宇宙暦796年/帝国暦487年11月14日
独立諸侯連合 連合行政府(キッシンゲン星域)
連合ではヤンを加えて再び今後の方針に関する会議が行われていた。
エーゲル元帥が議論の口火を切った。
「目下、同盟軍の侵攻速度は速くない。しかし確実に連合の中央を犯しつつある。連合の国家機能が任意の場所に移転可能であるとはいえ、人心の面からも我々はこれ以上の同盟軍の侵攻を許容できない。艦隊戦を挑む必要があるが、しかしライアル・アッシュビーの能力と意図がわからないまま決戦に臨むのは不用意に過ぎる。ヤン提督、何かこれに関して思うところはないか」
ヤンは頭を掻きながら答えた。もはやベレー帽はその頭になかった。
「すべてわかったとは言えませんが、彼のことは今回の単独行からある程度知ることができました」
ウォーリックが口を挟んだ。彼は、メルカッツの負傷とクロプシュトックの固辞により、連合軍宇宙艦隊司令長官代理となっていた。
「一つ、敵はこちらのワープ位置を知ることができる。二つ、敵はこちらの艦隊の艦艇配置を知ることができる。そんなところか」
「その通りです」
参加者の殆どが愕然とした。クロプシュトックが尋ねた。
「一体どうやってそんなことを知り得るというのか?」
ヤンは語り始めた。
「それに答えるにはかつてのブルース・アッシュビーの活躍について知る必要があります。私は以前、クリストフ・フォン・ケーフェンヒラー男爵という方の知遇を得ました。エルランゲンでの話を聞きたいと言われまして」
ハーフェン伯が不思議そうな顔をした。
「ケーフェンヒラー男爵か、同盟の捕虜になった後、連合に帰属した御仁だな。少し前に亡くなられたと聞いたが、それがアッシュビー提督とどうつながるのか?」
ヤンは続けた。
「私はその故ケーフェンヒラー男爵より、ジークマイスター提督、ミヒャールゼン提督、アッシュビー提督の関係について調査していると聞いたことがあります」
「ジークマイスター提督と言えば同盟に亡命後、連合に移り情報局のトップを務めた人物ではないか。ミヒャールゼン提督は聞いたことがないが」
「ミヒャールゼン提督はアッシュビー遠征後程なく不審死を遂げた人物です」
ヤンは、居並ぶ参加者にジークマイスターとミヒャールゼンの間に構築された諜報網、それをアッシュビーが利用していたことを説明した。
それは同盟と連合の秘史というべきもので、クラインゲルト伯にとっても初めて聞く話であった。戸惑う諸将を代表してウォーリックが尋ねた。
「確かにそう考えれば、アッシュビーの戦理に反する戦術も説明がつく部分があるが。しかし容易には信じがたいのも事実だ。何か確証はあるのですか?」
ヤンは頷いた
「私は先日連合軍情報局の保管するブルース・アッシュビーとジークマイスター提督に関する機密情報を開示して頂きました」
オーベルシュタインが反応した。
「私は許可した覚えはないが」
「貴官が帝国に行っていた時期のことですから。エーゲル元帥に司令長官権限で許可を貰いました」
「しかしその間貴官は療養中だったではないか」
ヤンは悪びれずに答えた。
「療養中でしたが、連絡は取れましたからね」
オーベルシュタインは何か言いたげであったが、ヤンは構わず話を続けた。
「得られた情報にはミヒャールゼン提督の諜報網がジークマイスターを通じてアッシュビーに情報提供を行っていたことの記録が存在していました。その情報提供は戦場でもある程度リアルタイムで行われていたこと、さらには情報が一旦アルフレッド・ローザス提督に集約され、解析された結果がアッシュビー提督に伝えられていたことも」
ウォーリックが考え込みつつ語った。
「以前、ローザス提督の墓参りをさせて頂いた際、お孫さんに言われたことがある。アッシュビーは祖父の功績を盗んだ、と。世迷いごとかと思っていたが、そういう経緯のことを言っていたのかもしれないな」
