ISDOO   作:負け狐

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クラス対抗戦、始まります。

元々脱線していますが、ここでもう一段階脱線します。


No08 「当たり前じゃない」

「さて、ついにクラス対抗戦が明日に迫ったわけだが」

「ねえ」

「長かったようで、短い期間でしたわね」

「ねえ」

「一体どのクラスが優勝するんだろうな」

「ねえ」

「それはきっと、神のみぞ知る、と言ったところでしょう」

「無視すんなぁ!」

 

 その叫びに、ようやく遠い目をしていた二人は声の方へと振り向いた。そこには今日も今日とて体力の限界になるまで二人に攻撃され続けた、IS『甲龍』を纏った鈴音の姿がある。シールドエネルギーは既に底を突いており、辛うじて展開しておくのがやっとの状態であった。

 そんな状態の彼女を見た二人、箒とセシリアは誤魔化すように高笑いを上げた。大丈夫だ、心配要らない。一体何を言っているのか分からないそんな言葉をただただ述べる。

 

「あのさ」

「大丈夫だ」

「あたしこの二週間くらい、二人からボコされた記憶しかないんだけどさ」

「心配要りませんわ」

「あたしの、自分なりの戦い方って結局どうすればいいわけ?」

「大丈夫だ」

「ぶっちゃけ防御というか回避というか、そういう特訓しかしてなくない?」

「心配要りませんわ」

「……ふとんがふっとんだ」

「大丈夫だ」

「心配要りませんわ」

 

 駄目だこいつら。鈴音はそう結論付けた。

 

 

 

 

 

 

「んで、結局特訓の意味は無かったってことなのか?」

「別にそういうわけじゃないと思うんだけど」

 

 RPGの村人Aのようになっていた二人を置き去りにアリーナから外に出た鈴音は、そこで別のアリーナで特訓していたらしい一夏と鉢合わせた。どうやら彼も帰る途中らしく、二人は揃って学生寮までの道を歩く。

 

「箒が、えーっと、何て言ってたかな。『観の目』だか何だかを鍛えることで、相手の動きを読んで先手を取るのがあたしには合ってる、とかなんとか」

「先手、ねぇ……。出来るのか?」

「分かんない。そういう特訓してなかったしね」

 

 後ろ手を組んで頭に回し、そのまま空を仰ぎながら彼女は笑う。こうなればぶっつけ本番でやってみるしかない。そんなことを呟いた。

 不意に一夏が声を挙げる。だったら、今からやってみるか。そう言って鈴音へと笑いかけた。

 

「今から? アリーナに戻るの?」

「いや、別にISを使う必要はないだろ」

 

 そう言って彼が指差したのは、丁度目の前にあった剣道場であった。剣道部の部員達が後片付けをしているその中に、彼はちょっとすいませんと突っ込んでいく。幸いにして箒の繋がりである程度顔見知りになっていたので、許可自体はあっさりと出た。施錠と清掃を忘れないように、という言葉に、分かりましたと一夏は返す。

 では早速始めようか、と一夏は鈴音を剣道場へと押し込んだ。

 

「で、ここで何するわけ?」

「だから、さっき言っただろ? 相手の動きを読んで先手を取る特訓だ」

「……どうやって?」

「それは盲点だった」

「アンタ一回死んだ方がいいわよ」

 

 呆れたようにそう述べると、鈴音はそれじゃあ帰ると踵を返す。こいつに期待した自分が馬鹿だった、そんな感想まで抱いた。

 だが、そんな彼女を呼び止める声があった。一夏ではない、女性の声である。

 振り返ると、帰ったはずの剣道部員数名を伴ってスーツ姿の女性が仁王立ちしていた。手にスポーツチャンバラ用の刀を持って不敵な笑みを浮かべているその女性は、彼女も良く知っている人物で。

 

「千冬さん!」

「学校では織斑先生と呼べ」

 

 そう言うと同時に間合いを詰め、持っていたスポーツチャンバラ用の刀を鈴音に向かって振り下ろす。一瞬反応をしたものの、その一撃はそのまま脳天へと叩き込まれた。当たっても痛くないはずのその刀から気持ちいいくらいの快音が響き、そして彼女は膝から崩れ落ちた。思わず条件反射で痛いと叫んでしまうほどの、それほど一撃であった。

 

「成程」

 

