雪那達がいる場所。
野球部がメインに使い、男女で2つに分けている。
2つの扇を反対から重ねたようにして使っており、ホームベースからセンターまで約100m弱。左右は90m程。
そんな球場で右打者の久永が打った打球はライト線ギリギリを飛び――――
高さ1mのフェンスを越えた。
「軽いな」
「あ――――」
タイミングドンピシャ。
真芯を捕らえた打球はホームランとなった。
あっさりとバッターたちが手に入れた1点を返し、試合は振り出しに戻った。
だが問題なのは――
「あ、あ、あ、あ……ご、ごめんみんなボクのせいで…………」
「ん、気にしない」
「そうですわ。打たれるのは投手の宿命。
出会い頭の一発なんてよくある事ですわ」
「でも……。ごめんなさい、ごめんさない、ごめ――!」
「らびちゃん慌てないでッ。大丈夫、大丈夫だから……」
タイムを掛けて兎に集まる。
ブルブルと肩を震わせる兎。
青ざめている彼女には他の人の言葉は届いていない。
辛うじて夕陽の言葉に頷くだけだった。
それを雪那は思案下に見つめる。
(メンタルが脆い……。
不味いな……経験上この手の奴はほっとくと崩れるから声を掛けるのは間違いじゃないんだが。
俺、打たれてもじゃあ次ーって感じで流すから、こういうタイプに掛ける言葉が思いつかねぇ。
でもダンマリは状況が悪化するだけだ)
「気にしない」や「ドンマイ」なんて気休めにもならない。
投手という人種は多かれ少なかれ完璧を求めたがる。
何故なら投手とは壁だからだ。
城に例えるなら城壁が投手であり、兵士は守備陣だ。
どんなに兵士が優秀でも壁が破られればそれまで。
逆に誰も通さない堅牢な壁は少数の兵士でも守りきれるもの。
それだけ投手の出来不出来は失点に大きく響く。
守備陣が優秀であればもちろん失点は少なくなるが、やはり失点の責任の多くは投手――または捕手にどっしりのしかかる。
それを理解している投手なら可能な限りの最高を求めるのは普通だった。
とはいっても雪那にとっては1、2点程度どうということは無い。
それは打撃陣の仲間を信頼しているとも若干違う。
自分の
ただ野球が好きで、野球に全てを捧げ、野球が己の人生と心の底から想い生きてきた前世の自分。
その行動が自らの能力を限りなく高めてきた。才能があるか分からない自分を際限なく鍛え上げた。
野手としても高い能力を有する彼女はホームランの1、2発程度自分で生産出来てしまう。
文字通り自分のバットで失点を帳消しにする。
スカウトの間では投手か野手かで論議が起こったほどだ。
しかし兎は違う。
その細い腕、小柄な体格ではバットで返すことは非常に困難だ。
だからこそピッチングで守らなければならないのだが――
「すいません……次は打たれないようにします……」
なんとか絞りだした言葉で終わりにし、ナインは守備位置に戻る。
しかし兎にとって相手チームとの相性は最悪だった。
「ほらほらー! さっさと投げなよ!
こっちゃあつかえてんだよ!」
「す、すいません!」
タイムを掛けてやっているから問題は無いのだが、それを指摘する5年生。
幼い心。ただでさえ人を気にしすぎる大人しい兎は慌てて投げる。だが、それはただの力ない球。
絶好の獲物。
カキィン!
「あ――!?」
「おりゃあ!」
キィン!
「そいや」
ガキィン!!――
動揺した兎を狙い打つ
ただ打つだけではない。
「うわぁ!!??」
「おっとぉ! ごめん手が滑ってんだよ」
空振りしたバットをそのまま投手に投げつける。
当たりこそしなかったが金属製のバットを遠心力をプラスした物体を投げるのだ。
怖くない訳がない。
兎が1塁のカバーに入ると――
「ッ~~~!?」
「つー! 悪いなあ後輩、勢いついちまってさー」
1塁へ走者がヘッドスライディングをかまし、兎ごと倒れる。
ボールを受け取っていた彼女は、この体当たりまがいのプレーで吹き飛ばされる。
「痛い……いたいよぉ……えぐっえぐっ」
「ちょちょっとらびちゃん大丈夫!?
あんたらふざけてませんか!!
いくらなんでもこれじゃあ――――」
「あ? なーに言ってんだよぉチビどもはよー。
これぐれー野球じゃ日常茶飯事だぜ?
それを公式試合じゃない場面で教えてるんだから感謝して欲しいくらいだ。
オラとっとと守備戻れや!
プレーとめてんじゃねぇよ!」
「く~~~!!」
「うう……いたい」
限りなく黒に近いダーティープレーに兎は調子を崩し、さらにそれを狙い打たれる。
もちろんただやられていたわけではない。
~~2回裏 4年生チーム攻撃~~
二回表で大乱調の5失点を喫した状態。
現在1-5。
5年生のラフプレーで一際ムカついていた人。
それは、
「こっちもやられっぱなしじゃ気が治まらないのよぉ!!」
「な……」
カキン!
