リッテンハイム大公によるオーディン占拠、ロイエンタール謀反、それに続く銀河帝国正統政府成立の報を受けたラインハルトは、
同盟軍に対する追撃戦を切り上げ、事後処理をルッツ、ミュラーに任せ、オーディンに急行した。
途中、キフォイザーへの敵軍集結の情報により、進路はキフォイザーに変更された。
無論アンネローゼとキルヒアイスの安否は気になったが、既に事態が進行した今、彼らがオーディンにいる保証もなかった。
既にもぬけの殻となっていたキフォイザー星域に到着したローエングラム軍であったが、彼らはそこでベルゲングリューン少将の乗る緊急脱出ポッドを発見した。
ベルゲングリューン少将に面会したラインハルトは尋ねた。
「卿はキルヒアイスの部下であるはずだが、何故ここにいるのか」
「私はオーディンでロイエンタール閣下の手勢に捕縛されたのです。そしてロイエンタール閣下は私をローエングラム元帥閣下へのメッセンジャーとして解放されました」
ラインハルトはベルゲングリューンがロイエンタールに敬称を付けたことを咎めなかった。
「なるほど、それでメッセージとは何だ?」
「二つあります。一つは「アルメントフーベル星域での決戦を希望する」とのこと」
「ほう、アルメントフーベル星域か……。よかろう、そのぐらいはかつての部下に胸を貸すつもりで乗り込んでやろうではないか。それで二つ目は?」
ベルゲングリューンは緊張を見せた。
「一言一句変えずに申し上げます。「グリューネワルト伯爵夫人とキルヒアイス上級大将は無事だ。後顧の憂いなく、決戦に集中されたい。私に勝てば二人の居場所をお教えする」とのことです」
ラインハルトは数瞬沈黙した。同席していたメックリンガーには、その顔に単純ならざる感情が渦巻いているように見えた。怒り、安堵、疑念……
ラインハルトは口を開いた。
「私の心配をしてくれるとは。姉上とキルヒアイスの身の安全を保証してくれるとはいい身分じゃないか。……なあ、ベルゲングリューン少将、ロイエンタールは一体何がしたいんだ?そんなに私の風下に立つのが嫌だったのか!?」
後半は叫び声になっていた。
メックリンガーが口を挟んだ。
「元帥閣下、ロイエンタールの本心はロイエンタールにしかわからないでしょう」
「……取り乱した。すまない、ベルゲングリューン少将」
「いいえ、元帥閣下。しかし、私の目には、あの方は閣下との対戦を本当に望んでいるように思えました」
途端にラインハルトの放つ気配が一変した。
メックリンガーは声に出さず呟いた。
……ラインハルト・フォン・ローエングラム、その人となり、戦いを嗜む。
「そうか、ならばロイエンタールの望み通りにしてやろうではないか。私も奴がどんな策で臨むつもりか、せいぜい楽しみにしておくとしよう」
ここで、脱落した艦艇を待ち、艦列を整えてアルメントフーベル星域へと突入した。
この時の艦隊構成は下記の通りであった。
ラインハルト艦隊 八千八百隻
ミッターマイヤー艦隊 八千五百隻
ビッテンフェルト艦隊 八千隻
ワーレン艦隊 七千五百隻
合計約三万三千隻
同盟軍との戦いは帝国軍にも多大な損耗を強いていた。また、長い航行に耐えられない損傷艦は予めルッツ、ミュラーに預けてきていた。
宇宙暦797年/帝国暦488年3月18日、ラインハルト率いる銀河帝国宇宙艦隊(ローエングラム軍)と、ロイエンタール率いる銀河帝国正統政府軍(ロイエンタール軍)はアルメントフーベル星域で激突することになる。
