戦闘停止命令から少し時間を遡る。
宇宙暦802年 1月1日 午後三時 自由惑星同盟 首都星ハイネセン
統合作戦本部ビル地下の作戦会議室に集まっていたジョアン・レベロ、ビュコック達は難しい選択を迫られていた。
物資の不足がいよいよ深刻化して来ていたのである。
ハイネセンの物資はあと七日ほどは保つはずであった。
しかし、挙国一致救国会議の仕業かどうかは不明ながら、生活必需物資、医療用医薬品を収めていた配給用倉庫の一部が火事となり、失われてしまったのだ。
無論、物資は他の場所にも保管されていたため、直ちに物資が欠乏するということはなかったが、それでも三日以内に、先天性代謝異常症患者等を中心に餓死者が発生する恐れが出て来ていたし、医薬品の不足による病死者が出る可能性も高まっていた。
他星系からの物資輸送の時間を考えれば、もはやリミットと言ってもよかった。
救国会議の要求を呑むべきか、何らかの妥協をするべきか、彼らは難しい選択を迫られていたのである。
ビュコックはレベロに伝えた。
「我々は軍人です。ですから政府の決定に従います」
レベロは再び精神的な余裕を失いつつあった。
「わかっている。今ここでクーデターに屈して同盟に悪しき前例をつくるわけにはいかない。議長としては苦渋の決断だが、たとえ餓死者が出たとしても我々はクーデターとの対決を続けなければならない」
ホアンがレベロに話しかけた。
「まあそれもわかるんだが、市民のために政府があるのであって、政府のために市民があるのではない。そこの総参謀長の言い草ではないが、市民には民主主義の原則よりパンの方が大事かもしれないよ。一部だけ要求を呑むなど妥協してでも、彼らに民需物資の提供を求める余地はあるんじゃないかね」
「妥協とはどこまでを指すのか。それは我々の退陣、彼らの意のままになる者の議長就任を表すのではないか。クーデターによる政変、それは絶対に許すわけにはいかない。同盟からルドルフを出すわけにはいかないのだ」
「それはそうだがね……。我々の支持率は元々そんなに高くないじゃないか。我々の首が飛ぶだけで、その後の正当な選挙が保証されるなら、妥協を検討する価値はあると思うがね」
「奴らはそんな約束を守るまい!」
レベロとホアンの論争を、他の閣僚達は黙って見ているだけだった。
チュン・ウー・チェンはシニカルな考えを抱がざるを得ない。レベロとホアン以外誰も責任ある決断をしようとしない。これがこの国の民主主義の真の姿か、と。ルドルフの温床がまさにここにあるではないか。
論争が続く中、会議室の前で最初は静止の声、次に悲鳴が聞こえた。
参加者は何事かと扉の方を見た。
「誰じゃ!?」
ビュコックが厳しく、誰何の声を出した。
程なく、その男が姿を現した。
四十代後半、杖をついてはいるが未だに活力に満ち、秀麗な容貌のその男が。
「誰だとはひどいな。君たちの議員、君たちのヨブ・トリューニヒトじゃないか」
トリューニヒトはその爽やかな顔で会議室を見まわして現最高評議会議長の顔を見つけた。
「レベロ、元気そうでよかった。ハッピーニューイヤー!今年こそ勝利による平和を!」
レベロは新年の挨拶を取り合わず、トリューニヒトを睨みつけた。
「トリューニヒト、今までどこにいた!?」
「ああ。私の熱烈な支援者に匿ってもらっていたんだよ。紹介するよ。来てくれ、クリスチアン大佐。それに、みんな」
扉からぞろぞろと入って来たのは、特徴のある甲冑服とメンバーに身を包んだ男達だった。
「憂国騎士団!トリューニヒト、ついに、隠す気もなくなったのか!」
レベロの詰問にもトリューニヒトは平然としていた。
「何をだい?彼らが私を支持しているのはみんな知っている話じゃないか。それとも私が彼らを組織しているとでも言いたいのかい?そんな訳ないだろう。」
