結果的に言えば荒谷流斗は飛籠遼に結構好感が持てた。
何やら随分と面倒な生い立ちや人間関係だったようだが、別に遼は悪くなかったし、寧ろ流斗としては話に出てきた周囲の人間のほうにムカついた。ついでに言えばその周囲の人間にあの傭兵たちも含まれているぽかったが、やることは変わらない。
殴る理由が少し増えただけだ。
というわけで一緒に喧嘩しようということになったが、
「え、すぐ行くの? 今夜引くとか言ってなかった?」
「もう日付変わりましたし、夜明け前くらいに来いって果たし状が」
「果たし状って」
都市部のビルの住所が書かれた紙を手にして
多分便利は便利だが、良い物ではない。
「んじゃ行くか」
「えぇ行きましょう」
「おーう行って来い」
完全に手を出す気がなく不自然に機嫌のよかったカンナに見送られながら男二人は肩を並べながら呼び出された場所へと歩き始めた。しかし記されていた場所は流斗も知っていた場所だったが、ごく普通のオフィスビルだったと記憶していた。
そんなところでとんでもバトルするのもなぁと思ったが、たどり着いてすぐにそんな考えが吹き飛んだ。
「これ、結界って奴か?」
見た目は普段と変わらない。それでも視た感じが全く違う。そこにあるのがおかしいというか、違和感があるというか。そんな感覚がビル全体に包まれていた。流斗にも覚えがあった。つい数時間前学校にあったのと同じである。
人避けの結界だと、思う。
実際周囲に人の気配はない。
二人はビルの正面に並んで、
「そうですね。ちなみに彼らがどこにいるか解ります?」
「ん、んー?」
遼に言われ、首を捻り数秒考えるが、
「解らんな」
ビル全体に違和感はあるが、言ってしまえばそれだけだ。あの二人の傭兵がどこにいるのかなんて見当もつかない。
「大分露骨に気配出してるんですけどね、一階と屋上に。さっき飛び出してすぐ蹴り入れてましたがあれはどうやって判断したんです?」
「そりゃ飛び出したらすぐ先輩が幼女とバトルしてたから蹴り入れたんだよ」
「恐るべし脳筋ですね」
「いい笑顔でいうなよ」
否定しにくいから余計困る。髪を軽くくしゃくしゃとかいて、居心地の悪さを誤魔化すが当然ながら上手くいかない。しかし気配察知とか基本そうなスキルも駄目とはまた悲しい。単に経験不足ならばいいのだが、自分の特性のせいでそのあたりも潰れていたら悲惨すぎる。
まぁ今考える必要はない。
「んじゃどう行くんだ? 罠とかありそう?」
「あの二人なら五分五分ですかね、先ほど伝えた彼らの戦闘スタイルは忘れてませんね?」
「そこまで馬鹿じゃねぇ」
「結構。では正面から行きましょう。仮にも尋常な果し合いなのですから」
「了解」
特に考えずに追従する。
どう考えても此方側の入門者である流斗よりも色々場馴れしているらしい遼に任せておいた方がいいという判断だ。
だから躊躇わずに足を踏み入れた。
その先にある戦場に。
●
「一緒に来たのかお前ら。まさかとは思ったけどな」
ビルの中に足を踏み入れて二人を待ちかまえていたのは数時間前に流斗が飛び出したら澪霞とバトルしいてたから蹴りを入れ幼女ことリルナ・ツツだった。先ほどのような全身を覆うローブはなく、水色のワンピース姿。そしてやはり両手には無骨な旋根が。
「予測してたからこうして二手に分かれて待ち構ていたのでは?」
「別々だったらそれはそれでいい。アタシとお前が戦って、アタシが勝ったらそれでよし、負けても吉城が消耗させたお前に止めを刺す。どっちに転んでも損はねぇ」
「なるほど。ではこの場合どうするんで?」
「行けよ、裏切り者」
リルナは背後の階段を指す。
罵りながらの言葉だったが、しかしリルナ自身は特に感情を滲ませることはない。
寧ろ、嫌悪の視線を向けられているのは流斗の方だ。
「……大丈夫ですか?」
「あぁ、どうせ最初からそのつもりだったしな」
「さっさと行けって。吉城が待ってる、
微かに考えかけた遼だったが流斗の言葉を聞き、そしてそれ以上にリルナの単語により迷いは消えた。あとはもうどちらにも意識を向けることなく、一目散に階段を駆け上がっていた。
冷たいとは思わない。
寧ろその方が流斗にとっては好印象だ。
何はともあれ、
「俺の相手はアンタがしてくれるのか」
「あぁそうだよ」
向かい合う。
彼我の距離は十歩分くらい開いてるが、リルナならそれこそ一瞬、流斗でも二、三瞬あれば十分な距離。
それでも即座に戦闘になることはなく、
