時の女神が見た夢   作:染色体

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第四部 16話 いざ決戦へ

ジークフリード帝はヴィーンゴールヴ星域で、神聖銀河帝国の一個艦隊の探索を行なったが、その姿を見つけることはできなかった。

宇宙暦801年12月17日、ヤン艦隊からアルジャナフ星域で神聖銀河帝国軍と遭遇との報が入った。

 

次の行動になおも迷っていたジークフリード帝のもとに、オーディンより超光速通信が入った。アンネローゼからであった。

 

アンネローゼは戦いの最中に無用な連絡を入れるような人ではない。

ジークフリード帝はこれを仕組んだだろう人物を睨んだ。

「アンネローゼ様……カイザーリンに連絡を入れましたね」

その人物、ヒルダは頭を下げながら答えた。

「今、陛下が耳を傾けてくださるのはカイザーリンのお言葉のみですので。越権と思われるならどうぞ何なりとご処分ください」

 

ジークフリード帝は無言で通信室に移動した。

ヒルダも迷惑がられるのを承知で同席した。

 

画面に映ったのは、アンネローゼと、負傷をおして出仕したミッターマイヤーであった。

オーディンに連絡を入れていたのはヒルダだけではなかった。ヤンもまた、ジークフリード帝を動かすため、ミッターマイヤーを介してアンネローゼに要請を入れていたのだ。

 

ジークフリード帝はわざと素っ気ない態度をとった。

「カイザーリン、今は戦いの最中です。通信は手短にお願いします」

「承知しています。ですが、その敵はどこにいますか?今その敵と戦おうとしているのはヤン提督ではないのですか?」

「しかし、フォーク提督の別働隊が隠れている可能性があるのです。ここを離れるわけにはいきません」

アンネローゼの顔に浮かぶ哀しげな色が濃くなった。

「いいえ、あなたはヤン提督と合流すべきです。万一の時にはミッターマイヤー元帥、疾風ウォルフがいます。万一オーディンが失陥したとしても、我々は脱出します。……以前あなたとそうしたように」

ジークフリード帝はリッテンハイム大公の内乱のことを思い出した。

 

ミッターマイヤーも言上した。

「陛下、どうか我々を信じてお任せください」

 

「しかし」

 

「ジーク」

アンネローゼは悲しげにその名を呼んだ。

 

「あなたが私を大切に思ってくださるのはよくわかっています。それがラインハルトとの約束であることも。ですが、このままでは弟の成し遂げたことのすべてが無に帰してしまいます。ゴールデンバウム王朝が復活するのですよ」

 

ジークフリード帝は、かつて黄金の髪を持つ友と結んだ約束を思い出した。

ゴールデンバウム王朝を倒し、アンネローゼ様を助ける、と。

アンネローゼ様をお救いすることはできた。これからも自分は彼女を守り続けるだろう。だが、ゴールデンバウム王朝が復活すれば、また第二第三のアンネローゼ様が生まれる可能性があるのだ。

 

ヒルダにはジークフリード帝の目に火が灯ったように感じた。

まるで、彼の友が乗り移ったかのように。

 

ジークフリード帝の声に覇気が宿った。

「ミッターマイヤー元帥」

「はっ!」

「オーディンのこと、カイザーリンのこと、お願いします。私は連合軍艦隊と合流します」

「御意!」

 

ジークフリード帝はアンネローゼを見つめた。

「アンネローゼ様」

「はい」

「今一度あなたの元を離れることをお許しください。ラインハルト様の成し遂げたことを守るため、行ってまいります」

「ジーク、お願いします。私は待っていますから」

「はい!」

 

ジークフリード帝が去った後、アンネローゼは去ろうとするヒルダを引き留めた。

「ヒルダさん」

「はい、皇后陛下」

「ジークのこと、お願いしますね。私は待つことしかできないけれどあなたなら」

「ご安心ください。このヒルダ、皇帝陛下を微力ながらお支え申し上げます」

「……ヒルダさん、もう少しご自分を出されてもいいのですよ。私などに遠慮なさる必要はないのです」

 

「皇后陛下、仰っている意味がわかりません。……いえ、失礼いたしました」

ヒルダはスクリーン越しにアンネローゼの瞳を見つめた。

「皇后陛下、偽りを申し上げました。仰りたいことはわかります。ですが、皇后陛下もご自身のお気持ちに正直になられてください。そして皇帝陛下のお気持ちに対しても。そうされれば、私などが入る余地はないことがわかるはずです」

 

ヒルダはそれだけを伝えると、一礼して去って行った。

残されたアンネローゼは、哀しげな瞳で誰もいないスクリーンをしばらく見つめていた。

 