 そんな一撃を叩き込んだ張本人である千冬は、何か感心するように頷いた。そして、持っていたスポーツチャンバラの刀を一夏に渡すと、自分は二人から距離を取る。

 状況が飲み込めないのは刀を渡された一夏と、そして脳天に一撃を叩き込まれた鈴音である。一体全体何がどうなっているのか、お互いに見詰め合い首を傾げた。

 

「凰、お前の特訓を特別に私が見てやろう」

「え!? 千冬さ――織斑先生が!?」

「と言っても直接教えるわけではないがな。あくまで外野から口を出すだけだ」

 

 そこまで言うと、彼女は一夏に指示を出す。とりあえずそれで鈴音を殴れ、と。言われた方は一瞬あっけに取られたが、すぐに頷くと持っていたスポーツチャンバラの刀を正眼に構えた。

 

「確かにこれなら当たっても痛くないし、遠慮なくやれるな」

「いや、仮にもあたし女なんだし少しは躊躇しなさいよ」

 

 そんな鈴音の言葉に一夏は薄い笑みを浮かべると、一足飛びで間合いを詰め真っ直ぐに振り下ろした。傍から見ていた剣道部員ですら思わず声を挙げてしまうほどのその踏み込みの速さから繰り出される一撃は、そのまま彼女の脳天へ吸い込まれ――

 

「っとぉ!」

 

 その直前、体を後ろに反らすことで眼前を通り過ぎるだけに留まった。空を切った一夏の刀はそのまま剣道場の床を叩き、ポコンと間抜けな音を立てる。それと同時、観客になっていた剣道部員の歓声が上がった。

 

「騒ぐな。……凰、どうやらお前の受けた特訓は大分自分の身になっているようだな」

「え? そ、そうなんですか?」

「恐らく、集中した今のお前に触れられるのは代表候補生クラスにならないといないだろう。真っ直ぐ突っ込んで被弾ばかりしていた以前のお前とは段違いだ」

 

 千冬のその言葉に鈴音は照れくさそうに頭を掻いた。

 だが、と彼女は続ける。それだけでは勝つことは出来ない、そう言ってもう一本のスポーツチャンバラの刀を取り出した。それを鈴音に向かって放り投げる。

 彼女がそれを受け取ったのを確認して、千冬は二人へと指示を飛ばした。戦え、と。

 

「え?」

「聞こえなかったのか? お互いに得物はそのスポチャンの刀だ。ルールは……そうだな、急所に攻撃を叩き込まれた方が負けだ」

 

 審判は自分と周りの剣道部員が行うから遠慮なくやるがいい。そこまで言うと、彼女は距離を取り腕組みをしたまま静かに佇む。どうやらもう説明することは無いらしい。

 暫くそんな千冬を見ていた二人だったが、お互いに視線を向けあうと、少し距離を取って刀を構えた。一夏は正眼に、鈴音は片手で。その状態のまま、睨み合う。

 

「いくわよ!」

 

 先に動いたのは鈴音。真っ直ぐ一夏へと突っ込んで持っていた刀を横に薙ぐ。その斬撃を刀で受け流すと、一夏は返す刀で縦一文字に彼女を切り裂いた。スパーン、と盛大に音が響き、鈴音はその場でバランスを崩してへたり込む。

 

「一本。織斑の勝ちだ」

 

 淡々と千冬がそう告げる。その言葉を耳にしたことでようやく自分が負けたと認識した鈴音は、勢い良く立ち上がるともう一回と刀を構えた。勿論一夏は望むところと刀を構える。

 

「こんちくしょぉぉぉぉ!」

「甘い!」

 

 始め、の合図と同時に一足飛びで真っ直ぐ突っ込んだ鈴音は、振り下ろした斬撃をあっさりと受け止められた。弾かれたことでがら空きになった胴体に向かって一夏は刀を叩き込む。心臓部を切り裂かれた彼女は、再び敗北と相成った。

 

「もう一回!」

「おう、何度でも来い!」

 

 大きく息を吸い、そして真っ直ぐ突っ込む。一夏の喉を狙ったその突きは一直線に目標に吸い込まれ、しかし半身をずらされたことで空を切った。勢い余ってバランスを崩したところに再び一撃。彼女はそのまま床を盛大に転がった。

 

「何で当たんないのよ!」

 

 先程までISでの特訓をしていたとは思えないほどの元気さで跳ね起きた鈴音は、八つ当たり気味に一夏へと文句をのたまう。対する一夏はそんなこと言われても、と頭を掻いた。

