これで第二部は完結です。
また少し間が空くと思いますが、第三部も投稿します。
宇宙暦796年/帝国暦487年12月27日、同盟軍はヤヴァンハールで指揮官を失った第六艦隊、第七艦隊を合わせて臨時編成の第十二艦隊とし、フォーク少将の指揮の元、北部旧連合領に侵入させた。
帝国は内乱中であり、少数の防衛部隊と少数の軍事基地しか設置されていなかった。それを分散させた部隊で効率的に潰していくことで占領はスムーズに進んだ。
連合が住民を退避させていたため、住民統治を考える必要もなかった。
同盟は労せずして最大の成果を上げた形となった。
同12月30日、年の瀬にも関わらず連合行政府では会議が開かれていた。
同盟軍の北部旧連合領占領への対応を議論するためである。
ウォーリックが発言した。
「正直意表を突かれたのは事実だ。オーベルシュタイン少将、情報局はこれに関して何か掴んでいたのか?」
「モールゲンの同盟軍で再編と物資集積の動きが活発になっていたことは先に報告しております。それ以外は何も」
「フォーク少将については?」
「士官学校首席卒業の若手将官で、ロボス元帥のお気に入りの参謀だったようですが、それ以上の情報が今の所ありません」
南部に駐留を続けるヤンもスクリーン越しに情報を伝えた。
「艦隊のメンバーにも訊いてみたのですが、秀才だが性格に難あり、との評判でしたが実力の程は不明です」
エーゲル元帥が話題を変えた。
「フォーク少将のことはおくとして、同盟の意図を知りたい。今やあそこは帝国領。連合を攻撃しつつ帝国を刺激するのは戦略的には下策ではないか?」
これにヤンが答えた。
「戦略的に下策でも、同盟の政治にとっては大きな意味があります。同盟市民はこれを大きな成果と考えるでしょう。そして同盟では来年1月末に選挙があります」
「選挙……」
民主制ではない連合の軍人の中には理解が及んでいない者もいた。
「私は、新しい英雄であったライアル・アッシュビーが倒されたことで同盟市民が冷静になることを期待していました。1月末の選挙でトリューニヒト政権が倒れ、次にできる政府との間で講和が成立することを。しかし今回の成果はアッシュビーの敗北を補ってしまうかもしれません」
オーベルシュタインが補足した。
「最新の世論調査では現政権の支持率が既に15%上昇しておりますな」
ウォーリックがヤンに声をかけた。
「トリューニヒトの演説を聞いたか?ヤン提督を卑劣漢呼ばわりしていたな。駐留艦隊の人員を人質にアッシュビー提督を脅し、その行動を縛って敗北させたなどと、とんでもない嘘を言っていた。フォーク少将はその敗北を取り返した、皆一丸となって連合と同盟最大の敵ヤン・ウェンリーを倒そう云々……」
クラインゲルト伯がヤンを気遣って言った。
「私が反論の声明を出そうか?」
ヤンは肩をすくめた。
「お気遣いありがとうございます。ですが逆効果になるだけでしょう」
カイザーリング男爵は嘆息した。
「どうやら今後も戦争が続く前提で動く必要があるようだな」
クラインゲルト伯は深刻な面持ちであった。
「実のところ、連合の財政と経済は危機的状況にある。同盟のみならずフェザーンも敵となったからな。フェザーンへの国債償還が止まったのは僥倖だが、経済への打撃は大きい。帝国からの亡命貴族の財産接収でも焼け石に水というところだ。ブラッケ民政卿には、来年は何とかもたせるが再来年は保証できないと言われている」
ハーフェン伯の表情も暗かった。
「連合は常に戦時体制で戦ってきた国家だが、この1、2年の消耗と数ヶ月内の情勢変化でそれが限界に来ている。破綻する前に事態を打開する必要があるだろう」
ウォーリックが提案した。
