斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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プレゼント・コーラル

 

「……っ」

 

「死ぬ」

 

 互いに冷たい床に突っ伏しながら澪霞は声を引きつらせ、流斗は真顔で言葉を吐き捨てた。毎日恒例朝の鍛錬。始めた頃に比べれば随分と朝も暖かくなっているがトーレニングウェアがぐしょぐしょになるほどにかく汗はそれらの理由だけではなかった。

 

「ふむ、流石にここ数日ほぼ徹夜続きだったしな」

 

 力尽きた二人を駆は睥睨し、顎に手を当てる。

 一週間前に出現した人型妖魔もどき、二日前に一度交戦したがそれからはまたもや音沙汰なし。それからその二日間朝鍛錬と学校以外はほとんど全ての時間が妖魔の捜索に当てられていた。だが結局見つからず。如何に埒外の強度を誇る『神憑』だとしても流石にそれだけの長時間休みなしで動き続けるというのは精神的にも肉体的にも疲弊が大きすぎた。

 

「ま、飛籠はそこそこ平気そうだったけどな」

 

「なんでや……おかしいだろ……俺らの方がフィジカルすげーんじゃねーの……?」

 

「あれはあれで随分鍛えてるからな、体の動かし方が違うんだよ。だが……にしてもしばらくは朝の鍛錬は控えめにしたほうがいいか」

 

「止めないのかよ……」

 

「止めたら意味ねぇだろ。ま、疲弊しながらの継続戦闘、そのうちやらせようと思ってた所だ。予定が繰り上がっただけだな」

 

「あっそう……」

 

 最もどうせそんなことだろうと思っていたが。

 

「よーしじゃあとりあえずちゃんと飯食っとけよお前ら。とりあえず飯食わねぇと始まらないからな。徹夜続きで動きまくってるからそこ飯は食わなきゃならん」

 

「また握り飯か」

 

「何か文句でも?」

 

「い、いやそういうわけじゃないっす……」

 

 じとっと赤い目で見られると正直怖い。別に文句があるわけでもないし。だがしかしここ数日朝食はずっと塩結びだ。作ってくれるだけ有難いことだが、文句はないが飽きは来る。最もそれは澪霞も同じだったようで、

 

「……今日はもう出て、どこかで食べてから学校に行こう」

 

「おお、どこ行きます。ファーストフード?」

 

「あれは嫌いではないけど……体に良くないから。私の知ってる喫茶店に」

 

「やったぜ。先輩が教えてくれる店はどこも美味しいし」

 

 流斗は無邪気に喜び、

 

「……」

 

 澪霞は僅か数ミリ緩みかけた頬を引き締め、  

 

「ほうほう、ふむふむ」

 

 駆は面白そうに頷いていた。

 

「ならちゃっちゃとシャワー浴びて行きますか」

 

「ん」

 

 ふらふらする体に鞭を打ち、二人ともそれぞれ地力で立ち上がる。手を取り合わないあたり二人らしいな思い駆はまた笑った。

 それから支度をし終えた流斗と澪霞は都市部の外れのあたりの喫茶店に向かった。連れられたそこの店内にはお年寄りが数人と店員さんらしきお爺ちゃんがいるだけ。前にも澪霞が教えてくれたうどん屋みたいな隠れた名店らしい。流石地元のお嬢様というべきか澪霞はこういう店をよく知っていた。

 

「うめぇ、なにこれうめぇ。なんでただのコーヒーとパンなのにこんなにうまいの……?」

 

「……」

 

 感激する流斗と誰も解らない顔の緩みを押さえる澪霞だった。もっとも目の前の少年は察してしまうからかもしれないけど。

 そうして腹と気分を満たして、

 

「あれ? 荒谷君に生徒会長?」

 

 葵空に遭遇した。

 

 

 

 

 

 

「へー、生徒会のお仕事で。大変だねぇ、こんな朝早くから」

 

「えぇまぁ。仕方ないっすけどね」

 

 聞けば空のアパートはこのあたりらしい。もう長いこと一人暮らししているとのことだが最近澪霞に餌付けされ始めている流斗からすれば感心ものだ。別にできないというわけではないだろうけど。

 

「ま、でも最近は同居人増えたから楽しいけどね」

 

「へぇ、彼氏っすか?」

 

「え、いやぁ違うよぅ。なんというか……野良ネコ?」

 

「ペット有りのアパートなんすか」

 

「うん、そんな感じ」

 

