時の女神が見た夢   作:染色体

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本編は次回からです。


第一部 前史(歴史の転換点)

宇宙暦745年/帝国暦436年12月、第二次ティアマト会戦は、同盟軍、そして、ブルース・アッシュビー提督の完勝に終わった。

 

最終盤において、旗艦ハードラックに流れ弾が当たるという名前通りの不運があったものの、アッシュビーは軽傷を負うに留まり、同盟軍史上最年少での元帥となった。

 

アッシュビーはその直後に引退を発表し、政界進出、帝国領侵攻を公約として統合評議会議長となることを表明した。

 

長引く対帝国戦争の終結を願う民意、また、アッシュビーの実績と人気の前に評議会は解散を余儀なくされた。

 

出来レースとまで言われた選挙の後、アッシュビーは帝国領侵攻を目指した挙国一致評議会を提唱し、最年少元帥に続き最年少評議会議長の記録を打ち立てることになった。

 

宇宙歴747年/帝国歴438年12月、議長となったアッシュビーは1年余の準備の後、帝国領侵攻を開始した。

 

戦闘艦艇8万隻、支援艦艇4万隻、総計12万隻以上となった艦隊には、当然のようにアッシュビーと、副議長となっていたアルフレッド・ローザスが同行し、直接指揮を行うことになっていた。議長が軍を直接指揮することの異常さ、議長戦死の危険性を指摘する者もいないわけではなかったが、アッシュビー議長は「議長が指揮するのが本当のシビリアン・コントロールだ」「アッシュビーは戦死しない」等の言葉で片付けてしまった。

後世から見れば大いに問題のある回答だが、それで片付いてしまうのがアッシュビーのアッシュビーである所以であり、当時の同盟市民の熱狂を現していた。ちなみに、コメントを求められたウォリス・ウォーリック宇宙艦隊司令長官をはじめとする730年マフィアの面々は揃って「アッシュビーだから」と答えたとされる。

 

イゼルローン回廊内の伏兵をアッシュビーの神がかり的かつ横紙破りな指揮によって排除しつつ、帝国側出口へ抜けた同盟軍遠征艦隊を待ち受けていたのは10万隻を超える帝国艦隊であった。

艦隊全体が回廊を抜けて展開を完了する前に戦闘を開始することになった遠征艦隊であったが、アッシュビーは半包囲の体制を取ろうとする帝国艦隊の一角への突撃を命じた。無謀で失敗するかに思われたその突撃は、その一角があっさりと崩れたことにより、同盟軍勝利のきっかけとなった。

帝国艦隊は第二次ティアマト会戦の傷を質、量の両面で埋めきれておらず、苦肉の策として貴族の私領艦隊と正規艦隊の混成からなっていた。アッシュビー提督が突撃を指示した一角は複数の貴族艦隊によって構成され、艦艇も将兵の質も正規軍に劣り、指揮命令系統も不統一な状態であった。帝国艦隊の半包囲によって始まった戦闘は、同盟艦隊による突破と背面展開により攻守が逆転し、回廊から抜け出てきた後詰めの艦隊との間に挟撃が成立することにより殲滅戦に移行した。撤退に成功した艦艇は半数以下であり、多くの艦艇は降伏か殲滅かを選択することになった。

 

イゼルローン回廊出口でのこの会戦の後、帝国辺境の「解放」に動いた同盟軍であったが、ここで多くの者にとって予想外の出来事が起きた。それは本領安堵を条件とする多数の辺境領主の恭順であった。

解放を目的とする同盟が、貴族支配の存続を認めるのか?紛糾するかに思えた議論はアッシュビー議長の素早い決断によってあっさりと収束した。アッシュビー議長は辺境領主に対し、帝国戦争への協力(財産の一部供出と補給への協力、戦力の提供)を条件として提示し、辺境領主は即座にそれを受け入れた。現在では、同盟は事前に諜報機関を通じて辺境領主との間に接触を持っていたという説が有力視されている。

 

反抗を続ける辺境領主への対応は恭順した辺境領主に任せ、遠征艦隊は帝国領奥地へとさらに進むことになった。帝国軍は態勢を立て直すまではゲリラ戦で対応しようとしたが、同盟軍侵攻に呼応するように帝国各地で反乱が勃発し、貴族の中にも同様に同盟への恭順や帝国からの独立を選択する者が出現したため、十分な効果を上げることはできなかった。

