前に出る。
それは常人の目には決して捉えることのできない速度だ。。
「――すぅ」
一口に高速移動術と言っても様々な種類がある。
例えば荒谷流斗は強化された肉体の強度任せに身体を無理矢理前に押し出しているし、澪霞は身体強化や運動神経加速、重力軽減、気流操作による行動補助、血流操作による心肺機能強化等、可能な限りの術式を組み上げて同時に発動していた。
そして飛籠遼。
彼の場合は闘気による肉体強化、さらに足裏で爆発させて推進力にし、さらには熟練の体捌き。この三つ自体は武芸者ならばそれほど珍しい要素ではない。リルナや吉城もまた魔力で同じようなことをしている。
けれど遼の場合、もう一つ。
「――赤兎招来」
闘気と同じ深紅の色の揺らめきが両足に宿る。全身から漂う闘気よりもさらにはっきりし、まるで炎の様。
駆ける。
「……!」
足元のコンクリートが弾け、吉城の反応を大きく上回り彼の懐へと潜り込んでいた。一瞬すらない高速機動。ただ速いだけではなく、相手に気付かせない技術すらも織り込まれた歩法であった。
戟を振りぬく。
吉城の懐に達した時には既に叩き込まれる直前だったそれは、当然の如くに叩き込まれ、
「ッ!」
「速いし、巧いし、凄いね君は。僕では到底まともに反応できない」
別に吉城の体術の技量が低いわけではない。そもそも投斧という武器は極めて万能だ。投げてよし、叩き付けてよし。そのような武器の使い手であるために吉城の近接技能は並ではない。ただ単に遼のそれが尋常ではないというだけ。
故に吉城は遼との白兵戦に勝ち目はないが――ならば別のことをするだけ。
元より一つのことで戦うような性質でもないのだ。
遼の一撃を弾いたのは両手に握られた投斧ではない。
いつの間にか、彼の周囲に浮かんでいた十数の投斧である。
「
「そう、PSI、正確にはサイコキネシスだ……なんて勿体付けて告げるほど珍しいものでもないけれどね」
PSI。
吉城の言う通りそれほど真新しい概念でもない。向こう側の世界でも偶に口にされる超能力という呼ばれるものだ。所謂千里眼や未来予知、透視のESPと念動力のサイコキネシス。それらを総称してPSIと呼ばれている。基本的に此方側の力はなんだかよく解らないものを便宜上定義して使っているが、その中でもPSIは比較的原理が解明されている。
故に此方側では決して珍しいものではなく、特に驚くものではない。
驚くものではないが――目を見張るものではある。
吉城の周囲を取り囲むように浮遊する投げ斧十数本。それらはただ浮かべているだけではなく、完全に吉城の制御下であり、場合によっては彼の認識をも超える動きをもする。先ほどの一撃を受けたのがその証拠。思い返せば澪霞に重症を負わせたのもこれだろう。あの時は弾かれた投斧を澪霞へと殺到させたのだ。速度が速く、当事者たちには解りにくかったかもしれないが、俯瞰していた遼にはよく解った。
「さて、受けに回ると拙いの此方から攻めよう」
言葉と共に投斧が射出された。それも展開されていた十数個全てが一度に。澪霞が喰らった時よりも数は少ないが、鋭さと速度はより高い。
残らず叩き落とした。
戟の刃、石突、月牙、柄。それら全てを用い迫る投斧を完全に捌き切る。
だが、
「ま、そうですね」
「無論」
ビルの屋上から外まで落ちるような放物線を描いていたはずの投斧が中空で停止し、旋回して遼の下へ再び迫ってくる。驚くことはなかったし、寧ろそう来ると思っていた。
念動力。
念によって動く力。
筋肉駆動以外の出力器官。
極めて分かりやすく――対処が困難だ。
見えない、触れない手などどうしようもできない。
「最もやることは変わりませんがね、っと」
捌き切り――打ち落とす。
全方位から孤を描き、時間差で放たれた投斧の旋風すらも遼は一つ残らず完全に迎撃していた。それも、半数は刃を粉砕すらしている。
刃の欠片をしぶかせながら再び遼が前に出て、
「それは僕もだ」
