不屈球児の再登板   作:蒼海空河

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輪が繋ぐかつての思い出

「あ、でも無理じゃないかしら雪那さん?」

「音猫、何故?」

「掃除、終わったらあるものはなんですの」

「えと……?」

 

 目の前の人参(やきゅうしょうぶ)に目が眩んで本当に分からないようだ。

 きょとんと空色の髪をゆっくり揺らし、顎に手を当てながら悩む。

 

「ああ、もうぉ!

 雪那さんはホントに可愛らしいですわ!!」

「わぷ」

 

 かいぐりかいぐり。

 音猫がやや暴走気味にハグして撫でまわしている。

 きょとーんとされるがままの雪那に、

 

「はあ……音猫も雪那が好きなのはわかるけど、もう少し時と場所を選んで欲しいよ」

「うはは! 音猫様はお人形好きだからにゃー」

「ふはは! ゆっきーはいつもの調子だわん」

「あんたらはそのふざけた口調をどうにかしてくんない?

 聞いててイライラしてくるんだけど」

「「いっやだー♪」」

 

 笑いながら咲夜の周囲をぐるぐる回るこの女の子達。

 顔が瓜2つ。

 いたずらっ娘の笑みを浮かべながら八重歯が光る。

 活発そうな赤い髪はよく似合う。

 この2人は河岸輝とその妹、河岸芽留。

 獅堂家に仕える執事の娘で一卵性双生児。

 見た目の印象にたがわぬ、いたずらっ娘な性格で真面目な咲夜とは水と油。

 今も彼女らはぶ~んと言いながら周囲を回って咲夜の神経を逆撫でしている。

 

「相変わらずふざけた奴ら……ッ!」

「「きゃははは♪」」

 

 めきめきと拳を鳴らす。

 殴りはしないが額に血管が浮き出ている。

 そんなやり取りを咲夜たちがしていたところ、男の子――雄二の声が響く。

 

「んだよそれ!?

 俺はこの雪女に勝負を――」

「そもそも何で勝負するのかが不明なのですけど」

「そりゃあ――」

 

 ちらっと雪那を見る雄二。

 ぎりっと歯を食いしばる。

 

「女の癖に――――だからだよ……」

「は? 声が小さくてわかりませんわ」

「知るか! もうやってらんねえ!

 おい雪女」

「ん」

「いつか決着つけてやっからな」

「いつでも、歓迎」

「けっ!!」

 

 そう言って雄二は去っていった。

 しかし雪那には何故ここまで敵視されるのかいまいち分からない。

 その後音猫と咲夜にも質問されたが分かるわけもなく。

 それより雄二が公然と掃除をサボったと気づいた彼女らは若干憤りつつさっさと掃除を終え仮入部の場所であるグラウンドへと向かう。

 しかし体操着を着て運動する気満々の一同に伝えられた言葉は、

 

「あーゴメンねぇ、女子野球部の仮入部って来週からなんだよー」

「まいが……世界、終わった」

「いや落ち込み過ぎよアンタ」

「おるつな雪那さんも可愛いですわ!」

 

 6年生の野球部員にそう伝えられた。

 無情にも仮入部は来週だという。

 今週から始まるのは男子野球部の方。

 何故女子野球部はやらないかというと――

 

「練習試合が突如決まってね。

 しかも強豪の新潟鳴訓小等部と新興だけど最近力を付けてきた佐渡南。

 うちらの様な弱小校とマッチングできる機会はそう無いんだよ。

 時期的にみて先方からすれば、仮入部員に自分らの強さを見せつけたいのかもしんないけど。

 まあ強い処とやれればこっちとしては経験積めるから否とはいえないし、さ。

 まあそんな自己都合で悪いんだけど、顧問の先生も相手との打ち合わせで忙しい関係で来週からなんだ。

 ごめんね」

「残念……」

「ま、今日は音猫ん家で練習しよ。少し伸びただけだしさ」

「そうですわ。輝、芽留、良いですわね?」

「「りょっかーい」」

 

 とぼとぼと力なく歩く。

 他のみんなはわいわいと今日はどうするなどいろいろ相談するなか、雪那はテンションが落ちた感情で適当に他を見回す。

 そして偶然目したのは男子野球部。

 グラウンドの反対側は男子野球部が練習していたのだ。

 

「よーしじゃあランニングからいくぞー!