しかしアルメントフーベル星域でも、ラインハルトはしばらく敵を発見できなかった。
この時事態はロイエンタールの筋書き通りに進んでいた。
アルメントフーベル星域は連合との境に位置していた。長年連合との係争が続いている星域であり、可住惑星もあるが現在は無人である。
各所に艦艇の残骸が残り、それが引力で引き寄せられ、各所に大規模なサルガッソーが形成されていた。
連合の主張する国境線ではアルメントフーベル星域も連合領であり、帝国からすればそもそも連合領すべてが帝国のものなのだ。
とはいえ、軍同士の休戦後は暗黙の了解で暫定ラインが形成されていた。
ロイエンタールはラインハルト到着の前に麾下のディッタースドルフ少将に一千隻を預け、連合領との暫定ラインを越えさせていた。
この時連合は帝国の内紛の詳細を把握できていなかった。現地の司令官であれば尚更であった。
連合は、殆どの艦艇をフェザーン方面、イゼルローン方面に回していた。
軍同士休戦条約を結んでいる帝国に向けて、大兵力を置いておく余裕は連合にはなかったのだ。
しかしその休戦条約はあくまで帝国軍とであり、銀河帝国正統政府軍と結んだものではなかった。
帝国艦艇一千隻が暫定ラインを越えたとの報が現地警備艦隊司令官ミルコ・ヴァイラフ准将の元に入った。
この時、ヴァイラフの手元には八百隻の警備艦隊しか存在しなかった。彼は急ぎ近隣星域に援軍を求め、寄せ集めながら数としては二千隻を集めることができた。
ディッタースドルフの一千隻は、暫定ラインを踏み越えたところに留まっていた。
現地司令官は警告を発しつつ、ディッタースドルフの部隊を射程に納めた。
睨み合いが続くとディッタースドルフは砲撃を行なった。その砲撃は有効打を与えなかったが、警備艦隊を恐慌に陥れるには十分だった。
反撃を受けたディッタースドルフの部隊は後退した。
警備艦隊は前進した。
ディッタースドルフはずるずると後退を続けたが、連合軍警備艦隊が前進を止めると反撃し、再度前進すると後退して、ついには連合軍を暫定ラインの帝国側に引きずり込んだ。
警備艦隊は退がり時を失ってアルメントフーベル星域にまで踏み込むことになった。アルメントフーベル星域のサルガッソーで彼らは一時敵影を見失った。
「敵はサルガッソーに隠れたか」
「司令官、今のうちに撤退しましょう。中央の許可を得ずに帝国軍とこれ以上ことを構えるのは避けるべきです」
「撤退したいのは山々だが、敵の逆撃を受けてはまずい。索敵せよ」
しかし、彼らは程なく敵を発見することができた。再度攻撃を加えた彼らであったが、ヴァイラフは敵の様子がおかしいことに気づいた。
反撃が来ないのだ。まるで戸惑いを感じているかのように。
そしてさらに重大なことには敵が千隻どころではないことだった。
サルガッソーに紛れて気づかなかったが、ヴァイラフの目の前にはいつの間にか万を越える大艦隊が展開していた。
ローエングラム軍の先鋒を務めていたのは、ミッターマイヤーであった。
彼はラインハルトを恨まずに済ませるために、ロイエンタールを自らの手で討つつもりだったのだ。
しかし彼は目の前に現れた敵への対処に迷っていた。
旧式の帝国艦艇に同盟艦艇が混ざるこの小規模な艦隊は、明らかに連合のものであった。
何故ここに連合軍がいるのか?
連合はロイエンタールと組むことにしたのか?
実は組んでいないとしたら攻撃を加えることで連合を敵に回してしまうのではないか?
