時の女神が見た夢   作:染色体

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第四部 38話 終戦会議後半

若干の懸念材料を残しながらも、モールゲン基地襲撃事件が全体としては解決したことで、終戦会議は結局1日遅れで再開された。

 

その間にも水面下で交渉は進んでおり、スケジュールの遅延は最小限で済んだ。

本日以降は銀河四国のみの参加となり、ユリアン達、旧神聖銀河帝国のメンバーは除外された。

主な議題は神聖銀河帝国の構成員及び構成物の取り扱いと、国際協調組織構想を含めた戦後の銀河体制である。議長はケッセルリンクが担当することになっていた。

まず交渉に時間がかかったのは、神聖銀河帝国領の分割だった。新帝国に復帰する地域と、国際協調組織に委任統治される地域に分かれることになるが、その線引きで交渉が揉めたのだった。

もう一つは、国際協調組織の本部の場所だった。銀河連邦の旧都アルデバラン系第2惑星テオリアを本部とする案が出たのだが、同盟からあまりに遠いことに同盟側が難色を示したのだった。

最終的にこの二つの問題は合わせて妥協案が用意されることになった。

新帝国だけでなく、同盟と連合も国際協調組織に領土を提供することになったのである。

 

同盟が領有するオリオン腕側の領土一帯と、連合が領有するアルタイル星域及び近傍三星域が国際協調組織の管轄下に組み込まれた。

同盟にとってモールゲンは対連合貿易の要衝ではあったものの、バーラト星域から遠く離れており、行政コストのかかる場所だった。連合にとってもアルタイル星域近辺は帝国との係争地であり、今まで満足に開発を進められなかった地域であり、失っても大して惜しくはなかった。

その上で、アルタイル星域に本部、モールゲンと地球に副本部を置くと定められたのだった。

アルタイルはアルデバランよりは同盟領に近く、かつ同盟にとっての聖地であったため、同盟としても文句はなかった。

そして、新帝国のみが領土を失うわけではなくなることで、新帝国としても分割案を受け入れやすくなったのだった。

 

3日かけてその他の議題が話し合われ、3月5日に、「新銀河体制に関する四カ国条約」が締結されることになった。先の神聖銀河帝国との終戦条約と合わせて「太陽系条約」と通称されるようになった。

これは銀河連邦成立以降八百年の間で初めて結ばれた多国間条約であり、太陽系の名を冠した国際条約としては九百年振りであった。

人類の故郷太陽系は銀河の新時代到来を象徴する条約の名として再び銀河の表舞台に登場したのだった。

 

条約の内容公表を前に、銀河四国は共同で声明を発表した。

先日のモールゲン襲撃事件に関してであり、以下のような内容であった。

モールゲン襲撃事件の首謀者が旧神聖銀河帝国軍情報局の局長代理であったクリストフ・フォン・バーゼルだと判明したこと。彼がサイオキシンマフィア及びそれに協力する宇宙海賊の首魁であったこと。神聖銀河帝国の成立と開戦にはサイオキシンマフィアが絡んでいたこと。サイオキシンマフィアが地球教団と神聖銀河帝国を半ば乗っ取り、サイオキシン浸透のために利用していたこと。少年皇帝もクリストフ・フォン・バーゼルの傀儡であったこと。

銀河四国はサイオキシンマフィアを許さず、取り締まりを強化するとともに、サイオキシンマフィアに利用された地球教団の正常化を地球教団内の良心派の協力を得て行うこと。

逃走したクリストフ・フォン・バーゼルの逮捕に総力を挙げること。

 

 

 

クリストフ・フォン・バーゼルがサイオキシンマフィアの元締めであったことは事実であったが、それ以外はすべて虚構であった。

サイオキシンマフィアは地球教団に使われる立場にあったし、クリストフ・フォン・バーゼルもそのような大きな影響力を持っていなかった。

銀河四国の首脳とトリューニヒトは終戦条約の秘密条項を守り、かつそれによる弊害を最小限にするため、サイオキシンマフィアと地球教団の主従関係を逆転させることで、ルドルフ2世及び地球教団に対する世間の目を逸らし、かつルドルフ2世の持つ影響力を弱めようと画策したのだった。

当初は、バーゼルはサイオキシンマフィアの首魁として死刑になる予定だった。ユリアンは抵抗したが、彼は国家運営の責任者ではないため死刑不適用ではない、とウォーリック伯を中心とした四国の首脳は強弁して押し通した。実際、サイオキシンマフィアの元締めであればどの国の人間であっても極刑となって当然というのが世の人の常識ではあった。

