第三部最終話で、これでひとまずは完結です
レベロ議長の元、同盟軍は改革が進んだ。艦隊数は以前の水準に削減された上、ゆっくりと再興されることになった。
グリーンヒル統合作戦本部長とドーソン宇宙艦隊司令長官は退任し、それぞれクブルスリーとビュコックが大将昇進の上、後任となった。
宇宙暦797年/帝国暦488年5月、同盟と連合は講和条約を結んだ。
モールゲンは同盟に返還されたが、アルテミスIIは連合が戦利品として接収した。
フェザーンに関しては同盟側フェザーン回廊出口を非武装地帯とした上で、連合とフェザーンの関係を同盟は黙認することになった。
ヤン不正規艦隊の乗員には、自由意志での帰還が許された。
捕虜の帰還も順次進められることになった。
通商も再開される予定である。
帝国では、帰還したラインハルトが内乱の収拾を行なった。
まずは行方不明だったアンネローゼとキルヒアイスに再会した。
二人はロイエンタールの用意した一隻の駆逐艦で辺境星域に逃げ延びていたのだ。
ラインハルトは二人の無事を喜んだ。以前より二人の距離が近いように感じることを訝りつつも。
オーディンではここまで中立を保っていたラムズドルフ元帥によってオッペンハイマー大将をはじめとするリッテンハイム大公派の拘禁が行われていた。
彼を動かしたのは中立を保っていたマリーンドルフ伯とその娘ヒルダであった。
マリーンドルフ伯は残っていた貴族をまとめ、ラインハルトへの恭順の意向を示した。
二度の内乱で貴族の数も少なくなっていたことから、ラインハルトとしてもこれを受け入れた。
その後、未だ行方不明のエルウィン・ヨーゼフ2世が廃帝とされ、先々帝オトフリート5世の第3皇女が擁立された後、ラインハルトへの帝位禅譲が行われた。
ゴールデンバウム王朝はここに滅び、ローエングラム王朝による新帝国が始まった。
皇帝となったラインハルトにより内政改革と軍の再興が急速に進められることになった。
連合と帝国の間にも、再度休戦が成立した。
今回は国家同士であった。
ゴールデンバウム王朝が滅んだことで、お互い形式に縛られる必要がなくなったのである。
講和条約の締結や通商条約の検討も進められることになった。
同盟と帝国の間にも休戦の機運が高まり、水面下での接触が図られていた。
お互いすぐには軍を動かすつもりがない以上、望まない事態が発生しないよう何らかの取り決めを結んでおくべきだったからだ。
通商の検討さえ行われていた。フェザーンが連合に与した状態では、それがお互いのためであったから。
フェザーンは、連合に与せざるを得ない立場であった。
ヤン・ウェンリーによる機雷散布と軌道エレベータ損壊はフェザーンの経済活動に深刻な悪影響を与えた。
だが、これは連合や現フェザーン当局への悪感情には発展せず、批判はもっぱらヤン・ウェンリー個人に向けられた。
ケッセルリンクとオーベルシュタインがそのように仕向けたのだ。
ボルテックは、傷の癒えたヤン・ウェンリーと面会して笑顔で言った。
「もう来ないでください」
この発言はフェザーン市民の知るところとなり、彼らは溜飲を下げた。
ヤン・ウェンリーの不名誉二つ名リストに、新しく「出禁のヤン」が加わった。
オーベルシュタインは自らフェザーンに赴いていた。
エフライム街40番地にあった地球教徒の拠点が制圧され、武器弾薬、麻薬、様々な資料が秘密裏に押収された。
同時にフェザーンの行政、軍事の資料もケッセルリンクの協力の元、集められた。
フェザーン派地球教徒のこれまでの活動を調査するためである。連合派地球教徒やオーベルシュタインでも完全には把握できていなかったのだ。
オーベルシュタインは、フェザーンの軍需物資の流れに不審を抱いていた。
明らかに輸出用や正規軍や傭兵軍が利用する以上の軍需物資がフェザーンに集められ、どこかに消えていたのである。
表向き戦いは終わったが、火種はまだまだ燻っているようであった。
