斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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インポッシブル

「――!」

 

 流斗が一歩踏み出した瞬間には銃弾が放たれた。白のスパークを纏う弾丸は通常のそれよりも数段速く、結局のところ素人でしかない流斗にはどうしたって回避や見切りをするくとはできない。もっと言えば澪霞が懐から拳銃を引き抜いたことすらにも反応できなかった。気づいた時には全身に銃弾が着弾していたのだ。『神憑』の生命力は極めて高く、そう簡単には死なない。心臓が吹き飛ばされようが四肢を捥ごうが頭半分引き飛ぼうが短時間ならば活動できるし、その状態からでも然るべき治療を行えば簡単に全快できる。それを澪霞は良く知っていた。

 

「――やりすぎるくらいで丁度いい」

 

 だから躊躇うことなく突撃銃の引き金を引きまくる。躊躇などという感覚は完全に消え去っていた。全精神が荒谷流斗を屈服させることに特化させているのだ。自分の言うことを理解しないというのなら理解するまでぶちのめすし、理解しきれないというのならば腕の一本や二本を吹き飛ばせばいい。射出された数十発の弾丸は幾らか通り過ぎたものの大半は命中し、

 

「鬱陶しい……!」

 

「!?」

 

 残らず全て弾かれた(・・・・・・・・・)

 着弾はした。澪霞の感覚はそれを確かに捕えたし、それまでの突撃銃は手放して懐から新たな自動式拳銃、腰から小太刀を抜いて既に次の動きへと繋いでいた。しかしその結果について思わず目を見開く。放った弾丸は着弾したが、それで終わってしまったのだ。まるで超硬度の防弾ガラスに中ったように、流斗の肌を通さずに弾かれてしまった。

 僅かに態勢は崩れ、

 

「痛ぇなくそ……!」

 

 それでも前に出た。

 フェイントや武術の歩法などではない。単純に徒競走のスタートダッシュか何かのように踏み出しただけ。完全に素人のものだ。澪霞が拳銃を膝や脚に照準を定め命中させるのも簡単だった。

 だがやはり傷にはならない。

 着弾の衝撃によって僅かに勢いを削れるがそれだけ。

 驚いている間に距離が縮まった。

 

「!」

 

 拳が降られる。右の手を強く握りしめ、大きく振りかぶってから放つ。拳撃というにはあまりにも拙いテレフォンパンチ。ただそれでも高い身体能力や膂力、そして勢いが技術を補完していた。

 咄嗟に小太刀で受け流す。思った以上の衝撃で体が軋んだが、それでも捌き切るのは難しくなかった。同時に刃が拳に触れている間に雷撃を流し込む。

 闇夜の中で雷光が弾けた。発生した閃光が夜の公園を照らし、

 

「眩しいんだよ!」

 

 無視して蹴りを叩き込んだ。

 

「ーーっ」

 

 直蹴りは拳銃をぶつけて逸らしながら後退することで回避、さらにバック転で距離を空けるのと同時に両袖から投擲用のナイフを手首のスナップで飛ばした。狙いは目だった。流石に直接目には当たらなかったが額に突き刺さり――刀身が拉げて落ちる。投擲用故に重さを削り強度も低い。だとしてもこんな結果になるなんて馬鹿げてる。分厚い鉄板にぶつけたとしてもこうはならない。

 それが何を意味するか、澪霞には解ってしまった。 

 

「限定完結型……!」

 

 呻くように発せられた言葉が表すのは『神憑』を含めた異能者の分類の一つだった。一口に異能や魔法、魔術魔導と言っても当然、引き起こされる現象は様々だ。故にある程度大雑把な分類が正式に作られてる。能力の効果範囲や目的によって別けられているわけられ、今澪霞が口にしたのもそのうちの一つだった。

 限定完結型――読んで字の如く。

 発現する異能の効果が使用者にのみ限定され、完結されているということだ。体外に干渉することはなく体内のみが変革する。武器や防具に特殊な効果が付与されたり、手が触れていないものを操作したり破壊することもできない。

 人間の形のみにしか異能が反映されないから必然的に変化の余地が減っていくのだから、津崎駆の言葉にした通り汎用性も応用性も欠片もない。

 あるのはただひたすらに――実用性のみだ。

 たった一つのことに特化しすぎて体現者は極めてレアリティの高い分類だ。

 

