斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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ゼロズ・エンディング

 学校に行って授業を受け一日を終える。

 荒谷流斗はそんなことがまたあるなんて全然考えていなかった。あの戦いの最中は日常生活のことなんて完全に忘れていたのだ。だから、当たり前のように月曜日が来て、学校に行くということが恐ろしく奇妙に感じた。けれど、これが一先ずの普通なのだ。

 

「……」

 

 半ば呆けながら流斗は放課後の階段を上がっていた。先日の一戦で普段使っていた制服は使い物にならなくなって今着ているのはスペアだが、これから先はこれがメインになって、新しいのを買わなければならない。その分の代金は自分ではなく白詠家から出るというのだから幸いだが。

 結局あの夜は駆と海厳の登場に幕は引かれた。全身を拘束され指一本動けないままに白詠の屋敷へと連行され、彼らが交わした契約について聞かされたてようやく自由の身になることができた。

 正直、自分たちが戦っている間に匿うとか保護とかの契約を結んでいたと言われても納得しきれない。しかし納得できないとしたとしても流斗も澪霞も駆や海厳に逆らう力などない故にどうしようもなかった。

 街に現れる妖魔を津崎駆が対処すること。

 一年以内に白詠澪霞をイ級にまで引き上げること。

 そして、

 

「俺も、一緒にねぇ……正直ピンとこねーけどなぁ」

 

 荒谷流斗もまた同じ位階にまでのし上げるけど。

 それらの三つ(・・・・・・)の条件で海厳は駆と沙姫を保護することにしたらしい。流斗にはメリットとデメリットの釣合が取れているのかは解らないが、取れてなければ契約が成立するわけがないので取れてはいるのだろう。その辺り素人には理解不能だ。

 

「……はぁ」

 

 頭を掻く。

 結局この一週間で自分の世界は劇的に変わってしまったと思っていたが、学校は行かなければならないし宿題だってある。自分がやることはあまり変わらない。

 

「なんだろうなぁ……うーん……こういうのって、世界変わったとか言うのになぁ……」

 

 内面自体だってそうだ。正確に言えば変わっていない。これまで解っていたものがより明確になってしまったというだけ。

 箍が外れてしまっただけなのだ。  

 ブレーキが壊れてしまった。

 止まっているだけならばともかく、走り出したら――止まれない。

 

「……はぁ」

 

 もう一度もう一度嘆息し、ため息を吐いてから流斗は階段を上りきった。そこから上に行く階段はない。あるのは屋上へと至る錆びついた扉があるだけ。普段ならば鍵を掛けられていて、一般生徒の立ち入りは禁止されている。

 しかし流斗は迷うことなくドアノブに手を掛けた。

 錆付が激しいので一度押し込んでから引いて、それからもう一度押すという手順を踏まなければ開かない。その手順を踏みつつ、屋上に足を踏み入れれば、まず目に入るのは沈みかけの夕陽の光だ。既に十二月も半ばに入るのでこの時期ならば放課後なんてほとんど夜。太陽の残滓が辛うじて残っている程度で、

 

 その光の中に雨宮照はいた。

 

「やぁ、我が親友荒谷流斗。久しぶりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒谷流斗の人生の中で絶世の美人と呼べる人はいる。

 所謂美人や可愛い子というのは何人か知っていた。どの高校に容姿で人気のある生徒というのは一定数存在するだろう。しかし絶世なんて形容詞が付くのは知る限り三人だけだ。

 一人は一週間前に出逢った雪城沙姫。

 今にも解けてしまいそうな季節外れの雪のような女性。容姿は当然ながらプロポーションに関しても流斗の知っている限り最も均整が取れている。あれが黄金比率とか言われればそのまま信じられるくらいだ。

 二人目は憧れの少女である白詠澪霞。

 人形染みたと言われる人間離れしたと言われるほどに出来過ぎた外見は見てる方が不安になるほど。内面を知った今ならばともかく、見るだけなら不気味なくらいに整いすぎている。

 そして三人目が――雨宮照だった。

 幼馴染の自分が言うのもなんだが、沙姫や澪霞に匹敵している。沙姫よりもさらに長く、ひざ裏まで流れる濡れ羽色の髪。顔は中性的で服装によっては美少年に見えなくもないが、身体の起伏はハッキリしている、らしい。僕は意外にも着痩せするんだぜとか言っていたし。身長も女子にしては少し高めで、宝塚とか行けばいいのではないかと偶に思ったりしていた