「なるほど。しかし勿論、だからと言って彼が偉大な将帥でなかったわけではありません。ブルース・アッシュビーは情報を最大限活用する術を心得ていましたから。そして、ライアル・アッシュビーも心得ているのでしょう」
クロプシュトックが口を挟んだ。
「つまり卿は初代と同様二代目アッシュビーが、諜報網により我が軍の情報を得ていると言いたいわけか」
「そうです。個人の天才に答えを求めず、精神感応能力や未知の読心技術を仮定しない限りは、自ずとその答えしかなくなるでしょうが」
クロプシュトックは納得できずオーベルシュタインに問いかけた。
「しかし可能なのか?そこまで連合の防諜は穴だらけなのか?」
オーベルシュタインが発言した。
「私はこの件に関して否定も肯定もしません。仮に、私が連合の防諜の堅固さを語ったところで、私は当事者。方々も信じがたいでしょう」
シュタインメッツも疑問を呈した。
「しかしライアル・アッシュビーが本当にワープ位置の情報を知ることができるなら、全軍をもって連合艦隊を殲滅することもできたのでは」
ヤンが答えた。
「おそらく彼には独力で結果を示す必要があったのです。トリューニヒトの議長就任後、シトレ元帥に近い提督はトリューニヒトと距離を置き、逆にロボス元帥の派閥はトリューニヒトに近づきました。今回の第一陣のうち、ムーア、アッシュビー両中将はトリューニヒト派、アップルトン、ホーランド両中将は旧ロボス派です。つまり今回の出兵の第一陣はトリューニヒトに近い提督で固められています。アッシュビー提督にとって一見やりやすい体制のように思われますが、実態はむしろ逆です。ムーア中将は年齢や先任順にこだわり、年下の言うことを素直に聞くタイプではありません。ホーランド中将は自身も若手の俊英としてブルース・アッシュビーの再来と呼ばれたこともある人物、今の状況を面白く感じてはいないでしょう。アップルトン中将は性格的な険は少ないものの、用兵に関してはひたすら堅実志向、奇抜で道理に反する作戦には賛成しないでしょう。ライアル・アッシュビーは今回そんな彼らを従わせるために実績を作る必要があったということです」
「それが今回の単独行だったというわけか」
「はい。次の戦いでは4艦隊で臨むでしょう。艦隊を分散させずに進撃して来ているのもそのためです。連合艦隊をその一戦で壊滅させるために」
参加者のうち幾人かは心に覚えた寒気を隠し切れなかった。
エーゲル元帥の冷静な声が皆を落ち着かせた。
「ふむ、手段はともかく、ライアル・アッシュビーが我々の情報を得ている可能性は高かろう。それは大きな脅威だが、我々は彼らの艦隊とこれ以上対決を引き延ばせない。さて、我々はどうすべきだろうか。見つかっていない諜報網を潰すのに時間を割くのか?」
「情報の入手方法はいくつか考えられますが、その全てを潰し切れる確証はありません。であるなら情報が知られている前提で動くべきでしょう」
ヤンは対応策を提案した。その提案に諸将は驚きつつも賛同し、基本方針が決定された。
ウォーリックがそこで尋ねた。
「ところで、ヤン艦隊は、二代目アッシュビーとの決戦に参加してくれるのかな」
「私はともかく、将兵を同胞同士殺し合わせるのはやはりなるべく避けたいと思います。躊躇いが敗北につながらないとも限りません。それに、フェザーンの動向が非常に気になります。私はフェザーンが同盟の侵攻に積極的に加担していると考えています。フェザーンが連合に出兵することも可能性として考えておくべきでしょう。私はウォーリック提督と交代で、南部の守りにつきます」
「なるほど、それがいいだろうな」
「ウォーリック提督、具体的な作戦はお任せします」
「……わかった。私の父は常にアッシュビーの後塵を拝していた。私までそうである必要はないだろうな」
作戦は別会議で詰められることになった。
会議も終わり、帰ろうとするオーベルシュタインをヤンは呼び止めた。
「オーベルシュタイン少将、今少し話があります。他の方々も少しお時間を頂きたい」