時の女神が見た夢   作:染色体

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第一部 3話 アイゾール星域会戦

独立諸侯連合 アイゾール星域

 

連合はアイゾール星域に艦隊を集中させた。スクリーン越しに提督たちが会話を交わしていた。

ウォーリックが率直な感想を口にした。

「ここまでは順調のようですな。圧倒的な劣勢から、ここまで状況を整えるとは、ヤン提督恐るべしですな」

メルカッツは淡々と語った。

「ローエングラム伯とはまた違った才を感じる。もはや老兵は去るのみかもしれん。しかし、これでもまだ五分とはいかない。連合の興廃は我々が帝国の艦隊を打ち破れるかどうかにかかっている」

クロプシュトックも口を開いた。

「我らは三個艦隊3万3千、あちらは5万。ヤン提督がガイエスブルク要塞より到着するまで、なんとか保たせましょう。アイゾールへの帝国軍の誘導はうまくいっていますか?」

ウォーリックは父譲りの口髭をいじりながら答えた。

「ああ、アイゾールに着いた帝国軍の反応が楽しみだ」

 

宇宙暦796年/帝国暦487年5月25日、連合艦隊3万3千隻と帝国南部侵攻艦隊5万隻はアイゾール星域で遭遇した。

帝国軍の参謀たちは予想外の事態に困惑していた。

「過去の星図と地形が変わっている」

「賊軍め、このような決戦のためにこの星域を改造していたな」

「しかし、そんなことは一朝一夕にできることではありませんぞ」

アイゾール星域は大部隊の展開に適した地形であるはずだった。だからこそ彼らは連合艦隊が待ち受けていることを予想しながらもその誘いに乗ったのだが、実際のアイゾール星域は多数の小惑星が分布する守りに適した地となっていた。これは、仮想敵国である帝国が自国の星図をすべて把握していることを問題視した「バロン」ウォーリックと、後に「守りの剣」と呼ばれるようになるカール・フォン・ラウエが、諸侯連合創立時から計画・推進したものだった。帝国の予想侵攻経路に位置する無人星系を、惑星を爆破して人工の小惑星帯をつくる等して、要害の地につくりかえる。アイゾール星域はその計画が実施された地の一つであった。

「それに賊軍ばかりで叛乱軍の艦隊がおりませんな」

フレーゲルがミュッケンベルガーに問いかけた。

「ガイエスブルク要塞を落としたのは叛乱軍だったということだ。まだ戦場に着いていないのは当然だろう。彼らが到着した場合彼我の差が縮まることになる。その前に決着をつけたいところだ」

時間が限られる中、参謀たちは作戦を立案した。

「彼らに後背からの奇襲を許した場合、まずいことになります。とはいえ、遊軍をつくるわけにはいかない。後背には機雷を散布して奇襲を防ぎましょう」

「小惑星帯にも敵が潜んでいる可能性があり、敵右翼に不用意に近づくのは危険です。兵力は我らが上、敵左翼艦隊に2個艦隊を当て、半包囲に持ち込みましょう」

機雷敷設完了後、帝国艦隊は前進し、連合艦隊と対峙した。クロプシュトック艦隊にディッケル中将の艦隊、メルカッツ艦隊にミュッケンベルガー元帥直卒の艦隊、ウォーリック艦隊にフォーゲル中将、シュターデン大将の艦隊があたる形となった。

 

会戦推移1

 

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距離が徐々に詰められ、ついには双方のビームの有効射程範囲に入った。

「ファイエル!」

「ファイエル!」

遠距離から砲撃戦は、兵力の差にも関わらず当初連合に分があった。

帝国艦隊のビームは星域に薄く広がる宇宙塵によって威力を減衰された。一方で、連合艦隊の方は本星域の性質を知り抜いており、連射性能を落とす代わりに威力を上げて帝国軍の戦列に有効打を与えることに成功していた。

帝国艦隊もすぐに対応を始めた。

「ビームの出力を上げつつ敵と距離を詰めよ」

連合艦隊はそれに対しゆっくりと後退を始めた。

帝国艦隊は前進速度を上げ接近しようとしたが、散在する小惑星とそこに設置された自動砲台によって戦列を乱され、そこを連合に砲撃され損害を広げる等、思うに任せなかった。

