ヤンは護衛役のローザ・フォン・ラウエを伴って連合直轄領の惑星で療養していた。
オーベルシュタインは帝国からの帰路、エーゲル元帥より連絡を受け、ヤンの説得に直行することになった。
「些か意外でした。何か所か療養先を変えていると伺いましたが、わざわざ帝国国境に近いこの惑星を療養の場に選ばれていたとは」
「ここは以前お世話になった故ケーフェンヒラー男爵の旧領です。葬儀に参列できず、不義理を働いておりましたから。墓参りをしたかったのです」
「そうでしたか」
「……オーベルシュタイン少将、気になっていたのですが、その脚は一体?」
オーベルシュタインは脚に包帯を巻いていた。
「オーディンで犬に噛まれたのです。何、大した怪我ではありません」
「それは災難ですね。お大事に。いや、私が言うのも変か」
「ヤン提督」
オーベルシュタインは改めてそう呼び掛けた。
「もう提督ではありませんよ。同盟軍からは除隊扱いです」
「それでもあえてそう呼ばせて頂きます。ヤン提督、お聞き及びと思いますが今連合は危機にある。お力を再度貸しては頂けないでしょうか?」
「一個人にできることは限られています。私の代わりは誰かがやれるでしょう」
「ご謙遜なさるな。そうでないことはエルランゲン、アルタイル、それに先の防衛戦で、連合市民はよく知っています」
「それでも私は軍が好きではない。引退したいのです」
「あなたの艦隊はどうするのです?」
オーベルシュタインは攻め方を変えた。
「駐留艦隊のことですか?彼らは私の所有物ではありません、預かっていただけですよ」
「それでも実質あなたの艦隊だった。彼らは今事実上の軟禁状態にあります。このままにしておくおつもりですか?」
「一時的なものでしょう。連合が勝つにせよ負けるにせよ、状況が落ち着けば彼らは解放されるはずです」
オーベルシュタインは黙って紙の束を差し出した
「これは?」
「あなたの艦隊員の署名です。隊員の7割が同盟と戦う事になってもヤン提督に付いていきたいと要望しています。……仮に連合が負け、この署名の存在を同盟軍が知ったら、彼らはどのような扱いを受けるでしょうな」
「……脅迫ですか?」
「まさか。ただ懸念を伝えているだけです」
ローザが見かねて口を挟んだ。
「オーベルシュタイン少将、ヤン提督はお疲れです。お話はまたの機会とさせて下さい」
「今は危急の時、療養中であることは承知の上でここに来ているのだ。しかしラウエ少佐、卿も彼のことをヤン提督と呼んでいるではないか。卿もやはりヤン提督に期待しているのではないのか」
オーベルシュタインは指摘した。
その言葉にローザは動揺した。
「ラウエ少佐、ありがとう」ヤンは落ち着かせるように声をかけた。
「はぁ……。みんな、私のことなんて放っておけばいいのに。ラウエ少佐、私は戻るよ。今まで付き添ってくれてありがとう。君の紅茶がもう飲めないのは残念だよ」
「あなただけが責任を背負いこむ必要はありません!」
「それでも私にはやれることがあるらしい。連合に対しても同盟に対してもね。決めるのは民衆だが、そこに冷や水をぶっかけて冷静になってもらうぐらいのことは許されるだろう」
ヤンはそう言いつつも、それが同盟軍兵士の死を意味することに思い至り陰鬱な気分になった。
そんなヤンを見るオーベルシュタインの目はどこまでも冷徹だった。
ヤンに連合を見捨てさせないためのくびきとなることを期待してローザ・フォン・ラウエを世話係に置いてはみたが、はてさて効果があったかどうか。ヤンの方も情が湧いていないわけではないようだが。
いずれにしろこれで舞台は整った。覇者となるのは誰だろうか?ヤンか、ライアル・アッシュビーか、ローエングラム侯か、それとも……。よくよく見定めることにしよう。
「ああ、そうそう。オーベルシュタイン少将」
不意に呼びかけられてオーベルシュタインは思索から立ち戻った。
「なんでしょう、ヤン提督」
「私を襲った奴らの正体はわかりましたか?」
「……ええ。憂国騎士団を名乗る同盟の右翼団体のメンバーだったようです」
「そうですか。それだけですか?」
「ええ、それだけです」
「わかりました」
ヤンは駐留艦隊に戻った。ヤンの復帰に合わせて、駐留艦隊のうちヤンに従うことを選択した将兵は軟禁状態を解かれた。
「フィッシャー少将、グエン准将、あなた達も残ってくれるとは」
「私も昨今の同盟のやりようには疑問を持ってしまっております。それにあなたと同様部下を見捨てられませんので」
「私は思い切り戦えるならどこでも構いません。そして、あなたの下は戦いやすい」
後者の発言に対しては苦笑いをしつつ、ヤンは二人に謝意を示した。
アッテンボローが待ちかねたようにヤンに声をかけた。
「先輩、ところで艦隊名はどうします?」
「艦隊名?そうか、もう駐留艦隊ではないのか」
「実はもう考えたんですけどね」
「なんだい?」
「ヤン不正規隊(ヤン・イレグラレス)というのはどうです?」
「……どうかなあ。なんだか語呂が悪いような」
「よいですな。気に入りましたよ」
予期しない声にヤンは驚いた。
「シェーンコップ准将、なぜここに?」
「おや?まだ連絡は入っておりませんでしたか?ローゼンリッター第二連隊はヤン提督の指揮下に入ります」
同日連合より通達があった。
「ヤン提督を中将待遇の客員提督(ガスト・アトミラール)とした上で、ローゼンリッター第二連隊と南部元帝国領の恭順部隊約2千隻をヤンに預ける」
総計1万隻、連合軍属ヤン艦隊、通称ヤン・イレグラレスがここに誕生した。
「……。ラウエ少佐、なぜ貴官もここに?」
「ヤン提督の引き続きの護衛役と、副官を拝命しました。引き続きよろしくお願いします。……ヤン提督はお嫌でしたか?」
「いや、貴官の紅茶をまた飲めるのは嬉しいんだけどね」
帝国公用語に直すと語呂が……