時の女神が見た夢   作:染色体

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幕間劇その3 あるいは、小夜啼鳥

宇宙暦801年/新帝国暦5年 6月 フェザーン自治領

 

ケッセルリンクは軍を離れ、ボルテック自治領主の首席補佐官となっていた。

無論、この時既にケッセルリンクはフェザーンの実質的支配者であったから、表向きの話ではあったが。

 

ボルテックはこの5年、行政においてはまずまずの手腕を見せ、同盟とヤン・ウェンリーによる経済的打撃から、フェザーンは持ち直していた。

連合のフェザーンに対する経済開放政策、再開された同盟及び帝国との通商が多分にそれに寄与していた。

永遠ならざる平和は、フェザーンにも十分に恩恵を与えていたと言える。

 

ケッセルリンクはその日、母親の墓参りに来ていた。

先客がいたようで、墓前にはまだ瑞々しい花束が置いてあった。

「誰だ?母の死を悼んでくれる者など俺の他にいないだろうに」

まさか、あいつが?とケッセルリンクは考えかけたが、すぐにそれを否定した。あいつがこんなことのためにリスクをとってフェザーンに戻ってくるわけがない。

 

「私が置いたのよ」

 

ケッセルリンクの疑問は不意にかけられた声で解消された。

 

「ドミニク・サン・ピエール!」

 

そこには美貌の歌手、女優にしてルビンスキーの情人がいた。

「久しぶりね。ルパート」

 

「驚いたな。てっきりルビンスキーと一緒だと思っていた」

 

「一緒に居たわよ。ついこの前までね」

 

「ほう、もしや、ルビンスキーを見限って、その居場所を教えに来てくれたというわけか?」

 

「まさか。あの男が、居場所を知られるようなヘマはしないわ。私がここに来ている時点で、あの男に不利になる情報を私が持っていないことはわかるでしょう?」

 

「奴はそう考えたかもしれんが、俺からするとそうでもないかもしれんぞ。体に訊いてやってもいいんだぞ?」

 

ドミニクは溜め息をついた。

「母親の墓前で言うこと?そういうところが父親に劣るのよ」

 

ケッセルリンクはかっとなったが、この数年の経験が、それを抑制させた。

「先に問うべきだったな。何をしに来たんだ?」

 

この男も少しは成長したのかしら、そう思いつつドミニクは答えた。

「オーディンでは皇帝が危篤ね。知っているでしょう?」

 

「ああ」

 

「あなたの父親も、もうすぐ死ぬわよ」

 

それはケッセルリンクに対し、効果的な不意打ちとなった。

 

言った当人も驚くほどの。

「……そんな顔になるなんて思わなかった。あの男が見たらきっと喜ぶでしょうね」

 

ケッセルリンクは思わず手で顔を隠した。

「何を言っている。そうか、あの男が死ぬか。いい気味だ。そうだ、いい気味じゃないか!」

 

「ここには私しかいないのだから、取り繕う必要もないじゃない。あなた、私とどういう仲だったか忘れたの?」

 

人生という領域では、ケッセルリンクはまだまだドミニクに敵わなかった。

「くっ、で、どういうことだ。あいつが死ぬことを俺に教えるのが目的だったのか?」

 

「そうよ。それにルビンスキーに頼まれたのよ。遺言と助言をね」

 

「……どんな遺言だ?」

 

「素直になったじゃない。遺言はね、「人生を楽しめ、ルパート。再び狂乱の時代が来る。きっと楽しくなるぞ」だって」

 

「ふん!言われなくとも」

 

「あとは、私をこのまま見逃してくれるなら助言の方も教えてあげるけど」

 

「見逃してやるから、さっさと言え」

 

「しばらく自治領主府には近づくな、だって。まあ、この二週間くらいかしらね」

 

「ほう……。わかった。さっさと行け」

 

「じゃあね、ルパート。もう会うこともないでしょうね。あなたのこと、嫌いじゃなかったわよ」

 

去ろうとするドミニクに対し、ケッセルリンクは少し逡巡した後、声をかけた。

「ドミニク」

「何?」

 

 

「母の墓参りをしてくれてありがとう。礼を言う」

ケッセルリンクの顔は、年相応の青年のそれであった。

 

ドミニクは目を見開いた。そして、優しい顔になった。

「ルビンスキーには言うなと言われていたんだけど、実はあなたの母親とは面識があったのよ。私があの男の愛人になってから、様子を見に行ってくれと何度か頼まれたから。あなたのこともあったから、ルビンスキーは援助するつもりだったみたいね。あなたの母親には頑なに断られたけど。だからあなたのことも、ずっと前から知っていたわ」

 

ケッセルリンクは不意に知らされた情報を、すぐに咀嚼できなかった。

 

「だからかしら。私はあなたと関係を持ったけど、愛人というよりは、反抗期の子供の母親になったような気分だったわ」

 

ドミニクはケッセルリンクに歩み寄って、彼の左頰に手を触れた。

「ルパート、私からも助言よ。親父のことなんか忘れて、あなたはあなたの人生を生きて。……まあ、結果的に似たような人生になったとしても、それはあなたの勝手なのだけど」

そして右頬に口づけをした。

 

「じゃあ、今度こそさようなら」

 

ドミニクは去った。

 

ケッセルリンクはしばらくの間立ち呆けていた。

ドミニクを追跡する指示を出すつもりだったことも忘れて。

 

……それが、かつて母が自分にしてくれていた行為にあまりによく似ていたから。

 

ケッセルリンクは、今更ながら、自分が、そして父親が、ドミニクに惹かれたその理由を知った。

 

 

 

 

 

一週間後、ルビンスキーは死亡した。フェザーンから遠く離れた惑星の病院で、自らの手で生命維持装置を切ることで。

 

それから少しだけ時間がずれて、フェザーン自治領主府の一角が爆発を起こした。それは自治領主の執務室だった。

 

ルビンスキーは自らの脳波の停止に合わせて、爆発するように自治領主府に爆弾をセットしていたのだ。

脳波停止の信号は、何隻かのフェザーン船籍の艦艇を経由して超光速通信でフェザーンにまで届いたのだ。

 

フェザーン自治領主ニコラス・ボルテックは、この爆発に巻き込まれて死亡した。フェザーン復興の実績を残して。

 

ケッセルリンクは難を逃れた。

 

 

その爆音は、フェザーン市民にとって、動乱の時代の再開を一足早く告げる号砲のようにも聞こえた。







幕間劇、そして、永遠ならざる平和はこれで終了です

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