斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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エンカウント・ビースト

 二度あることは三度あるというけれど、同じことを二度も繰り返せば三度目には結構慣れるなぁ、と流斗は思った。だからこそ水曜日、それまでの前日二日間と同じように生徒会に赴き、澪霞と特に意味のある話もせずに珈琲をごちそうになって帰宅するということに早くも慣れてしまった。もとよりルーチンワークを頻繁に変えるでの、昼食を誰とどこで過ごすかなんてことはあまり頓着しないのだ。

 故に四日目ともなれば半ば当たり前のように流斗は昼放課に生徒会室へと向かっていた。

 例によって購買部で購入した菓子パンが入ったビニール袋を手にして。飲み物は持っていない。何気に生徒会室で飲む珈琲を楽しみにしていた流斗である。

 そうしてコの字型の階段を折り返したところで、

 

「あ」

 

「……」

 

 肩に鞄を下げた澪霞と遭遇した。

 

「……ども」

 

 とりあえず頭を軽く下げるが、しかし内心驚いていた。この三日間、彼女はいつも流斗を生徒会で待ち構えていた。生徒会の仕事だろう書類に目を通しながら、流斗の考えを聞いてきて、それから中身があるのかないのか判断しずらい雑談をしていた。勿論彼女だってここの生徒なのだから普段は教室で授業を受けているだろうし、昼放課が終わる時には――一緒に退室しているわけではないないので断言はできないが――教室に戻っているだろう。

 それでも自分たちの話題は他の生徒に聞かせることはできないので、生徒会室以外で彼女と会うというのはあまり想定に入れていなかった。

 最もこれは単純に流斗の想定ミスであるのだけれど。

 

「……」

 

「……私」

 

 もしかしてついに昼の会話も打ち切りかと思ったところで澪霞のほうから口を開いた。

 

「今日は早退するから」

 

「そ、そうすか」

 

「生徒会室は生徒会役員以外には使わせられないから、申し訳ないけれど」

 

「あぁ、解りました。教室で食べますし。調子でも悪いんですか?」

 

「ん、そうではなくて……」

 

 澪霞が言葉を濁す。

 つまりそれはあっち側関係ということだろう。そういう類の専門用語を口にするときは大体彼女はそういう風に言葉を選ぶのだ。

 

「ちょっと、家のことで急用」

 

「なるほど」

 

 頷いて、

 

「じゃあ頑張ってください」

 

「……ありがと」

 

 急用というのは本当のことだったのだろう。元々口数の少ない彼女だったがさらに言葉は少なく、階段を下りて、流斗とすれ違う。室内用シューズを鳴らしながら、けれど静かに階段を下りていった。

その背中を見送っていたら、

 

「……」

 

 彼女の脚が止まった。と思ったら戻ってきて、

 

「あげる」

 

 鞄の中から小包を取り出して、流斗に差し出した。

 

「……えっと」

 

 澪霞はかなり小柄なので、階段差もあって頭二つ分くらいの差が生まれながら差し出された包みを見やる。見覚えはあった。月曜日に貰った弁当の巾着袋である。

 

「食べる時間ないだろうから。君が食べていい」

 

「……い、いいんすか」

 

「ん」

 

「じゃあ……遠慮なく。明日返しますね。これも先輩の家のお手伝いさんたちが作ったんですかね」

 

 月曜日に食べた弁当の味が記憶に焼き付いていた流斗としては素直に嬉しい。なので正直内心ガッツポーズものだった。

 

「違う」

 

「へ?」

 

「今日は私が作った……たまに、作るから」

 

 それを言い残して澪霞は今度こそ去って行った。さっきよりも微妙に足運びが速かったのには流斗は気づかない。

 そうして階段の踊り場に一人残った流斗は自分が手にする巾着袋をしばらく眺めながら停止していた。それから教室に戻った流斗の顔がしばらく緩んでいた。

 まぁ理由は言うまでもないことだ。

 本気で恋をしたことはなくても、年上の美少女の手作り弁当を貰って嬉しくないほどに彼は枯れていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後珍しくも顔の緩んだ流斗がクラスメイトから気味悪がられるということはあったが学校は何事もなく終わった。日は沈んで、生徒たちは時間通りに下校し、流斗もまた家に帰る。

 帰ろうと思っていた。

 

『今どこだ? 学校か』

 

「今出るとこだけど。どうかしたのか?」

 

『どうかした……というよりもこれからどうにかなると言ったところだな。昼少し前にお前の家に張っていた結界に反応があった』

 

「ちょっと待て。結界ってなんだよ。何時の間にそんなものを」

 

『そりゃお前居候始めた日からだよ。この街は白詠の庭だぞ? 何の対策もしないわけがないだろうが。簡易版の感知結界が張ってある。少なくともお嬢くらいなら直接家に来ない限り俺たちの存在を気取られることはないから安心しろ』