その迷いがミッターマイヤーの鋭敏な指揮を常になくにぶらせていた。
そこにラインハルトから通信が入った。
「ミッターマイヤー提督は何をしているか。賊軍が現れたというが、何を迷う必要がある。攻撃してくるなら撃ち破るまで。仮にそれで休戦が終わるとしても、責は彼らにある。その暁には全力をもって彼らを滅ぼしてくれよう」
ミッターマイヤーは命に従った。
「俺としたことが何を迷っていたのか。全軍、攻撃開始!」
しかしミッターマイヤー艦隊が攻撃を開始したその瞬間、サルガッソーの中に隠れていた艦隊が姿を現した。
ロイエンタール率いる正規軍二万隻がローエングラム軍の右から、リッテンハイム大公派私領艦隊三万隻が左から突き進んで来た。
連合軍を囮として挟撃が成立しようとしていた。
リッテンハイム大公派私領艦隊を率いるのはアーベントロート中将、リューデリッツ中将、モーデル少将、ハルナイト准将らであった。
いずれもリッテンハイム大公派で、戦闘よりもデスクワークを中心に階級を上げてきた軍人であったが、それでも素人の貴族に率いらせるよりはマシ、というのがロイエンタールの判断だった。
自ら指揮を執りたいと望むような自己主張の強い貴族はラインハルトによって大方粛清されていたことから、リッテンハイム大公としても反対する理由はなかった。
アーベントロート中将率いる一万隻はミッターマイヤー艦隊に向かっていた。
一方でリューデリッツ中将ら率いる残余の二万隻は左翼にいるビッテンフェルト艦隊に向かった。
この時私領艦隊と当たる左翼に位置していたのはビッテンフェルトであった。
彼はラインハルトに通信を入れた。
「左翼は小官にお任せください。貴族の私兵ごとき私が蹴散らして見せます」
ラインハルトは一瞬迷った。
「いくら質に劣る私兵とはいえ、数は二倍以上。できるのか?」
「はい、私には策があります。同盟軍との戦いで味わった屈辱、晴らす機会をお与えください」
「わかった。卿に任せる。ロイエンタールにはワーレンと私で当たる。ミッターマイヤーは速やかに敵を倒せ。その後の行動は己の判断で行動せよ」
ビッテンフェルトは八千隻で二万隻に挑んだ。
「ハルバーシュタット、オイゲン、あれをやるぞ!」
ビッテンフェルトは敵二万隻の面前で進路を変更し、その右側面から突入を果たした。突入後は艦隊を分散させ、黒色槍騎兵隊の速度を活かして四方八方に暴れ回った。
ビッテンフェルトは自らが屈辱を受けた敵将から学んでいた。
それは、まだ未熟ではあったがホーランドの芸術的艦隊運動の再現であったのだ。
ホーランドの未来の知己は案外近くにいたことになる。
ホーランドの編み出した芸術的艦隊運動はビッテンフェルトという模倣者を得たことで、個人の芸術から「新戦術」に昇華を果たしたのだ。
ビッテンフェルトは二交代戦術まで模倣していた。艦隊の半数には敵艦隊の牽制を命じ、その統括は分艦隊司令官に転身したオイゲンに任された。その冷静な性格を見込まれてのことだった。
ビッテンフェルト艦隊は先の一戦で溜まった憤懣を解放するかのように存分に暴れ回った。芸術的艦隊運動に、黒色槍騎兵隊本来の破壊力が合わさり、敵は壊乱状態に陥った。
未だ数は多いが烏合の衆に陥った敵を見て、ビッテンフェルトは敵を拘束するだけでなく、打ち破れるという確信を持った。
ミッターマイヤーは速やかに連合軍を蹴散らしたものの、アーベントロート中将に側面を取られ、まずは態勢を整えることに集中しなければならなかった。
ロイエンタールはラインハルト、ワーレンと当たった。
艦艇数ではロイエンタールが有利だが、ワーレンの助力が得られる点ではラインハルトが有利だった。
ラインハルトは、ワーレンにロイエンタールの攻撃を受け止めさせ、その間に側面から攻撃を仕掛けようとしたが、その行動は予測されており防がれてしまった。
ローエングラム軍は長期戦に不安を持っていた。長駆してきたことで補給物資が不足していた。また、連戦となり将兵も消耗していた。
