キフォイザー星域における戦いの大勢が決しつつあった頃、ブラウンシュヴァイク公率いる盟約軍別働隊はオーディンの手前まで来ていた。
キフォイザーにおいて盟約軍が受け取ったオーディン占領の報、ブラウンシュヴァイク公捕縛の方向は共に偽報だったのだ。
ラインハルトは、盟約軍が別働隊を組織してオーディンを襲うという情報を内通者から入手しており、監視を強化していた。
キルヒアイスの分派もグライフスへの備えであるとともに別働隊への備えでもあった。
別働隊の動向が判明するや否や、キルヒアイスはワーレンに五千隻を預けてグライフス軍二万隻に対する牽制とし、自身は密かに反転し、別働隊への攻撃に向かったのだった。
キルヒアイスは盟約軍を発見すると、いきなり全軍で当たるのではなく、八百隻の部隊を五個編成し、様々な方向から時間差で一撃離脱の攻撃に向かわせた。
その襲撃に別働隊は虚をつかれたが、盟約軍の中でも精兵を揃えていたこと、シュターデンが理にかなった艦艇配置を行なっていたことから、なんとか持ち堪えることができた。
しかし再度の襲撃が予想される以上は対応策を考えざるを得ない。その星域は小惑星群が散在しており容易に敵の所在を見つけられない。
襲撃の方向がわからない以上、シュターデンにとって取るべき布陣は一つしかなかった。
「全艦球形陣に移行、全方位を警戒せよ。敵は四千隻程度の寡兵だ。落ち着いて対処すれば問題ない」
この間、アンスバッハはブラウンシュヴァイク公に余計な命令を出させないことに腐心していた。
「奴らに我々の位置が知られた以上、一刻も早くここを離脱しらオーディンに向かうべきではないのか?」
「ここは専門家の意見に従いましょう」
しかし今回はブラウンシュヴァイク公の意見の方がまだ正しかった。別働隊は球形陣を敷いたことで全方位の敵に対応できるようになったが、機動力も突破力も欠く状態となった。
それがキルヒアイスの狙いだった。ブラウンシュヴァイク公を逃さないために。
キルヒアイスは今度は一万五千隻の大軍で全方位から別働隊に襲いかかった。
別働隊は四方八方から打ち据えられた。球形陣は防御力には富むが、回避と攻撃に支障が出る。キルヒアイス軍はゆっくりと戦力を削いでいった。
「これではダゴンの殲滅戦の二の舞ではないか!」
アンスバッハが主の叫びに反応してシュターデンに尋ねた。
「シュターデン大将、打開策はないのか」
「ない。こうなる前に撤退すべきだった」
「だから言ったではないか!」と叫ぶ公を無視してアンスバッハは食い下がった。
「一点突破を図るとか、勝てないまでも逃げるだけならやりようはあるでしょう!」
「突破には機動力と火力に富む艦が不可欠だ。敵は突破に適した艦から潰しに来た。今から突破を試しても全滅が早まるだけだ」
「全滅……」
ブラウンシュヴァイク公は蒼白となった。
そこにキルヒアイスから通信があった。
「大勢は決しました。キフォイザー星域での戦いも我々の勝利に終わりました。この上は兵に無駄な犠牲が出るだけです。盟約軍の盟主として降伏してください」
「ファーレンハイトの無能者め!……いや、それは我々も同じか。しかし降伏だと……降伏すれば助かるのか?」
ブラウンシュヴァイク公は縋るようにアンスバッハを見た。
「助かりますまい。公は反乱の首謀者として処刑されるでしょう。そしてその前に盟約軍全体への人質として利用されましょう。そうなればアマーリエ様、エリザベート様の身も危うくなります」
「ではどうすればよい?」
「……ご自裁を」
「……アマーリエとエリザベートは大丈夫だろうな?」
「シュトライトが身の安全を守る手筈を整えております。ご安心を」
「わかった。だが、ローエングラム、リッテンハイム、リヒテンラーデ、奴らが覇権を握るのは我慢がならぬ。アンスバッハ、約束してくれ。奴らを地獄に叩き落とすと」
「時間はかかるかもしれませんが、お約束しましょう」
その後も一悶着はあったものの、最終的に公は自決し、別働隊は降伏した。
「公が無様を晒す前に、決着となってよかった。公の名誉を守ることができたのだから。ブラウンシュヴァイク公、このアンスバッハ、約束は守りますぞ」
アンスバッハは降伏に伴う手続きの最中に、いつの間にか姿を消した。
別路オーディンに向かいつつあったグライフス率いる正規艦隊は大半が降伏したが、グライフスを含め五千隻ほどは連合に亡命した。
ガルミッシュ要塞では熾烈な攻防戦が行われた。オフレッサー上級大将率いる装甲擲弾兵部隊によって多数の揚陸部隊が血祭りに上げられた。
しかし最終的にはミッターマイヤー、ロイエンタール両中将の仕掛けた罠でオフレッサーは捕縛された。
それを見たオフレッサーの部下がガルミッシュ要塞を爆破したことで攻略戦は終結を見た。
要塞が爆破されたことでアマーリエ、エリザベートをはじめ多数の要人の生死が不明となった。
オフレッサー自身はラインハルトの前で舌を噛み切って自殺した。
未だ各地で盟約軍残党が活動しているものの、12月下旬までには盟約軍の大規模な軍事力は壊滅し、帝国の内乱は終息を迎えようとしていた。
リヒテンラーデ-ローエングラム-リッテンハイム体制は盤石になったかに見えたが、一つ予期せぬ事態が起きていた。
連合との戦いで打撃を受けた筈の同盟軍による、現帝国領、旧北部連合領の占領であった。