『神憑』、それも荒谷流斗に対人コミュニケーションについて尋ねるという凡そ最悪の選択を無自覚無意識に選び取った葵空はしかし自分が最悪手を取ったことには気づかなかった。
基本的に葵空という少女は人を疑わないのである。
「さぁ海君! 私と一緒にコレを見よう!」
故に帰宅して空は目を点にした海へとなにかの箱を付きだしながらそう叫んだ。
「……は?」
「朝も似たような話をした気がするけれど私たちは互いのこと全然知らない! だから、まずは私の一番好きなものを、海君に見せるよ!」
「お、おう……あ、朝行ってた髭反りとかは?」
「忘れた! それよりも大事なものがある!」
「は、はい」
意外に大きな胸を張りつつうそこまで断言されてしまえば素直に頷くことしかできなかった。
空が手にしてたのは箱――ブルーレイディスクが十枚近く入ったボックスだった。結構な大きさと重さがあるがそれを片手で鷲掴みしているあたり彼女の握力が地味に凄い。
「それはなんだ?」
「よくぞ聞いてくれた!」
「……」
そのノリについていけなかった。椎名海はあまり高いテンションについていけるような人間ではないらしい。目が点になっている海は置いてけぼりされつつ空は自分のペースでディスクをAV機器にセットしていた。
再生されたのは、
『悲しみの十字架が、彼を話さない! 戦え! 蒼涙の騎士クロスライザー! その涙が、止まるその日まで!』
「悲しみの十字架が、彼を話さない! 戦え! 蒼涙の騎士クロスライザー! その涙が、止まるその日まで!」
「――」
レトロな感じのBGMとナレーションが響き。画面には黒の背景に特撮ヒーローぽいのがいた。往来の五人一組の戦隊ものというよりはバイクに乗って戦う仮面の戦士に近い。黒の鎧は発泡スチロールかなにかなのか装甲というか甲冑の半ばみたいなようなものだが、手先や脚先が妙に生物的で鋭く尖っている。フルフェイスヘルメットも鋭角的なデザインと赤い複眼、黒の一角。
目を引くのは、棚引く濃い蒼のマフラー。
「……なにこれ?」
「十五年くらい前にやってた特撮番組、『蒼涙の騎士クロスライザー』だよ!」
「いやそれはでかでかとテロップが流れたから解るが」
目の前ではなんか重いテンポのオープニングテーマらしい音楽が流れている。十五年くらい前にやっていたなんて言っているが、思った通り映像や演出の感じが古い。その割には画質がいいが。
「なんでこれを流してるんだ?」
「それは私がこのクロライが一番好きな番組だからだよ!」
最早言うまでもないが葵空は特撮ヒーローオタクである。
日曜の朝からやっている子供向け番組は毎週欠かさずリアルタイムで見てから録画したものを見直しているし、CMでやっているデラックスとかいいつつ子供向けのミニサイズの玩具も総て買っているし、データカードダス系のゲームも小学生に交じってやっている。
勿論作中のヒーローたちにも憧れているし、空が伝説を作った時に振るったのは特撮番組でやっていた戦闘シーンを真似したりして覚えたヒーロー拳法である。
「そ、そうか……なんでこれを」
「クロスライザッ!」
「!?」
言葉の途中でいきなり空が叫んだ。
左肘を腰に当て、右手は真っ直ぐ突き出すというポーズ取りながら。
視ればテレビのクロスライザーとやらも同じようなポーズを決めてオープニングが終わっていた。
「ふぅ……やっぱこれをやらないとね」
「お、おい空……? 大丈夫かお前……? ちょっと落ち着いて……」
「私は冷静だよ!」
どこの世界に頬を上気させながら胸張って決めポーズとって吠える冷静があるのか。
言ってる間にも番組本編は始まっていた。始まった時は主人公が家族に囲まれ和気藹々しながら日々を過ごしていた。記憶のないからこそ、そういう光景は海に染み渡っていた。
――三分で家族全員が事故に起きた。
「……えっ」
「よくあるよくある! 昭和から平成初期なんて大体家族とか友人死んでるから!」
「し、知りたくなかった……」
なんかこの時点で頭が痛くなってきた。
「まぁ物によるけど特撮系って結構バッタバッタ人死ぬ。悲しいことだけどねそこからドラマが生まれるんだよ! ファンとして、そのキャラの死に悲しみながらも、愛さなければならないんだ!」
圧倒されながらも見続けていたら家族を殺した魔族とかいう軍団に主人公が捕まって、『蒼黒鎧禍ディープブルー』という訳のわからない名前のアイテムを植え付けられて暴走して父と母と妹と弟を殺してしまったが殺した際に妹の涙によって自我を取り戻し、復讐と贖罪の為に魔族云々軍団と戦い続けるというストーリーだった。
血塗れでオープニングの鎧姿になった主人公が闇に消えていく所で三十分が終わった。
「どう!? カッコいいでしょ!?」
「え、あ、いや」
「あぁそうだねそうだった。御免御免、一話見ただけじゃわからないよね! ちゃんと全話見てから感想聞くから! 大丈夫、時間はある――全五十八話だけど」
「長ぇよ!」
五十八話三十分だとすると単純計算で二十九時間だ。
一日ぶっ通しでも視きれない。
「だいじょーぶだいじょーぶ、海君しばらくうちにいればいいんだから。安静にしてる間見ればいいよ」
「寝る暇がねぇ……」
「さぁ第二話!」
●
「……隈が取れる気がしない」