このため、ラインハルトは短期戦を挑むつもりだった。敵戦力を諸将に足止めさせた上で自らの戦力でロイエンタールを討つというのが、ラインハルトの基本方針だった。
ロイエンタールもそのことは予測していた。本来ならば攻勢をかわしつつ長期戦に誘い込むことが勝利への常道だっただろう。
しかし、ロイエンタールはそれをしなかった。
一つは私領艦隊の実力が信頼できず、勢いで実力を補える間に事を終えたかったためであり、もう一つはロイエンタール自身がラインハルトとの直接対決を望んでいたからだった。
ロイエンタールはゾンネンフェルス少将、シュラー准将に一万隻を預けワーレンの相手を任せた。
そして自らはラインハルトに真っ向勝負を挑んだ。
ロイエンタール一万隻対ラインハルト八千八百隻、互いに策を読み、牽制し、陽動をかけ、要所に攻撃を仕掛けあった。
ラインハルトは自らが高揚していることを感じた。そしておそらくは相手も同じであるだろうことも。
均衡が続いた。
ミッターマイヤーは既に態勢を整え、アーベントロート中将に対し反撃に出ていたが、まだ圧倒するとまではいかなかった。
ビッテンフェルトは二倍以上の敵に勝ちきる勢いを見せていたが、なおも敵の数は多かった。
ワーレンは兵力差を熟練した用兵で補ったが、それ以上ではなかった。
しかし時間が経つにつれ、均衡が少しずつ崩れていった。ロイエンタールの戦術が先読みされ始めたのである。
「さすがローエングラム侯、このような形で差を味合わされるとは」
ロイエンタールは、ローエングラム侯の凄みを、戦略的優位を事前に確立してから戦場に臨むこと、その上で戦場では常人の常識を超えた戦術を創出することにあると考えていた。
だからこそ今回ロイエンタールは、卑怯者の汚名に甘んじてでも背後から不意をうち、戦略的優位をつくらせなかった。
さらに戦場でも事前に準備の限りを尽くし、泥臭い正面対決に持ち込んだのだった。
真っ向勝負であればローエングラム侯と互角の勝負ができる、その自負は、しかし打ち砕かれた。
当初は互角だったはずが、時間が経つほどに差をつけられていった。
ラインハルトはロイエンタールという敵手からも学び、それに合わせて自己の戦術を進化させた。ロイエンタールはそれができなかった。少なくともラインハルトほどには。
ロイエンタールは徐々に押し込まれていった。
「悔しいが、ローエングラム侯との戦術勝負は俺の負けか。ならば戦う相手を変えるか。ゾンネンフェルスに連絡を入れろ」
ロイエンタールはゾンネンフェルスと呼応して艦隊を徐々に後退させた。擬似突出と要所をとらえた砲撃によって隙をつくらなかったが、徐々に押し込められていくかに見えた。
不意に前線に一隻の巨大戦艦が姿を現した。ロイエンタールの旗艦トリスタンであった。
トゥルナイゼン少将、グリルパルツァー少将、クナップシュタイン少将ら、ラインハルト直属の提督達は色めきたった。武功を挙げる絶好の機会であったからである。
彼ら少将級の提督は焦っていた。
中将級、大将級は未だ若く、長期間現役でいるだろう。ではその間自分達は一個艦隊を指揮する立場になれないのではないか。
既にミュラーには抜け駆けされた。大きな戦功を挙げる以外にもはや艦隊司令官の席を手に入れる手段はないのではないか、と。
ロイエンタールは彼らの心理を日頃からよく洞察していた。ラインハルトはそうではなかった。それは能力の差ではなく、立場の違いによるものだった。
彼らはトリスタン目がけ殺到した。相互の干渉で前進速度は逆に鈍った。その間にトリスタンは後退したが、彼らはそれを追いかけた。ラインハルトの制止すら聞かずに。
気づけば、彼らはロイエンタールの構築した縦深の中に囚われていた。
全滅の危機に瀕した彼らを救ったのはワーレンであった。ワーレンは少なくない犠牲を払いつつ、ゾンネンフェルス艦隊を後退させ、側撃を受けるのを承知でロイエンタールの縦深を崩しにかかった。
ラインハルト直属の少将達は危機を救われた。しかし払った犠牲は大きく、戦況はロイエンタール側に傾いたかに思われた。