繰り返すように吉城が新たな投斧を射出する。何かしらの魔術なのか虚空から次々と投斧が生み出され、それらは吉城の念動力によって複雑な軌跡を描いて遼へと跳ねる。遼の死角や意識の隙間、時間差を利用し、投斧の陣を重ねていく。
少しでも隙を見せれば食い破られる投斧の包囲陣。
まるで、猟犬の群れように。
投斧一つ一つが彼らにとっての爪牙。
今のところ全てを捌いているが、一つでも損ねればそこからじわじわと嬲り殺しにされていく。それを解っているから遼は迫る全ての投斧に対処していく。無論受けに回るだけではなく、少しづつ吉城へ接近していくが、彼もまた自分にとって都合のいい位置取りをしていた。
基本的に実力が拮抗している。現状では千日手であり、体力と精神力が続く限りいつまでも続けられるだろう。
遼は猟犬の牙を砕くことはできるが、それらの指揮官たる吉城には届かない。
吉城は遼を足止めできるが、その武威を上回ることはできない。
最もそれ自体は二人ともよく解っている。
仮にも遼は『宿り木』の討伐を国から以来されていた故に主だったメンバーの基本的な情報は持っているし、吉城もまた彼のことは
だからこそ問題は何時切り札を切るのか。
当たり前だが二人とも所謂必殺技や決め技のようなものは持っているし、それは流石に知られていない。後はそれが決まるかどうか。その機を見極めるために千日手染みた動きをし続けている。先に仕掛けるか、先に何か間違えた時を二人は待ち続けていた。
「――」
その上で遼は思う。
実力が近い自分はともかく、残してきた流斗は大丈夫だろうかと。
まぁ多分大丈夫。
●
「ぎぃ……ッ!」
旋棍が流斗の胸に炸裂する。
ただ近づいて振りかぶった一撃を叩き込むという極々当たり前の攻撃行為。ほぼ同時刻、同じ動きを遼が行い吉城に対応されていた。しかし流斗は為す術もなくリルナの鉄鎚を受ける。それは先の一戦と同じだ。結局の所、流斗とリルナの間にはそれだけの差がある。同時に飛び出し、それでも完璧に一撃を叩き込めるだけ差。
なによりリルナの一撃は着弾しただけでは終わらない。
けれど流斗もまたそこで終わらなかった。
「……!?」
「ハッ……!」
胸に着弾した刹那後、ほぼ同時のタイミングで流斗が旋棍を払いのける。
それは反射や咄嗟の動きではない。少なくともリルナの打撃は流斗の知覚を越えていた。
だからこれは最初から、リルナの旋棍を受けることを前提とした動きだった。最初から前腕部を身体の前で振り下ろせば、速度で勝る向こうの一撃が決まってからならば対処できる。
その動きによって、旋棍の着弾面は流斗の体から外れ、脇の下へと流れ――衝撃が虚空を突き抜けた。
「ッ!」
「チッ!」
空撃ちしたことによって僅かにリルナの体勢が崩れたが、流斗が反撃するよりも早く背後へと飛び去っていた。旋棍を構え直す彼女の顔には苛立ちだけではなく、確かに驚愕が含まれていた。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……ふぅ」
数度咳き込んだ流斗は微かに滲んだ血をぬぐい、ニヤリと笑う。
「ハッ、人がバカの一つ覚えみたいに突っ込むとでも思ったか? ちゃんと対策くらい考えてくるっつーの」
真っ黒な瞳が、リルナの旋棍に向く。
「俺がちょいと前に食らったアレ、実はただ殴ったわけじゃないんだろ? クソ硬いと折り紙付きの俺の防御を抜いたのにはタネがちゃんとあったわけだ。アンタ、そのトンファー当たった時の衝撃、その余波を再利用してる、そうだろ?」
当たり前のことだが、何かが何かに衝突すればそれ相応のエネルギーが発生する。さらに言えば一方向ではなく、衝突部を中心に様々な方向へと。それは発生時のエネルギーが大きければ大きいほど周囲に拡散していく。物理とかそんなレベル以下の当たり前の現象だ。
それをリルナは使っている。
旋根を叩き込んでからその瞬間、先端部に刻まれた術式が発生するエネルギーを収束させ、射出する。収束時にエネルギー収束率を高める為に螺旋を描かせていく。