「ぶっ飛べッ!」

 

 踏み出しながら迫る右の拳。再び小太刀と接触させる。勢い任せの一撃だから澪霞の技量ならば捌き、受け止めることは難しくない。その上で麻痺効果がある雷撃を流し込む。駆に対しても使ってきた澪霞の近接戦闘における基本戦法だ。駆に対しても同じことを行い、動作を損なわせてた。

 それが一切通らない。

 外界から生じる干渉の拒絶。

 それが流斗の能力だ。他に説明の使用がなく、単純極まりない性質だ。木曜深夜における灰狼の牙も通らなかったし、澪霞の弾丸も同じだ。弾丸着弾時に少し揺らいだが、成り立て故の不安定さだろうし、そのうちあの程度でも一切無視できるようになるだろう。思い返せば最初からそうだ。一週間前に澪霞が駆へと放った澪霞の手刀。それは流斗の心臓に着弾しながらも弾かれるだけだった。あの時は流斗の出現に気が動転して思わず逃走して碌に考えることはできなかった。

 

「君は、どこまで……!」

 

 知らぬうちに表情は歪み、小太刀や拳銃を握る手に力が入っていく。その能力が意味するところが手に取るように解ってしまったから。

 

「そんな願いを……!」

 

「あぁ、そうだよ!」

 

 全身を這い、制服のシャツを焦がしていく電気を完全に無視しながら流斗は殴りつける。パワーもガードもテクニックもスピードも頭にない。ただひたすら胸の激情に流されるまま我武者羅に両腕を振るっていた。

 

「揺らがない心を持ちたかった――」

 

 物心ついた時からずっと思っていた。

 

「何だっていい、どんな下らないものでいいから、なにかに固執できるような人間でありたかったんだ。たった一つのことに全力になれるような、心の底から何かをまっとうできるような人に俺はなりたかった」

 

 ずっとそう思って、生きてきた。そう思い続けて生きていき、死んでいくのだろうと思った。けれど、白詠澪霞を知ってしまった。誰よりも確かに自分を抱き生きている彼女を。そんな在り方が堪らなく眩しくてずっと憧れていた。勿論そんなことは他人に言う話でもないし、言ったことはなかった。それでも思い続けてきたのだ。

 一週間前、流斗が澪霞と駆の戦いに介入したのだってそのせいだ。

 気づいたら体が動いていたわけではない。心の奥底に秘めていた何かに無意識が反応した故の行動ではなく、何が起きているのか解らないままにとりあえず動いたというわけでもなかった。ましてや誰かに操られてとかオカルトな理由でもない。

 何が起きているのか、少なくとも理由や原因はともかく現実としての事実は認識し、それを理解し、その上で――彼は駆を突き飛ばし、澪霞の貫手に体を晒した。

 己の意思が流斗を動かした、心の奥底に秘めていた確かな意識が反応した行動だったし、起きていることは解っていたから動いたし、誰に操られたわけでもなかった。

 当たり前のことだ。

 憧れの女の子が他人を殺しかけているのだ。

 止めるに決まっている。

 

「だから今ここでも、アンタを止めてやる。そんば馬鹿みたいなこと考えてるアンタは俺が俺の手で」

 

「勝手なことを――」

 

 雷撃が澪霞の全身に迸り、

 

「――言わないで!」

 

 流斗の視界から消える。

 

「な――ッガ!?」

  

 後頭部に衝撃。それだけではなく、確かな痛みも。馬鹿な、と思考が動く。今の自分がどういう風になっているのか、漠然とだが確かに理解していた。

 そもそもそれは理解するとか使いこなすとかそういう類のものではない。人間が息をするのと大して変わらない。本能レベルの渇望が表現化しているのだから使えないわけがない。

 だからこそ流斗は驚愕する。

 今の自分が衝撃や痛みを感じるなんて、と。衝撃ならばまだしも痛みは在りえない。そしてそれだけでは終らずに、その二つは連続していった。

 

「何を驚いているの」

 

「クソ……ッ」

 

 視界の中で白光が弾ける。腕や足を振り回すが全く追いつけず、澪霞の姿を捉えることもできない。

 

「『神憑』としては確かに覚醒した。力の使い方だって自ずと理解できるだろうし、体術や命のやり取りだって津崎駆と少しは覚えたかもしれない。それでも――君は絶対的に素人」