だがこの時ロイエンタールはラインハルトの本隊を見失っていた。
ラインハルトは、少将達の救援にはいかず、戦場を大きく迂回していた。
ラインハルトはロイエンタールが少将達の相手で拘束されている隙に、本隊五千隻を率いてロイエンタール艦隊の後背に出たのだった。
そのような思い切った行動に出られたのはワーレンを信頼していたためである。
ロイエンタールは一転、挟撃を受ける形となった。
ロイエンタールは迷わず艦隊に前進を命じた。
「後背には目をくれるな。前進して眼前の敵を駆逐し、時計回りに旋回してワーレン艦隊の背後を衝け。ゾンネンフェルスにはローエングラム艦隊を攻撃するように伝えろ」
少将達は再度ロイエンタールによって圧迫され、追い散らされた。
程なく奇妙な構図が生まれた。
ロイエンタールはワーレンを、ワーレンはゾンネンフェルスを、ゾンネンフェルスはラインハルトを、ラインハルトはロイエンタールを攻撃した。
それはかつてラインハルトがヤンにしてやられた互いの尾を喰い合う蛇の円環を、四つの艦隊で再現したものになった。
将官の力量の差から損害はロイエンタール側の方が多かったが、ラインハルト側は補給に限界が訪れかけていた。
消耗戦はラインハルト側の補給の限界で終わりを迎えるものに思われた。
しかし、そうはならなかった。
ミッターマイヤーが遂にアーベントロート艦隊を破り、ロイエンタール艦隊を襲ったのである。
戦力差は逆転した。
トリスタンも危機に陥った。周囲では爆散する艦艇が続出していた。
ロイエンタールは呟いた。
「時間切れか。楽しい夢もこれでお終いだ」
ミッターマイヤーからロイエンタールに通信が入った。
「もうやめろ、ロイエンタール」
「遅かったじゃないか、ミッターマイヤー。おかげで長く良い夢が見られた」
「降伏しろ。俺が一緒に頭を下げてやる。何なら俺と卿の今までの功績を引き換えにしてでも、お前を死なせはしないさ」
「ありがたい言葉だが、ウォルフガング・ミッターマイヤーの頭はそんなことのためにあるのではない」
真面目な顔でそう言った後、ロイエンタールは親友に笑いかけた。
「卿には俺が居なくなった後も閣下を支えてもらわないとな」
ミッターマイヤーはロイエンタールが死ぬつもりであるのを理解しつつも説得をやめなかった。
「死に急ぐな、ロイエンタール。一時の恥辱には耐えて、再び俺とともにローエングラム侯をお支えするのだ」
「それは俺の矜持が許さぬ。生まれてきてはいけなかった身にも関わらず、俺はもう十分楽しんだ。卿という親友を得、ローエングラム侯という主君を得た。さらにはそのローエングラム侯と戦い、なおかつローエングラム侯のために道を整えることができた。もう十分だ」
ミッターマイヤーはロイエンタールの言ったことを理解できなかった。
「どういうことだ?ローエングラム侯のために道を整えた、だと?」
ロイエンタールは構わず続けた。
「ローエングラム侯にお伝えしてくれ。「このロイエンタールが露を払いました。どうぞ皇帝におなりください。ロイエンタールからのせめてものお祝いの品として連合領を献上いたします」と。侯ならわかるはずだ」
「ロイエンタール??」
「あと、グリューネワルト伯爵夫人とキルヒアイス上級大将のことだが、俺が先に逃していた。内乱が終わるまではローエングラム侯と連絡を取らないという約束でな。この会戦の結果が伝われば連絡があるだろう」
「ロイエンタール、もしや今回の戦いは……」
「ミッターマイヤー、俺が言うのもおかしいがローエングラム侯を頼む」
「おい!」
「友よさらばだ。最後に話せてよかった」
通信は切れた。ミッターマイヤーはスクリーンに向かって叫んだ。
「ロイエンタールの大ばか野郎!」
ロイエンタールは全艦隊に降伏を命じ、誰も来るなと言い残し、司令官室に戻った。
「アンスバッハの主君はワインで自裁したと聞く。俺もそれに倣うか」
……薄れゆく意識の中で彼は呟いた。
「マイン・カイザー……ミッターマイヤー……ジーク……死…」