 学校への道すがら主に会話しているのは空と流斗だった。元々コミュ力の高い二人だから世間話に困ることはない。既に部費申請で顔見知りな上に互いが結構な有名人なのだ。

 黙ってしまったのは言うまでもなく澪霞である。世間話を続ける二人の真後ろに例によって無言を貫きながら歩みを進めている。

 

「……」

 

 しかし心なしか流斗の背中に刺さる視線が痛かった。形容しがたいが、とりあえず流斗は後ろを見れない。

 

「いやぁでもいいねぇ荒谷君。役得じゃない」

 

「へっ?」

 

 背後の視線に気を取られていたからふと空が変なことを言いだして思わず素っ頓狂な声が出た。

 

「だっていくらお仕事だって言っても白詠さんみたいな美人の人と一緒に朝からご飯とかきっとみんな羨ましがると思うけどね」

 

「……」

 

 背後の視線が強くなった気がする。

 空は気づいてないらしいが。

 心臓に毛でも生えているのだろうか。

 

「……は、ははは……そうっすね……あはは……」

 

 非常に反応が困る。 

 なので頑張って話を変えた。

 

「先輩はヒーロー、つーか特撮が好きなでしたっけ」

 

「うん! そうなんだよ! 私は特撮大好きなんだよねー!」

 

 めっちゃ食いつきがよかった。しかしまた今みたいな話にされると困るのでそのまま続けてもらう。

 

「荒谷君は子供の頃とか見なかった? 私は今でもずっとHDで録画してるけどさ」

 

「いや、それこそ子供の頃は見てた気はしますけど……最近はなぁ。普通のアニメなら一時期見ててましたけど」

 

「へぇ、意外……でもないかな。荒谷君がいろいろやってるってのは有名だし。嵌らなかったの? アニメとかは最近嵌る人多いし」

 

「一週間くらい当時やってた深夜アニメをリアルタイムで見続けたことがあります」

 

「修羅の所業じゃん……!」

 

 思い返してもあれは辛かった。普通に深夜四時くらいまで起きることになるので寝る時間がなかった。学業はおろそかになるし、バイトのミスも増えた。一週間続けたというよりも一週間しか続けられなかったのだ。

 

「白詠さんはそういうの見た?」

 

「……子供の頃、少しだけ」

 

「えっ」

 

「なに?」

 

「いや何も……」

 

 そういうの見てたのは意外だったから変な声が出したら半目で睨まれた。

 

「どんなの見てたの?」

 

「昔の、日曜日の朝にやってた『神罰魔法少女ジャッチメント☆エンジェル』とか」

 

「おお、ラストファンシー……!」

 

「なんすかその反応」

 

 空がいきなり両手を広げて叫んだ。

 

「ニチアサ枠の魔法少女系っていえば今でもやってるけど、そのジャチエンからシリーズ自体が路線変更になってね。ジャチエンの次は『殺戮魔法少女デス☆シックル』で、そのさらに次は『殲滅魔法少女デストロイ☆クラスター』、『破壊魔拳少女アルティメット☆フィスト』って続いてガチバトル系になってさぁ。だからファンの間じゃジャチエンはラストファンシー」

 

「テレビ局になにがあったのだろうか」

 

 変遷が恐ろしすぎる。明らかに子供向けじゃないだろ。果たしてそんなものを見ていた少女たちはどう感じていたのだろうか。

 

「けどまぁ、妙にアクションシーンは凝っててねー。結構コアなファンは多いよ。オタクさんだよ」

 

「オタクかー。あれは凄いよなぁ。俺には無理な境地だから憧れるわ」

 

 あぁいう一つのことに専念できる人種は流斗からすれば憧れのキャラクターだ。流斗はすぐに飽きてそれまで好きだったはずのことを放り出していたのだから。

 

「そっちは白詠さんはどう思う?」

 

「別に」

 

 ただ、とお前置きし手から言葉を続けた。

 

「もう少し色々なことに目を向ければいいと思う。一つのことだけに意識を集中させるのはどうかと思う」

 

  小さく言った。

 

「あ?」

 

 それに眦を釣り上げたのは流斗である。

 

「おいおい何言っちゃんてんだよ先輩? もしかして先輩はオタクはキモイとか思ってる前時代的な人間か? このご時世ジャパニメーション世界に誇る文化だぜ?」

 

「別に趣味自体を否定してるわけじゃない、それは個人の自由。ただ一つのことだけに固執して他のことを見ないというのは人生を損しているとしか思えない」

 

「はぁー? そんなん先輩の勝手な意見じゃないすかー?」

 