 

ジークフリード帝は艦隊に指示を出した。

「ビッテンフェルト艦隊に連絡、アルジャナフ星域に先行して連合軍艦隊を支援せよ、と」

 

実のところジークフリード帝も何もしていないわけではなかった。

ビッテンフェルト艦隊をヴィーンゴールヴ星域から事前に近隣の星域に移動させていた。フォーク艦隊が発見されれば即座に戻ることが可能である一方、発見されなければアルジャナフまで先行できる体制を準備していたのだ。

 

ビッテンフェルト艦隊は疾風ウォルフも舌をまく速度で急行した。

神聖銀河帝国軍の哨戒網に引っかかったのはこのビッテンフェルト艦隊であった。

 

宇宙暦801年12月21日、ビッテンフェルト艦隊は連合軍艦隊と合流した。

 

さらに、12月23日、ジークフリード帝率いる本軍と合流を果たした。

 

四万隻を数えた連合軍艦隊はその数を二万二千隻に減じていた。

これに新銀河帝国軍三万五千隻が加わり、五万七千隻が神聖銀河帝国軍に対抗する戦力となった。

 

一方の神聖銀河帝国軍は四万隻の戦力を維持していると考えられた。

ルドルフ2世はヤンに対し「ヴェガ星域で待つ」との通信を残していた。

彼らは実際ヴェガ星域方面に撤退しており、言葉通りそこで待ち受けていることが推測された。

 

ジークフリード帝はまずヤンに謝罪した。陽動に引っかかり合流が遅れたことに対してである。その上で改めて協力を要請した。

ヤンはこれを受け入れた。

無論連合軍内でもジークフリード帝への怒りの声はあったが、ジークフリード帝は連合の各艦隊を自ら回って頭を下げ、改めて協力依頼を行なった。

この行為は連合軍将兵に驚きをもって迎えられた。かつて神聖にして不可侵であったはずの銀河帝国皇帝が連合に頭を下げたのだ。

あるいは皇帝としての権威を損なう行為であり、臣民への裏切りですらあったかもしれない。

しかし、ジークフリード帝には優先すべきものがあったのだ。

 

少なくともこの行動によって、連合軍内の新帝国への反感は収まった。

 

ヤンはジークフリード帝と今後の方針を話し合った。

神聖銀河帝国の根拠地がわからない以上、ルドルフ2世のいるヴェガ星域を攻撃せざるを得ない。時間をおけば連合と新帝国が敗北したとの印象を内外に与え、さらなる離反が発生する可能性がある。ならば、敵も戦力を消耗し、その位置が判明しているこの機会を逃すべきではない、というのが二人の結論であった。

 

根拠地が不明というその一事が、二人から戦略上の選択肢を奪っていた。

 

連合軍派遣艦隊は、新帝国が連れてきた補給艦と工作艦によって補給と艦艇整備を済ませて、新帝国軍とともにヴェガ星域に出発することになった。

 

ヤンはアルジャナフでの会戦の後、めっきり口数が減った。

マルガレータは恐る恐る尋ねた。

「提督、どこか調子がお悪いのでは」

「どうして?」

「いえ、あの、いつもより紅茶を頼まれる回数が少ないので」

「ああ。いや、そうではないのだけど。ただ、腹を立てていたんだ」

「小官にですか!?」

心当たりのあったマルガレータは震え上がった。

ヤンは慌てて訂正した。

「いやいやまさかまさか。自分自身にだよ。アルジャナフでの戦い、もう少しやりようがあったように思えてね」

「よかった!ああ、いや、そんなことはありません!ヤン提督は最善を尽くされました。むしろ不甲斐ないのは私です。私が敵のペテンにもう少し早く気づいていれば」

「いや、貴官のおかげで右翼は持ち直すことができた。右翼の危機も含めて私の責任だ。連合の将兵を無為に死なせてしまった。あんな拙い戦いをするぐらいなら、帝国の事など捨ておいて撤退した方がよかったかもしれない」

 

「それは、我々将兵と、ヤン提督ご自身を馬鹿にしたご発言です」

マルガレータの思わぬ反論にヤンは驚いた。

 

「我々が撤退すれば新帝国からの離反者はさらに増え、神聖銀河帝国に帝国領全土を併呑されていた。そうなれば困るのは結局連合です。撤退するなど将兵の殆どが納得しなかったでしょう。

連合の将兵は貴族階級を除き志願制です。多かれ少なかれ、私を含めてゴールデンバウム王朝とその門閥貴族に恨みを持つものが多いのです。ゴールデンバウム王朝復活など到底許せない、その思いで皆この遠征に来ているのです。その思いを馬鹿にしないでください」