鉄から生み出される破壊の竜巻。
だから――『
「それ、トンファーじゃなくて擬似パイルバンカーってわけか。カッコいいな。くそったれ」
「……それ、さっきのでお前自身が見切ったわけか?」
「当たり前よ。あんま舐めるな」
いや嘘なのだが。
普通に遼から聞いた。
正直流斗には話を聞いた今でもどうなってるのか解らない。衝撃の収束なんかもタイミング解らなかったし。
解らないが、対処はできる。
つまり殴られたら速攻で殴り返せばいい。
カウンターメインで耐えるだけ耐えて反撃するだけ。
「来いよ、ロマン幼女。ガキ殴り飛ばすのは気が引けるがお前は知らん」
「……いっとくがアタシはガキじゃねーぞ。今年で二十七だ」
「……は?」
「アタシは『
「いや知らんけど……なるほど合法ロリか。気が引ける理由が消えたな」
「そうか、アタシは最初から殺す気しかねぇ、よッ!」
言って旋根を手の中で回転させてから再び構え、疾走する。
見た目の年齢に合わない高い身体能力。彼女の言葉通り成長を犠牲にしたなら納得できる。疾走するリルナはやはり容易く流斗に接近し、旋根を放つ。
着弾し、
「だらぁ!」
「……!」
身体を無理矢理捩じることで、衝撃の炸裂を逸らす。どころか、身体をズラした勢いで前にすら出た。竜巻が旋根より発生し、彼の身体の横を通り過ぎた時には空撃ちとなった旋根を右手で鷲掴みにしていた。
左のジャブ。顔面へとひっかけるように拳を振るう。
「舐めんな……ッ!?」
それを逆の旋根で受け止めたが、リルナの顔に浮かんだのはこれまで以上の明確な驚愕だ。
流斗の拳が旋根に触れた瞬間、展開していた術式が
積み上げてきたものが――台無しにされる感覚。
「……!」
体の動かし方も、体重移動も、拳の握り方も何もかもチンピラのそれと大して変わらないというのに、直撃すらせず掠った程度だというのに、リルナの身体が吹き飛んだ。
そう、まるでただの高校生がただの小さな女の子を殴り飛ばしたように。
「……ふざ、けんなっ」
最悪の感覚だった。これまで生きてきた中でもトップクラスに。豚野郎に犯されたり、狡い作戦で嵌められたり、傭兵だと貶されたこともあった。それは決して気分のいいものではなかったが、これまで何とかしてきた。豚野郎は一物潰してやったし、狡い作戦は実力で黙らせたし、貶してきた奴には相手にしなかった。
けれどこれは我慢ならない。
たまにある異能無効や解除、封印ではなかった。
「てめぇ何様だよ」
声の震えは予想外の痛みや攻撃を受けてしまった事実、流斗への不快感だけではない。
怒りだ。
先ほど流斗がリルナに怒りを覚えたように、彼女もまた荒谷流斗というわけの解らないものに激怒していた。最もそれは極々当たり前の感情でもある。
誰だって自分の全てを下らないと蔑ろにされれば怒るのは当たり前。
「殺す殺す殺す殺す殺してやる。仕事も何も関係ねぇ。お前みたいな奴、この世界で生かしておくわけにはいかねぇ」
「だから知らねぇっつてんだろ」
殺意に溢れるリルナの言葉も流斗は意に介さない。
彼女の都合など知ったことではないし、彼女の気持ちも理解していない。
知ることはないし、理解できないのだ。
彼はそういうものだから。
「俺とお前になんの関係があるんだ。さっき遭遇して喧嘩した奴の何を大事にしろって? 俺からいわせりゃお前みたいに人にお願いされたから人殺せるような奴こそこの世にいちゃいけないだろ」
「お前みたいなのが正論吐くんじゃねぇ……!」
「それも俺の勝手だろ」
流斗は拳を構えた。
それまでの適当なそれではない。右足を後ろに、左足を前に。腰を大きく捩じりながら半身になり、右の拳を左の掌で包み込んだ。
ニヤリと、口端を歪め、
「カス当たりじゃ足りないねぇ。今から一発
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