時の女神が見た夢   作:染色体

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本話は必ずしも本編と同じ世界線とは限りません。
本編のエピローグには繋がっていない可能性があります。
その点ご注意ください。







番外編 その1 訪問者

終戦会議後、ハイネセンに戻ったトリューニヒトには面会希望者が殺到していた。

新銀河連邦の初代主席となる人物と繋がりを深めたいと思う人は当然ながら多かったのだ。

トリューニヒトはその日5人目の訪問者を迎えていた。

 

訪問者の名はオーブリー・コクラン。

トリューニヒトは彼に、いつも通りの笑顔を向けた。

「やあ、少将。わざわざよく来てくれたね。シャンプールの制圧、モールゲン基地の防衛。君の平和への貢献には感謝するばかりだ」

「恐れいります」

「それで、今日は何用かな?」

「忠告を」

トリューニヒトの笑みがわずかに薄らいだ。

「ほう。言ってみてくれたまえ」

「地球教団……、いや、地球財団に改名するのでしたな。地球財団にあまり肩入れなさいますな」

「肩入れし過ぎると、どうなるんだね」

「私が再度来訪しなければならなくなります」

その意味をトリューニヒトは正しく理解していた。

「……それは嬉しくないな」

「私もです」

 

「しかし、現状は許容するのだろう?」

「ええ。ユリアン・フォン・ミンツの目指す地球教団穏健化の方針には我々も賛同します。我々とて今更地球勢力の息の根を止めねばならぬとまでは思っておりませんから」

 

「穏健なことで結構だね」

「我々がこれからも穏健でいられるよう、地球財団が勢力伸長の末に暴走を始めぬよう、しっかりと手綱を握っていて欲しいのです」

 

トリューニヒトは意識して微笑んだ。

「私は元々そのつもりだ。心配はいらないよ」

 

「そう、信じておりますよ」

 

コクランが去った後もトリューニヒトはその笑顔を維持しながら呟いた。

「さてさてこれからどうなるものか。彼ら黒旗の末裔達が過激な動きを始めぬよう、地球財団をしっかりまとめてくれよ。ユリアン君」

 

 

 

同じ頃、ウォーリック伯も、訪問者を迎えていた。

訪問者の名はツェーザー・フォン・ヴァルター大佐。かつてはウォーリック伯の元で副官を務めていた男である。

 

ウォーリック伯は旧交を温めるような言葉もなしに、いきなり本題に入った。

「貴官らの貢献に見合うだけの努力はしたはずだ。当然満足してくれるのだろうな?」

 

ヴァルターの態度も、以前の上官にして連合盟主である人物に対するものではなかった。

「仕方がないでしょうな。我ら黒旗の主も納得はしておられます」

 

彼、そして彼らはシリウス戦役における反地球戦線の実戦組織、黒旗軍の末裔達だった。

彼らは元々は組織など形成していなかった。しかし、地球教の台頭を様々な形で知って、彼らは危機感を持った。

このまま地球統一政府の亡霊が勢力を拡大すれば、黒旗軍の末裔、彼らにとって憎き仇の子孫である我々は果たしてどう扱われるのか?その恐怖と、あるリーダーの存在が彼らに組織化を促した。

黒旗の末裔、少なくともそのように自らを自覚する者は独立諸侯連合の下級貴族に多かった。先祖の経歴を覚え、後代に伝えている者達がどのような階級に多いかを考えれば当然のことではあった。

独立諸侯連合も完全に無縁ではなかった。

独立諸侯連合において、バルトバッフェル伯の息子の内乱計画など地球教団の蠢動の多くを未然に防げたのも、オーベルシュタイン、ケスラーの尽力だけでなく、黒旗の末裔の情報提供があってこそのものだった。

 

ウォーリック伯はそれに対する報酬として、彼らの要望に沿って、あえてオーベルシュタインのルドルフ2世に対する策動を見逃したし、終戦会議の場でも地球教団やユリアンに対して強硬な主張を繰り返したのである。ウォーリック伯自身の考えや思いとはまた別に。

 

ヴァルターはウォーリック伯に告げた。

「黒旗の主から一つ助言があります」

 

「何だ?」

 

「人類未踏領域の開拓には十分に注意して欲しい。あそこには鳥と蛇と竜がいる」

 

「危険だと言いたいのだろうが、よくわからんな」

 

ヴァルターは肩をすくめた。

「主の言葉をそのまま伝えたまで。意味まではわかりません」

 

「危険だが、止めはしないというわけか」

 

「主は、それは今の人類が決めることだと仰っていました」

 

「……そうか。忠告承ったと主殿に伝えてくれ」

 

「承知しました」

 

ヴァルターが去って、ウォーリック伯は一人呟いた。

「地球教団のせいで地獄の釜が開いてしまったのかもしれんな」

 

地球教団の台頭によって黒旗軍の末裔が組織化されてしまった。今のところ彼らはある程度穏健な姿勢を保っているが今後はどうなるかわからない。

それに地球アーカイブ。そこには様々な知識が眠っていた。そこには注視すべき不穏な情報も複数存在した。いや、あるいは、そこに存在しない情報にこそ注意すべきなのかもしれない。

黒旗の者達だけではないかもしれない。その疑念がウォーリック伯の気分を暗澹とさせていた。

 

アルマリック・シムスン。

 

彼はすべて把握しているのだろうか?

実名なのか仮名なのかもわからない黒旗の末裔の主の名を、ウォーリック伯は思い起こしていた。

 

 

 

 




番外編解説

ツェーザー・フォン・ヴァルターが黒旗軍の末裔なのは銀英伝タクティクスの公式設定です。オーブリー・コクランは『戦場の夜想曲』のコクラン少佐(に銀英伝世界で相当する人物)の子孫という設定にさせて頂きました。



第四部を完結編のつもりで書いていたのですが、実はその途中で第五部の構想が頭に浮かんでしまいました。

しかし、それを書いてしまうと、
・第四部のために本来用意していたエピローグには最終的に行き着かない可能性がある
・今まで以上に万人受けしない展開になっていく可能性が高い
・最後まで書き終えられない可能性もある
ため、当初の構想通り四部でいったん作品を終わらせることにしました。

今回の話はその続編に続いていく話です。続編も何とか書きたいと思っておりますが、今までのペースでは書けないと思われるので、読んで頂ける方はすみませんが気長にお待ち頂けるとありがたいです。

なお、続編ではユリアン争奪(?)戦の顛末も書く予定です。
続編でもアッシュビーは活躍(?)の予定です。
書けたらいいな……

なお、番外編はあと2話あります。

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