時間を遡ること宇宙暦797年/帝国暦488年1月、
リッテンハイム大公は、ローエングラム侯とリヒテンラーデ公に対して恐怖を抱いていた。
ブラウンシュヴァイク公は死んだが、自らの勢力も、ローエングラム侯によって弱体化させられた。ブラウンシュヴァイク派領邦での狼藉を理由に。
それをリヒテンラーデ公も黙認したということは、いつか自分のことも誅するつもりなのではないか。
そうなる前にどうにかしないといけない……
実際それは被害妄想とは言えなかった。
しかしリッテンハイム大公には手駒が少なかった。
自派の威勢の良い貴族将校は、大半が処刑や流刑となっていたからである。
ラムズドルフ元帥やミュッケンベルガー退役元帥は中立派であるし、オッペンハイマー大将は日和見主義者であることを露呈している。
誰かいないのか。
そう考えるリッテンハイム大公の元を訪れた人物がいた。
ブラウンシュヴァイク公の腹心で行方不明となっていた人物……
アンスバッハ准将であった。
彼はリッテンハイム大公に語った。
「小官もローエングラム侯とリヒテンラーデ公に恨みを抱いております。小官が反乱の手筈を整えましょう」
リッテンハイム大公は関心を隠せなかったが同時に不安も抱いた。
「何、しかし露見したら私の身が危ないではないか。それに軍を誰が率いるのか?ローエングラム侯に勝つ必要があるのだぞ」
「露見した場合、リッテンハイム大公と他の方の間に不和を招くために私が勝手にやったことにすれば良いのです。ブラウンシュヴァイク公の忠臣と呼ばれた私のやったことであれば、納得されるでしょう。それに軍を率いるのに適した人物には心当たりがあります」
「なるほど、わかった。ぜひやってくれ」
リッテンハイム大公には自分に都合の良い面しか見えていなかった。自分もアンスバッハの復讐の対象だとは考えていなかったのだ。
アンスバッハはあえてローエングラム陣営に人材を求めた。
有能な人材がそこに集まっていたからである。不穏な発言が多く、私生活にも隙が多いと噂されていたロイエンタールが第一候補となった。
アンスバッハはロイエンタールの自動車に細工をして交通事故を引き起こさせた。ロイエンタールは軽傷だったが、アンスバッハ率いる盟約軍残党の手で気絶させられ、事前に掌握済みの病院に運び込まれた。
ここまでの出来事はリッテンハイム大公には知らせずに行われた。リッテンハイム大公が秘密を守れると考えていなかったからである。
強いられた事とはいえロイエンタールは出征可能な負傷であるのに、出征しなかった。
少なくともローエングラム侯に釈明が必要な状況となった。
ロイエンタールは自らが進んでサボタージュしたわけではないと証明する必要があったが、そのような証拠はアンスバッハの手で消され、ロイエンタールが自ら指示したと見えるように工作がなされていた。
アンスバッハはロイエンタールに拒絶された場合に備え、グリューネワルト伯爵夫人を人質にしてキルヒアイスにラインハルトを裏切らせることも考えていた。
女性を人質に取るのはアンスバッハの好みではなかったが。
しかしロイエンタールはアンスバッハの誘いにあっさりと乗った。脅す必要もない程に。
ロイエンタールはリッテンハイム大公に対し、サビーネとの婚約を協力の条件に出した。
ロイエンタールの女癖の悪さを聞いていたリッテンハイム大公は当初は渋ったが、アンスバッハの説得により最終的には承諾した。
ラインハルトがオーディンを出発した頃、ロイエンタールは郊外の病院で、アンスバッハと面会していた。
「今更ですが、よかったのですか?主君を裏切ることになって」
「ほう、卿がそんなことを言うとはな。卿にとっては俺が裏切った方が都合がよかろう」
