ISDOO   作:負け狐

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ほぼオリジナル展開と言っていいような気がしてきました。

さわりですが、捏造設定がぶち込まれています。


No06 「強くなったんだもん」

「さて、学園の話題の人から地域の話題の人になった感想はどうだ?」

「死にたい」

「そうか。では介錯してやる」

「ちょ、ちょっと待った。それ黒檀の木刀だよな!? 当たったら洒落にならないよな!?」

「最高級品だぞ」

「値段はどうでもいい!」

 

 週明けの朝から毎度の調子で騒いでいる一夏と箒であったが、しかし彼の心境は軽口とは裏腹にどんよりと曇っていた。理由は至極簡単で、一年一組の外に多数の女生徒が群がっているからだ。

 そしてそのほぼ全員が、ある記事の載ったスポーツ紙を握り締めているからだ。

 

「おはよー織斑君」

「おはよう、織斑君」

「ああ、俺の心のオアシス!」

 

 極々普通に朝の挨拶をしただけでオアシス呼ばわりされた癒子とナギは若干引きつつ、しかし慣れたもので苦笑するだけに留めた。この間もそうであったが、理由が理由なだけに思うところがあるのだ。それがたとえ彼が自分で起こした行動の結果であっても、である。

 

「でも一夏さん、別に今回は誇ればいいのでは?」

 

 人の波を掻き分けて教室までやってきた所為か若干乱れた髪を櫛で整えながら、同じく朝の挨拶をしたセシリアがそう述べる。付随している事件はどうであれ、人命を救ったのは確かなのだ。ならば胸を張ればいい、そう彼女は続けた。

 

「そうは言われてもな……」

「何か不満があるの?」

 

 それでもまだ渋い顔を続ける一夏に、癒子はそう問うた。当事者ではない為詳しい話は聞いていないが、それでも教室の外で檻に入ったティーレックスを見るがごとく押し寄せている連中よりは知っているつもりである。だから、彼が歯切れの悪い返事をする理由がいまいち分からなかった。

 

「誇れって言われても、どう誇ればいいんだ?」

「は?」

 

 一瞬あっけに取られ、そして真面目に聞いた自分が馬鹿だったと彼女は思った。隣に視線を移すと、ナギも同じような表情で一夏を見ているのが確認出来た。自分だけがそう思ったのではないということに若干安堵しつつ、セシリアや箒の反応を窺う。どちらかと言うと思考が一夏寄りである二人はどうなのだろうか、と彼女達は言葉を待つ。

 

「え、えっと……え? ほ、誇り方、ですか?」

「セシリア! 今日から私達は親友だよ!」

「セシリア! これからもっと仲良くしよう!」

「いきなりなんのですのお二人共!?」

 

 良かった、この人は常識人だ。そんな結論を出した癒子とナギはセシリアに硬い握手を求めた。それが逆に彼女の中で二人が常識人枠から外れることになっているのは皮肉なものであるが。

 ともあれ、ある程度落ち着いた一応常識枠である三人の視線は一人の少女に注がれた。篠ノ之箒。織斑一夏の幼馴染でコントの相棒である。

 

「とりあえず、高笑いを上げながら外の連中に『俺って凄いだろ! さあ、跪け!』とか言ってきたらどうだ?」

「一気に小物臭漂う人物に成り下がるよなそれ」

「ん? 一夏は小物じゃないのか?」

「不思議そうな顔して首傾げないで!」

 

 流石だ、と三人は思った。ああやって返せる人物は恐らく彼女か彼の姉である織斑千冬以外にはおるまい、そう思うほどの流し方であった。対決の日から何かと紛れ込まされるセシリアですら、まだあの領域には立ち入れないだろうと思うほどだ。

 そこまで考えて、別に立ち入る必要は無いことに気付いた。どうしても彼等に近付くと染まってしまうらしい。そのことを自覚した三人は、少しだけ背筋が寒くなった。

 