 

「だからなんだよ……!」

 

「解らない? 今の君は――ただの木偶」

 

 例えどれだけ存在強度を高め、干渉を防ごうと、それに伴い身体能力が上がろうと。結局のところ流斗に戦闘技能はない。所詮は街の喧嘩程度であり、澪霞のそれには遠く及ばないのだ。生まれた時から異端の世界に身を置き、幼い頃から戦い続けてきた。その経験値だけは『神憑』であろうと覆せない。

 全身に雷撃を走らせることで体内の電気信号を刺激し駆動速度を上げ、周囲の暴風を使って移動速度も加速させる。通常ならば思考が付いていかないだけの高速機動だが、人形とまで言われる澪霞の精神が体を完全に支配する。

 

「それに干渉の拒絶だって万能ではない。全部排していたら呼吸や五感だって意味を無くす。無意識で取捨選択しているはずだし、物事に限界があるのは当たり前のことで『神憑』だって同じ。拒絶できる容量の限界を超えて攻撃すればいいだけ」

 

 当然口でいう程簡単な話ではない。

 実際、駆にはできなかった。ほぼ全ての能力を封じられ、澪霞との戦いで封印から漏れた力も使い果たしかけた駆はその技量を以て流斗を完封したが、彼の拒絶の容量を超えるだけの威力を発揮することはできていなかった。

 圧倒的な経験不足が彼を劣勢に追い込んでいるいた。

 澪霞の力は不定形物質への支配操作。気体や液体、流体、電気や炎のような明確な形を持たないものを彼女は己のものとすることができる。

 肉体機動も高速移動も長距離跳躍も麻痺攻撃も水槍精製も水刃風刃作成、さらには手榴弾による爆風や爆炎の集中も全てその力から生まれている。

 全域対応型。

 ありとあらゆる環境に於いて十全に己の性能を発揮できる異能と精神を持った者の呼称だ。流斗のようにたった一つに極限特化しているわけではなく、全ての事象に適応し最善の力を発揮できる種別。当然ながらそれだけ多種多様な種類の力を身に着ける必要があるために限定完結型と並んで珍しい異能の類でもある。

 この力を、こんな在り方を澪霞はずっと焦がれてきた。

 

「与えられた道じゃなくて、自分の道を自分で選びたかった。それがどんな道であっても選べるように、なにも囚われない自由でありたかった」

 

 君みたいに。

 

「君のようになりたかった。好きなことを好きなようにやって、気ままに生きる君のように。君に理解できる? その在り方がどれだけ貴いものなのか。私には堪らなく眩しかった。白詠の娘としてその道筋だけを追ってきた私なんかとは比べ物にならない」

 

 だからこの一週間という回りくどい時間があった。普通だったら未覚醒の異能者を放っておくわけがない。期間を開けたのは澪霞自身の私情だ。荒谷流斗が相手だったからこそ妖怪爺に初めて直談判して説得の余地を創り出し、生徒会に呼び出していた。しかしあれは失敗だったと思う。結局変に意識するあまりに碌な会話もできなかったし、説得なんてものはできなかった。

 いや、今となってはそれでいい。

 言葉で通じる相手じゃなかった。

 

「『護国課』に引き渡す前に、拘束して考え方を改めるまで私の家に閉じ込めて意識改変させてあげる」

 

「ッ、今時ヤンデレとか流行らないんだよ……!」

 

「今の君に、デレる理由はない!」

 

「ガッ!?」

 

 踵が真下から流斗の顎に直撃した。自然顎は上がり、背骨が伸びることで胸ががら空きになる。反撃の拳が来る前に拳銃を連射、弾丸そのものは流斗の肌には通らないが威力は抜け、吹き飛んだ。

 やはり不安定だ。顎への衝撃は本来ならば脳が揺れることになるが反撃しかけたということは効果が薄かった。それでも顎や蹴られたということに集中し、意識の向かなくなった胸にはダメージが通った。

 

「所詮それが限界。自分の力の性質も使い方も理解できていない今の君にはどれだけ頑張っても私には届かない。力量的にも、精神的にも。揺らがない? 違う、頭が固いだけ。融通が効かない、応用がない、発展しない、決められたことしかできない」

 

「ぐっ……ぁ」

 