しかしながら銀河は一時の平和を得たようであった。連合とその人民が五十年をかけてようやく得た平和。
これが永遠ならざるまでも長いものになるかどうかはまだ誰もわからない。
ウォーリックはクラインゲルト伯と面会した。
「ウォーリック元帥、いや、ウォーリック男爵、決意は固まったか?」
「ええ、盟主を目指します」
ウォーリックは元帥に昇進していたが、退役し、次期盟主となる決意を決めたのだ。
クラインゲルト伯は微笑んだ。
「わかった。次の諸侯会議で私は引退を表明する。後は頼むぞ」
「はい。クラインゲルト伯は今後どうされますか?」
「クラインゲルト領の領民の面倒を見なければならない。彼らは故郷の惑星を追われ、今は根無し草だ。彼らと共に惑星を開拓して新たな故郷をつくるさ。……本当は北部を奪回できればよかったのだが、戦略上そうもいかないからな」
「奪回はともかく、戻ることはできるようになるかもしれませんな」
「何?」
「同盟、帝国、連合の平和が長く続けば、北部地域は交通の要衝となります。無人の地とはしておけないでしょう。平和裏に領民が故郷に戻り、再開拓を行なえるようになる道が開かれるかもしれません」
「なるほどな。私が生きているうちは無理かもしれんが、それでも期待しておるよ」
「……クラインゲルト伯、私は平和になった後の諸侯の生きる道をこう思うのです。新たな星域の開拓こそが、諸侯の新たな高貴なる義務になるのではないか、と」
「ほう?」
「銀河連邦衰退期から500年以上が経ちました。しかし人類の活動領域はオリオン腕とサジタリウス腕に限定されたまま、人口に至っては減少する一方です。
このままでいいはずがない。
新たな星、新たな世界を開拓する、それはハイネセンの例を出すまでもなく危険な行為です。戦争にも劣りません。誰かが率先してそれを行うべきなのです。
それを独立諸侯連合とその諸侯が行なっていくべきだと私は考えています」
クラインゲルト伯をあるイメージが襲った。
新たな宇宙開拓期、
熱情と狂騒の中時代の先頭に立つのは、
連合の諸侯と人民たち。
まだ見ぬ危険、まだ見ぬ誘惑、まだ見ぬ存在の蠢く中、オリオン腕、サジタリウス腕を越え、遍く宇宙に広がり行く人類
建国五十周年祭の熱狂を思えば、
連合には十分にそのポテンシャルがあるのではないか。
同盟と帝国の人民もそこに加われば、
狭い領域で争うことなど馬鹿馬鹿しくなって行くだろう。
クラインゲルト伯は身震いした。
これは、引退どころではないかもしれない
「ウォーリック男爵」
「はい」
「心が踊るな!」
「はっ!」
「未知の星域で誰もいない惑星を少人数で開拓する。かつて少年だった者なら皆夢想する、そんな願望も叶う世界だ。
もしその時に私がまだ生きていたなら、私もその一員になろうじゃないか」
「はい、ぜひ!」
彼らの前には見果てることのない夢が広がっていた
……………………
「ヤン提督」
連合行政府で行われた会議の後、ヤンは中将に昇進したオーベルシュタインに呼び止められた。
「何でしょう?」
「内密に相談が」
「出禁のヤンに一体何の相談でしょうか」
ヤンはフェザーンの一件を少し根に持っていたが、オーベルシュタインは意に介さなかった。
「永遠ならざる今の平和が、一瞬で終わるかもしれぬのです」
「……話してください」
「帝国内の連合派地球教徒の拠点が襲われ、壊滅しました。十中八九フェザーン派地球教徒の仕業です。そして連合派の大物ゴドウィン大主教も襲われて死にました。地球教内の連合派に対して粛清が進んでいるとみていいでしょう」
「それは……しかし地球教内の内輪揉めで済むならしばらくは監視するに留めてもよいのでは?」
「いや、まだあるのです」
「続けてください」
「フェザーンでの調査の結果、多数の艦艇用、拠点用の物資が何処かに横流しされていることがわかったのは報告した通りですが、同じ動きがどうやら同盟や帝国でもあったようなのです。