「はーはっはっは! 俺って凄いだろ! さあ、跪け!」

「マジでやっちゃった!?」

「ある意味凄いよ織斑君!」

「どうしようもない位の小物臭ですわね……」

「うむ。見てて痛々しい」

「お前がやれって言ったんじゃねぇかよ!」

 

 彼の希望はともかく、この奇行によりクラスを取り囲む生徒達は蜘蛛の子を散らすようにいなくなったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 そんな騒がしい朝の一幕も終え、ホームルームで千冬にアホな事をやっているんじゃないと怒られ、そして普段通りに授業が始まり。

 朝の騒ぎが嘘のような平穏さで、昼休みまで時間は流れていった。今日はちゃんと弁当を持ってきた、と自分の机で広げて食べている一夏と、その隣に箒。そして最早お約束となった本音、癒子、ナギの三名が対面に座っていた。セシリアは購買で何かを買ってくるらしく、現在はいない。

 

「ちぇ~、見たかったな~、おりむーの奇行」

「見なくていいから」

「あ、私ムービー撮ったよ」

「今すぐ消してくれ!」

「ふ、携帯とは甘いな」

 

 朝いなかった本音に携帯電話で撮ったムービーを見せるナギであったが、箒はそんな一言と共にカバンからデジカメを取り出す。手馴れた手付きで操作を行うと、高画質で小物臭溢れる叫びを行う少年の姿が映し出された。

 

「おお~」

「ちょっとそれ貸してくれ箒。踏み潰すから」

「断る」

 

 デジカメを奪おうと手を伸ばした一夏は、そのまま手の甲に箸を突き立てられ声にならない悲鳴を上げた。その行動を行った少女――勿論箒――は涼しい顔で弁当をパクつく。

 そのやり取りに一年一組生徒は何のリアクションもない。この一週間で慣れてしまったのだ。彼女達にとって、これは既に日常の光景なのだ。

 

「ところでさ、織斑君はクラス対抗戦の自信の程はどうなの?」

 

 当然この三人にとっても日常の光景なので、右手を押さえてジタバタもがいている一夏に向かって平然と彼女等は話題を振る。「大丈夫?」の一言すらない。

 そして一夏も慣れ切っているのか、何事も無かったかのように座り直すとそうだな、と顎に手を当てた。

 クラス対抗戦、各クラスで選ばれた代表八人が戦うIS学園最初のイベント。一年生はまだ操縦技術の拙い者が多い中で行う為にそれほど見応えのあるものになることはない。というのが一般的な見解であるが、当の一年生達にとってはそんなことは些細なことである。自分達の代表者が優勝するよう応援やサポートをする、そうして得た一体感や連帯感を糧に、これからの一年を団結して過ごすのだ。

 

「まあでも、これだけ噂になっちゃってるし、このまま対抗戦も優勝じゃない?」

「織斑君は専用機持ちだし、あのセシリアにも勝っちゃったし。楽勝でしょ」

 

 ナギのその言葉に、癒子も同意し二人で一夏を笑顔で見詰める。その顔は同意をしろと言わんばかりで、その気迫に思わず彼も目を瞬かせた。

 

「なあ箒。何でみんなこんな気合充分なんだ?」

「優勝クラスは学食のデザートパスがもらえるからだ」

「物欲かよ」

 

 そう呟いたものの、しかし成程と一夏は納得した。そういう分かりやすいご褒美があった方が頑張る意欲が湧きやすいというのは彼自身も頷ける部分である。とはいえ、彼にとってはそのご褒美はそれほど頑張る意欲を沸き立たせるものではなかった。ワイワイと騒いでいる女子達と違って、そこまでスイーツに情熱は傾けられないのだ。

 

「ふっふっふ~。甘いね、みんな」

 