 

「凰」

「……何ですか?」

「お前は『野猪(イェズウ)』か」

「わざわざ中国語で言われた!?」

 

 呆れたように溜息を吐いた千冬の言葉にショックを受けたように固まる鈴音。奇しくもそれは特訓二日目にセシリアに言われたことと同じことであった。ふと視線を動かすと、一夏もうんうんと頷いているのが見えて、彼女は追加でショックを受ける。

 

「一応聞いておくぞ。お前の攻撃のコンセプトは?」

「えっと、真っ直ぐ突っ込んでぶっ飛ばす」

「お前は何の為に修行してきたんだ」

「全否定!?」

 

 そもそもこれは何の特訓だったのか思い出せ、そう言うと千冬はもう一度盛大な溜息を吐いた。

 その言葉を聞いた鈴音は考える。この特訓を行ったそもそもの理由、それは何だったのか。何故ここで一夏と剣を交えているのか。

 

「……相手の動きを読んで、先手を取る」

「その通りだ。ならば、やることは分かるな?」

 

 こくりと頷き、彼女は再び刀を構えた。視線の先にいる一夏も同じように刀を構え、そして真っ直ぐに彼女を見ている。そんな彼を、同じように真っ直ぐ見詰めた。

 始め、という合図が聞こえたが、鈴音は動かない。目の前の相手を見詰めて微動だにしない。心なしか、空気も緊張しているように思えた。

 先に動いたのは一夏。一足飛びで間合いを詰め、しかし目前で止まると彼女の左側に向かって刀を薙いだ。鈴音は右手で構えている以上、左半身への攻撃は一瞬反応が遅れる。そう見越しての攻撃だった。

 だが、鈴音はその時既に彼の左側へと移動していた。一歩足を踏み出し、彼の斬撃が届くよりも早く、彼女は右手に持っていた刀を彼の後頭部へと叩き込む。軽く、乾いた音がして、一夏は前につんのめった。

 

「一本。勝者、凰鈴音」

 

 千冬の淡々としたその一言が、彼女には限りない賞賛の言葉に聞こえた。

 

 

 

 

「お、おおぉぉ」

「何唸ってんだ?」

「感動してんのよ! 乙女心の分かんない奴ね」

「乙女はそんな地の底から響くような唸り声で感動しないと思うんだが」

「とうっ」

「おぶっ!」

 

 顔面に向かってスポーツチャンバラの刀を振り抜いた。どれだけ柔らかくとも、流石に食らった場所が場所なので、一夏は顔を押さえジタバタともがく。そんな彼を尻目に、鈴音はもう一度先程の感覚を思い出すように刀を振った。

 相手を良く見る。それは箒やセシリアとの特訓で身に付けた彼女の新しい武器だ。これにより彼女は相手の動きを読み取り、そして反応することが出来る。だが、それだけでは足りない。反応したその先が必要なのだ。

 そしてその先を掴むヒントは今の戦いで手に入れた。

 

「よし一夏、もう一回やるわよ」

「その前に何か言うことあるだろ」

「言って欲しかったらこのあたしに勝つことね」

「何キャラだよ」

 

 テンションがうなぎのぼりな鈴音を見ながら、一夏はもう一度刀を構える。特訓とはいえ、手を抜いていたら何にもならない。そう考えた彼は、本気で行くぞと刀を握る手に力を込めた。

 踏み込む。真っ直ぐではなく斜めに進んだそれは、彼女の死角へと入り込むように進み、そして不可避の一撃を放つ。

 その手筈だったそれは、彼の一撃よりも早く飛んできた斬撃によって防がれた。正確には、彼はその為に攻撃から防御に動きを変えた。柔らかい刃がお互いの目前でぶつかり合う。

 

「あ、あれ?」

「はーっはっはっは。甘いな小娘! 俺がそう簡単に負けるとでも思ってんのか」

「何キャラよ」

 

 ぶつかり合った刀を離し、もう一度間合いを広げる。お互いに刀を構えたまま、それぞれの出方を見るように睨み合った。どちらも動かず、ただじっと相手の出方を待つ。

 そんな状態が一分ほど続いたであろう頃、痺れを切らした鈴音は一夏に向かって一歩を踏み出した。相手の攻撃を誘う目的のそれは、しかし彼が全く反応しないことで不発に終わる。そのことが彼女のイライラを更に増させた。