 雨宮に対する流斗の印象というのはよく解らないのが正直な所だった。存在感が奇妙なのだ。影が薄いわけではない。けれど目立つというわけでもない。いつも気づいたら視界の中にいる。彼女の方から声を掛けられなければ気づけない。それでも気づいた後からは目を離すことができず、いつの間にか物事の中心にいて場を仕切る。

 雪城沙姫が季節外れの雪で、澪霞が人間染みた人形たとしたら。

 雨宮照は太陽だ。

 それも――熱を持たない冷たい太陽。

 

「本当に久しぶりだねぇ。一週間会わないなんて、そんなこと何時振りだったかな?」

 

「さぁな、あんまり記憶にねーよ」

 

「僕だってない。君と出逢ってもう十五年近くになるけれど今回が初めてだったと思う。さぁ、流斗、君が言っていた野暮用はもう終わったのかな?」

 

「終った……まぁ、一応そういうことにかな」

 

「歯切れが悪いなぁ。なにかあるのかい?」

 

「んー……」

 

「ふむ。察するに……その野暮用とやらのせいで自分の世界が変わると思っていたし、確かに何かが変わったはずなのに、全部終わったから世界が変わったと思ったていたのに、蓋を開けてみれば結局あっさりといつも通りの生活が戻ってきてしまって拍子抜けしてしまった――そんな所かな?」

 

「……そんな所だ」

 

 相も変わらず見てきたように的確なことを言う。けれど彼女に思考を見抜かれるということは今に始まったことではなく、寧ろ雨宮照は荒谷流斗の内面に流斗自身によりも詳しいのだ。一々驚くことはせずに肩をすくめながら頷く。

 

「はっはっは」

 

 そして雨宮は笑い、

 

「――馬鹿だねぇ君は」

 

 いつもと同じように笑い飛ばす。

 

「思春期はまだ終わらないのかい? そんな簡単に世界が変わるわけがないだろう? 自分が変われば世界が変わる? まさか、自分が変わったって世界は変わらない。変わった自分だって気のせいかもしれない。誰かにとっての変化は誰かにとっての停滞でもあるんだぜ流斗。君が何をしたって地球は回るし日は昇って沈む、誰かは生まれて誰かは死んでいく。そんなもんだよ。僕と関わらなかった一週間がどんなものだったかは僕は知らない。君が変わったのは気のせいじゃないかもしれない。人生観が変わるほどのことだったかもしれない。でも、それで生活や周囲の環境が変わると思ったら烏滸がましいよ」

 

「……じゃあさ、変わるってなんだと思う?」

 

「自らが変わったと思うことじゃないかな」

 

 問いかけに雨宮は即答し、

 

「他人の心象の変化なんて誰かには目に見えない。他人と分かり合えるなんて嘘なんだからさ。誰かに変わったねなんて受け入れるのは自主性がない馬鹿のやることだ。だから、変化というのは自ら納得するしかないんだよ。例え他の誰が変化を認めてくれなくても、自分が変わったて胸を張って言えるのなら、確かに何かが変わることができたんだ。我想う故に我在り、なんて上手く言ったものだよね」

 

「……相変わらずお前の話は難しいよ」

 

「難しくなんてないさ。誰もが気づいて、悟って、折り合いを付けて大人になっていくんだよ。僕が言ったのは皆が無意識で気づいているだけのこと」

 

「じゃあ、やっぱ俺はまだガキか」

 

「あぁガキだよ、僕だって君だってまだまだ子供だよ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「君もガキだよね。それもとびっきり可愛げのない、さ」

 

 雨宮照は白詠澪霞に対してそんなことを言う。

 

「……」

 

 それに対し澪霞は一切の反応を返さない。返したくもない。生徒会の書類に書き込みをし続ける。視線を合わせるつもりもない。いきなり放課後の生徒会室に現れて訳の分からないことを口にしながら勝手に珈琲を淹れて勝手に席についていた。

 雨宮照。その名前は白詠高校でも有名だ。

 そもそも自身がどう思っているのかは知らないが荒谷流斗もまた名前が知れた生徒でもある。そもそも年齢や所属を無視して無暗矢鱈にイベントやアルバイトに参加する彼が有名にならないわけではない。付いたあだ名が『どこかにいる風来坊』。上手いのか下手なのかよく解らない名前だって出来ている。