「時を置かずフェザーンを占領しよう。それだけでも一息つけよう」
ハーフェン伯が口を挟んだ。
「フェザーンからは講和の打診があったのだが」
「流石に虫が良すぎる。我々としては信用できないでしょう」
クラインゲルト伯が抵抗感を示した。
「連合が侵略国家になるのか」
ウォーリックは何を今更といった態で答えた。
「元々手を出して来たのは向こうです。それにこれは連合生存のために必要なことです」
「致し方あるまい」
クラインゲルト伯もそれ以上は何も言わなかった。
ヤンがオーベルシュタインに尋ねた。
「地球教徒の動向はわかりますか。彼らにフェザーン攻略を邪魔されると厄介だ」
「先の敗北以来、地球教のフェザーン派は立場を急速に弱めており、外に目を向ける余裕を失っています。情報局は連合軍内の地球教徒も洗い出しを進めており、以前のような活動はできません。連合派は連合によるフェザーン占領に賛成しており、むしろ喜んで後押しをするでしょう。しばらくは、彼ら連合派と暗黙の協調関係を維持するべきでしょう」
「しばらくは、だな」
ウォーリックは口を挟んだ。
エーゲル元帥が議論をまとめた。
「速やかなフェザーン占領、地球教連合派との暫定的な協調関係、それは決定事項ということでよかろうな。後は、誰をフェザーンに派遣するかと、占領後の統治体制についてだが」
ウォーリックが提案した。
「先にフェザーンと戦ったヤン不正規艦隊、それにシュタインメッツの艦隊に行ってもらいましょう」
ヤンは頷いた。
「では、占領後の統治体制は?下手を打つとフェザーン商人が敵にまわる恐れがあるぞ」
オーベルシュタインが発言した。
「それに関しては私に一案があります」
オーベルシュタインの案に則ってフェザーン占領計画が進められることになった。
年が変わった。
新年を迎えた帝国では、ミッターマイヤーとロイエンタールが酒を酌み交わしていた。
彼らは揃って大将に昇進していた。
ミッターマイヤーがグラスをあげた。
「新年に乾杯」
ロイエンタールが呟いた。
「ファーレンハイトに乾杯」
ミッターマイヤーは盟友を見た。
「……卿が何を思っているかわかる気がするが、何も言うなよ」
「わかっているさ」
「……同盟軍が我らの領土を占領したが、これに対してローエングラム侯は奪回に動くらしい」
「当然だな。連合軍との休戦も未だ有効だからな。攻めるとしてもそこしかあるまいし」
「とはいえ、国内がもう少し治ってからにはなるだろうが」
盟約軍残党の掃討が完了していなかったのだ。
ロイエンタールとミッターマイヤーが話をしていた頃、上級大将に昇進したキルヒアイスがラインハルトに何度目かの意見具申を行なっていた。
「ラインハルト様、盟約軍残党と、リッテンハイム大公派貴族軍の件ですが」
「ああ、そろそろ我々が乗り出すべきだろう」
ブラウンシュヴァイク派領邦の占領と残党掃討はリッテンハイム大公派貴族軍に任されていたが、その進捗は遅いものだった。それだけでなく、占領地では貴族軍による乱暴、狼藉、略奪が後を絶たなかった。
「今少し早くそうすべきだったのでは」
「……わかっている、何度も言うな、キルヒアイス。これは必要なことだ。あのオーベルシュタインのごとき輩の口車に乗るのは口惜しいが」
ラインハルトは、麾下の提督に命じて速やかにブラウンシュヴァイク派領邦を占領し残党を壊滅させた。
さらに軍紀粛清の名の下に占領地で問題を起こした多数の貴族将校を処罰した。
これはリッテンハイム大公派の勢力弱体化を図るものであり、休戦のためにラインハルトと会見した際、オーベルシュタインが提案したことでもあった。