 走りながら声出してくぞ!

 はい、ファイオー! ファイオー!」

「ファイオー! ファイオー! ファイオー!」

 

 皆楽しそうに走る男の子達。

 雪那はその姿にかつての自分の姿を幻視する。

 

 

 

『よっしゃー!

 ランニングいっくぜー!』

『どうせならなんか賭けねぇ?』

『いよーし!

 ならビリ穴はみんなにジュース奢りなっ』

『待てや闘矢、俺脚遅いんだぜ不平等だ!』

『努力、友情、勝利で頑張れ』

『そんな230円の雑誌でどうにもなんねぇよ!

 友情だったらお前負けろや!』

『正々堂々も大切だよな。

 ってわけでおっ先ー♪』

『てめぇ、この○○○○に誓った中じゃねぇか――』

 

 

 

 莫迦みたいに白球を追いかけた毎日。

 ふざけて土塗れ泥塗れになりながら笑顔に彩られた思い出。

 そこに何の疑問も抱かなかった。

 きっと何年経ってもこの関係は変わらない。

 数十年後にはあんなこともあったのだと、思っていた。

 いつまでも続くであろう毎日は闘矢が負った怪我とともに歯車が狂う。

 絶望が胸を締め付け、腕は軋みあげ、脚は悲鳴を上げる。

 這ってでもマウンドに立ちたいと願った日々は、神の奇跡か悪魔の悪戯か、再び叶うこととなる。

 

 女の身を持って。

 

 それに恨みを持ったことはない。

 もう一度できるだけで幸運だと雪那は心の底から思う。

 でも――

 

(できればあの中で野球をしたかった。つっても仕様が無い、か。

 に、しても――)

 

 偶然思いだす。

 彼女はかつて親友の健一郎と共に甲子園に行くと誓った。

 その時ある物を持っていた。

 

(願掛け――ってわけでもないが、もう一度アレを作るのもいいか……)

 

 その日から雪那は密かにある物を制作し始めた。

 それはかつての思い出を繰り返すもの。

 夕焼けのグラウンドでセンチメンタルな気分からふと思いついた些細なもの。

 でも、

 

(俺の野球仲間はケンや栖鳳の奴らじゃねぇ。今目の前にいるこいつらなんだ。

 だったら仲間の証を作ってもおかしく、ねえよな?

 だから――)

 

 

 だからもう一度。

 夢を見よう。

 掌からこぼれた夢を再び掬えた奇跡に感謝しながら新たな友とともに。

 雪那の表情は変わらない。

 でもその姿は少し寂しそうな印象を見る者与えたことだろう。

 しかし誰も気づかないまま、彼女は歩こうとし――

 

「雪那ー! なにちんたら歩いてんのよー。

 さっさといくわよ」

「さあ時間は有限ですわ。今日こそ貴女の球を完全攻略してみましょう!」

「「きゃははは♪ ゆっきーおそいぞー!」」

「うん、今行く!(やめやめ! 今はこんな良い奴らがいんだ! センチな気分はとっととしまいにして、野球をすっか!!)」

 

 振りきる。

 かつての友たちの顔は夕日とともに消え、今目の前の友とともに野球をやりにいく。

 野球をし続けていれば繋がっていられる。

 野球語は世界を超えて旧友達に繋がると信じて。

 

 

 ○  ○  ○

 

 

 一週間後。

 今か今かと放課後になるのを掃除しながら待つ雪那。

 そして終えたとき、

 

「野球! 野球! 野球!」

「はいはい、さあ今日からアタシ達の野球が始まる訳ね」

「本日は晴天ですわ。まるで今日という日を天が祝福しているかのよう!」

「うははー♪ いいですにゃー気分上々やる気十分」

「ふははー♪ 良いですわーん天気上々環境充分」

 

