時の女神が見た夢   作:染色体

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第四部 25話 「しかもわかっていなくもある」

ヤンとジークフリード帝はそれぞれ一万隻の艦隊を率いてシリウス星域に到着した。

 

ヴェガ星域における事後処理は、それぞれフォイエルバッハ、ルッツらに任せていた。

 

 

 

 

シリウス星系

 

シリウス戦役において地球統一政府を滅亡に追いやった反地球統一戦線の中心。

 

ごく短期間ながらも人類の中心地であったこともあるその星系は、いまや無人も同然の場所となっていた。そのように見えた。

 

 

かつての首都星、第6惑星ロンドリーナは、いまや野生化した犬が生態系の頂点に立っており、人類にとっては危険な場所であった。

 

この星系に本当に神聖銀河帝国の根拠地があるのだろうか?

 

存在するとすれば、大気圏降下能力を欠いたイオン・ファゼガスでも容易に着陸可能な、大気を持たない小型の惑星である可能性が高いとヤンは考えていた。

 

ヤンとジークフリード帝は、観測された七つの惑星のそれぞれに偵察部隊を派遣した。

 

 

第1から第7惑星までのそれぞれに人工構造物が発見された。

偵察部隊は惑星上に降下して綿密な調査を続けた。

 

そして、第1、第2惑星のそれぞれに、最近動いた痕跡の残る構造物と、入念な偽装の施された巨大なサイロを発見した。

 

「単一惑星ではなく複数惑星上に拠点を整備していたのか」

ヤンはあり得ることと納得した。

また、あえてシリウス主星に近く、過酷な環境の第1、第2惑星を選んだのも、発見リスクを低減するためなのだろう。

一般的に、現在の光世紀世界の各星系は人口が希薄な上に過去に資源開発が進み過ぎて経済上の旨味が少なかった。内惑星となれば尚更であったから、事情を承知しているフェザーン船以外には訪れる船も少なかっただろう。

仮に歴史的興味からシリウスを訪れる酔狂な艦船があったとしても、地球教団の活動の痕跡は、シリウス主星の激しい放射光の中に紛れて発見されることはまずなかっただろう。

 

 

 

物思いに耽っていたヤンにオペレーターが警告を発した。

「第1、第2惑星に派遣した偵察部隊、すべて通信が途絶しました」

ヤンは表情を引き締めた。

「何かしら動きがあるはずだ。警戒しつつ、第2惑星軌道まで前進せよ」

 

そして30分後、オペレーターが再度警告を発した。

「第1、第2惑星それぞれから艦隊出現、その数五千隻を超えてさらに増えています!」

 

最終的に一万一千隻の艦隊が出現し、ヤンとジークフリード帝の艦隊と対峙した。

想定より艦艇数が多いのは、拠点に残していた艦船まで動員したからだろう。よくよく観察すれば非戦闘艦艇も混ざっていた。

 

ジークフリード帝が出した降伏勧告は無視された。

 

ジークフリード帝は顔を曇らせていた。

「最後まで抵抗を続けるようですね。残念ですがしょうがありません。戦闘を開始してください」

 

ヤン、ジークフリード帝二万隻と、神聖銀河帝国軍一万一千隻は戦いを開始した。

 

神聖銀河帝国軍は死兵となって戦った。味方が巻き込まれても気にせずに砲撃を行い、敵を倒すためなら体当たりも辞さなかった。まさに狂信者の攻撃と言えた。

その勢いは当初連合軍、新帝国軍を圧倒するかのようだった。

さらに第1惑星からは激しいビーム攻撃があった。

シリウス主星の強烈な光のエネルギーをビームに転換して攻撃に利用していたのだ。

 

しかし、ヤンもジークフリード帝も落ち着いて対処を行なった。

第1惑星からのビーム攻撃は、別働隊を派遣して恒星光発電設備を破壊することで無力化した。

敵の死にものぐるいの突撃には、緊密な砲陣で対処した。

 

勝敗はジークフリード帝の投入したビッテンフェルトの黒色槍騎兵隊によって決した。

 

死兵とはいえ、艦が破壊されれば宇宙空間ではそこで終わりである。細かな戦術を使ってこない分、黒色槍騎兵隊には非常にやりやすい相手だったのだ。

 

結果、ヤンとジークフリード帝は、少なくない損害を出しつつも、神聖銀河帝国の殲滅に成功した。

生き残った者は殆どいなかったし、いたとしてもその殆どが自殺していた。

まさしく全滅であった。

 

