時の女神が見た夢   作:染色体

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第四部 23話 残された者、残された謎、探索の始まり

神聖銀河帝国艦隊は撤退の途にあった。

根拠地の判明を避けるために航行不能となった艦をまとめて廃棄したことで、残存艦艇は一万隻を切っていた。

 

ルドルフ2世は意気消沈振りはこれまでにないほどだった。

それでも事後をアンスバッハに任せるまでは気丈に振る舞い、艦橋で弱い姿を見せなかったのは彼の矜持だったのだろう。

 

ランズベルク伯から連絡を受けたユリアンは、父親を失ったゲルトルードのフォローをシュナイダー大佐に任せて皇帝座乗艦イズンに移乗した。

 

ルドルフ2世は供も連れずに自室に籠もっていた。

「陛下」

ユリアンは声をかけた。

顔を上げたルドルフ2世は泣いていた。

その姿は銀河を統べる皇帝ではなく、ただの少年そのものだった。

「ミンツ大将、余は負けた。余の油断が敗因だ。メルカッツも死んだ。ただの屑だと思っていたフォークとリンチに命を救われた。将兵を無為に死なせた。このままでは誰に対しても申し訳が立たぬ。余はどうすればよいのか」

その瞳にはユリアンに縋る色さえあった。

 

ユリアンは、年相応の少年に接するように慰めてやりたくなった。抱え込むべき責任などない、と。

だが、神聖銀河帝国は依然健在であり、その限りにおいてルドルフ2世には一介の少年として生きることはできないのだ。

 

ならばユリアンの言うべきことは決まっていた。

「陛下が生きていている。そのことが重要なのです。この敗北も、最悪に近くはありますが、想定されていた可能性の一つです。陛下は健在。諜報網も健在。帝国の真の根拠地も未だ秘されたままで、経済・工業基盤も健在です。メルカッツ元帥も、他の将兵もこの状況を作り出すために死にましたのです。我々はこれから、いくらでも挽回できます」

ルドルフ2世は目を見開いた。

 

ユリアンは続けた。

「陛下は同じ相手に二度負けるとお思いですか?」

「……いや。次は油断などしないし、彼らのやり口も学んだ。負けはしない」

ルドルフ2世に持ち前の不敵さが徐々に戻って来た。

 

ユリアンは微笑んだ。

「ならば、次は我々の勝ちです。20年、いや、10年あれば艦隊は再建できます。その時、再戦を挑みましょう。時間は我らの味方なのですから」

ルドルフ2世も、ユリアンも十代だった。ヤンもジークフリード帝も老いた時、彼らはいまだ現役を続けているだろう。かつては持ち得なかった経験を積んだ上で。

時の女神の恩寵は彼ら若者にこそ与えられていた。

 

ルドルフ2世の目に力が戻った。

「そうだな。それに、連合の行動次第ではもっと早く再戦の機会が来るかもしれん。艦橋に戻る。呆けている場合ではなかった。ついて参れ」

「はっ!」

 

ルドルフ2世は艦橋への道すがら、ユリアンに伝えた。

「ユリアン・ミンツ、汝をこれまでの功績によって帝国元帥に任ずる。その上でメルカッツの後任として軍務尚書を務めよ。総参謀長職はシュトライトに引き継いでもらう」

メルカッツの後任となることはユリアンの予想どおりだった。

しかし元帥とは。

「敗戦の中、上級大将を飛び越して元帥とは、恐れながら信賞必罰のバランスを欠くかと。下の者への示しがつきません」

「既にメッゲンドルファーに元帥号をくれてやったのだ。卿の実績を考えたら誰も反対できまい。それに、そのくらいしなければメルカッツの穴は埋まるまい」

メルカッツが死んで、そのまま元帥不在では士気に関わるということは理解できた。

「それに、別に卿だけの話ではない。一旗上げようと神聖銀河帝国に来た者は多いのだ。今回を機に功績を挙げた者は昇進させるつもりだ。無論、滅びそうな国家ほど気前がよくなるという故事は知っているが、それを理由にやめることでもあるまい」

「ご存知の上でのことであれば、もはや言うことはありません。謹んでお受けいたします」

「うむ。では早速で悪いが、アンスバッハと諮って、昇進者の候補選定と、人事面での再編案を急ぎつくって貰えるか?」

「承知しました」

 

こうしてユリアンは帝国元帥となった。

 

艦橋に戻ったルドルフ2世は精力的に指示を出した。

 

ユリアンはアンスバッハと軍の再編について話しながらも、思った。

 

ヤン・ウェンリーは果たして神聖銀河帝国の、地球教団の真の根拠地を見つけられるだろうか?

「地球の対極」にして「星界の頂き」たるその場所を。

 

見つけて欲しくないという思いも、今ではユリアンの中で大きくなっていた。




次話も深夜に投稿します

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