「……私はブラウンシュヴァイク公に忠誠を誓った身。主君を裏切る人間の気持ちがわからないのですよ」
その人物、アンスバッハはロイエンタールの本心を確かめようとしていた。
「近くで忠誠を誓うよりも、離れた方が主君の為になることもあるだろうよ。卿の行動もそうではないのか?」
「それは……その通りですな。すると卿は……。いや、ローエングラム侯に対して謀反を起こす意志自体は確かなようだ。それだけ確認できれば別に構いません。ひとまずは今回の件でリッテンハイム大公とローエングラム侯、リヒテンラーデ公、この三人のうち幾人かがブラウンシュヴァイク公の元に旅立つでしょうから」
「ふむ、ひとまずはお互いの目的のために利用し合おうじゃないか。……そうだ、一つ言っておこう。俺はここに至ってはローエングラム侯と本気で戦うつもりだ。もし俺がローエングラム侯に勝った場合、返す刀でリッテンハイム大公を討つつもりだ。なおさら卿には都合がいいだろう」
「ほぅ、その場合はぜひ協力させて頂きます」
「うむ、では準備に動くとしようか」
決行はロイエンタールの決定で3月5日となった。
その3月5日、まず新無憂宮とリヒテンラーデ公の邸宅がオッペンハイマーの憲兵隊に押さえられた。リッテンハイム大公とロイエンタールに協力を強要された末のことである。
リヒテンラーデ公は捕らえられ、先走った貴族将校によって処刑された。
エルウィン・ヨーゼフ2世も、丁重には扱われたがロイエンタール自らの指示で軟禁状態とされた。国璽もロイエンタールの確保するところとなった。
キルヒアイス、アンネローゼの行方に関しては全く不明であった。とはいえ、艦隊戦力はロイエンタールが掌握しており、事実上無視して構わないと考えられた。
同日、リッテンハイム大公は、国政を壟断するリヒテンラーデ公を君側の奸として排除したことを公表し、銀河帝国正統政府の成立を宣言した。さらに自らを帝国宰相とした上で、銀河帝国正統政府軍総司令官に元帥に二階級昇進させたロイエンタールを任命した。
近衛兵総監にはラムズドルフ元帥を留任させ、憲兵総監もオッペンハイマー大将を元帥昇進の上留任させた。
ローエングラム侯には速やかに兵権を正統政府に返すことを要求し、従わざる時は実力をもって排除すると伝達した。
無論ローエングラム侯が従うとは誰も考えていなかった。
ロイエンタールは、リッテンハイム大公にキフォイザー星域への移動を提案した。既にリヒテンラーデ公は殺し、エルウィン・ヨーゼフ2世と国璽は手中にある。もはやオーディンに用はないため、この上は戦いやすい星域に移動すべし、と。
キフォイザー星域にあるガルミッシュ要塞は先の内乱の際オフレッサーの部下に爆破されたまま放置されていた。
しかし一部の機能は生きており、拠点としての活用は可能と考えられた。
しかし、キフォイザー星域が戦いやすいとはどういうことか?現に先の盟約軍は負けているではないか、と怪訝に思うリッテンハイム大公とアンスバッハにロイエンタールは策を披露した。
最終的にリッテンハイム大公はキフォイザー星域への移動を了承した。
3月15日、銀河帝国正統政府軍のキフォイザー星域への集結が完了した。
ロイエンタール麾下の正規軍艦隊に加え、リッテンハイム大公派貴族と、リヒテンラーデ公、ローエングラム侯の改革に不満を持っていた守旧派貴族、軍人がこれに参加した。
総数は五万隻にもなった。
これはファルスター星域会戦で損害を受けているラインハルトの軍勢を上回る数であった。
3月17日、急行して来たラインハルトの軍勢がキフォイザー星域を強襲した。しかし、正統政府軍は既にそこを去っていた。
両軍はキフォイザー星域に隣接するアルメントフーベル星域で戦うことになった。
次はフェザーンでの同盟と連合の戦いを先に書きます