「小惑星も目の前に来たならば敵と思い砲撃せよ」

帝国が思うように前進速度を上げられない理由はもう一つあった。

「賊軍が例の戦術を用いる様子はありません。このような宙域では必ず仕掛けてくるものと思いましたが」

「古い戦術だ。対応策も確立されているからな」

「しかし乱戦になればもしやという事も」

「いない敵を恐れて時間を浪費し、現実の敵の到来を許すのは愚の骨頂だ。警戒よりも前進速度を優先、早急に接近して敵陣を食い破れ」

ミュッケンベルガーは全軍に総攻撃を命じた。

 

会戦推移2

 

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「なかなか堅い!」

帝国左翼を務めるプフェンダー中将は少数のクロプシュトック艦隊をなかなか打ち破れないでいた。連合は、アルタイルで残存した艦艇のうち装甲の厚い艦艇を優先的に復帰させ戦力に組み込み、艦隊の防御力を高めていた。

「しばらくの辛抱だ」

クロプシュトックは少ない戦力で、プフェンダー艦隊の攻勢をよく凌いでいた。

プフェンダー中将は更にレンネンカンプ少将の分艦隊に命じて側面迂回を試みたが、小惑星帯に潜んでいたミサイル艦、宙雷艇等の部隊の伏撃を受け、失敗に終わった。

ミュッケンベルガー直属の艦艇も、メルカッツ艦隊を崩すことが出来ないでいた。

「流石メルカッツ、近接戦闘でも隙がない」

フォーゲル、シュターデンの両艦隊もウォーリック艦隊を破ることが出来なかった。ウォーリックは麾下のカール・ロベルト・シュタインメッツ少将に艦隊の半分を任せフォーゲル艦隊と対峙させ、自らはシュターデン艦隊に当たった。シュターデン艦隊は延翼し、ウォーリック艦隊を半包囲しようと試みたが、ウォーリック艦隊も同様に延翼し、容易にそれを許さない。

戦線は膠着状態であったが、兵力差からこのまま消耗戦が続けば、最後に残るのは帝国軍であっただろう。そこに連合艦隊後背に艦隊が出現したとの報が入った。

それは同盟艦隊ではなかった。

「後背に出現した艦隊約四千隻、フェザーン傭兵艦隊と……帝国艦隊と思われます」

「要塞駐留艦隊の残兵か?」

「だとしたら賊軍を挟撃する好機だ」

しかし帝国軍の期待は、裏切られることになった。

戦況の変化に帝国艦隊の攻勢が停滞した隙にウォーリック艦隊が平行移動し、メルカッツ艦隊との間にできた間隙に、所属不明艦隊が前進し、そのまま帝国の艦列に突入した。

帝国艦隊に動揺が走った。

「フェザーンの守銭奴どもが裏切ったのか?」

「いや、鹵獲された艦艇を連合が使っているのだ!」

敵軍の動揺を見てとったメルカッツは、全軍に攻勢を命じた。

艦隊の突入により壊乱したフォーゲル艦隊が壁となって孤立したシュターデン艦隊の側面をウォーリック艦隊が突き損害を広げる一方で、ミュッケンベルガー元帥の本隊をメルカッツ艦隊、プフェンダー艦隊をクロプシュトック艦隊が拘束し、援護を許さなかった。

「あの艦隊は自動操縦だ。じきにフォーゲル中将が混乱を収める。そうすれば兵力はまだこちらが優位。挽回は十分可能だ」

その期待はフォーゲル中将捕縛の報によって裏切られることになる。

突入した艦隊に紛れ込んでいたジーグルド・アスタフェイ少将率いる特殊揚陸艦戦隊、通称斬り込み部隊が接舷攻撃でフォーゲル中将の旗艦バッツマンを制圧したのだ。バッツマン上で炭素クリスタル製の日本刀(サムライシュヴェールト)を腰に納めたアスタフェイ少将が独りごちた。