 そしてそんな彼の親友として雨宮照は名前が広がっていた。どこかにいる風来坊に対して彼女は――『どこかにいるはずの魔女』。そんな頭の悪い名前で呼ばれていた。授業には出ている。けれど、それ以外での目撃情報が極めて少ない。そしてその少ない目撃情報の条件が荒谷流斗だった。 

 

「何やら機嫌がよさそうに見えるけどさぁ、何かあったのかな。あぁ、うん別に答えなくてもいい。聞きたくないし。ただまぁ、今日僕が来たのは、一言言いたいことがあっただけなんだよ」

 

 砂糖もミルクも入れない珈琲には口を付けずに机に置いて、澪霞を睨み付ける。けれど口には笑みを張りつけていた。

 

「ここ一週間あの馬鹿と(・・・・・)なにやらあった(・・・・・・・)みたいだけど」

 

「……」

 

 澪霞の指が、止まる。

 

「――あれは僕のだ」

 

「――お前が何を言っているのは知らない」

 

 視線は動かさなかった。

 けれど、口は動いていた。それは澪霞自身でも喋ってから自らの行いに気づき、口を利きたくもないと思いつつ、止めることはできなかった。

 でも、

 

「誰が誰のものとか、言っていて恥ずかしくならない?」

 

「ならないね、寧ろ胸を張って言えることが誇らしい」

 

 見なくて、見ている。

 絶対に合うことはない。繋がり云々で言えば、この二人は何があっても繋がらないのだろう。不倶戴天、多分この二人の関係を顕すのにはそれが近い。

 

「……ま、いいけどね。言いたいことはこれだけさ。ん、あ、いやもう一つだけあった」

 

 雨宮は視線を外し、澪霞に背を向けながら、

 

「――許嫁とかどう思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、許嫁?」

 

 突然の問いかけに流斗は眉を顰めた。いきなり話が転嫁したことに戸惑いながらも、ここ一週間での経験で慣れたものなので、流されるままに思考を働かせる。

 

「それは、あれか。大昔にあったという親同士が子供結婚相手を決めているとかの許嫁?」

 

「そうそう、その許嫁」

 

 にこやかな笑みを浮かべながら雨宮は頷き、

 

「君はどう思うかな」

 

「んー、どうって言われてもなぁ。俺に関係ある言葉だとは思わないし、なんとも思っていないって感じか……それがどうかしたか?」

 

「いいや? 別に他意はないさ。ただ気になっただけだよ。どう思ってるのかなーって。いやぁ、許嫁。ぶっちゃけ今じゃあんまりいいイメージないよね。自由恋愛が基本な最近じゃあ、前時代的とか思われてて大体の漫画とかドラマだとは完全に当て馬的な立場だよねぇ」

 

「ん、んー、言われればそう、なのか?」

 

「そうだよ。許嫁っていうのは親が子供の将来を考えて組んだ縁なんだぜ? 時代遅れとかとんでもない。子を想う親の気持ちに時代なんて関係ないさ。蔑ろにしては親に悪いというものさ」

 

「……ぶっちゃけだからなんだとかしか思えないが……お前が言うならそうなんだろうさ」

 

「うんうん、理解してくれて嬉しいよ。だからもし君が許嫁持ちの女の子を好きになったとしても横からぶんどるとか考えたら駄目だよ? それにホラ、他人に決められた相手と結婚するなんて君の目指す揺らがないなんというかやらとは違うよ」

 

「はいはい、解ったよ。俺の人生にそんなことあるとは思えないしな」

 

 どんな展開だ。それこそ今日日漫画やテレビでさえ見えない。

 だから流斗は真に受けなかった。今の自分がどういう立場にあるのかも知らずに。

 ただ雨宮照の微笑みを受け流していた。

 

「君が選ぶべき相手を間違えないことを願っているよ――心からね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだったんだアイツは……」

 

 いつになく意味が解らない、おまけに特にオチがなかった雨宮との会話を終え、流斗は廊下を歩いていた。屋上に行ったのは雨宮に呼び出されたからで、あれだけの会話が終わったらさっさと追い出されてしまった。流斗としても予定はあったのであまり長居はできなかったからいいのだが。雨宮自身は太陽が沈むのを見ていくという本気なのかそうでないのかよく解らないことを言いながら屋上に残っていた。

 ともあれ彼女に関しては考えるの無駄だ。

 考えるべきなのは、

 

「ども」

 

「……遅い」

 