 

宇宙暦748年2月には辺境領主を中心に「独立諸侯連合」が成立し、帝国領辺境の帝国からの分離独立宣言が行われた。独立諸侯連合への合流を図る貴族が相次いだ。結局帝国軍が態勢を立て直し、再度の会戦を挑むまでに同盟軍は帝国領の半ばまで進出していた。同盟市民は熱狂し、銀河連邦の復活と、アッシュビーの連邦最年少国家元首記録樹立が噂された。

 

宇宙暦748年/帝国歴439年4月、シャンタウ星域会戦。

この戦いで銀河の帰趨が決まるかに思われた。同盟軍5万5千隻と帝国軍6万隻がぶつかった本会戦は、質の劣化の激しい帝国軍に対し、同盟軍が優勢に戦いを進め、最終的な勝利を手にするかに思われた。しかしながらここで一つの事件が同盟軍を襲うことになる。

 

アッシュビー死亡。

 

ハードラック艦橋において一人の同盟軍兵士がアッシュビーの心臓をブラスターで撃ちぬいたのだ。後にその兵士はサイオキシン麻薬によるせん妄状態にあったことがわかっている。止める間もなく艦隊全体に通信されたアッシュビー死亡の報に、同盟軍は混乱に陥った。実のところ帝国軍も偽報を疑い混乱したが、同盟軍の混乱が擬態ではないことを見て取ったシュタイエルマルク大将による攻勢を端緒に、同盟軍は一気に壊滅の危機に陥った。ウォーリック司令官を中心に何とか態勢を立て直した時には、同盟軍の余力は既になく、撤退を選択せざるを得なかった。

 

占領地まで戻った同盟軍は、再進撃、撤退、現状維持のいずれかを選択する必要があった。

しかし、再進撃するには戦力が足りず、何よりアッシュビーを欠く同盟軍が現状で帝国を滅ぼし得ると信じる者は少なかった。一方で、ただ撤退するには現在までの成果は余りにも大きかった。切り離しに成功した辺境領、独立諸侯連合が今後も同盟に従属する場合、常に劣勢であった対帝国の勢力比が今後同盟側優勢に移行するという試算が行われていた。

結果選択されたのは、将来における併合も視野に入れた現状維持であった。恭順した諸侯も、帝国に戻ったとしても厳しい処断が待っていることを考えれば、同盟にも併合の野心があるとしても今更裏切ることは考えられなかった。

 

恭順した諸侯の私領艦隊と払い下げられた同盟艦艇を中心に独立諸侯連合艦隊が組織される一方、同盟の艦隊の一部が連合に駐留し、防衛任務を担った。

同盟の新議長には副議長としてアッシュビーを補佐していたローザスが就任した。

独立諸侯連合領駐留艦隊司令官兼独立諸侯連合軍顧問に、本遠征の責任を取るとしてジョン・ドリンカー・コープに司令長官職を譲ったウォーリックが就任することになった。余談だが、ウォーリックは晩年「諸侯の総意」として男爵位を授与され、本当の「バロン」となって諸侯連合に骨を埋めることになった。

 

暫くの間は帝国も侵攻によって受けた傷を癒す必要があり、積極的な行動は取れなかった。その間、帝国から相当数の貴族と臣民が独立諸侯連合領に亡命し、同盟からの支援と亡命者の帰還もあって、連合は短期間に発展を遂げることになった。

 

ここで困った立場になったのがフェザーンである。

 

仮に独立諸侯連合と帝国の間に停戦が成立した場合、三角貿易で栄えるフェザーンの地位が脅かされることになるし、独立諸侯連合が同盟に従属して積極的に帝国と対立した場合、下手をすると同盟による銀河統一が実現しかねない。何より今同盟がフェザーンに対して野心を示した場合、帝国はフェザーンを守ってくれるのか?