話が進まないのを見てホアンが尋ねた。
「それで、そんな物騒な方々を連れて何をしに来たんだい?」
トリューニヒトは笑みを深くした。
「勘違いしないで欲しい。彼らはボディガードさ。ほら、近頃何かと物騒だからね」
ジョークへの反応を待つようにトリューニヒトは言葉を切ったが、誰も反応を返さなかった。
彼は肩を竦めて話を続けた。
「決まっているじゃないか。交渉に来たんだよ」
その場にいる者達にはその男の笑顔が悪魔のように見えた。
レベロは身構えた。
「それはクーデターに屈しろということか?そんな脅しには屈さない」
「では、この状況、どうにかなると思っているのかい?」
「今アッシュビー提督がバーラト星系目前まで来ている。彼らが敵艦隊を突破してくれれば、我らの勝利だ」
「ほう、だが、苦戦しているようだね。少し前の数字だが、残存艦艇数八千隻対一万七千隻というところか、戦力差は大分縮まったようだが、敵が二倍以上という状態が長く続いているね。このままだとライアル・アッシュビー達はすり潰されて終わりじゃないかな」
「それでもアッシュビーならば!」
「個人の軍人の才幹に過大な期待をするのは民主共和政治家としてあるまじき行いではないかね」
「どの口が言うのか!」
激昂するレベロをホアンが宥めた。
「なあ、レベロ。降伏勧告ではなくて交渉に来たと言っているんだ。中身だけでも聞こうじゃないか。どんな交渉をしようと言うんだい?」
トリューニヒトの反応は意外なものだった。
目を見開いたのだ。
「降伏勧告……?」
そして笑った。
「ああ、なるほど。変な誤解をさせてしまったようだね。私が交渉と言ったのは、君達に手を貸してあげるということだよ。私は挙国一致救国会議のメンバーじゃないよ」
その場の皆が愕然とした。
ホアンは確認せざるを得なかった。
「おい、トリューニヒト、本当か?君のシンパの軍人達だって、救国会議に参加してるじゃないか。それに君だって救国会議が勝ちそうだと判断しているんじゃないかね」
「ああ、ロックウェル君たちのことかな。ロックウェル君はレベロ、君とも仲良くしたがっていたようだけどね。まあ、彼らが救国会議側についたのはまったく悲しいことだね」
トリューニヒトは大げさに嘆いてみせた。
「それで、もう一つのほうだが、救国会議が勝ちそうだって?まあ同盟は一時的に彼らのものになるかもしれないが、大局的には彼らの負けになると思うがね」
皆が驚いた。
「何だって!?」
「だって、つい先ほどだけど、ヴェガ星域で神聖銀河帝国が負けたからね。君達だって救国会議のバックに地球教勢力がいるのだと気づいているんだろう?パトロンがいなくなって、はてさて彼らだけでやっていけるのかねえ」
それは最新の情報だった。在野の政治家に過ぎないはずのトリューニヒトがその情報を持っていることだけでも驚くべきことだった。
そして。
レベロはトリューニヒトがこのタイミングでここに来た理由に気づいた。
「トリューニヒト、貴様、神聖銀河帝国が負けた結果を見て、こちらに味方することに決めたのか!?」
「まさかそんな訳ないじゃないか。私は民主共和制の政治家だよ。軍人に権力を持たせる企てに加担する訳ないじゃないか」
心外という言葉をそのまま貼り付けたかのようなトリューニヒトの顔を見て、レベロはそれ以上追及する気も失せた。
「それで、交渉の条件とは何だ?最高評議会議長の座を譲れということか?」
「いやいやそんな大それたことは望まないよ。二つほどほんのささやかな願いを叶えて欲しいんだ。私と、私の被保護者の、それぞれの願いを一つずつね」
「もったいぶらずに早く言え」
ホアンがレベロを止めた。
「いや、待てレベロ。トリューニヒト、先に君が提供できるものを聞こうじゃないか。話はそれからだ」