 そんないまいち煮え切らない一夏が聞いたのは、そんな声。布仏本音が箸にから揚げを突き刺しながら高らかに宣言をしていた。勝つのは一年四組だ、と。

 彼女の様子からしても、とりあえず適当にクラスを言ってみたというわけでもなさそうで、その顔には自身が満ち溢れている。

 

「ちょっとちょっと。自分のクラス差し置いてそれはないんじゃないの?」

 

 聞き捨てならない、と癒子は本音に物申したが、彼女はそんなことは知らんとばかりに胸を張る。隣ではナギも同じような抗議の視線を向けていたが、平然と弾き返した。

 

「だって、しょうがないよ。四組のクラス代表はかんちゃんなんだから! おりむーなんかギッタンギッタンだよ!」

「……何か盛大に目の敵にされてませんか俺?」

「男子は敷居を跨げば七人の敵がいるというからな。八クラスの対抗戦だ、丁度いいんじゃないか?」

「何が? ねえ何が?」

「それで、そのかんちゃんとやらは何者だ?」

「流された!?」

 

 一人叫んでいる元来当事者である一夏はほったらかしで、箒は本音に話の続きを促した。対する彼女も視線を箒の方へと向けて会話を続けている。どうやら彼はいない者として扱うらしい。

 

「かんちゃんはかんちゃんだよ。一年四組クラス代表、更識簪」

「更識、簪? どこかで聞いたような……」

 

 あだ名ではないその名前にどこか聞き覚えがあったらしい。ナギが自身の記憶を掘り出す為に脳をフル稼働させていた。ちなみに癒子は早々に諦めた。

 だが、喉まで出掛かっているそれが出てこない。何かきっかけさえあれば出てくるのに、と一人悶えるが、生憎とそのきっかけが一向に現れない。

 そう思った矢先、思いもよらない場所からそのきっかけはやってきた。購買でパンを買い終わったセシリアが五人に合流したのだ。そして彼女はそれまでの会話の概要を聞くと即座に答えを述べた。

 

「更識簪。日本の代表候補生で、専用機持ちですわ」

「そうそうそれそれ! えっと確か『打鉄弐式』のパイロット!」

 

 ようやく出てきた答えによって芋蔓式に記憶を取り出したナギがセシリアの言葉を継いだ。それを聞いた癒子もそういえばそうだったと手を叩き、そんな二人の態度に本音は若干ふくれっ面で忘れるなんて酷いと文句を付ける。

 そして聞く専門であった箒と蚊帳の外に追いやられていた一夏が取り残された。

 

「あ、ちょっと待った」

 

 別段会話に入らなくてもいいかと考えていた彼女とは違い、彼は何とかして混ざろうと必死に頭を巡らせていたが、その過程でふと思い出したことがあった。セシリア、と該当の人物を呼ぶと、一夏はその思い出したことを口にする。

 

「確か一番最初ん時言ってたよな。入試の実技試験で教師を倒したのは四人って」

「ええ、言いましたわ」

 

 その四人中三人は、自分と箒とそしてセシリアで合ってたよな。そう一夏は言葉を続ける。その通りだと肯定された後、彼はその最後の一人について言葉を紡いだ。自分の記憶に残っている特徴を告げた。

 

「日本の代表候補生、そう言ったよな?」

「その通りですわ」

 

 そこで癒子も、ナギも、そして箒も彼の言いたいことが分かった。視線をセシリアと本音にそれぞれ向けると、三人の予想が合っているとばかりに首を縦に振る。つまり、そういうことである。

 

「その最後の一人が、更識簪……」

「話によると、完封だったらしいですわ」

「ふっふっふ~。かんちゃんはちょおちょおちょおちょお~……強いんだもんね~!」

 

 まるで自分のことのように嬉しそうに話す本音の姿は、どことなく微笑ましい。とはいえ、一年一組所属の生徒にとっては敵を応援していることに他ならないわけで。どう反応していいものかと苦笑する癒子とナギであったが、そこであることに気付いた。