「おい、お前あいつが何なのか解ってるのか?」
リルナの問いかけから始まった。
予想外だったので内心驚きつつも応える。
「さっき聞いたけど?」
「なのにあいつの味方するのか?」
「するな」
「馬鹿かてめぇ」
吐き捨てるように罵倒された。
ありったけの不快感を内包させたそれは見た目には不釣り合いなほどに感情が込められている。
「……最近俺の周囲がセメントなのは最早諦めの境地だけど会ったばかりの幼女にそこまで罵倒されるのは納得いかないし、ここで喜ぶような趣味もないんだけど」
「なんであいつの味方なんてできるんだ?」
「なんでって言われてもなぁ」
彼女の問いかけに理解が追い付かず、答えに戸惑う。
どうしてと言われても、困る。
そんな様子にリルナは露骨に舌打ちをした。
「あの野郎は――」
●
「――呂布奉先、今は飛籠遼と名乗っていたんだっけ」
屋上にたどり着くのと同時に蚊斗谷吉城が発した、真名とも呼べる名を遼は受け止めた。
――承継者と呼ばれる存在がいる。
血脈の系譜の中に英雄や英霊と称される者を含む一族の中でも、その英雄や勇者たちに近い力を持った子孫のことをそう称される。『神憑』ほどの希少ではないが、それなりに珍しい。そもそも先祖に近い能力を発揮するのは数世代、場合によっては十数世代以上離れることもあるし、血を受け継いだ子孫の全員が全員此方側にいるわけでもない。
もっとも、オリジナルに近い能力を発揮するということはそのまま伝説や神話、英雄譚に近い領域に存在するということ故に此方側の存在感というのは小さくない。
飛籠遼もまた、承継者だった。
それも、三国志における最強の武将、呂布奉先の子孫である。
その名前くらいは大体誰でも知っているだろう。少なくとも日本では三国志について詳しくなくても呂布の名前は知っているし、中国に於いては神格化さえされている。
「飛籠の飛は飛将の将、遼は呂布の呂の変形と戦友の張遼から取ったのかな? 籠の字だけはどうにも解らなかったな。どういう意味が?」
「別に、語感ですよ。意味はありません」
嘘だ。
盛大な自虐と少しばかりの皮肉を込めて付けた名前。
「まぁ僕も三国志とかあまり詳しい口でもないからなんとも言えないけれど、これくらいは知ってる。一番強くて――一番酷い裏切り者」
「……否定はしませんよ」
そう、呂布に対するイメージなんてそんなものだ。
一人は義父であり、主であった董卓を。
さらにその後仕えた主であった曹操を。
彼ら二人を千七百年前の呂布は裏切った。董卓を殺し、曹操に殺された。
彼についての人格や行いに付いては諸説あるにしてもそれだけは事実だ。
そしてそれによる裏切り者というイメージ。
身に染みて、遼はそれを知っている。
周囲の人間が、自分の血をどう思っているかを。
否定をしないのではなく――できないのだ。
「実際、これまで関わってきた人たちは大体そういう風に僕のことを見ていましたし」
――信じることは何よりもの禁忌だった。
信じてはならない。
裏切るから。
愛してはならない。
裏切るから。
頼ってはいけない。
裏切るから。
誰もがそう思って、自分を頼ることなく、愛することなく、頼ることはなかった。
飛籠遼が関わってきた他人というのは極々僅かな例外を除いて、そういうものだったのだ。それは多分、遼の前の先祖がかなり前の世代にまで遡らねば承継者がいなかったのもあるし、その承継者もまた当時の主を裏切ったこともあったからだろう。
別にそれを恨むつもりもない。
他人から見れば自分は裏切り者の看板を盛大に掲げながら生きているような人間だ。寧ろ距離を縮めようとする方がどうかしている。
――どうかしてる人もほんの僅かだけいたけれど。
「――
そんなどうかしてる一人目。
まさしく遼の人生を変えた彼女。
今はもういない、籠から飛び立つ鳥のように遼の下から去っていた
「『まず二人』、らしいね」
「――くくっ」
喉から笑みが漏れた。
流斗に見せた仕方なさそうな苦笑。
心から漏れた笑みであり、
「く、はははははははははは!」
哄笑に変わる。好青年めいた彼が
人の気配のない結界の中に遼の哄笑が木霊していく。腹の中の空気を全て吐きだすくらいに笑い、
「――あぁ、ならば退いてもらいましょう」
一転し、好戦的に笑う。
口端を吊り上げ、手にしていた長物を指運で回し切先を吉城へと向ける。
それを流斗は槍だと誤解したが、それは槍のようで槍ではない。