 5人ともるんるん気分でグラウンドに向かう。

 なんだかんだで全員初部活にわくわくしていた。

 いつもはさっさと帰っていた学校がちょっと違う日常になる。

 学校という世界で起きた変化に高ぶる感情を幼い彼女らが抑えれるわけない。

 どんな練習をするのか、最初は地味な練習だろう、でもバットやグローブを使って実戦的な事をするかも――そんな事を話しながら向かう途中雪那が足を止めみんなに声を掛ける。

 

「そうだ、みんな、聞いて」

「どうしたの?」

 

 普段から野球の事ばかりの雪那の事。

 きっと野球関連の話しだろうと思っていたみんなに雪那はふところから取り出したソレを全員に配る。

 それは――

 

「ミサンガ……?」

「ん、初部活、記念」

「まあ! 手作りですのね!」

「下手、だけど」

 

 ところどころ縫い間違えや布の分量を間違えた赤とオレンジのミサンガ。

 ただそれには作り手の必死さがひしひしと伝わる一品。

 かつて雪那は仲間たちに送った品がミサンガだった。

 ある外国のサッカー選手が作っていたことで有名になったミサンガ。

 彼女はこれから苦楽を友にする仲間たちに送った一品として作った事がある。

 キャラでない事は百も承知。ただなにか共通のアイテムというのに憧れがあった当時の彼は慣れない裁縫の本を見ながら仲間たちに送ったのだ。

 これから頑張ろう、甲子園でカメラにコレを見せつけてやろうぜ、なら指を天に指さして合図すっか――等々笑いながら甲子園に出場した事を夢見て話しあった思い出の品。

 

 もう一度頑張ろうという雪那の想いも密かに込めての一品だった。

 もちろんそんなことを咲夜や音猫たちは知らない。

 ただ不格好ながら、いつもの雪那らしくない――良くも悪くも野球人な彼女が送ってきたものに笑顔で、

 

「「「ありがとう!」」」

 

 そう返す仲間たち。

 赤とオレンジのミサンガ――それは2つの意味が込められている。

 赤は勇気――オレンジは友情。

 どんな苦難も勇気を持って立ち向かおう、俺達の友情は決して終わらない。

 弱小の栖鳳高校でそんな願いを込めて作った一品。

 雪那は「キャラじゃないな」と心の中で苦笑しながら、笑顔で答えてくれた彼女たちに一言答える。

 

「一緒、頑張る」

 

 これからの野球人生で長くいるであろう友たちに送る拙い言葉。

 ある者は素直に嬉しがり、ある者は少し顔を赤らめながら明後日の方向を向きながらその言葉を受け取る。

 グラウンドへ向かう彼女達はきっとこれかも友達でいるだろう。

 そんな中別方向から声がかかる。

 

「あ、あれ君はこの前の――」

「あーっ!? 湿布くれた女の子!」

「あらあら~ここが仮入部の場所でいいのかしら~」

「んだー? この場所でいいんかねぇ野球部の仮入部は。

 前みてぇに延期とかふざけた理由じゃねぇだろうな」

 

 5人の元にさらに集まる4人の少女たち。

 偶然にも野球をするための最低人数である9人がここに集まっていたのだった――

 

 

 

 

 

 

 




【影道のスカウトコーナー】

「今回は双子の紹介をしようと思う」

 河岸輝
 外野
 右投右打 打法――オープンスタンス

ミート:E
パワー:F
走力:B
肩力:E
守備:E
エラー回避:D

内野安打:打ってからのスタートが早く内野安打になりやすい

 河岸芽留
 外野
 右投右打 打法――オープンスタンス

ミート:F
パワー:E
走力:B
肩力:E
守備:E
エラー回避:D

走塁○:塁を走り上がるのうまい

「双子というが実力もに偏っているな。
 能力はEがほとんどだが小学4年生なら平均値だ。
 前の3人は明らかに強豪校のレギュラーレベルだから彼女らの能力がむしろ普通だろう。
 とにかく足が自慢のようだな」

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