1塁線を鋭く破るツーベースヒット。
此華咲夜。
外野なので内野でのもめごとに介入しづらいが、彼女は微妙にキレかけていた。
正義感が強い上に普段は、幼馴染がクラス内で不遇を囲っているのに怒り、ストレスは溜まる一方。
顔を怒りに歪ませて打つ姿に5年生たちも一瞬ひるむほど気迫に満ちていた。
((アイツだけは手を出さないでおこう……))
ひそかに危ない人認定されていた。
7番、獅堂音猫。
「ワタクシ、打撃は芸術だと思ってますの」
「はあ? なにいって――」
「それは――――こーいうことですわあ!!」
キン!
外角低めの球を掬うように撃ち返し、ポテンとセンター前に打球を落とす。
「ホームベースで鳴り響く
「それギターじゃねえの……?(こいつは頭沸いてんのか? おかしな奴は置いておこう。なんか怖いし)」
音猫――おかしい人認定。
そして8番、雲母雪那。
ノーアウトランナー1、3塁。
奇しくも1回と同じ場面で打席に立つのは、白磁の肌を持つ雪姫。
同じ日本人と疑いたくなる生きたビスクドールが静かに佇んでいた。
息をのむ相手陣。
それほどの存在感を放つ。
守備でも1塁を守っているのだから見ているはずなのだが、打席に入った途端寒気がし始める投手。
誰にでも分かる――――コイツは危険だ、と。
「……あんたバットより楽器持ってたほうがいいんじゃない?」
それでもキャッチャーは口火を切る。
相手のペースに飲まれてはだめだ、こっちのペースに持っていかないと。
そう考えての言葉だった。
「……」
「もう4点差だ、返すのは無理だろう。無駄な努力なんだよ」
相手を揺さぶろうとする三山だったが反応はない。
ただあるがままに。
風に揺られれば消えてしまう粉雪の精霊。
人の言葉など意に介さないと態度で物語るかのようだった。
「ちっ(ダメだ……全然、反応しねぇなコイツ。
愛子、気をつけろよ)」
「ああ(フミーも別格と言ってたし真面目にやった方がよさそうね)」
5年生チームの久永文――155cmの高身長ながら態度は落ち着いており、このチームにとっての稼ぎ頭。反則まがいの行為も彼女だけは行わない。仲間のしていることも
そんな彼女は雪那にだけは反応した。
「あいつは危険だ」と。
バッテリーは頼りになる4番の言もあり、細心の注意を払い対応する。
そんな雪那はというと、
「にへ……(ひゃっほぉぉぉ♪ 打席じゃ打席じゃあ! 投げるのはおあずけ状態な分バットでお返しだあぁぁぁぁぁ!
いやー打席ってなんでこう立つだけで、心が震えるんだろう?
野球してるって感覚がビンビンに来るぜえ……。
さあ故意よ恋よ鯉よーーー楽しくいこうぜー!!!)」
静かな態度はただ脳内で興奮物質が大量に分泌されていただけだった。
元々表情が表に出ないだけという理由もあるが。
漢字変換する暴走している彼女は、ただ心から求めてやまない白球をひたすら待つ。
そしてその瞬間は訪れる。
投手がモーションに入る
「いただきます」
「は?」
捕手の耳に入ったのはそんな言葉。
異音がホームベースで響く。
ヒュッ――キィィィィィンンンン!!!
それはバットの風切り音とボールとのインパクト音が一緒に鳴った音。
からんころん。
バットを転がす音とともに雪那はゆっくり歩きだす。
ボールの行く末は知っているとばかりに。
「ゴチ」
引っ張った打球はポンポンと遠くで落下音を鳴らす。
レフトフェンスを越えた先で。
「はは、化け物かよ……」
外角低めの引っ張りにくい球を簡単に飛ばした彼女に対する評価だった。
白い肌で静かな彼女は誤解されやすい。
力が無さそうと。
しかし真相は真逆。
3歳から鍛え上げた体。
授業中では握力を鍛えるためにカチャカチャとグリップを握っていたりもする(先生に見つかり取り上げられていたが)。
食事にも気をつける。
母にリクエストして大豆など植物性たんぱく質重視で栄養を取っている。
肉類などの動物性たんぱく質もいいが、無駄に筋肉がつくと動きが鈍くなると判断してだった。
その成果か、スラリとした見た目は力の無さそうな細身だが、実際は無駄なく全身に筋肉がついている。
その身体で繰り出す段違いの威力を発揮するのは当然だった。
3ランホームラン。
咲夜――音猫――雪那が繋げる必勝の打撃ライン。
5年生はやっと分かる。
6~8番は第2のクリーンナップだと。
この後雪那はさりげに「いい天気」と、どこぞの勘違いホームランやろうのまねをして、当の本人からヘッドロックをかけられ悶絶するのは割愛して。
仲間達の手助けで踏ん張った兎だが、時に罵倒で、時に反則まがいのプレーの五年生チームの猛攻は続く。
だが順調過ぎたが故に彼女たちはとんでもない虎の尾を踏む。
ぐりぐりと地面と靴がミリ単位の差しか無くなるくらい踏んだせいで。
それは8番雪那を危険視したバッテリーが引き起こす。
野球を愛する者同士、多少のラフプレーは見逃し続けた雪那は5年生達に大激怒する。
熱血精神を宿す雪那は……雪女を他称される彼女は激怒のプレーを披露する。
彼女はただの野球バカではない――
次回は主人公無双です