 

「何で攻撃してこないのよ!」

「当たり前だろ」

 

 カウンターを狙ってますと言わんばかりに構えている相手にわざわざ攻撃する馬鹿はいない。そう言って一夏は肩を竦めた。

 これが剣道の試合か何かであれば何らかのペナルティがあるであろう行為だが、生憎とこの勝負はルールは無いに等しい。攻撃せずただ待っているだけでも、何の問題もないのだ。

 

「はっはっは、たまたま上手く決まったからってそれに頼るだけじゃ三流だなぁ」

「うわ、凄くムカつく」

 

 どう考えても悪役の顔で高笑いを上げる一夏は、彼女のイライラを更に増やす。我慢の限界に達した彼女は、もう知らんとばかりに自分から攻撃を打ち込みにいった。ただ怒りに任せたその一撃を彼が食らう道理もなく。あっさりと受け止められると返す刀で脳天に叩き込まれた。

 一本、という千冬の声を聞いて彼女は悔しそうに彼を睨む。そんなことは知らんとばかりに腕組みをして仁王立ちする一夏は、さてじゃあ早速言ってもらおうかと鈴音に告げた。

 

「何をよ」

「俺の顔面にスポチャンの刀叩き込んだことについての謝罪だよ。ほれ、さあ謝れ! こう、グッと来る感じで」

「死ね」

「酷い!?」

 

 吐き捨てるようにそれだけを言った鈴音は、自分の今までの動きを思い出しながら思考を巡らせた。悔しいが、一夏の言ったようにただカウンターを狙うだけでは話にならない。それこそ、たまたま成功したからといってそれに頼るのは三流だ。とはいえ、自分から攻め込むとなると、ただの模倣でしかない攻撃ではある程度実力の伴った者相手には簡単に捌かれてしまう。

 

「八方塞じゃないのよ」

 

 ヒントを手に入れたと思ったが、予想以上に答えは遠かったらしい。がくりと肩を落とすと、彼女は大きな溜息を吐いた。打開するアイデアが見付からない以上、このままではどうしようもない。

 

「凰」

 

 そんな彼女に千冬は声を掛ける。お前の攻撃のコンセプトをもう一度思い出せ。自分の方に鈴音が向いたのを確認してからそう続けた。

 

「コンセプト? って、言うと……真っ直ぐ突っ込んで、ぶっ飛ばす?」

「そうだ。さっきは否定したが、『後の先』を一度体験したお前ならそのコンセプトを使ってまた違う答えが出せるはずだ」

「違う答え……?」

 

 千冬の言葉に鈴音は先程とは違う思考へと移動する。先程体験したヒントと、自分の今までのコンセプトを組み合わせて違う答えを出す。『相手の動きを読んで、先手を取る』ことと、『真っ直ぐ突っ込んでぶっ飛ばす』ことを組み合わせる。混ざらないように思えるこの二つを、混ぜる。

 よし、と彼女は頷いた。一夏に向かって声を掛け、もう一度勝負だと刀を構えた。その声に望むところと笑みを浮かべ、彼も同じように刀を構える。

 始め、の合図と共に、彼女は一直線に突っ込んだ。真っ直ぐに相手に向かって突っ込んだ。その行動に一瞬だけ虚を突かれた一夏であったが、そのまま彼女の攻撃にカウンターを合わせるように刀を振り上げる。

 その瞬間、猛烈に嫌な予感がして彼は横に飛んだ。半身スレスレを刀が通り過ぎるのを見て、彼は思わず冷や汗を垂らす。

 

「……何が起こったんだ?」

「決まってんでしょ」

 

 あたしの必殺技よ。思わず呟いていた一夏の言葉にそう返し、鈴音は横に避けた彼に向かって追撃を放つ。刀で受けることはせず、彼はそれをバックステップすることで躱した。

 

「千冬姉!」

「織斑先生だ」

「いいから! 刀もう一本!」

 

 肩を竦めながら千冬は一夏にスポーツチャンバラ用の刀をもう一本投げ渡す。それを受け取った彼は、肉薄してきていた鈴音に向かって右手の刀を振り下ろした。ほぼ必中であるはずのその攻撃は空を切り、そして彼女の攻撃は彼の喉元へと迫っている。もう一本の刀でそれを受けると、空振りした右手を戻した二刀で押し戻した。

 