 彼女達の対面で弁当を食べている一人の少年が、探し物が見付かったかのような顔で笑っているのが見えた。とても楽しそうな顔で笑っているのが見えた。

 

「なあ、のほほんさん」

「何? おりむー」

 

 ちょっとその子に伝言があるんだけど、と一夏は述べた。表情で大体言いたいことを察した本音も同じく不敵な笑みを浮かべて続きを促す。当事者がいないのにも拘らず、何故だか火花が散っているようにも見えた。

 

「クラス対抗戦、俺が勝たせてもらうぜ」

「一応伝えるけど、きっと無駄だよ。おりむー負けるから」

 

 面白い冗談だな、と一夏は笑った。真面目な話で笑うっておりむーは変人だね、と本音は笑った。お互いに笑ったまま、睨み合うように顔を突き合わせる。

 

「俺が、勝つ!」

「かんちゃんが勝つ!」

 

 片方の当事者にとってはいい迷惑な意地の張り合いであった。

 

 

 

 

「それはそれとして、他のクラス代表はどうなんだ?」

 

 本音と一夏が意地を張り合っているのを横目に、箒はそんなことを呟いた。その言葉を聞いたセシリアはカバンから端末を取り出し、該当のページを開く。一年生のクラス代表がそれぞれ記されているその中には、当然一夏と簪の名前もあった。

 

「これを見る限り、確かに布仏さんの言う通り一夏さんと更識さんの一騎打ちですわね」

「他のクラスもある程度の経験者をクラス代表にしてるみたいだけど、やっぱり専用機持ちとは格が違うだろうしねぇ」

 

 そんな言葉を聞きながら、箒はそれぞれのクラス代表の名前を確認していく。今は勝っていてもこれから先ライバルになるかもしれない。そんなことを思いながら眺めていた彼女は、ある部分で動きを止めた。

 隣のクラス、一年二組のクラス代表が空欄になっているのに気付いたのだ。セシリアにそのことを問うと、それは分からないとの返答を貰った。ならばと残り二人に尋ねてみたが、彼女達も同じように首を横に振る。

 

「二組の生徒さんの一人が一週間入学遅れたらしくて、その子が来てから決めるらしいよ~」

 

 その疑問に答えたのは意外にも本音であった。どうやら意地の張り合いは終わったらしく、一夏も残っている弁当を口に運んでいる。

 成程、と彼女の説明に一同頷いたが、そこで一つ気付いたことがあった。一週間入学が遅れた、ということは。つまり、今日その生徒が入学してくるということである。

 

「ということは、今日中にこの枠は埋まりそうだね」

「そう、ですわね」

 

 何の気無しに呟いたナギの言葉に同意するように返したセシリアであったが、どうにも歯切れが悪い。何か気になることでもあるのかと癒子が尋ねると、彼女は少し考える素振りをしてからこう述べた。

 

「わざわざその方を待っているということは、クラス代表になるだけの力を持った人物なのでは、と思ったのですわ」

 

 例えば、代表候補生だとか。

 そこまでを口にしたセシリアに被せるように教室の入り口から声が飛ぶ。ピンポンピンポン大正解、と弾むような声がクラスに木霊した。

 

「……貴女は?」

「あたし? だからさっき話してた二組の遅れてきた生徒ってやつよ。でもって、アンタの言ってたように代表候補生。名前は――」

 

 そこまで彼女が口にしたところで、一夏が唐突に立ち上がり言葉を遮った。真っ直ぐに少女を見詰め、真剣な表情で口を開く。

 

「もっと素直になれ」

「へ? い、いきなり何の話?」

「無理して日本に合わせなくていいんだ。お前はお前らしく、語尾に『アル』を付けて喋ってくれ」

 