モールゲンやガイエスブルク要塞にその痕跡がありました。
さらに帝国では内乱時に多数の貴族や軍人、艦艇が行方不明となったが、その行き先は未だ不明です。連合にもフェザーンにも行き着いていません。フェザーンを脱出したルビンスキーや一部艦艇も同様です」
「オーベルシュタイン中将、あなたは今挙げたそれらが集まって一大勢力を構築すると思っているのですか?」
「そうです」
「しかし」
オーベルシュタインはヤンの言葉を遮った。
「彼らがまとまるに足る旗印がない、そう言いたいのでしょう?」
「はい」
「エルウィン・ヨーゼフ2世。彼が行方不明です」
「それは!……ですが彼は子供ですよ」
「ユリアン・ミンツ少年に痛い目にあわされたあなたがそう言うとは」
「……」
「失礼しました。ですがそういうことです。それに別に今すぐである必要もない。時間が経てば彼も成長するでしょう」
「いや、それでもエルウィン・ヨーゼフ2世が有効な旗印になるかというと疑問を持たざるを得ません」
オーベルシュタインは唐突に話を変えた。
「前回の内乱である人物が連合に亡命して来ました」
ヤンは戸惑った。
「オーベルシュタイン中将、何の話をしているんですか?」
「関係があるのです。その人物の名はエルフリーデ・フォン・コールラウシュ。リッテンハイム大公派の粛清を逃れたリヒテンラーデ公の血縁です。彼女が無視できない話をしてくれました。十分に傍証のある話です」
ヤンは続きを促した。
「父親であるはずのルートヴィヒ大公が死んで一年以上経ってからエルウィン・ヨーゼフ2世が生まれていることは帝国における公然の秘密でした。本当の父親はフリードリヒ4世だと考えられていましたからな」
「……同盟でもその噂は知られていました」
「フリードリヒ4世の子供が立て続けに夭逝したのはご存知の通りですが、実はこれは遺伝子疾患によるものです。連合への亡命者ヘルクスハイマー伯も同様の情報を持っていましたから、これは確かです。ゴールデンバウム王朝の血脈が汚れきっていることに気づいたリヒテンラーデ公は、フェザーンの力を借り、秘密裏に抜本的解決に出たのです。
かの、エンダースクール、ライアル・アッシュビーと一緒ですよ。
すなわち、遺伝子疾患を発症していない過去のゴールデンバウム王朝の皇帝のクローンをつくったのです。秘密を守るため、事はリヒテンラーデ公の一族の女性とフリードリヒ4世の何人かの寵姫の腹を借りて行われたのです。
ブルース・アッシュビーの時と一緒で、出来のよい赤子のみが選抜されたようですな。
シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ侯爵夫人の悲劇もこれが原因のようです。
そしてルートヴィヒ大公の死から2年経った帝国歴479年、エルウィン・ヨーゼフ2世と名付けられた子供が生まれました」
「オーベルシュタイン中将は、エルウィン・ヨーゼフ2世が英邁な君主の資質を持っていると言いたいのですね」
「ヤン提督、あなたは既におわかりのはずだ」
「……わかっていても、認めたくない事はあります」
「ならば言いましょう。エルウィン・ヨーゼフ2世は、かの男のクローンです」
オーベルシュタインはついにその名を口に出した。憎み続けたその男の名を。
「銀河帝国初代皇帝、
すなわち、
ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム」
連合、同盟、新帝国、すべてにとって忌まわしきその名が、
ヤン・ウェンリーには遠雷の音を伴って聞こえた。
これで第三部は完結、このお話自体もひとまず完結です。
当初よりここまでは一気に突っ走るつもりでした。
皆様、読んで頂きありがとうございました。
第四部も構想はありますが、投稿まで今までよりも時間がかかることになると思います。
気長にお待ちいただけるとありがたいです。