「何? 箒の真似事?」

「嘗めんな。俺も同門なんだぞ、二刀くらい出来るっつの」

 

 二刀を構えてそう笑う一夏を見た鈴音は、「だったらあたしももう一本」と千冬から刀を受け取った。二刀対二刀、お互いに似たような構えで対峙しているその空気は、どうやら次の一撃で決着をつけようとお互い画策しているようであった。

 先に動いたのはまたしても鈴音。前傾姿勢で低く相手の懐へと飛び込む。持っていた二刀を同時に前へと突き出した。それを更に低い姿勢で躱した一夏は、足元を掬うように左、右と弧を描くように横に薙ぐ。

 だが、その時既に彼女は地面にはいなかった。彼が思わず視線を上げると、空中で二刀を振り被っている鈴音の姿が。

 

「もら、ったぁぁぁぁ!」

「させるかぁぁぁぁ!」

 

 振り切っていた体勢を強引に捻り、軌道を真上に変更させる。上から下に向かう二刀と、下から上に向かう二刀がぶつかり合い、明らかにエアーソフト製の刀ではありえない音が剣道場に響き渡った。

 その音に思わず目を瞑った剣道部員が次に見た光景は、お互いにもつれ合って転がっている一夏と鈴音の姿。持っていたスポーツチャンバラの刀は四本全てがへし折れており使い物にならなくなっていた。最後の激突の威力の強さは推して知るべし。

 そのへし折れた刀を見た千冬は、満足そうに笑う。まあこんなものか。そう呟くと絡み合っている二人へと声を掛けた。

 

「いつまでイチャついているつもりだ」

「い、イチャぁ!?」

 

 その言葉に鈴音は顔を真っ赤にする。対して一夏はいやいやと首を横に振った。

 

「こんな起伏の少ない奴とくっついてもあんまり恩恵が――」

「乙女を汚す奴は死ね!」

「ごぶぅっ!」

 

 みぞおちに膝を叩き込んで一夏を黙らせると、彼女は千冬へと向き直った。屍となった少年は完全に無視して、ありがとうございますと頭を下げた。

 何かを掴んだ。その手応えが彼女にはあった。箒とセシリアとの特訓、そして今回の一勝負。これらを通して、自分が自分になったような気がした。

 

「しかし千冬ね――先生、何でいきなり鈴の特訓見てやるとか言い出したんだ?」

 

 いつの間にか復活していた一夏が問う。タイミング良く乱入してきたことといい、千冬の行動に不可解な点が多々あると彼は思ったのだ。それは鈴音も同じようで、そういえば確かにと頷いている。

 そんな二人を見た千冬は苦笑しながら肩を竦めた。理由は簡単だ、と続けた。

 

「おせっかいな兎に頼まれたのさ。『箒ちゃんが先生だと教え方の詰めが甘いだろうから、ちーちゃんが仕上げをしてあげて』、とな」

「……あの人が?」

「まあ、お前は何だかんだであいつがちゃんと名前を覚えている貴重な一人だからな。あいつにとっては一夏と箒の妹くらいの扱いなんだろう」

 

 苦笑から微笑みに表情を変えた千冬は、そろそろ撤収するぞと指示を出した。その声を受けて二人は折れたスポーツチャンバラの刀を片付け、剣道場にモップを掛ける。

 道場を施錠し、皆に挨拶をして再び二人になった鈴音と一夏は、暗くなり月明かりの照らす道を揃って歩いた。アリーナを出てすぐの時とは違い、お互いに特に会話は無い。だが、別に気まずいわけでもなく、二人で静かに帰路に着く。

 

「なあ、鈴」

 

 そんな中で、一夏は隣を見ることなく呟いた。隣の鈴音もまた、横に視線を向けることなく「何?」と返した。

 

「クラス対抗戦、頑張れよ」

「当たり前じゃない」

 

 これだけ皆に色々やってもらって頑張らないわけがない。そんなことを言いながら彼女は空を見上げた。自分達を照らしている月も、今日はまるでエールを送ってくれているように見えた。

 

「まあ、最初に俺と当たったら全力で叩きのめすけどな」

「こっちのセリフよ。首を洗って待ってなさい」

 

 そんな軽口を述べながら、二人はゆっくりと道を歩く。

 

 

 

 

 

 