「この年で最後の奉公ができましたなあ」

艦隊中枢への接舷攻撃は帝国に対して常に劣る戦力で防衛戦争を行ってきた連合が編み出した、苦肉の策であった。彼らは本来、少数の損傷艦を目くらましに、機を見て突撃を敢行する予定であったが、ヤン提督から連絡があったことで計画を変更していた。ガイエスブルク要塞からフィッシャー准将が引き連れてきた鹵獲艦合計5千隻に紛れて旗艦に斬り込みを掛け、最大限の成果を出すことに成功した。

フォーゲル艦隊は既に四分五裂の状態にあった。

 

会戦推移3

 

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ミュッケンベルガーは一旦後退と再編を命じようとしたが、さらなる状況の変化がそれを許さなかった。

機雷原後背へのヤン艦隊の出現であった。

「機雷原後方に艦隊出現!1万隻前後! 同盟艦隊と思われます」

「数が多い!間違いではないのか?」

同盟艦隊から機雷原に向けて何本かの光の柱が出現した。

「機雷原に穴が! 信じられません!」

ミュッケンベルガーら上層部はその正体を知っていた。

「指向性ゼッフル粒子か!やはり情報が流出していたか」

連合と同盟は、連合に亡命したヘルクスハイマー伯よりその情報を得て、不完全ながらも実用化に成功していた。

「同盟艦隊が侵入してきます!」

「このままでは包囲殲滅されます!」

ミュッケンベルガーはこのまま戦っても無残な敗北が待っているだけと考え、撤退を決断した。

 

会戦推移4

 

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「包囲が完成する前に天頂方向に転進し、戦場を離脱せよ」

帝国艦隊の動きを見越してヤン提督は艦隊に移動を命じた。

「機雷原はもう捨て置いていい。機雷原に侵入した部隊を残して天頂方向に移動、撤退する帝国艦隊の側面を削ぎ落とせ」

実のところ、ヤン艦隊は鈍足の艦艇をガイエスブルク要塞に置いてきており、実数5千隻程度であった。小惑星を曳航して数を誤魔化していたのだった。また、ヤン艦隊が保有していた指向性ゼッフル粒子発生装置は未完成のもので、効果範囲も回数も限定されており、帝国艦隊が迎撃態勢を整える前に機雷原を踏破し切るのは不可能であった。帝国軍は5千隻程度をヤン艦隊の牽制に振り向ければ、まだ互角の戦いを行うことも、整然と撤退することも可能であったし、その時間的余裕もあった。しかし、指向性ゼッフル粒子の衝撃が、帝国の諸将に正確な状況判断を行う心理的余裕を失わせていた。それこそがヤンの狙いだった。

メルカッツも連合の各艦隊に追撃を命じた。撤退は困難を極めた。熾烈な撤退戦の過程で、レンネンカンプ少将、ディッケル少将ら多数の将官が戦死し、多数の艦艇が破壊された。生還率は4割を切った。

フェザーン回廊帝国側出口一帯から帝国の軍事力は一掃され、ほどなく連合の勢力圏となった。

 




ブシドー・フォン・デア・コスモジンゼル(銀河武士道)
「ゴールデンバウム朝の権威を利用できず、同盟による民主制移行圧力が存在する中、自らの支配を正当化するため、連合の貴族は「高貴なる者の義務」、つまり軍役を自らに強く課すことになった。また、防人としての貴族、民衆の庇護者としての貴族、そのモデルを歴史の中に求め、自らのアイデンティティとした。一つが欧州における中世騎士道であり、もうひとつが極東の島国における武士道であった。連合の一部軍事貴族は銀河武士道という行動規範を創り出し……」引用文献:銀河百科事典第八百版

接舷戦術
「連合は常に劣勢の中で領土を守る必要に迫られていた。最小の戦力で最大の成果を得るために編み出された戦術が、敵旗艦級への斬り込みであった。当然ながら生還率は低く、何度も接舷戦術、いわゆる斬り込みを成功させてきたジーグルト・アスタフェイ少将は、歴戦の勇士として尊敬を集める存在であった。彼は銀河武士道と銀河剣術の第一人者としても知られていた。斬り込み戦術は当初有効な戦術として機能したが、単座式戦闘艇の浸透とともに……」引用文献:銀河百科事典第八百版


アイゾール会戦終了後の銀河全域図

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