朱塗りの長い柄と大振りの刃。刃と柄の接続部あたりに内側の曲線状の刃がもう一つ。
戟、ただの戟では無く奉天画戟と呼ばれる正真正銘の聖遺物。遼先祖である、初代が実際に振るったものだ。
同時に遼の全身から立ち上る深紅のオーラ。
その身を常人の領域を超えるまでの鍛え上げた証であり、遼が発するソレはまさしく達人のそれだった。
「やれやれ……馬に蹴られるのは御免なんだけどな」
言いながら吉城もまた投斧を両手で握る。
傭兵として依頼された以上はやるべきことはやらなくてはならない。
例えそれが、同僚の喧嘩のとばっちりだとしても。
●
「解るか? あたしらが来たのは、遼とその昔の女との喧嘩のしわ寄せだぜ? お前らはつまり巻き込まれたわけだ。なのになんで味方するんだよ、おまけにお前が今味方してるのは裏切り者の代名詞でもあるんだよ」
今回の一件はそれが原因だった。
飛籠遼と彼との因縁を持ち、中国から『宿り木』へと移った彼女が吉城とリルナへ依頼したのだ。
彼女たち二人を、遼への当て馬にして。
別にそれ自体は珍しいことではない。傭兵なんてそんなものだ。
誰かの殺意、誰かの憎悪、誰かの意思。そういうものが傭兵を動かすのだから。彼らはただ依頼主に従って黙って動くだけ。
だから動いた。
でも、思う所くらいはあるのだ。
物言わぬとしても物思うくらいはある。
そういうことに関しては、今回はあまりいい気分ではない。いや、傭兵業としてはわりかしマシだったが『神憑』が絡むから最悪極まっている。
「なぁおい、そのあたり、お前はどう思ってるんだ」
「
即答、だった。
そして心の底からの答えだった。
「――」
リルナの話や、先ほど聞いた遼の話考えて、その上でどうでもいいと斬って棄てる。
「別に遼の事情に思う所がないわけでもねぇよ。アイツのご先祖様が大層な裏切り者で、今回の喧嘩が遼とどっかの誰かのとばっちりっていうのは気分が悪い。あぁ、それに関しちゃ俺だって思う所はあるぜ。――でもよぉ」
そういった理由は、
「俺がお前らと喧嘩しない理由にはならない」
だって。
「お前ら先輩傷つけた。俺がお前ら殴り飛ばす理由なんてそれだけで十分だ」
そう、それがこの遼たちのとばっちりに流斗が関わろうとする理由だ。
白詠澪霞をリルナ・ツツと蚊斗谷吉城は傷つけ、殺しかけた。直接的な傷を与えた分が多いのは吉城の分だがそっちは遼に譲ったからしょうがない。
「人の憧れを穢したんだぜ、落とし前付けるなんて当たり前だろ」
だから、荒谷流斗は拳を握る。
拳を握って、前に出て。
その怒りを叩き付けなければ気が済まないのだ。
少なくとも、今の流斗は怒っている。かつて澪霞と激突した時ほどではないにしろ、激怒と言ってもそん色ないくらいには激情が体を支配していた。
先ほど何もできなかった自分に対しても。
だから今度こそ無様な姿は晒さないという自己への誓い。
その感情が知らず内に、『神憑』の発動前だというにも関わらず流斗の存在強度を高めていく。
「我は羽々斬る叢雲の颶風――」
唱えられた祝詞は激情と宣誓を以て完遂される。
「――荒べ、素戔嗚」
空間に人間大の異物が発生する。魔力が凄いとか、気迫が尋常ではないとか、闘気が溢れだしているなんてものではない。
ただ単に、なんだかよく解らない何かがそこにある。それが人の形をして、人の言葉を発している。文字通りただの暴風だ。自分の思うが儘に周囲に暴力をまき散らす。人の価値観なんて関係ない。
それがリルナには堪らなく気持ちが悪い。
流斗の『素戔嗚』の発動を邪魔しなかった理由もそれだけ。
こんなものが生まれる瞬間に関わるより、少しくらい手間取っても発生したのをぶちのめすほうがマシだろうと思っただけ。
そしてそれは不可能ではない。
流斗が暴風だとしても、リルナもまた鋼の竜巻の名を担っているのだから。現実として実力の秤はリルナに大きく傾いている。
それでも、侮るなんてできない。
実力差を、人がこれまで積み上げてきたものを、何もかも台無しにするのが『神憑』というものなのだから。
「だから、あたしは『
「てめぇなんて知るかくそったれ」
暴風と竜巻が、激突する。
周囲の人間から村八分され続けてきたのに性格に歪みない遼が聖人すぎる。
ぐう聖呂布(
しかしなんで地の文こんなに主人公に対してヘイト高いんだろう(
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