 生徒会に入るのと同時に何故か半目を向けてくる澪霞のことだ。

 無表情なのはいつもと変わらないが、何やら不機嫌そうな雰囲気が漂っている。確かに放課後に雨宮と会う約束があって、呼び出しを後回しにしたがそれくらいで怒られるのは心外だ。

 突き刺さる視線を無視しつつ、とりあえず椅子に腰かけ、

 

「あれ、この珈琲先輩のすか?」

 

「…………違う」

 

 沈黙が長かったことには気づかず、不自然に置かれたマグカップに手を当てる。まだそれなりに暖かく、少し前に淹れられたばかりだろう。匂いや色からして砂糖やミルクの類は入っていない。

 

「これ、飲んでいい奴なんすかね」

 

「違う」

 

「え、でも先輩って甘党じゃあ」

 

「違う」

 

 流石に矢継ぎ早な返答を訝しんだが、問いかける前に澪霞が立ち上がって、此方に来て、

 

「……」

 

 一瞬だけ躊躇してから飲み干した。

 

「えぇ……」

 

「っ……こほっ…………新しいのを淹れる」

 

「なんだったんだ……」

 

 困惑しながらも新しくなった珈琲を受け取る。ちなみに一緒に淹れていた澪霞の分には大量の砂糖とミルクが投入されていたのを流斗は見ていなかった。ミルク砂糖たっぷり普通だったら吐き気を催すほどに甘い珈琲もどきを澪霞はゆっくりと流し込み、口の中の苦味を打ち消しつつ、

 

「これ」

 

 流斗に一枚の書類を差し出した。

 

「……なんすかこれ」

 

「君の生徒会加入届」

 

「……なんでまた?」

 

「これから先津崎駆からの教導や妖魔の対処の為に学校を抜けることが少なからず出てくるはずだから。生徒会に所属していればそういった時に処理を省ける」

 

「なるほど。じゃあ、生徒会が先輩だけのはそれが理由だったと」

 

「必要ないというのは確か。でも、やはりそれが大きい。必要なことは書いて置いたから名前を書いてくれれば私が顧問に提出しておく」

 

 渡された紙を見ればなにやら色々書かれた文章に、加入理由や目標などを書く為のスペースが細かい字で埋まっている。こんなものを書けと言われても困るのでありがたい。拒否権はなさそうなので一緒に手渡されたペンで名前を記した。

 

「……そいや、妖魔云々って駆さんがやるんじゃあ」

 

「多分、修行の一環で戦わされる」

 

「なるほど……っと、書きました」

 

「ん」

 

 手渡して、

 

「……」

 

「……」

 

 会話が止まる。

 必要な話をしてしまえばもう、積極的に話すことはなかった。

 途中で介入されたとはいえ、一度殺し合いをしたのだ。殺すつもりで行って互いにようやく行動不能にできたというのも確かだが、確かに明確な殺意を以て拳と刃を交わしていた。割り切れという程が無理だ。

 それでも、できてしまうのが彼らだ。

 

「なぁ、先輩」

 

「……なに」

 

「俺は、変わらねーよ」

 

「……そう」

 

 言葉が足りなかったが、確かに込められた意味は伝わっていた。だから彼女も小さく頷き、

 

「私も、変わらない」

 

「そうっすか……そうっすよね」

 

「ん」

 

「んじゃあ」

 

「?」

 

「変えてやりますよ、アンタの願い」

 

「っ……それは私の台詞」

 

「はっ」

 

「……ふん」

 

 流斗は鼻で笑い、澪霞は小さくそっぽを向いた。 

 

「俺は――揺らがない人間(アンタみたいな人)でありたい」

 

「私は――自由な人間(君みたいな人)でありたい」

 

 それが二人の願い、祈り、渇望。

 変化というのならばまず間違いなく、それらは変わらない。

 揺らがない少年と自由になりたい少女。

 何一つ繋がりを持たず、己が抱いた理想像だけを相手に押し付け合ったまま。

 少なくとも――今は、まだ。

 

「そのうち幻滅してくださいよ、俺みたいなのはホントにくそったれだって」

 

「君こそ、私みたいな頭でっかちな馬鹿のことはすぐに忘れた方がいい」

 

 

 

 

 




とりあえずこれにて零章終了で。
章題は近いうちに決めます。
活動報告とかでキャラ紹介とか用語メモとか書こうかなと。
それとも本編にぶち込んだほうがいいだろうか。
まぁこれも近いうちに。


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