時の女神が見た夢   作:染色体

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ここから本編です。

5/23 一部文章及び誤字修正、後書きにアルタイル星域に関する説明追加


第一部 1話 アルタイル星域会戦とその影響

宇宙暦794年/帝国暦485年10月~11月

第三次ガイエスブルク要塞攻防戦 帝国の勝利

 

宇宙暦795年/帝国暦486年2月

第三次アルタイル星域会戦 帝国の勝利 同盟第4艦隊壊滅

 

宇宙暦795年/帝国暦486年9月

第四次アルタイル星域会戦 痛み分け 双方に損害多数

 

宇宙暦796年/帝国暦487年2月

第五次アルタイル星域会戦

 

アルタイル星域において同盟/連合の合同艦隊4万隻とラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将率いる帝国軍2万隻によって行われた会戦は帝国軍の大勝に終わった。

 

 

独立諸侯連合 連合行政府(惑星リューゲン衛星軌道)

 

「三個艦隊が壊滅した……」

第五次アルタイル星域会戦の報告を受けた諸侯連合盟主クラインゲルト伯は、言葉を失った。補佐官が宥めるように報告を続けた。

「パエッタ提督負傷後に同盟軍の指揮を引き継いだヤン・ウェンリー准将の奮戦により、帝国軍は撤退しました。ただ負けたというわけではありません」

クラインゲルト伯は首を振った。

「問題は次だ。この数年、我々は劣勢が続き、消耗が激しい。我が国の正規艦隊が半減し、同盟の駐留艦隊が半壊したことで、彼我の戦力差は大きく開いている。これでは次の侵攻を防ぐことはできない。同盟に至急援軍を要請せよ。足元を見られることになるかもしれないが、この際しかたない」

 

 

フェザーン 首都星フェザーン

 

フェザーン自治領主アドリアン・ルビンスキーも補佐官ボルテックから会戦の報告を受けていた。戦闘の経過に少なからぬ衝撃を受けつつも、ルビンスキーは今後のことを考えていた。

「ローエングラム伯とヤン准将のことはそれでよいとして、ボルテック、この後我々はどう動くべきだろうな?」

試すような問いを受けてニコラス・ボルテックは答えた。

「は、支援を餌に連合に食い込むべきかと。同盟は連合に対して大規模な援軍を出すことになるでしょうが、同時に一層の従属も迫るでしょう。フェザーンとしても嬉しくない展開です。諸侯連盟としては同盟への過度の依存は避けたいはず。そこにフェザーンの入り込む隙が」

「甘いな、ボルテック」

ルビンスキーは首を振りながら遮った。

「は?」

「これはブルース・アッシュビーによって崩された構図を復活させるチャンスだ。帝国では「金髪の孺子」に手柄を独占させまいと、さらなる侵攻計画が立てられているという。この機に帝国に連合を併吞してもらい、争う同盟と帝国、漁夫の利を得るフェザーンというあるべき姿に復帰させるのだ。」

「しかし同盟が黙っておりますまい」

「無論だ。しかし同盟には二つ選択肢がある。今すぐに派兵するか、帝国が侵攻した後に派兵するか、だ。前者が連合にとっては望ましいが、同盟にとっては現状維持に多大なコストをかけるに過ぎない。後者の方が、連合領占領のために消耗した帝国軍を同盟が叩くことができるし、状況によっては連合を併合することさえ狙える点でメリットが大きい。失態続きの現政権にとってもな」

「結局それでは帝国は連合を併吞できないのでは?」

「同盟が大規模な艦隊を派遣する前にイゼルローン回廊を閉塞させる」

「なんですと?」

ボルテックは思わず耳を疑った。

「同盟の援軍が致命的に間に合わなくなるよう、一時的でいいのだ。方法も一つではないが……技術局で実施している大質量物体長距離ワープ実験があっただろう」

「要塞をワープさせるつもりですか?あれは未完成です」

「未完成でよいのだ。同盟艦隊の通過時期に合わせてイゼルローン回廊内の恒星近傍で小惑星サイズの大質量天体を、目的地を定めずワープさせるのだ。発生する時空震によりイゼルローン回廊は一時的に航行不能になる。イゼルローン回廊は狭いからな。さらに時間が必要ならばこれを数度行えばよい。イゼルローン回廊は同盟、連合の艦船であれば自由に航行可能だから準備は容易だ。無論、我々ではなく帝国の工作ということにするがな。要塞のワープのためだけに、あの実験を私が許可したと思っていたのか」