「あはは、だいじょーぶ! ご飯しっかり食べれば問題ないよ、さぁて今日は何を買おうかなー」
夕方から三時間ほど見続けてからようやく空と海は夕飯の調達に出向いた。基本的に空は料理をすることは無く、米と漬物、それにインスタントの味噌汁くらいしか家に置いていない。だから大体はスーパーのお勤め品弁当が夕食になることが多い。空の家は白詠市の都市部から少し離れた所だが、スーパーやコンビニの類はそこそこある。海のリハビリ代わりにも軽く二人で出向いたのであった。
「どう? 歩けてる?」
「あぁ、まぁなんとかな」
身体は重いし、余裕というわけではないが別段問題はない。何時間も歩いたり走ったりするのは無理でも数十分くらいなら大丈夫だと思う。
「あはは、それはチョウジョウってね」
「……意味解ってるのか?」
「いいね! ってことでしょ? なんか渋い系のキャラが良く言ってるやつ」
「まぁうんあってるのかな?」
大変喜ばしいことである、みたいな使い方だった気がする。
「にしても海君暗いとこで見るとめちゃおっかないねぇ。顔怖いというか目が怖い」
「……うっせぇ」
濃い隈に四白眼、沿ってない髭とぼさぼさ髪。まったく否定できないが、しかし隈が取れる気配がないのは他でもない空のせいだったりもするのだ。そしてこれからも取れる予感がしない。
「てか女の子と顔怖い男の子の二人組が夜の街を歩くとか、結構犯罪臭とか物語臭がするよね? 狂相の少年と追い立てられる女の子の運命は如何に! みたいなっ」
「それ、遠まわしに俺貶されてないか?」
「あはは!」
「……ったく」
笑いながら軽く走り出す空に思わず苦笑する。
元気な少女だ。優しい少女でもある。今の自分は碌に金もないし身分も定かではないが、いつかちゃんと記憶を取り戻した時は恩を返したい。それまで、できることならばこの少女の助けになりたいと思う。
なんとなく、目が離せないというかお転婆のようだし。
もしも妹なんて入ればこんな感じなのかなぁと思考し、
「――っ」
「ぁ、っが……!?」
左胸に引きつるような痛みが響き、視界が赤く染まり真っ直ぐ立っていられない。
「……! はぁっ……はぁっ……!」
ふらつき、近くの塀に倒れ込む。胸を思わず抑えるが、しかし痛みは増していき、激痛となって全身に回っていく。
「……? 海君?」
「っつ、駄目だ……!」
そう
今の自分に彼女を近づけさせてはならない。全身を蝕むように出現した痛みが、それを告げている。
「くっ……!」
「海君!?」
背に掛かる空の声に構わず、胡乱な足取りのままに駆けだした。
すぐに彼女の声は聞こえなくなった。
代わりに――そんな風に声が聞こえてきて、椎名海の意識は消失した。
●
「――来た」
「ふぁい?」
生徒会の仕事が終わり見回り前に行く前澪霞に連れられた定食屋で二人してうどんを啜っていたら、唐突に澪霞が呟いた。
「ふぇんふぁい? ずず……っ、どーしたんすか? うどんが不味かった?」
「例の奴。来た、行くよ。あとここのうどんはとても美味しい」
言いながら一気にうどんを啜ってスープまで飲みきってから、財布からお金を出して立ち上がる。
「ごちそうさま」
「あ、ちょ、待って先輩! 食べるの早い! あとちゃっかり早食い芸披露しないで!」
そんなこともできたのかあの人。意外すぎる隠し芸だった。
流斗も急いでかっ込んでなんか若いできたてほやほやカップルに向けるような暖かい目でこちらを見ていたおばあちゃんに軽く手を振りながら店を出る。
店先で澪霞は一応流斗のことを待ってくれていた。白いマフラーを巻きなおしながら、スマホを操作してから流斗へと突き出す。
そのまま受け取って耳に当てた。
「もしもし」
『おや? 流斗君ですか? 白詠さんではなく?』
「あ? 遼?」
何故か遼が出て、不思議に思い澪霞に声を掛けようと思ったら、
「いねぇ!」
既に澪霞の姿はなかった。
ちょっとよく見ればあたりの建物の屋根を掛けていく白い影があった。
「はっや」
『……それほど事態を重く見てるってことでしょう。ここ三日近く手掛かりなかったわけですからね。例の人型妖魔を発見しました。都市部から少し離れた住宅地の近くです。既に人払いは済ませていますよ。先ほど派手な瘴気をまき散らしていたのですが……やはり気づきませんでした?』
「俺はもう諦めた」
少なくとも一定範囲外の瘴気やら魔力なんぞは感知できなかった。こっち側に関わってからは、日々できないことが増えている気がするが、まぁ些細なことだ。今更どうでもいい。
「まずはあれだ。俺もそっち行くから。頼む」
『構いませんけど、君たちどこにいたんですか?』
「いやなんか郊外の和食屋。いやすげー高そう店だったけど。あっ、てか俺奢ってもらってんじゃん。やっべ返さないと」
『はいはい、解りましたからすぐ来てくださいね』
「おう、めっちゃ頑張って走るから!」
『フリーランと気配消しくらいは覚えましょうね』
先生みたいな物言いと共に電話が切れた。
「フリーランはともかく気配消すのは無理な気がするんだが……まぁ走るか」
何はともあれ走る。
今だってそれくらいしかできない。
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