「私が提供できるのは実にささやかなことだ。だが、このような時に政治家が持てる唯一の武器でもある」
自らの言わんとすることを誰も理解してくれていないことに気づき、トリューニヒトは肩を竦めて言った。
「演説さ。信じようじゃないか。言葉の持つ力を」
四時間後、トリューニヒトはハイネセン・スタジアムにいた。
八時を回っていたが、スタジアムは今回の演説を聞きつけた聴衆でごった返していた。
スーツ姿の男性もいれば、酒瓶片手の男性もいた。年配の女性もいれば、女学生もいた。憂国騎士団と一目でわかる姿の男性までもがいた。
トリューニヒトはこの群衆の前で同盟全土への演説をするつもりなのだ。
トリューニヒトは臨時で用意された演説台の前に移動した。
そして手放せなかったはずの杖を置き、自らの脚のみで立った。
かつてのように。
演説は彼の人生であり、勝負の場であるとも言えた。
そのような場所に立つ時には、彼は自らの脚のみで立つと決めていた。
「同盟市民の諸君、私の話を聞いて欲しい。
同盟軍将兵の諸君、どうか私の言葉に耳を傾けて欲しい。
クーデターに反対する者、怯える者、共感する者、参加する者、立場はそれぞれだろう。
だがどうか、私の話を聞いて考えて欲しい。
まず先に明言しよう。私はこのクーデターに反対の立場である」
会場がどよめいた。
トリューニヒトが主戦論者であることは誰もが知っていたからだ。主戦論者であることが民主主義のルールの否定につながるわけではないことは皆知っていたが、それでも意外には思ったのだ。
トリューニヒトは人々の心を読んだかのように続けた。
「意外に思われたのも無理はない。だが私がクーデターに反対するのは私が民主共和政治家であるからだけではない。
私はもはや主戦論者ではない」
今度こそ聴衆のほぼ全てが驚いた。
主戦論者の首魁、トリューニヒトが主戦論を捨てるとはどういうことなのか。
「私は愛国者だ。だがこれはつねに主戦論にたつことを意味するものではない。
五年前、私は確かに主戦論者だった。これは時代の要請であった。
ゴールデンバウム王朝が強大な圧政者として存在した。連合も民衆を抑圧していた。
だからこそ、私は自由と祖国のため主戦論者として彼らと対決する道を選んだのだ。
だが今やゴールデンバウム王朝は滅び、開明的で融和的なローエングラム王朝が興った。連合も同盟の声に耳を傾け民衆の権利拡大を進めている。
今や積極的に戦う理由はない。彼らの自助努力を支援し、逆戻りさせないことが今の同盟の取るべき道なのだ」
連合が民衆への権利拡大を行なったのは事実である。だがそれは長きに渡る戦争への協力への褒賞としてであり、同盟の働きかけによるものではなかった。新帝国も監視国家、統制国家としての側面を見せ始めているとの指摘もあった。だが、トリューニヒトはあえて同盟市民の耳に心地よい解釈をしてみせたのだ。
トリューニヒトの演説は続いていた。
「市民諸君、これは最新の情報であるが神聖銀河帝国を名乗るゴールデンバウム王朝の亡霊は、ヴェガ星域の戦いで敗れ去った。もはや戦うべき敵は外にいないのだ。
クーデターに与した者達よ、共感する者達よ。私には君達の気持ちがわかる。
私も君達と同じなのだから。
この急激な情勢の変化を理解できず、それでも、と敵を探す気持ち。長きにわたる戦乱の中で蓄積された無念の思い、恨み、復讐心、そのやり場を探す気持ち。
それこそが今や我々の敵である。
我々の心の中の、内なる敵である。
君達よ、
戦うのだ。この内なる敵と。
それこそがこれからの我々の戦いである。
今からでも遅くはない。
レベロ議長は私に約束してくれた。
我々の元に戻って来た者達の罪は一切問わないと。
だから、君達よ、私とともにこの心の中の内なる敵と戦っていこうじゃないか」