「そこまで考えておいででしたか。」

「ボルテックよ、早速同盟の評議員連中に働きかけるのだ」

 

 

自由惑星同盟 首都星ハイネセン

 

連合への同盟軍派遣の是非に関する評議会の秘密会合が行われていた。

ヨブ・トリューニヒトが国防委員長として説明を行っていた。

「連合への援軍は第一陣として3個艦隊、後詰めとしてさらに2個艦隊の動員が必要となるとの試算が出ている。経費としては500億ディナールが予定される。連合を支援して帝国による旧領奪還を防ぐのが、40年来の同盟の基本方針だ。国防委員長としては臨時予算の承認を願いたい」

ジョアン・レベロが財政委員長として答えた。

「それだけの経費、臨時国債で賄う他はない。同盟は今日まで、アッシュビー時代の巨額の戦時国債を償還し、福祉予算を切り詰めさえして、財政の破綻を何とか防いできた。しかしながら、昨今の敗戦の結果、艦隊の再建、遺族年金の増加と、それも危うい状態となっている。この上さらなる派兵となれば。財政委員長としては看過しえない状況だ。連合を矢面に立たせ、同盟は民力休養に努めるというのが同盟の大戦略でしたが、連合防衛それ自体が民力休養の障害になるとすれば、大戦略自体の見直しが必要になるのではないか」

連合との折衝を担う国務委員長が反論した。

「しかし、連合を支援しないわけにはいかないだろう」

ホワン・ルイ人的資源委員長がレベロに代わり答えた。

「財政委員長も、連合支援それ自体を否定するわけではないだろう。今回の派兵自体は認めざるを得ないにしても、今後も同様の状況を続くことは同盟の国家破綻につながる。それを避けるための方策を同時に考えるべきということだ」

天然資源委員長が口を開いた。

「臨時国債発行となると有権者がどう考えるか。そのことを忘れてもらっては困る。帝国の連合侵略を防ぐためだとしても、有権者は、連合と同盟軍、そして何より現評議会の失態の尻拭いに血税が使われたと取るだろう。」

突如、経済開発委員長が提案した。

「経費節減ということでは、派兵時期を少し遅らせてはどうかな。例えば連合の兵力が尽き、帝国軍も十分に消耗したタイミングまで待つとか」

国務委員長は驚いて声を上げた。

「そのようなことをすれば連合との信頼関係が失われる」

コーネリア・ウィンザー情報交通委員長がその声を遮った。

「いえ、ぜひそうすべきですわ。その方が連合を存亡の淵から救ったことになり、同盟の勝利が劇的になります。所詮民主主義の大義を知らぬ国、信頼関係云々を気にしなくて済むよう、そのまま連合を併合してもいいではありませんか」

国務委員長は唖然とした。

「そのような危ない橋を渡るのは賛成しかねる。一歩間違えて連合が帝国に滅ぼされたらどうするのだ」

ウィンザーは鼻で笑った。

「その後帝国を叩けばよいのです。連合も帝国も民主主義の大義を理解しない点では同じです。同盟の滅ぼすべき敵が、もう一つの敵と相食んで滅びたとしても、むしろ喜ばしい限りではないですか。私に言わせると国務委員長は連合に肩入れしすぎですわ。そういえば国務委員長は連合と日頃から仲が良いようですわね」