 何言ってるんだこいつは。それが箒を除く四人の感想であった。教室に乱入してきた二組の自称代表候補生に向かって、真剣な表情で述べた言葉がこれである。彼女達でなくともそう思うのは無理あるまい。そしてそれは当然、言われている方もそうであろう。

 少なくとも、彼女達はそう思っていた。

 

「アイヤー! ワタシが二組の遅れてきた生徒アルね。名前は凰鈴音アル。こう見えて中国の代表候補生やってるアルよ」

「乗っかった!?」

「色々酷い!?」

「おお~」

「箒さん、ひょっとして……」

「まあ、見ていれば分かる」

 

 この流れで何となく予想が出来てしまったセシリアは箒に問うたが、彼女はそれだけ述べると我関せずとお茶を飲んでいる。しかしその態度が、何よりも雄弁に物語っていた。

 この目の前で怪しい中国人のテンプレートのような喋り方をしている人物は、彼等の知り合いなのだ、と。

 

「おお、流石鈴だ。素晴らしいエセ中国人だな」

「いやぁ、それほどでもないアルよ……ってアホかぁぁぁぁ!」

 

 拳を握り、捻るように打ち出されたそれは見事に一夏のみぞおちに吸い込まれた。一瞬彼の体は宙に浮き、そして再び地面に足が着くのと同時に膝から崩れ落ちる。倒れ伏す彼の後頭部に、少女は躊躇無く踵落としを叩き込んだ。潰れたカエルのような格好で床に這いつくばったまま動かない一夏を見て、ようやく彼女は一息吐いた。

 

「相変わらずのノリツッコミだ」

「違う! ってか箒! ちゃんとコイツの手綱握っときなさいよ」

「そうは言ってもな。あまりにも唐突過ぎると流石に私も対処出来ん」

「嘘よね?」

「勿論だ」

 

 悪びれることなく言い切る箒を見て、鈴音は大きな溜息を吐いた。だが、そんな態度とは裏腹に彼女の表情は笑顔である。まるで今までお預けを食らっていた犬のように、このやり取りを望んでいたかのように。

 否、ように、ではない。彼女は、こうしてこの二人と昔のように会話をするのを待ち望んでいたのだ。以前のように遠慮なく言い合うのを心待ちにしていたのだ。

 

「……久しぶりね、箒」

「ああ、久しいな、鈴」

 

 お互いにそう言って笑顔を見せた。数年会っていなかった溝は、その一言で全て埋まり切った。ひょっとしたら、元々溝なぞ無かったのかもしれない、そう思うほどに。

 そうしてひとしきり笑い合った二人は、さてではどうしようかと床に倒れ伏して動かない一人の男子生徒を見詰めた。どうやらクリーンヒットしたらしく、未だに復活の兆しが見えない。一見するとそう思えた。

 

「おーい、いちかー。生きてる?」

「死んでるよ。見りゃ分かるだろ」

「あ、そうなの? んじゃ火葬と土葬どっちがいい? あたしのおススメは火葬かな。チリ一つ残さず焼却したげる」

「ごめんなさい、俺が悪かったです」

「よろしい」

 

 彼女の言葉に不穏なものを感じ取った一夏は即座に起き上がり平謝り。そしてそんな彼の様子を見た鈴音は腰に手を当て満足げに微笑んだ。

 その辺りでいい加減状況を飲み込みはしたがついていけていない四人が我に返った。口々に一体全体どういうことだと一夏と箒に問い掛ける。

 

「どういうも何も」

「昔馴染だ」

 

 一言。二人揃って簡潔にそれだけを述べた。そしてそれ以上何かを語ろうともしなかった。どうやら彼等の中ではこの説明で充分だと思ったらしい。

 だったら、と四人はもう一人の当事者である鈴音に視線を向ける。計八つの瞳に一斉に見詰められた彼女は一瞬眉を跳ね上げたが、すぐに表情を戻し肩を竦めた。

 