 

「大丈夫かよ……」

 

 激しく不安だが、流斗に止めさせるのはできない。

 

『大丈夫だ。それでだ、いいか? その張っていた感知結界に妖魔が引っかかった』

 

「……」

 

『あれ、妖魔ってなんだとか突っ込まないのか?』

 

「あとでまとめて聞くから話続けてくれ」

 

『そうかい。張っていた網はこの街一体はカバーしてたんだがな、妖魔が街に入って来た反応があった。お前ちょっとちょっかい掛けてみろよ。『神憑』使えるようになるかもだ』

 

「他には」

 

『家に帰らずに適当に時間潰してから適当に歩け。多分感覚で解るからな。多分、というかまず間違いなくお嬢も出張ってるだろうから最低でも観戦くらいはしとけ』

 

「他には」

 

『以上だ』

 

「ようし。じゃあ質問タイムだ。まず妖魔ってなんだよ」

 

『まぁゲームの雑魚モンスターだな。日本人的には妖怪っていうが一番解りやすいかね。人間の悪感情とか噂とかが霊脈のたまり場とか集まるとそこからよく解らない物が生まれたり、そういう奴ら異世界があってそこから来るやつとかの二種類あるが今回は前者だろう。後ろの方はアホみたいに強いからよかった』

 

「すげぇどうでもいいよかったことだな……霊脈?」

 

『聞いたことないか? 風水とかの概念で龍脈とかも呼ぶけどな。日本とか世界各地に走ってる力の流れ……有名なパワースポットは大体がこれの収束点で、この街もそうだ。そういうところは概して妖魔の類が生まれやすい。お前が知らない所でも棄てるほど生まれて、白詠の家の連中が対処してたんだろうな』

 

「それで、先輩がその化物を片付けるって? あぁ、なるほど。だから今日、早退してたのか……」

 

『早退? ふぅん、念入りなことだな、もしかして結構強い奴か? 俺の張った奴だと力量までは解らないんだが……』

 

「おーい? 大丈夫か」

 

『ん、大丈夫大丈夫。気にせずに時間潰してちょっかい掛けていけ』

 

「いや、俺が大丈夫なのかと聞いてるんだが……」

 

 この男どうにも自分の扱い酷い。いきなり妖魔とか言われてこっちはかなり不安なのだが。毎朝殴り合いは続けているとはいえ殴られてばかりというのは変わらないままだ。戦闘しろと言われても、ちゃんと戦える自信はない。

 

『ガチで戦えとか言わねぇよ。どうせお嬢が叩く。適当に横から眺めたりして、できるんだったらちょっかい掛けて置けって話だ』

 

「くそったれ。なんだそりゃ」

 

『ははは、死んだ方がましだろ? そう思うならせめて命懸けてみろ』

 

 ブツンと電話が切れる。

 言い残された言葉に舌打ちしつつ、気づけば家までの道のりを三分の一ほど来ていた。無意識での歩行速度も上がっている気がする。スマートフォンを仕舞い、肩に掛けていた鞄を掛け直す。少なからずに荒事になるというなら鞄は邪魔だ。どこかに置いておく必要がある。学校に戻って置いてくると取りに行くのが手間だし、澪霞から受け取った弁当箱がある以上は置いておくわけにもいかない。

 

「……ま、駅のコインロッカーにでもいれておくか」

 

 空は既にほとんど暗い。

 駆は感覚で解るだろうとか言っていたのでわけだし、街をふら付いていればいいだろう。

 

「補導されなきゃいいんだけどなぁ」

 

 何はともあれ歩く。

 今はそれくらいしかできないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 白詠澪霞は夜の街を飛び跳ねる。

 学校の制服姿の上に白のマフラーで顔を半分隠している。勿論顔が隠れていようといなくても彼女の表情が変わることはない。肩にはバイオリンケースを背負い、腰はウェストポーチ。一見すればオーケストラ部にでも所属する女子高生に見えるだろう。

 勿論、ビル群の側面や民家の屋上を足場としていなければの話だが。

 ついでに言えばケースの中に楽器はないし、ウェストポーチには化粧品や文房具などが入っているわけではない。

 

「……」

 

 今澪霞がいるのは白詠市の中心部であるビル街だ。色々な企業や店が多くあるし、最近では大きなショッピングモールが作られたばかりだ。既に十時を回っているが、未だに街の明かりが消えることはない。

 それらを見ると、いつも少しだけ澪霞の心は温かくなる。

 明かりは全て人の営みだ。それでも白詠の街で生まれる営みなのだ。『神憑』としての経験は浅い澪霞だが、妖魔化生の類の討伐は十歳の頃から行っていた。そう遠くないうちに澪霞はこの営みを担うことになるし、近いうちははこういった妖魔討伐が彼女の使命だ。