トリスタンに最初に乗り込んだのはミッターマイヤーだった。
彼は友を発見した。
安らかな顔で永遠の眠りについた友を。
リッテンハイム大公は百隻ほどの艦を引き連れ、遠方から事の次第を見ていた。
彼の顔は蒼白であった。
「ロイエンタールの役立たずめ、なんのために引き立ててやったのか……」
「彼は彼の信じたことを成しました。私もそうするとしましょう」
アンスバッハはそう言うとブラスターを取り出した。
リッテンハイム大公は後ずさった。
「なに!?どういうことだ? アンスバッハ、そうか、自殺するつもりなのだな」
「いいえ、あなたを殺すつもりなのですよ。ブラウンシュヴァイク公のために」
「馬鹿な!これまでの恩を仇で返すつもりか?」
「恩?逆でしょう。せっかく生き延びられる可能性を提供してやったものを無駄にしましたな」
「誰かおらぬか。アンスバッハが乱心した!」
「誰もおりませんよ。少なくとも閣下のお味方はね。私に乗員の手配までお任せになるからですよ」
オストマルク、そして周囲の百隻の乗員の殆どはアンスバッハの「協力者」だったのだ。
「それではおさらばです。まあ慰めに言いますが、サビーネ様とクリスティーネ様を手にかけるつもりはありませんのでそこはご心配なく」
ブラスターの一撃がリッテンハイム大公の脳天を貫いた。
アンスバッハは無主となったオストマルクで独語した。
「これで二人目。さて、ひとまずはロイエンタールの望み通りにしてやろう。まずは利害も一致することだし。
ブラウンシュヴァイク公、臣が新たな主にお仕えすることをお許しください。何年かかろうと公の復讐は必ず遂げますゆえ。
ラインハルト・フォン・ローエングラム!それまで、せいぜい一時の栄光を愉しんでおけ!」
この後、アンスバッハは歴史の闇に再び姿を消すことになる。
ローエングラム軍にリッテンハイム大公が発見されるまでには少し時間がかかった。虚空を漂う緊急脱出ポッドに、彼の死体が押し込められていたのだ。
ビッテンフェルトと戦っていた私領艦隊もロイエンタールの命に従って降伏した。彼らは既に大分前から戦意を喪失していた。しかし荒れ狂う黒色槍騎兵隊の前に降伏のタイミングを失っていたのだった。
こうして、後に宇宙暦797年/帝国暦488年の乱と呼ばれる内乱はいちおうの終結を見た。
だが、まだ片付いていない問題があった。
一つはエルウィン・ヨーゼフ2世の行方が不明であることだった。このまま不明であったとしたら……
そして残る問題は……
ラインハルトはミッターマイヤーからロイエンタールの伝言を聞いた。
アンネローゼとキルヒアイスに関する情報はラインハルトを安堵させた。
問題は、ラインハルトのために露払いをしたという話である。
ラインハルトは得心がいった。
「そうか、そういうことか、ロイエンタールの奴め!」
リヒテンラーデ公、リッテンハイム大公、エルウィン・ヨーゼフ2世……
ラインハルトが皇帝となるための障害が全てとり除かれていたのだ。
ミッターマイヤーはラインハルトに問うた。
「ロイエンタールは連合領を献上するとも、申しておりましたが」
「連合軍とは一年の休戦期間を設けている。本来はしばらく手出しができないはずだった。だが、ロイエンタールの画策によって連合軍は帝国軍に自ら攻撃を仕掛けてきた。休戦は破られたのだ。
そして、連合軍の主力はすべてイゼルローン方面かフェザーン方面で拘束されている。
そして、このアルメントフーベルから連合の現行政府キッシンゲンまでは指呼の距離だ。今なら労せず連合の中枢を落とせるのだ」
「ロイエンタール、お前はやり遂げたのか……」
ミッターマイヤーは友の真意を知った。彼の友は、みずからの野心、そして主君への忠誠を二つながら遂げて散ったのだ。
「ミッターマイヤー、ロイエンタールは最後まで私の忠臣だった。彼がここまで状況を準備してくれていたなら、受け取らぬわけにはいかぬ。さらに連戦となるが、キッシンゲンを陥とすぞ」
宇宙暦797年/帝国暦488年3月20日、ラインハルト率いる一万八千隻が、連合に侵攻した。