「小学校からの腐れ縁よ。中学二年の時に国に戻っちゃったから、コイツ等と会うのは随分と久しぶりになるんだけどね」

「その割には、いきなり織斑君のボケに乗ってたような……」

「そりゃ、慣れてるもの。あたしは一夏と箒がボケ倒すのを何年も見てきたんだから、別に普通よ」

「あ、あれを普通って言っちゃうんだ」

「大物だね~」

 

 彼女達の視線が関心と尊敬の入り混じったものに変更したことで若干の居心地悪さを感じつつ、鈴音はところでと視線を一夏達に移す。この子達は誰? 四人を見渡しながらそう続けた。

 

「俺の心のオアシスだ」

「干からびれば?」

 

 一夏の答えにそう即答し、彼女は一夏の隣に再度尋ねた。一瞬何かを考える素振りを見せた箒は、しょうがないから真面目に答えようと言わんばかりの顔で口を開く。最初から真面目に答えろ、という鈴音の視線がさりげなく突き刺さった。

 

「私達のクラスメイトの中でも、親しい連中だ」

「私谷本癒子。よろしく凰さん」

「私は鏡ナギ。よろしくね」

「布仏本音だよ~」

「セシリア・オルコットと申します。以後、お見知りおきを」

 

 箒の言葉を皮切りに各々が自己紹介。それぞれの名前を確かめるように数回頷くと、鈴音はこちらこそよろしくと笑顔を向けた。

 さて、そんなこんなでお互いの名前を確認し終わった一行は、話題を当初のものに軌道修正をするわけで。

 

「しかし鈴。お前、代表候補生なのか?」

「そうよ。凄いでしょ」

 

 箒の言葉に鈴音は腰に手を当て胸を張る。その姿にどこか子供が背伸びしているようなイメージを重ねてしまったセシリアは、どことなく微笑ましい気持ちで彼女を見た。外野から眺めている気分でいた。

 

「まあ、凄いっちゃ凄いが、もう既にここにいるからなぁ、代表候補生」

 

 だから、いきなり話の矛先が自分に向いたのは思わず目を見開いた。彼女の心境など露知らず、一夏はセシリアがかなりの実力を持ったISパイロットであると鈴音に話している。それが何だか自慢しているようで、褒められた彼女は少し照れくさそうに頬を掻いた。

 その一方で、聞かされた方の少女はあからさまに機嫌を損ねた表情でセシリアを睨んだ。

 

「ふ、ふーん。ま、まあそりゃ代表候補生に選ばれるくらいだし強いんでしょうけど。でも、あたしの方が強いわよ、きっと」

「セシリア国内公式戦無敗だぞ」

「上等だ表出ろコノヤロー!」

「え!? 何故わたくしいきなり喧嘩を売られてますの!?」

「そういう性格だからな、鈴は」

「その一言で片付けないでくださいまし!」

「ごちゃごちゃ言ってないで、受けるか受けないかどっち!?」

 

 言葉とは裏腹に、その顔は絶対に受けろと言わんばかりであった。その表情を見たセシリアは観念するように溜息を吐き、そして鈴音を真っ直ぐに見る。元々彼女も売られた喧嘩は買う主義だ。急なことなので多少取り乱しはしたが、答えは始めから決まっている。

 

「では、今日の放課後に空いているアリーナで勝負をいたしましょう」

「……へぇ、見た目より好戦的じゃない」

「良く言われますわ」

 

 セシリアは余裕の表情でそう述べる。そこに浮かぶのは、笑顔。

 数日前の一夏と戦う時に浮かべた、あの獲物を狙う笑みであった。

 

 

 

 

 

 

「そこまで! 勝者、セシリア・オルコット!」

「……あれ?」

 

 箒のその声を、鈴音は地面に横たわった状態で耳にした。上半身を起こすと、視界に『ブルー・ティアーズ』を纏い佇んでいるセシリアの姿が見える。その機体にダメージらしきものは殆ど見当たらず、それはすなわち彼女が完敗したことを示していた。