 今もそのために夜の街を駆けているわけだし。

 午前中に白詠市に侵入が確認された妖魔――隣町の討ち漏らしらしい。彼女の知っている隣町の術師の力量は知っているし、彼らでも漏らしたというならばそれなりに強いということ。

 

「……なんとかなる」

 

 そもそも『神憑』の希少価値は伊達ではない。ただ珍しいだけではなく、その希少さに見合うだけの強度がある。自分の力量を顧みて、予測できうる妖魔の強度を測ってもまず負けることはないと判断できる。

 油断とか慢心とか、そういう類ではない。

 

「……」

 

 ウェストポーチから細長い長方形の和紙を取り出す。縦五センチ弱、横は十センチほど。達筆な文字で記されたの文字は『索敵』。右手の人差し指と中指に挟み込み、額に軽く当てて目を伏せる。

 ピリリ(・・・)と軽くスパークが走った。

 しばらくビルの屋上の縁でそのままの形で止まって、

 

「いない」

 

 瞼を開けると共に呟いた。

 ビル街の中心部に目的としている妖魔はいない。すでに街各地の住宅街は調べたし、自分の家や学校があるそれぞれ街の端の丘はそもそも妖魔の類が立ち込めないようにかなり強固な結界が張っている上。もっといえば学校と自宅はそれ自体が要塞のようなものだ。可能性としては排除していい。

 東西と中心部は調べた。南北も中心部に近い箇所も無事だったので、

 

「街の郊外……北か南、か」

 

 南の方には田んぼや畑が広がっていて、北には大きな川が流れている。人口密度としてはそれほど高くないが、北側には川沿いに幾らか住んでいる人の方が住人は多い。南側はお年寄りが住んでいるが、かなり少数だ。

 どちらも澪霞は良く知っている。

 

「――」

 

 迷っていたのは、数秒もなかった。

 ビルの縁を蹴りつけ、重力に身を任せて落下する。数秒そのままにして、ビルの壁面を蹴って跳躍する。その度に彼女の身体に表面に軽いスパークが生じ、突風が吹いて澪霞を運ぶ。

 それはまるで演舞のようだ。上からは月と星、下からは文明の灯が彼女を照らし、少女は舞う。

 並の自動車よりもよっぽど速い。すぐにビル街を抜けて、住宅地に入る。

 足場となるのは普通の家屋の屋根だが、それらを音もなく蹴って速度を落とさない。

 たった十数分足らずで街を半分縦断する。

 たどり着いたのは大きな川だ。

 

「……見つけた」

 

 腰のウェストポーチから再び符を取り出す。

 今度書かれていたのは『結界』だった。二指にて挟んだそれは索敵の時よりも数段強いスパークと共に弾け――世界がズレる(・・・・・・・)。周辺に被害を出さないようにするために普段の世界とはほんの僅かだけズレた空間だ。妖魔の類や澪霞のような異能者、それらが持ち込んだもの以外は完全に弾くので多用される技術だ。黒崎駆との戦闘時にも張っていたものだ。

 川の水面上に着地する。波紋を生みつつも、沈むことはない。

 川原にソレ(・・)はいた。

 澪霞に背を向けているのは巨大な獣だ。目測でも三メートル近くはあるだろう。夜闇の中だが、澪霞にはその獣の灰色の体毛がはっきりと見えた。幾らか傷を負っているのは隣町で受けたものだろう。所々に黒い靄のような瘴気を漂わせているのは妖魔の証。

 スカートの下に潜ませたホルスターから二挺拳銃を抜いた。当然のようにこれにもスパークは宿っている。武器は拳銃だけではない。制服には戦闘用の符が大量に仕込んであるし、腰の背後には小太刀が交叉するように装備。バイオリンケースには分解した突撃銃やナイフが入っているし、ポーチにも符に圧縮封印した予備の銃や刀剣も仕込まれている。

 完全装備とは言わなくても、十分だ。

 二挺拳銃を向け、狼がのそりと振り返る。

 露わになった顔は顔半分が瘴気に覆われているが、もう半分は普通の狼とそう変わらない。血のように真っ赤な瞳だけが妖しく爛々と輝いている。

 けれど、そんなことはどうでもよかった。

 

「――」

 

 灰狼は人を咥えていた。澪霞なんて丸のみできるような大きな口にびっしりと鋭い牙が並んでいる。それが、右肩に深く食い込み、衣服を赤く染めている。多分、致死量だ。動いていない。

 彼を澪霞は知っていた。つい数時間ほど前、澪霞自身が作った弁当を手渡した、浅からぬ因縁を宿した少年。

 

「荒谷、君……?」

 

 茫然と、少女の口から少年の名前が零れた。

 

 

 

 




ちょっと視点変えたら死にかけている主人公である()

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