連合との癒着を示唆するかのようなウィンザーの言葉に、国務委員長は顔を紅潮させた。

「何を言い出すんだ!」

話の展開に困惑を隠せないまま、ホワンが指摘した。

「連合にはまだ同盟半個艦隊が残っていることも忘れないでおいてもらいたい」

「ちょうどいいですわ。同盟が連合を見捨てないことの証拠として彼らには頑張ってもらいましょう。今回また英雄になったというヤン提督に任せればよいでしょう」

トリューニヒトが発言した。

「将兵を捨て石にするような発言には国防委員長として賛成しかねる」

「捨て石ではありません。連合に殉じる必要もないのですから。ヤン少将ならうまくやってくれるでしょう」

国務委員長はなおも食い下がった。

「連合には何と説明するのだ」

天然資源委員長が提案した。

「連合には対価として事実上の併合に近い内容の要求を送ればよかろう。交渉が難航して、援軍が遅れても仕方のないだけの」

ここでサンフォードが口を開いた。

「即座に援軍を送るか、しばらく状況の推移を見守るかの二つに意見が割れているようだな。ええと、ここに資料がある。みんな端末画面を見てくれんか」

積極的に発言したサンフォード委員長に全員が驚きつつも画面を確認した。

「我々の支持率と不支持率だ。悪いと言っていいだろう。このままでは来年早々の選挙には負けるだろう。我々が連合に即座に派兵したとしても、この状況は変わらんだろう。ところがだ、帝国に対して劇的な勝利を収め、さらに領土拡大などの何らかの成果を上げることができれば、支持率は最低でも15%上昇することがほぼ確実なのだ」

軽いざわめきが会場に生じた。レベロがうめくように呟いた。

「そんな理由で同盟の方針を決めていいのか」

しかし、ウィンザーは言った。

「「同盟の大義」を考えれば、結論は出たも同然ですわね。即時派兵か状況を見るか、投票を行いましょう」

投票の結果は以下の通りであった。

即時派兵:四、状況を見る:五、棄権:二

同盟の重大な方針変更が、ここに決まった。即時支援に投票したのはレベロ、ホワン、国務委員長、そしてトリューニヒトであった。

散会後、ホワンとレベロが会議を振り返っていた。

「どうもおかしなことになったな。連合に戦費の肩代わりを要求した上で、加えて領土割譲や利権譲渡等の要求を行う、というところが落としどころかと思っていたのだが」

「ホワン、私も即時支援とのは前提だと考え、その上で財政上の問題提起を行ったのだが。それがなぜあのような提案がなされ、賛成多数で通ってしまったのか。しかも、その理由が選挙対策だとは」

「誰かが余計なことを吹き込んだのではないか?それも複数人に」

しかしそれが誰か、あるいはどのような勢力なのか、二人には想像が付かなかった。

トリューニヒトも一人書斎で会議を思い出していた。彼は自らの予想通りに進んだ会議に満足していた。

「フェザーンからの依頼通りに成り行きに任せてみたが、さて状況はどうなるか。まあどうなったとしても私の地位は安泰だが。しかし、経済開発委員長も天然資源委員長も、自分たちが使い捨てにされようとは思ってもいまい」

 

 

自由惑星同盟 首都星ハイネセン-独立諸侯連合 リューゲン星域 超光速通信

 

シドニー・シトレ元帥は、スクリーンを通じてヤンに通達を行った。

「ヤン・ウェンリー同盟軍少将を駐留艦隊司令官代理から正式に司令官に任じ、引き続き連合防衛を任せる」

ヤンは疑問に思った。

「艦隊司令官は中将をもってその任にあてるのではありませんか?しかも重要な駐留艦隊司令官であれば尚更」

「再編成される駐留艦隊の規模は先の会戦で残存した約8千隻、兵員90万。通常の約半数というところだ。兵力の補充はない」

「……別に増援の予定は?」

「ヤン少将、これは内密な話だが、それも現時点では予定されていない。評議会は旧来の方針を捨て、帝国の連合への侵攻を看過し、その上で時期を見計らって介入し漁夫の利を得るつもりでいる。領土割譲、属領化、あるいは併合までも視野に入れているのだろう」

ヤンはしばし沈黙した。

「政略としてはまあ理解できなくもないのですが、連合人民に犠牲を強いることになりますね。それに駐留艦隊は事が起きた際にどう行動することを期待されているのですか?」

「仮に連合が同盟に愛想を尽かして帝国に恭順することになれば目も当てられない。同盟が連合を見捨てていない証拠として駐留艦隊には引き続き連合防衛に務めてもらう」

「要するに人質、いや、捨て石になれと」

「遺憾ながらそういうことだな。だが君ならば唯の捨て石で終わることはあるまい。それが責任回避の結果であろうと、駐留艦隊の防衛行動は君に一任されることになろうし、当然ながら連合の防衛は連合の判断によって行われる。そこにエルランゲン及びアルタイルの英雄として連合内で声望のある君の識見を活かすことは十分に可能だろう」