 

「ちょ、ちょっと待った! 今のはすこーし油断しただけよ! もう一回勝負!」

「ええ、構いませんわ。箒さん、合図をお願いします」

 

 そう言うとセシリアは起き上がる鈴音と少し距離を取る。無手で悠然と立っているその光景は彼女の基本スタイルではあったが、見る人にとっては馬鹿にされていると感じかねないものであった。勿論鈴音はそれに該当する。

 

「始め!」

「嘗めんなコンニャロー!」

 

 IS『甲龍(シェンロン)』を纏った鈴音はその手にIS用青龍刀『双天牙月』を構えて突進した。そのスピードは確かに代表候補生の名に恥じないものであったが、いかんせん真っ直ぐ過ぎた。愚直なほどに一直線に向かってくるその姿をしっかりと捉えたセシリアは、右手に取り出すと同時に放ったライフルのビームにより綺麗に彼女の眉間を打ち抜く。

 見事なほどにカウンターを決められた鈴音は、そのままベクトルを逆に変えられ吹き飛んだ。ゴロゴロと転がり大の字に倒れるのと同時、箒が試合終了の宣言を下す。

 

「もう一回!」

 

 即座に起き上がった彼女は再びそう叫ぶ。箒の開始の合図と共にセシリアに向かっていき、そしてカウンターを食らう。そんな行為を五回ほど繰り返した辺りで、見学していた一夏が彼女に声を掛けた。

 

「もう今日はやめといたらどうだ?」

「はぁ!? 何でよ! まだまだいけるわよ!」

「いや、そうは言うけど。お前、全然セシリアにダメージ与えれてないだろ」

「気のせいよ! 次はしっかり決めてやるんだから!」

 

 半ば意地になっているのか、彼の言葉にそう返すと再び彼女は武器を構える。対戦相手であるセシリアは別にそのことに不満はないようで、鈴音が攻撃態勢に入るのと同時に迎撃体制に入っていた。そして、再びカウンターを食らう光景が繰り返される。

 

「なあ、鈴」

「やれるって言ってんでしょうが!」

「意地張んなって。セシリアは強いんだから、しょうがないさ」

 

 苦笑しながら述べたその一夏の言葉が、鈴音には無性に癇に障った。強いからしょうがない。それはつまり、自分は負けても当たり前だと彼が思っていることに他ならない。

 彼が本当にそういう意図で発言したのかは分からない。だが、彼女はそう判断した。そう思ったから、無意識の内に叫んでいた。うるさい、と。

 

「何知ったような口聞いてんのよ! アンタにあたしの気持ちが分かるっての!?」

「お、おい鈴。俺は別にそんな――」

「もういい! そんなに嫌ならどっか行け! 勝手に帰るなり何なりしろ!」

 

 拒絶するようなその言葉に、一夏は困ったように頭を掻く。そして、分かったと短く述べると踵を返した。アリーナを後にする際、「無茶はするなよ」と呟いたが、彼女は鼻を鳴らすだけでそれに答えることは無かった。

 一夏が見えなくなるのを目で追っていた鈴音は、再び視線をセシリアに向ける。もう一回、と武器を構え、箒に開始の合図を頼んだ。

 

「鈴」

「何よ。アンタまで一夏みたいなことを言うわけ?」

「そうじゃない。ただ」

 

 何を焦っているんだ? 表情を変えることなく、箒はそう続けた。

 その言葉に一瞬彼女の表情が苦虫を噛み潰したようなものになる。だが、すぐに元に戻すとそんなことないと突っぱねた。だが、そこに先程までの勢いはない。

 箒の指摘が、彼女の心の奥底で図星だと言っていたからだ。

 

「違う……あたしは焦ってなんかいない……だって、あたし、強くなったんだもん」

「鈴?」

「あたしはもう! あの時のあたしじゃない! 一夏や箒に助けてもらった、一人で震えてるあたしじゃない!」

 