 

帝国が独立諸侯連合領を奪回し、旧態に戻るのがフェザーンにとっては理想的であったが、現状その余力は帝国になかった。

 

フェザーンは戦略の変更を余儀なくされた。

 

フェザーンは可能な限り同盟と連合の間に離間策を打ちつつ、帝国の復興を支援した。また、帝国支援の見返りとして対同盟の防衛力としてフェザーン回廊同盟側出口への独自の要塞建設と最低限の自衛艦隊の設立、更には「傭兵艦隊」の設立を認めさせた。

 

同盟と独立諸侯の離間も、下地(民主主義と貴族支配の矛盾、従属的な立場を強いられることへの連合の苛立ち)があったことから相当程度うまくいき、独立諸侯連合軍の整備が進むにつれ、同盟駐留艦隊の規模は最低限まで縮小された。また、常に同盟の支援に頼る存在として、同盟市民の対独立諸侯感情も好意的とは言えないものになっていった。

 

傭兵艦隊は、同盟による銀河覇権を防ぎ勢力均衡を図るためのフェザーンの苦肉の策であった。仮に同盟と独立諸侯が結束して帝国を攻める場合には、傭兵艦隊は「経済活動として報酬を得て」帝国側に立って戦い、同盟が独立諸侯領に野心を示した場合には、独立諸侯側に派遣するそぶりを示し、現状を維持する。一方で、帝国が独立諸侯を攻める場合は、帝国による独立諸侯領奪回を望ましいと考えるフェザーンは静観するが、その場合は同盟が黙って見てはいない。

 

 

以前よりも遥かに危うい均衡の下、銀河の歴史は宇宙暦796年/帝国暦487年を迎えることになった。

 

 

 

 

宇宙暦796年/帝国暦487年初めにおける銀河の状況

 

各勢力の国力比率

帝国:同盟:フェザーン:諸侯連合

38:42:12:8

 

帝国は辺境領を失い、政治的混乱も長引いたことで、経済力では同盟に逆転されている。同盟も大遠征の負担で一時低迷したが、諸侯連合を矢面に立たせていることで軍事的な負担と人的損失が軽減され、そうでない場合と比較して財政状況も多少好転している(とはいえ、連合への支援を重荷と考える同盟市民は多い)。諸侯連合は、同盟からの経済支援と両国からの人口流入で発展を遂げたが、対帝国の軍事負担がそれ以上の発展に対して重石となっている。フェザーンも軍事負担の増大等で国力を一部削がれているが、帝国の消耗が大きく、全勢力に占める国力の割合は変化していない。

 

 

各勢力の人口

帝国/同盟/フェザーン/諸侯連合

220億人/130億人/20億人/30億人

 

帝国は辺境領喪失による直接的な人口減の他、政治的混乱による死亡率上昇、人口流出が起きている。同盟は亡命者の流入減、諸侯連合への亡命者の帰還による人口減と戦死者の減少による人口増が相殺されている。諸侯連合は帝国及び同盟からの流入により、短期間に人口が増大している(国力増大のため多産も奨励している)。

 

 

各勢力の軍事力

帝国/同盟/フェザーン/諸侯連合

15万隻(他貴族私領艦隊等15万隻) /12万隻(1万5千隻が連合に常駐、他星系守備艦隊等5万隻) /4万5千隻(他星系守備艦隊等1万5千隻)/1万隻(他傭兵艦隊1万5千隻)

 

それぞれ純戦闘艦艇数のみ

帝国は国力消耗から、同盟は防衛負担の減少から、軍拡競争は抑制気味である。

 

 

各勢力の政体

帝国/同盟/連合

専制君主制/共和制/貴族(諸侯)による寡頭制

 

連合は伯爵以上の貴族を諸侯会議で盟主に選出。新規の叙爵、陞爵も諸侯会議で決定される。

惑星開拓権は諸侯(男爵以上)に付与される。一部企業は、諸侯を名目上の開拓者として惑星を開発している。亡命貴族も新規開拓により領地を得る。同盟との関係上、惑星上の地方政治に制限選挙導入。兵役に就いた成人に対し選挙権付与。帝国と異なり連合では女性も軍務に就く。

 




本編開始時の銀河全域図

【挿絵表示】


本作では便宜上イゼルローン側を「銀河北方」、フェザーン側を「銀河南方」としています。

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