 澪霞の言葉を流斗は地面に伏しながら聞いていた。口の中に感じるのは鉄臭い血の味で、全身を苛むのは耐え難い激痛だ。零距離からの発砲。普通ならば当然即死だ。内臓の損傷や流血は言うに及ばず着弾時の衝撃で全身の血液が逆流することになるだろう。『神憑』としての性質故に肋骨数本と軽い内臓の損傷で済んでいるが、それだけでも重傷には変わりない。それによって発生する痛みは流斗を悶絶させるのには十分だ。

 

「ぁぐ……かはっ」

 

 吐血。決して量は多いが血を吐いたことには変わりない。自分が吐血することになるなんてことになるとは思いもよらなかった。もっと言えば、こんな命の削り合いだって。

 

「君ではどうしたって私には勝てない。そもそも勝負にならないから。この先が心配ならこれから先の生活の全てを保障してもいい。悪いようにはしない。白詠家次期当主白詠澪霞の名の下に誓おう。だから――もう動かないで」

 

 それは懇願にも似た色が交じる声だった。

 澪霞自身に流斗を傷つけること自体に躊躇いはない。寧ろ、ふざけたことを言っている限り手を休めることはない。それでも、傷つけたくないという想いもまた確かに存在するのだ。自分の憧れの人を傷つけたいと思うはずがないのだから。できることならば、もしも彼が澪霞が望んだままの彼だったならばこんな風にはならなかった。

 

「……荒谷君」

 

「……は、はは」

 

 けれど、答えは渇いた嘲笑だ。血を吐き、痛みに悶えながらも、少年は気が狂ったかのように笑みを浮かべていた。

 

「ははは、ははは……かはっ、ごほっ……馬鹿かよ、アンタは。そんなこと言われて、はいそうですかって、俺が頷くとでも思ったのか?」

 

 吐き捨てながら、流斗は震える膝のままで立ち上がる。ぐらぐらと覚束ない足取りでも、確かに自分の足で。

 

「もし、先輩が今の俺みたいに、自分よりもすげー強い相手にぼこぼこにされて、まともに考えれば絶対勝てないくて、お優しいことにそいつはそれまでの生き方見直すなら命とか生活の保障までしてくれるらしい。……それで頷けるか、アンタは」

 

「……」

 

 問いかけに澪霞は僅かに目を伏せ、流斗ともまた口端を歪める。

 

「――できるわけねぇよなぁ」

「――無理」

 

「く、はは……そうだよなぁ、そうに決まってるぜ。神憑(俺たち)はそういう存在なんだろ? 誰かに口挟まれたくらいで変えられるかよ。そういう風に生まれちまったんだ。だったら……その生き方変えたら、生きてる意味がねぇ」

 

 変わらず流斗は笑い続け、澪霞は笑わない。

 

「無駄だぜ先輩。アンタが何を言おうと俺は俺で在り続ける。変わってなんてやるもんか。今ここでアンタに捕まろうと殺されようと、俺は俺のままで生きて、生き続けて、死んでやる。アンタのくそったれな想いを笑い飛ばしてやるよ」

 

 血に濡れる顔を引きつらせながら流斗は言う。

 揺らがない人間になりたいと願ったのだ。他者の言葉で揺らぐはずがない。例えそれが憧れだとしても。正しいとか間違っているかなんて関係ない。流斗自身が受け入れられるかどうか。選んだものに納得できるかどうかだ。『神憑』に目覚めた時だって同じだった。あそこで倒れたままでいるのが許せなかったから立ち上がったのだ。

 だから今も同じ。

 

「んでもって負けるつもりもねぇよ。今のアンタに、そんな無様な願い大事に抱えてるアンタ、俺は負けられねぇ」

 

 絶対的に平行線だ。

 まるで反りが合わない。でも解っていた。お互いの想いを欠片も理解できずとも、理解できないということを理解していた。口に出したのはただの感傷とか気の迷い。もしこれで彼が自分の言葉を受け入れたらそれこそ斬って棄ててたかもしれない。さっき答えたように、自分が同じような目に合っても絶対受け入れないのだから。

 

「……そう、だったら――」

 

 次に何を口にするべきか迷い、

 

「――落ちろ鳴神」

 

 気の利いた答えは思いつかず、小太刀を放り投げ流斗へと雷を落とした。

 

 

 

 

 

 




もう一話くらいバトルです。

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