 クラス対抗戦当日。学年毎で貸し切られたアリーナでは、それぞれの観客席で試合開始を今か今かと待っている生徒達の姿があった。その中の一角、一年一組の観客席の中で、箒とセシリアは心配そうにアリーナを見詰めている。

 

「まさか鈴が一回戦第一試合とはな」

「いきなりで緊張などはしていないでしょうか」

 

 その姿は授業参観に来ている両親を思わせるものであったが、生憎この場でそのことを指摘するような人間はいなかった。というより、クラスメイトはそうなる理由を知っている為、むしろ納得していたりする。

 

「だから心配いらないっての。俺と千冬姉で特訓したんだぜ」

 

 そんな心配な表情の二人に答えるのは一夏。彼の一回戦は最後で余裕がある為、観客席までやってきていたのだ。クラス代表の選手であるにも拘らず、とくに緊張しているようには見えないその顔はクラスに妙な安心感を与えている。

 だが、それとは別件で心配をしている二人にとっては、一夏のその姿はむしろ逆効果であり。

 

「千冬さんはともかく、一夏が特訓しているとなると……」

「織斑先生はともかく、一夏さんが特訓したと言われますと……」

「逆ベクトルの信頼感すげぇな俺」

 

 思い切り溜息を吐きながら二人にそう言われた一夏は一人がくりと肩を落とす。しかしすぐに持ち直すとまあ見てろと試合場を指差した。そろそろ第一試合の始まる時間である。

 審判の教師の合図と共に、アリーナのピットから二人の生徒がゆっくりと場内に入ってくる。双方共にISを纏っており、臨戦態勢を整えていた。後は合図があればいつでも戦いを始められる。

 入ってきた二人の女生徒の所属クラスはそれを見て応援の声を張り上げる。片方の生徒は緊張しているのか特に反応を示さないが、もう片方はそれに手を挙げて応えていた。言わずもがな、二組代表の鈴音である。

 

「落ち着いているな」

「ええ。これなら大丈夫そうですわね」

「俺さっきそう言わなかったっけ?」

 

 そして、クラスは違えども彼女を応援する二人は、その様子に安心したような表情を浮かべた。それとは別に約一名不満げな声を挙げていたが、彼女等が取り合うことは無かった。

 開始の位置へと移動した選手二人は、試合開始のブザーと同時に武器を取り出す。鈴音は『双天牙月』を、相手の選手はIS用アサルトライフルを取り出し相手へと向けた。格闘武器と射撃武器、傍から見る限りでは鈴音が不利である。観客も殆どがそう思っているらしく、しかし代表候補生ということもあって、彼女がどうやって射撃を掻い潜るかを期待しているようであった。詳細は違えども、箒とセシリアも大雑把に言えばその分類に当てはまるだろう。

 そう思っていないのは、このアリーナ内ではただ二人。昨日の特訓に付き合っていた織斑姉弟のみ。

 鈴音が真っ直ぐに突っ込み、相手の選手が牽制も兼ねてアサルトライフルを放つ。普通ならばそのまま命中してダメージとなる光景であったそれは、まるで弾の位置が分かっていたかのような軌跡を描いた彼女の動きにより全て躱された。向こうもただ撃っていたわけではなく、当然近付けさせないように弾幕を張っていたにも拘らず、である。

 あっという間に肉薄した鈴音は、持っていた武器を振り上げて目の前の相手に斬撃を叩き込む。強烈な音が響き、相手の体勢がぐらりと崩れた。そこに追撃を与えんと『双天牙月』を横に薙ごうとする彼女の目の前に銃口が突き付けられる。向こうもクラス代表、纏っているISこそ量産機の『ラファール・リヴァイヴ』であるが、この日の為に訓練を続けていた生徒である。体勢を崩して尚、勝利を掴む為に体を動かした。

 眼前の銃口からマズルフラッシュが光る。弾丸は一直線に鈴音の顔面へと向かい、当たれば『絶対防御』を発動させてシールドエネルギーを大幅に削る。場合によってはそのまま勝利となる可能性だってある。見ていた観客も、放った本人も、そう思っていた。

 だが、彼女は気付くと視界が回転していた。それが鈴音に投げられたのだと理解したのは地面に叩き付けられた衝撃で我に返ったからである。目の前で射撃を命中させたはずなのに、と疑問に思う暇も無く、彼女の首筋に刃が添えられた。

 

「まだやる?」

 