これをリヒテンラーデ公は黙認し、リッテンハイム大公も表立って反対することはできず、幾人かの処罰を緩める程度しか影響力を発揮できなかった。
リッテンハイム大公の勢力は弱まり、ラインハルトとリヒテンラーデ公の勢力が伸長することになった。
内乱の傷跡は浅くはなかったが、ブラウンシュヴァイク派貴族の没収財産で帝国の財政状況はある程度回復した。リヒテンラーデ公の元、内乱復興と国内改革が進められるとともに、ラインハルトによって北部旧連合領の奪還準備が整えられていった。
フェザーンではルビンスキーが愛人であるドミニク・サン・ピエールの私邸にいた。
「同盟に英雄を誕生させ、連合を併呑させる。英雄にはそこで退場してもらう。同盟は連合併呑の過程とその後の統治で著しく疲弊する。一方で帝国は、ブラウンシュバイク派貴族の消滅により、財政的にも政治的にも、また、軍事的にも再生する。その段階で再生した帝国に連合領を奪回してもらい、旧来の図式を復活させる、というのが、筋書きだったのだがな」
ドミニクはワインをグラスに注ぎながら答えた。
「完全に失敗したようね」
「ああ失敗だ。地球教総教主も怒り狂っているようだ。フェザーン派は力を失い、連合派が力を伸ばしている。今の地球教に連合を手玉に取る力量があるのかはわからんがな。まあ、地球教がフェザーンを見限ってくれるならそれもよし。フェザーンは、というより俺は、別の道を行かせてもらおう。幸いトリューニヒトはまだやるつもりのようだしな」
ドミニクは一見気のない態度で答えた。
「うまくいくといいわね」
「ところでルパートの奴は最近どうだ?」
「来る頻度が減ったわね。別に愛人をつくったみたいよ」
「ほう……」
「楽しそうね」
「息子は俺に似過ぎている。だから行動の予想がしやすかった。だが、予想の範囲を越えた行動を取ってくれるのなら親としては嬉しいもんだ」
「寝首を掻かれるかもしれないのに?」
「俺の寝首を掻くぐらいの実力を貯えているならそれはそれでよいことさ。素直に掻かれるつもりもないがな。」
そう言ってルビンスキーはワインを飲み干した。
新年のパーティの後、トリューニヒトは自邸にその人物を迎えていた。
「モールゲンから蜻蛉返りさせて悪かったね」
「いいえ、議長閣下のお願いとあれば」
「帝国領侵攻作戦の計画立案は見事だった。フォーク少将の大言壮語を、見事に実行可能な計画にまとめてくれたね。流石エンダースクール創設以来の逸材と呼ばれただけのことはある」
「勿体無いお言葉です」
「……お父上のことは残念だった。ヤヴァンハールの戦いで名誉の戦死をされたとのことだが」
「父は与えられた場所で最後まで国家の為に尽くしました。そう言って頂けると父もうかばれます」
「ヤン・ウェンリーの卑劣な脅しがなければ、ライアル・アッシュビーも負けることはなく、お父上も戦死することはなかったかもしれない」
「今更言っても仕方のないことです」
しかし、そう答えたその表情は少し強張っていた。
「……これからは私を父親だと考えてくれていい。何か困ったことがあったら遠慮なく相談してくれ」
「ありがとうございます。そうさせて頂きます」
トリューニヒトはその顔を見ながら微笑んだ。
「さて、今日呼んだのは君の次の任地のことだ。君には弁務官付きの駐在武官としてフェザーンに行ってもらいたい」
トリューニヒトは相手の理解の程度を確かめて言葉を続けた。
「連合はおそらくフェザーン侵略に動く。ヤン・ウェンリーもフェザーンにやって来るだろうな。君にはその備えになって欲しいのだ。やってくれるね、ユリアン・ミンツ君」
亜麻色の髪を持つその少年は、敬愛する最高評議会議長の顔を見ながら答えた。
「はい。祖国と自由のため、僕が必ずヤン・ウェンリーを倒します」