この時、耳障りな音と共に一条の光が夜の闇を切り裂いた。
一人の若い女性がブラスターを手にしていた。
震えながらもその銃口はトリューニヒトに向けられていた。
「トリューニヒト、この裏切り者!」
人垣が割れた。
トリューニヒトと女性を遮るものがなくなった。
慌てて寄ってくる警備員達をトリューニヒトは手で制した。
「どうかこのお嬢さんに言いたいことを言わせてあげてほしい」
女性はブラスターを手放さなかったが、トリューニヒトを睨みながらも話し始めた。
「わたしの婚約者は帝国との戦いで死んだわ。あなたの主導した戦いで。そのあなたが今更戦いを捨てろと言うの?」
「その通りです」
女性は叫んだ。
「それじゃあ、あの人の、ロバートの犠牲は何だったのよ!」
「お嬢さん、お気持ちはわかります。ですが」
「よくもそんな嘘を!あなたに私の気持ちなんてわかるわけはないわ!いつも壇上で演説しているだけのあなたに!」
トリューニヒトは真摯な顔で乱入者を見つめていた。
「これが私の戦いの場なのです、お嬢さん。戦場だけが戦いの場ではないのです。現に私は一度撃たれている。そしてたとえ今あなたに向けられていようと、同盟市民に伝えなければいけないことがあるのです」
女性の声はもはや悲鳴に近かった。
「それでも!あなたに私の気持ちなんてわからないでしょう!」
「わかりますよ。私もあなたと同じだ。私にもかつて恋人がいた。軍人の女性だった」
突然のトリューニヒトの告白に皆が意表をつかれた。
「彼女は笑顔が素敵で、亜麻色の……美しい髪を持った女性だった。だが、死んだ。ゴールデンバウムとの戦いで死んだんだ!」
トリューニヒトは急に激情を見せた。
「その日、私は誓ったのだ。このような戦いは早く終わらせなければならぬと。しかし私には軍人としての才能がなかった。私にあるのは弁舌の才能のみだった。
だからこそ私は誓ったのだ。この弁舌の才能を活かし、彼女のような軍人達を支えようと。そしてゴールデンバウム王朝、あの圧制者達を滅ぼして、この戦いの日々を終わらせようと!」
女性は呆然としていた。
「だが、いまや戦いの日々は終わったのです。私が目指した形ではなかったがゴールデンバウムは倒れた。もう、外なる敵と戦う必要はないのです。あなたの婚約者や、私の恋人のような人が出る必要はないのです。
私も戸惑いました。この内に残る激情をどうしてくれようかと。ですが、それを理由に新たな戦乱を呼び込むわけにはもういかないのです。このような悲劇は繰り返してはならないのです」
トリューニヒトは彼女に微笑みかけた。
「お嬢さん、共に戦いましょう。心の中の激情、内なる敵と」
今や女性はブラスターを手放し、泣いていた。
彼女は警備員に連れられて去って行った。
ざわめきの残るスタジアムで、トリューニヒトは演説を再開した。
「私はここに提言したい。同盟、新帝国、連合、フェザーンによる国際協調組織の設立を。それによる恒久的平和の実現を。その先の未来には、銀河連邦復活の可能性すら存在するでしょう!」
トリューニヒトは奇しくも連合の盟主ウォーリック伯と同じ構想を持っていたのだ。あるいは、その先までも見据えていた。
「私はそのために内なる敵と戦う、戦いつづける!心の中の圧政者からも自由を獲得するのです。市民諸君、兵士諸君、どうかこのトリューニヒトと共に戦って欲しい!」
「トリューニヒト議員!」
聴衆の中から声がした。中年の男性だった。
「レイモンド・トリアチと申します。私も主戦論者です。いや、主戦論者でした。私もあなたのことを裏切り者だと思っていた。ですが、違った。あなたこそ真の愛国者だ!私はあなたを支持する!どうか共に戦わせてほしい!」
トリューニヒトは微笑んだ。
「勿論だとも!」
彼を皮切りに、次々に賛同の声が上がった。
私も!俺も!