 自慢げな表情でそう告げた鈴音への返答代わりに、彼女は首筋の刃を収納領域から取り出した近接ブレードで弾き飛ばした。即座に体勢を整えると、逆手にブレードを持ち替えて彼女の首筋に向かって刃を薙ぐ。今度こそ命中した、そう少女は確信を持った。

 その瞬間、鈴音の目が据わった。強引に首の位置をずらし、そしてそのまま回転するようにターン。右手の裏拳を振り切ったブレードに叩き付けた。刃の背を強打された為にブレードは弾き飛ばされ、そして少女の右手も一瞬弾かれる。

 何時の間にか左手に呼び出されていたもう一本の『双天牙月』が、その隙を晒した少女の首元に叩き込まれた。自分がやろうとしていたことをカウンターで返された少女は、そのまま『絶対防御』が発動、最初のダメージと合わせて敗北判定値まで一気にシールドエネルギーが落ちる。

 試合終了のブザーが鳴ると同時、アリーナは轟音のような歓声に包まれた。拍手は勝った鈴音にも、最後まで諦めずに戦った相手の少女にも送られた。

 そして観客席で見ていたこの二人も、その歓声の一員になっていないはずもなく。

 

「鈴ー! よくやったー!」

「流石はわたくしと箒さんの弟子ですわー!」

「俺との特訓のおかげだからな! 俺との!」

 

 各々の自分勝手な歓声を上げている三人を尻目に、鈴音は試合場で体全体を使ってガッツポーズを決めるのであった。

 

 

 

 

「やったな、鈴」

「やりましたわね、鈴さん」

「へへへ。まーね」

 

 試合が終わった鈴音は控え室から観客席へと戻ってきた。二組でもみくちゃにされた後に一組の箒達の下にやってきた彼女は、二人の賞賛の言葉に照れくさそうに頬を掻く。

 それを見ていた一夏も、気合を入れるように自身の頬を叩いた。鈴音が勝ったのならば、次は自分の番だ。勝ち進んで決勝で彼女と戦う為にも、まずはこの一回戦を負けるわけには行かない。

 

「俺も、さくっと一回戦突破といかせてもらうぜ」

 

 そう言いながら拳を振り上げた一夏だったが、しかし対照的に周りの反応は微妙であった。それは本気で言っているのか、そんな視線が突き刺さる。

 一体全体どうしたのだ、と箒に尋ねると、盛大な溜息が返ってきた。

 

「お前は大会の表を見ていないのか?」

「いや、見たぞ。俺が一回戦ラストだ」

「対戦相手は、ご覧になったのですか?」

「え?」

 

 そういえばそこを見るのを失念していた。そう言いながら一夏はもう一度確認しようとポケットから紙を取り出す。指で表の名前を確認していったが、彼の指がある一箇所でピタリと止まった。自分の対戦相手の欄で、である。

 一年一組の対戦相手、そこには、一年四組と書かれていた。

 

「……あれ?」

「今気付かれたのですか」

「大物というよりも、馬鹿だな」

「やーい、ばーか」

 

 三者三様の反応を聞きつつ、一夏はもう一度その欄を確認する。何度見ても、そこに書かれているクラスは四組。そして彼の記憶を探る限り、この間話題になっていたクラスも四組。

 怪しい笑いが耳に入った。振り返ると、腰に手を当て仁王立ちしている本音の姿がある。残念ながら一組は初戦敗退だね。嬉しそうに自分のクラスの敗北を宣言する少女がそこにいた。

 

「のほほんさん」

「何? おりむー」

 

 だが、一夏はそんな彼女を見て笑う。箒を、セシリアを、鈴音を見て笑う。これはむしろ望むところだ、と嬉しそうな表情を浮かべた。遠足を待ちわびる子供のように、体全体で喜びを表した。

 

「相手にとって不足無し、むしろ充分過ぎる。楽しくなってきたぜ!」

「おりむーって本当にアレだよね~」

「まあ、一夏はアレだな」

「アレですわね」

「アレよねぇ」

「どれだよ!」

 

 気合を入れた宣言を微妙に流されつつ、しかしその気合自体は無くなることはなく。彼の試合はこうして近付いていく。

 一年一組クラス代表織斑一夏の対戦相手は一年四組のクラス代表にして日本の代表候補生。そして彼と同じく入試で教師を倒した特別な生徒。

 その名は、更識簪。




というわけで、一夏の相手は鈴ではなく、簪さんとなります。

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