 

マルガレータは息を継いだ。その目はヤンを真っ直ぐ見つめていた。

 

「連合は何度もヤン提督に救われています。宇宙暦796年の帝国軍の大侵攻では小官も死を覚悟しました。今回の戦いでもヤン提督でなければ全滅すらあり得た。それをすべてヤン提督が救ってくださったのです。そして、そんなヤン提督だからこそ、皆命をかけてついて来たのです。

小官が自らの力不足を棚に上げてヤン提督に負担をおかけしているのはわかっています。ですが、どうか。将兵の死を悼まれる気持ちがおありなら、自らの為したことに胸を張り、これから何ができるかを、お考えください」

 

言い終えて、マルガレータは急に慌て出した。

「すみません!つい興奮してえらそうなことを喋ってしまいました。ヤン提督もお分かりのことを長々と」

 

恐縮した様子のマルガレータを見て、ヤンはローザが彼女に後を任せた理由がわかった気がした。

どこまでも真っ直ぐな彼女の言葉だからこそ、ひねくれ者のヤンの心にも響いたのだった。

 

ヤンはマルガレータに微笑みかけた。

「ありがとう。ヘルクスハイマー大尉。おかげで私の守護天使も勤労意欲に目覚めたようだよ」

思わぬ感謝の言葉にマルガレータは驚いた。

「そんな、こんな身の程知らずに勿体無いお言葉です」

 

ヤンの笑みに少し意地悪な色が加わった。

「だけどこれから何ができるか考え、それを実行するのは君も一緒だ。ちょうどいくつかやるべきことを思いついていたんだが、予定の戦場到着時間まで時間が足りないと諦めかけていたんだ。ちょっと特殊なスキルが必要なんだが、君は確かできたはずだ。一緒に頑張ろうか」

 

マルガレータは、勤労意欲と使役意欲に目覚めたヤンと共に三日三晩殆ど不眠不休で働く羽目になった。

 

この後パトロクロスでは、青い顔で彷徨い歩くマルガレータが目撃されるようになった。

 

心配して声をかけた者に、マルガレータが働かない頭で「ヤン提督と夜通し……」などと答えたことで、艦内にあらぬ誤解が広まり、とある副参謀長がダークサイドに堕ちかける事態ともなったが、その話はひとまず割愛する。

 

ヤン提督はこの間に新帝国軍及び連合軍各司令官との作戦計画の調整も済ませている。

 

ヤン提督の準備はヴェガ星域到着の一日前に終わり、ヤンもマルガレータも「敵襲以外起こすな」の貼り紙をタンクベッドにして、戦いの前になんとか睡眠を貪ることができた。

 

 

宇宙暦801年12月25日 ヴェガ星域 神聖銀河帝国軍

 

ルドルフ2世が戻った時、ヴェガ星域ではカール・フォン・メッゲンドルファー技術中将の指揮のもと、「アポローン・システム」の最終調整が行われていた。

メッゲンドルファーの下ではバウンスゴール技術中将ら捕虜収容施設から拉致されて来た同盟技術チーム、シュムーデ技術准将ら帝国技術チームが共同で作業にあたっていた。

 

ルドルフ2世はメッゲンドルファーに下問した。

「メッゲンドルファー技術中将、アポローン・システムの状況はどうか?」

メッゲンドルファーは甲高い声で答えた。

「万事、万事順調でございます!母なる地球を照らす光輝なる神アポローン。その弓から放たれる黄金の矢が、簒奪者、離反者の軍を打ち破る日も近うございます!」

「そ、そうか。頼むぞ」

「お任せあれ!」

ルドルフ2世はメッゲンドルファーが少し苦手であった。彼は才気あふれる男が好きだったが、メッゲンドルファーはその才を向ける方向に少しばかり偏りがあり過ぎたのだ。

 

神聖銀河帝国軍は、ヴェガ星域に待機させていた三千隻と合流し、その戦力を四万三千隻としていた。

この艦隊戦力とアポローン・システムによって、新帝国・連合共同軍、五万七千隻を迎え撃つことになる。

 

ヴェガ星域は奇しくも地球統一政府が二度にわたって屈辱の敗戦を経験し、その覇権を失った星域であった。

この星域が決戦の場となったのには複数の理由があったが、ルドルフ2世、そして地球教団は、この星域で勝利を収めることで、地球の屈辱の歴史を栄光で塗り替えようと考えていた。

 

宇宙暦801年12月31日、地球-旧王朝勢力と連合-新王朝勢力によるオリオン腕の覇権をかけた決戦、史上三度目のヴェガ星域会戦の幕が開いた。


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