ほどなく、第1、第2惑星上に震動が検出された。

それぞれの拠点が自爆したものと考えられた。

 

ヤンは嘆いた。

「彼らはなぜ自爆なんてことをするのだろうか。彼らは本当に大切なものをわかっていない」

マルガレータは敵の命まで惜しむ司令官の心根に感動した。司令官としては不適切かもしれないが人間としては尊いものだと。

 

「もう少しで、長征一万光年のミッシングリンクの発見者として歴史学に名を残せたのに!」

……違ったらしい。

 

 

自爆によって第1惑星、第2惑星の内部は完全に埋もれ、その内部構造を調べるのには長い時間と費用がかかりそうであった。

当然生き埋めとなった者達の救助など望むべくもなかった。

 

旧門閥貴族も、地球教団幹部も、かつての地球統一政府の支配者層の末路と同じく、各惑星の地下奥深くで死を待っているのだろうか。

 

ルドルフ2世の座乗艦は第1惑星の表面で発見された。

その艦橋ではルドルフ2世と思われる少年が、地球教徒達とともに服毒して死んでいた。

 

「簡易遺伝子検査の結果は、エルウィン・ヨーゼフ2世のものと一致しました。つまり、ルドルフ2世であることは間違いないようです」

 

 

「そうですか」

ジークフリード帝は黙祷を捧げた。ルドルフ2世、かつてのエルウィン・ヨーゼフ帝は形式上のこととはいえ、自分の主君であったこともあるのだ。

彼は、自分も含めた大人達の都合によって皇帝を務めさせられ続けただけなのかもしれない。

そう考えると不憫にも思えた。

 

 

これで神聖銀河帝国、そして地球教団との戦いが終わった。

 

 

 

 

 

……本当に?

 

ヤンは引っかかりを感じていた。

 

悠久の時を怨念とともに過ごした地球教団が、こうもあっさりと終わるのか?

ユリアン・ミンツはどうなった?戦いの中で死んだのか?生き埋めになったのか?

 

シリウスは本当に神聖銀河帝国の本拠地だったのか?

 

 

ふと横を見ると、マルガレータがスクリーンに映る星々を見つめて不思議そうな顔をしていた。

 

ヤンはマルガレータに尋ねた。

 

「何か腑に落ちないことがあるのかい?」

 

「常々疑問に思っていたんです。何故地球教なのだろうって」

 

「どういうことだい?」

 

「ソル教、太陽教であってもよかったのではないでしょうか。地球を我が手に、なんて言っていても、このシリウスから見えるのは太陽じゃないですか。見えない地球より、輝く太陽の方が崇める対象に相応しいようにも思います」

 

即物的過ぎるようにも思えるマルガレータの疑問は、ヤンに思索のきっかけを与えた。

 

ヤンも常々疑問だったのだ。

「地球は我が故郷、地球を我が手に」とは、地球教徒でなくても知っている地球教の聖句である。

それは初代総大主教の言葉であると伝えられていた。

 

しかし、総大主教が地球にいたとしたら地球は足元に、抱えきれない大きさで存在するのだ。それを「我が手に」とは一体どういうことなのか。

仮に総大主教がシリウスに来ていたとしよう。マルガレータの言う通り、見えるのは太陽だけだ。

果たして「地球を我が手に」などと言う聖句が出てきただろうか?

 

 

地球の対極

星界の頂き

地球統一政府の歴史

シリウス戦役

地球を我が手に……

 

ヤンの中で、様々な事柄に関連がつき始めた。

 

そうか、そういうことだったのか。

 

いまだ確証はない。

だから確かめる必要があるが……

 

 

「ヘルクスハイマー大尉!」

「は、はい!」

 

ヤンはマルガレータに笑いかけた。

「貴官が副官でよかった!私はとんでもない考え違いをしていたのかもしれない!」

「な、なんですって!?」

 

動揺するマルガレータを尻目に、ヤンは艦橋の人員に指示を出した。

「ジークフリード帝に連絡を入れてくれ!我々はこれより、神聖銀河帝国の真の根拠地に向かう!」




"Now you see it..."
"...And now you don't"



次回解決編

首から下は無用の歴史探偵、居眠りヤンの推理の行方は如何に!?

次話、8/5投稿予定です。

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