「内なる敵と戦おう!」
「恒久平和万歳!」
「自由惑星同盟万歳!」
「トリューニヒト万歳!」
トリューニヒトはその様子を満足気に見つめて言った。
「ありがとう、皆さん。さあ、国歌の吹奏だ。共に歌おう!」
スタジアムが歌声に包まれた。
同盟市民は一体となった。
演説が終わり、市民も熱狂の余韻と共に帰路に着いた。
トリューニヒトは壇上を降り、スタジアムの控え室に戻っていた。
彼は立ち上がれないほどに消耗していた。
フォークから受けた銃撃は、トリューニヒトからかつての体力を奪っていた。彼が表向き政治の第一線から退いていたのにも相応の理由があったのだ。
レベロは彼に声をかけた。労りの色はそこにはなかった。
「やってくれたな。私の出る幕などなくなってしまったじゃないか」
トリューニヒトの後にはレベロが演説するはずだった。だがトリューニヒトが引き起こした市民の熱狂により、そんなものを行う状況ではなくなってしまったのだ。
トリューニヒトは座ったまま答えた。立ち上がれなかったのだ。
「すまないね。レベロ。久しぶりの演説で熱が入り過ぎた」
「ふん。あそこまで茶番に徹されると逆に感心してしまうな」
すべては事前の仕込みだった。
ブラスターを持ち込んだ女性は元からトリューニヒト支持者だった。婚約者を失ったのは本当だったが、トリューニヒトはその彼女を事前に説得して今回の演説に協力させたのだった。スタジアム入場前には厳重な身体検査が行われていたのだから、そうでなければブラスターなど簡単に持ち込めるわけがなかった。
レイモンド・トリアチは選挙で落選した新人政治家だった。次の選挙で当選したいがためにトリューニヒトに協力したのだ。
「お褒めに預かり光栄だね」
トリューニヒトに悪びれる様子はなかったし、レベロもそんなことは期待して居なかった。
「戦死した恋人というのも虚構だろう?」
婚約者ならともかく恋人であればいくらでも捏造できるし、後で追及されてもどうにでもなった。演説でも心配なく語れるだろうというのがレベロの思うところだった。
「ははは。そう思うかい」
だが、いつもと異なるトリューニヒトの少し寂しそうな笑みをレベロは意外に思った。
そういえば恋人の説明はいやに具体的だった。後の詮索を避けるためにはもう少しぼやかしてもよかっただろうに。
「……まさか、実話か?」
「こ想像にお任せするよ。君の想像する私は、実在、架空に関係なく恋人の死も政治に利用するような悪徳政治家なんだろうと思うがね。……まあ、私も疲れた。早く統合作戦本部ビルに戻って事態の推移を見守ろうじゃないか」
トリューニヒトの演説は、同盟市民の中の救国会議への共感を少なからず揺さぶった。救国会議に参加した兵士の中にも同盟政府に投降する者が現れた。
だが、固い覚悟で参加している救国会議の主要参加将校の心までは動かさない、そのはずだった。
しかしトリューニヒトの演説は、かつてトリューニヒト派と呼ばれた将校には別の意味を持っていた。
つまり、行動を起こす合図であった。
ロックウェル大将はクーデター派各基地の将校に指示を出した。
転向、捕縛した反救国会議派将兵の解放、基地司令の捕縛や基地乗っ取りを。
ベイ准将はバーミリオンで戦っている艦隊にある言葉を送信した。
「祖国と自由、民主主義と平和、パンと紅茶」
それは艦隊無人化プログラム開発初期に、トリューニヒト派シンシア・クリスティーン中尉によって仕込まれていた緊急停止コマンドだった。
アッシュビークローンの指揮する挙国一致救国会議艦隊は、旗艦を除いてその動きを停止させた。
ハイネセンでも、各地でも、救国会議内での裏切り、転向が相次いだ。ネプティスで、カッファーで、パルメレンドで。
救国会議は急速にその勢力を衰えさせていった。
後世に「トリューニヒト演説」と呼ばれるようになるその演説は、たしかに言葉の力で同盟の命運を変えたのだった。
……関係者に釈然としない思いを残しながら。