「それを君が言える立場だと?」

 

「ちょ、あの二人とも……?」

 

「……いい、解った。君は今日一人で体に悪いファーストフードでも食べていればいい」

 

「あ、ちょ、それは酷ぇ! 卑怯だ!?」

 

「最近大変だし今日はお爺様の趣味で作った高級焼肉店でも行こうと思ったけれど私一人で行く。君がワンセット千円のハンバーガーを食べている間に私は一切れ千円のお肉を食べる」

 

「かっ、この……食べ物で釣ろうとか……!」

 

「別に釣ってない」

 

「……仲いいね、二人とも」

 

 

「どこがすか!?」

 

「どこが?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わったのと同時に幼馴染の少女が現れた。

 

「やぁやぁどうしたんだい朝からなんか不機嫌そうだけれど、何か嫌なことがあったのかい? ダメだねぇ、ようやく退屈な授業が終わったというのにそんな不機嫌さらしてたら。あぁ、そうだ。今僕はちょうど暇だから小粋なトークでもして気晴らしでもないかね?」

 

「……雨宮か」

 

「おいおいなんだよその反応は。……雨宮か、って。ぶっきらぼうにもほどがある。一体なにがあったんだい?」

 

「……あー、別に。なんでもねぇよ」

 

 雨宮照には白詠澪霞の話をしないとは大分前に誓ったのだ。話が拗れるわ、雨宮は機嫌悪くなるわ、それを澪霞に知られるとまた機嫌悪くなるわで碌なことがないのだ。

 

「なんでもないなら一緒に帰らないかい? 最近君はバイトで忙しいらしいけど、そんな気分で仕事してもいい結果はでないだろう。僕と一緒に気分転換をすればいいさ」

 

「それも悪くないか……いいぜ、一緒に帰るか。久しぶりだな」

 

「それは重畳。では行こう。時間は限られてる。特に最近の君はね」

 

「悪かった悪かった。飯でも奢るよ」

 

 いつもだったらこの後生徒会室にいって澪霞の淹れる珈琲でも飲みながら書類仕事でもする所だが今日はいいだろう。そんな気分でもないし、向こうだって似たようなことを考えているはずだ。

 

「あそこに行こうよ、あそこ」

 

「あ? あぁあそこか。そういえば最近言ってなかったなぁ」

 

「最近君が付き合い悪いからね」

 

「悪かった悪かった。うーん、でもあそこかー……」

 

「おや、なにやら気乗りしないみたいだけどどうかしたのかい?」

 

「あそこ行くとお前が何時も人が頼んだやつつまみまくるからだろ!」

 

「だって君はいつも違うやつ頼むから。ついつい僕は手を伸ばしてしまうんだよ。ほら、僕は他人がおいしそうなものを食べていたら一口もらうタイプの人間だし、相手が君というのならば遠慮は必要ない」

 

「理由になってねぇ」

 

「あはは、いったい何年前からのやり取りだろうねぇ」

 

「……最初に行きだしたのいつだったけ」

 

「さてね、低学年あたりのころはもう行ってた気がするけど。懐かしい話だ、幼馴染の特権だね」

 

「特権か……?」

 

「特権さ」

 

 特権らしい。

 いまいちよく解らないが、雨宮がそういうのならそうなのだろう。べらべらとよく解らない話を語り掛けてくる雨宮の話に適当に相槌を打ちながら教室を出て学校の外に行く。あれだあそこだと雨宮と言い合ってるのは二人が子供の頃からそれぞれの両親に連れられてよく行った定食屋だ。安くて美味しくて量が多いという大衆食堂という奴だ。最近忙しかったの確かに行っていなかった。というか雨宮の言い方がめんどくさいけれど、最近絡んでいなかったのは確かなのだ。特権ではないが幼馴染との時間を過ごすのも悪くないだろう。

 

「行こうか、雨宮照。久々の幼馴染トークだ楽しく行こうぜ」

 

「あぁ。君となら楽しくなると信じてるよ――心からね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「おや? 白詠さん、どうしました? 荒谷君ならさっき雨宮さんと」

 

「知ってる」

 

「そ、そうですか……ではここで何を?」

 

「君を待っていた」

 

「へ?」

 

「今日の夕食の予定は」

 

「いえ、自分で何か作ろうと思いましたけど……」

 

「なら私と行こう」

 

「えっ」

 

「お爺様が趣味で作った高級店がある。そこに、行こう」

 

「あ、荒谷君は……」

 

「知らない」

 

 

 




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