だが、そのバーゼルは逃走したため、このような発表になったのだった。

 

バーゼルの逃走にはユリアンの様子を見かねたトリューニヒト、そしてトリューニヒトに「お願い」されたアッシュビーが関与していた。

ルドルフ2世と会話した夜、アッシュビーはフレデリカの協力によって監視カメラを掌握し、バーゼルとその妻ヨハンナを、一隻の船に乗せて逃したのだった。

アッシュビーから状況を説明されたバーゼルは、意外にも乗り気だった。彼はどのようなことであれ、下に見られるのは絶えられないが、上に見られるのはむしろ歓迎する人間だった。妻ヨハンナもどのような形であれ、夫と共にいられることを歓迎していた。

 

 

ともかくも、そのような虚偽に満ちた声明があった後に、条約の内容が公表された。

 

旧神聖銀河帝国構成員及び構成物の取り扱いについては以下の通りとなった。

・北部旧連合領を含む地球統一政府時代の開拓領域より北西の地域一帯とその構成物を後述の国際協調組織の所属とする。

・それ以外の地域及び構成物をオリオン連邦帝国の所属とする。

・神聖銀河帝国の構成員は、国際協調組織の管理下となる。

・ただし、宇宙歴801年以前に銀河四国いずれかの国籍を持っていた者は元の国家への帰属が認められる。

・開戦時の神聖銀河帝国の国家元首及び内閣閣僚の生存者は開戦の決定に関与したものとして、銀河諸国民と自国民の利益を毀損した「平和に対する罪」を別に開く軍事裁判において問い、刑を確定するものとする。

 

最後の項目によって、開戦時には一介の軍人であったユリアンは責任を問われないことになった。また、メルカッツは軍務尚書を務めていたが、既に戦死しており、同様に責任を問われなかった。銀河四国の思惑が絡んでいたのは疑いようがなかった。

同時にユリアンは同盟に復帰する権利も与えられたが、彼はそれを行使しなかった。このことで、ユリアンは正式に同盟軍から除隊扱いとなった。

 

新銀河体制については以下の通りとなった。

・銀河四国の独立と対等な地位を相互に承認する。

・既存の二国または三国間の軍事同盟を解消し、以後禁止する。

・四国間の戦争を禁止する。

・国家間の利害調整の場として国際協調機関を設ける。

・自由惑星同盟はモールゲン星域を含むイゼルローン回廊回廊オリオン腕出口一帯を国際協調組織に譲渡する。

・独立諸侯連合は、アルタイル星域及び周辺三星域を国際協調組織に譲渡する。

・国際協調組織の運営に四国は協力し、応分の負担をする。

・国際協調組織に国際保安機構を設置する。

・国際協調組織の事業として地球再建事業と、銀河未踏領域開拓事業を行う。

・オリオン連邦帝国は南部諸邦の独立諸侯連合への移行を認める。

・オリオン連邦帝国の戦後復興のため銀河三国及び国際協調組織は人道支援を行う。

 

銀河四国の対等性の確認と、二国間軍事同盟の禁止は、フェザーンの連合への従属状態の解消を意味するものであった。ケッセルリンクとしては今会議における最大の目的を達成したことになった。この時よりフェザーンは自治領ではなく、「フェザーン自治国」と名乗ることになった。

 

銀河未踏領域開拓事業は、ウォーリック伯の提唱したもので、ウォーリック伯のかねてよりの構想を具体化するための第一歩となるものであった。戦争のない時代に連合の諸侯が負うべき義務として、銀河未踏地域の開拓を進めようと考えているのである。

 

オリオン連邦帝国による独立諸侯連合への事実上の領土割譲は、神聖銀河帝国との戦いに協力するための条件として、帝国が飲んだものだった。それを国際条約としても確認したのである。

 

 

最後に国際協調組織の名称とその代表者の名前が発表された。

 

自由惑星同盟、フェザーン自治領、独立諸侯連合、オリオン連邦帝国、既知銀河の全人類国家を加盟国とする国際協調組織の名前は、

「新銀河連邦」。

 

代表者たる初代「主席」には、

自由惑星同盟元最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトが就任した。

 

 

 

一貫してトリューニヒトを批判してきた一部の人々は痛憤を禁じえなかった。しかし快哉を叫んだ人の数は、より以上に多かったのである。

 

 

 

 

 

 




日曜日のうちに最終話まで投稿予定(目標)



その後、活動報告の方で感想返し的なものを書かせて頂きます。

※一部修正(旧銀河連邦首都惑星名追記)

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