 それは、箒に言った言葉なのか。それとも、自分自身に言い聞かせた言葉だったのか。彼女のその叫びは、事情を知らないセシリアでさえ悲痛なものだと感じるほどの、心からの絶叫であった。

 

「凰さん……」

「いくわよセシリア・オルコット! 今度こそあたしが勝つ!」

 

 真っ直ぐに、ひたすら真っ直ぐに。恐らく、それが凰鈴音という少女を表しているものなのだろう。性格も、そして戦い方も。それしかないと言わんばかりに、真っ直ぐに。

 そのことを感じ取ったセシリアは、短く溜息を吐くと、自身の収納領域から一本の近接ブレードを取り出した。『インターセプター』、普段彼女が使うことは滅多にない、格闘用武装である。それを真っ直ぐに構えると、掛かって来いとばかりに剣先をくるりと一回転させた。

 

「上等! あたしの土俵に立ったことを後悔させてやる!」

「ええ。後悔させてくださいな」

 

 その言葉を合図にするように、鈴音は一気に距離を詰めた。あっという間にセシリアに肉薄すると、右手に持った『双天牙月』を袈裟切りに薙ぐ。だが、それは彼女のブレードで受け流され、カウンター気味に回し蹴りを食らい後方に吹き飛ばされる。瞬時に体勢を立て直したが、セシリアは既に彼女の目前でブレードを振り被っていた。

 

「嘗、めんなぁぁぁぁ!」

 

 左手にもう一本の『双天牙月』を呼び出す。振り下ろされたそれを弾くと、お返しとばかりに右手の刃をセシリアに突き立てた。左手で防がれてしまったが、その装甲は弾け飛び小さくないダメージを与えたことを彼女の目に示していた。

 ようやく当てることの出来た一撃。だが、セシリアはその攻撃を受けてから表情が曇ったままである。否、正確には、彼女と近接戦闘を始めた時から表情が優れない。何かを考えるように、何か言いにくいことがあるかのように。

 

「何よ。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

 

 それは対面している鈴音が一番よく分かる。そして彼女はそういう煮え切らない態度が嫌いだ。だから迷うことなくそう告げた。何かあるなら言え。歯に衣着せずにそう述べた。

 セシリアはそんな彼女の態度に肩を竦めると、ではハッキリ言わせて貰いますと真っ直ぐに目を見る。

 

「猿真似でわたくしを倒せると思っているのですか?」

「――っ!?」

 

 彼女の告げたその一言に、鈴音の表情が目に見えるほどに動揺を示した。一体何を言っているのか、そう言いたくても、口から漏れるのは言葉にならない単語ばかり。

 

「今の攻撃、一夏さんの突進と箒さんの二刀の動きを真似ていますわね。鋭く、重い一撃でしたが、残念ながら模倣でしかありません。自分自身の動きに昇華出来ていなければ、今まではともかく、これから先は通用しませんわ」

 

 淡々とそう告げるセシリアを、鈴音は狼狽した顔で見詰める。反論したくとも、何も言葉が出てこない。実力で示したくとも、体が全く動かない。

 認めているのだ。心の何処かで、彼女の言った言葉が真実だと肯定しているのだ。

 凰鈴音は、織斑一夏と篠ノ之箒のデッドコピーである。他の誰でもない自分自身が、そう認めてしまっているのだ。

 

「だって……だって、仕方ないじゃない。あたしは、あたしの目指したのはアイツ等で、アイツ等の戦い方をずっと見てきて……。アイツ等みたいになりたくて、一夏に、箒になりたくて……。だってあたし、あたし……」

 

 壊れたテープレコーダーのように呟く彼女を、セシリアも、箒も、何も言えずに暫く見詰めることしか出来なかった。

 




話的には前編です。

後編に続く、みたいな感じで……。


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