つまり連合に策を授けて帝国からの防衛を果たせと、そういうことかとヤンは見当がついた。

「本部長のお考えがわかってきました。しかしそう上手くいくでしょうか」

「君にできなければ他の誰にも不可能だろうと考えておるよ」

「もし君が駐留艦隊を率いて圧倒的劣勢の中で連合防衛という偉業を成し遂げれば、トリューニヒト国防委員長も君の才幹を認めざるを得んことだろうな」

そしてライバルであるロボス元帥が手柄を上げることはなく、私を任用したシトレ本部長の立場も強化されるということかな、とヤンは想像した。

「自信がないかね」

「微力を尽くします」

「やってくれるか。では必要な物資があったら何でもキャゼルヌに注文してくれ。艦艇以外であれば可能な限り便宜をはからせる」

 

「やれやれ一度歯車が狂うとどうにもならないもんだな」

通信が終わった部屋でヤンは一人愚痴をこぼした。

父親の死後、一文無しになり、人文関係の奨学金の選考には通らないことを役所で懇々と説得されて、結局士官学校に行く羽目になった。無事戦史研究科に配属されたと思ったら、戦略研究科に問答無用で転科、エルランゲン脱出に成功したばかりに、前線に貼りつく羽目になって……。

ため息をつきながらもヤンは立ち上がった。

「退職金は10年勤務しないと貰えないし、もう少しがんばるか」

 

 

銀河帝国 帝都オーディン

 

ローエングラム伯ラインハルトはアルタイルにおける功積で帝国元帥、そして宇宙艦隊副司令長官に任命された。同じく昇進して少将となったジークフリード・キルヒアイスと、元帥府となる建物で会話していた。

「老いぼれどもは、これを機に賊領全土の奪回を狙っているらしい。我らが元帥府の設立にも影響が出ている。元帥府の設立は事実上次の外征の後になりそうだ。人も艦艇も外征優先だということだ。邪魔な俺を除け者にして、次は自分達が武勲を立てる番だとな。担ぎ出されるミュッケンベルガーもご苦労なことだ」

「連合もメルカッツ提督をはじめ有能な将兵を抱えています。ただでやられはしないでしょうし、同盟も介入してくるでしょう。待っていれば機会はラインハルトさまの前にすぐにやってきます」

「わかっているさ。キルヒアイス。時に、同盟の駐留艦隊の司令官にはあの男がなったそうだな」

キルヒアイスの頭にもすぐにその名が浮かんだ。

「ヤン・ウェンリー、エルランゲンの英雄にして、アルタイルで我々の前に立ちはだかった男」

「もしかしたらまた何かしでかしてくれるかもしれないな。お手並み拝見といこうか」

そう言ってラインハルトは不敵に笑った。

 




アルタイル星域
アーレ・ハイネセンの故地であり、長征一万光年の出発地アルタイル星系第7惑星を含む星域。同盟にとっては聖地で、それ故に同盟としては帝国の奪回を許すわけにはいかない。帝国勢力圏側にやや突出しており、係争地として帝国との間に何度も大小の戦闘が行われている。
(銀英伝史実の帝国領侵攻作戦でも、同盟軍はアルタイル星系解放を目標の一つに設定していてもよかった気がします。達成前に敗退してしまうのは変わりないでしょうが)

同盟士官学校の事情
前線が遠のいたことで、防衛戦争の実感が乏しくなり、また一時の熱狂の反動からか、積極的な反戦とまでは行かないまでも、帝国との戦争を他人事のように感じる市民も増加しつつある。このため主戦派は、市民の戦意高揚の方策に苦慮している。また、民間経済も一定の活気を維持していることから、この時代の士官学校の人気はあまり高くない。このため、同盟の各役所では、来訪した苦学生に士官学校行きを勧めるためのマニュアルが存在する。

エルランゲンの奇跡
帝国・連合国境付近のエルランゲン星系に帝国軍が迫る中、一介の中尉であったヤン・ウェンリーが逃げ出したアーサー・リンチ少将を囮に使い民間人を全員無事に脱出させた出来事のこと。このためヤンは同盟よりも連合内で人気と知名度があるし、「連合の民衆の要望」によって前線勤務を長く続けることになってしまった。なお、脱出の指揮を執るヤンに一目惚れした女性がいたとかいなかったとか。

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