そういうことです。
ISが解除されたシャルルは、やれやれと首を鳴らしながらその場に座り込んだ。今ここで捕縛されるならばもう何も出来ない。そんなことを言いながら、降参だとばかりに両手を上げる。
そんな彼女を、マドカは何を言っているのだという目で見た。そんなことはさせないとシャルルと一夏の間に割って入った。
「ちょっと待ってくれよ」
「何だ?」
「俺は別にそんなことするつもりはないって」
「……本当か?」
そう尋ねてはいるが、彼女は一向に退く気配がない。恐らくどのような返事をしようとも納得しないのだろう。そう判断した一夏はさてどうするかと首を捻る。
そんな彼の下に、観客をしていた箒達がやってきた。戦闘も終わったからもういいだろうと判断したらしい。ついでに、一夏の先程の言葉を援護するようにマドカに一言二言述べている。
「私は、元々お前達を信用していない」
「そうだろうな」
マドカの言葉に箒はウンウンと頷く。いやそこで納得するんじゃない、と鈴音が彼女にツッコミを入れた。が、そう言いつつも、彼女自身表情は凡そ箒と同意見であることが覗えた。残りの面々も大体同じである。
「だが、それでもこちらとしては信用してもらうしかない」
「そうですわね。わたくし達に出来ることはそれだけですもの」
「証拠を見せろっつったって無理だものね」
ふん、とマドカは鼻を鳴らす。そんなことは分かっているとばかりに目を細めると、視線を一夏達から後ろに向けた。シャル、と座り込んでいる彼女に声を掛け、どうするのかと問い掛ける。これで退散すると言ったのならば全力で彼女を抱えて逃げる。そう考えているのがはっきりと分かった。
「マドカ」
「何だ」
「私は負けたよ」
「だから向こうのされるがままになる。と、そう言いたいのか?」
「戻る場所はもうないもの。機体の補給も修理も出来ない状態で逃げても、待っているのは破滅だけだ」
マドカはそれに答えない。ただじっと彼女を見詰め、そして静かに溜息を吐くのみである。好きにしろ、と呟くと、マドカはほんの少しだけ横にずれた。どうやらそれが彼女の中の妥協点らしい。
「さて、『しののの』の皆さん。負けた私をどうするの?」
シャルルの表情は変わらない。悲しむでもなく、悔しがるでもなく。苦笑するような笑みを浮かべて、あるがままを受け入れようとしているような、諦めているようなそんな顔のままである。
一方の一夏はその言葉を聞いて何を言ってんだと眉を顰めた。そもそも『しののの』なんか関係がないと言い放った。
「俺は言ったぞ。俺が勝ったら――」
「待て一夏」
びしりと指を突きつけて宣言しようとした一夏を、箒が止める。結果としてとてもマヌケな格好になってしまった彼であったが、別段そのことを誰も指摘せず、ただただ彼女の次の言葉を待つばかりの状況となっている。傍から見る分には一夏はとてつもなく恥ずかしかった。
「何だよ箒。俺今から」
「それだ一夏。お前は、盛大な勘違いをしている」
「勘違い?」
何かあったか、と彼は首を傾げた。別段間違えているものは何も無いはずなのだが。少なくとも彼の中ではそう確信を持っていたが、しかし向こうも自信満々。ならば聞いてやろうではないかと一夏は彼女に続きを促した。
うむ、と頷いた箒はシャルルに視線を向け、そして小さく笑うと再度その目を一夏に戻す。
「お前とデュノアは、今から友人になるのか?」
「へ?」
言っている意味がよく分からない、と一夏は首を傾げた。そして彼女の横ではセシリアと簪、ラウラが言葉の意味を理解し思わず吹き出す。そういうことかと苦笑する。
「分からないのならばもう一度問うぞ一夏。お前は先程の宣言通りならば、これから友人になろうとしているな?」
「ん? あ、ああ、そうだな」
「それを踏まえて考えろ。お前は、デュノアと、今から、友人になるのか?」
「そりゃそうだろ。俺が勝ったらシャルルと友達に――ん? いやちょっと待て」
そこまでを口にして、一夏も何かが引っかかったらしい。怪訝な表情を浮かべ、何かを考えるように視線を彷徨わせる。
そうした行動を暫し続け、ああそういうことかと手を叩いた。
「シャルル!」
「……何?」
「俺、お前ととっくに友達じゃねえか!」
「は? ……へ?」
「成程そういうことか。確かにもう友達なのに勝ったから友達になれはおかしいよな」
「いやちょっと一夏。一人で納得してないで。というかぼ、私が一夏と友達だったのは作戦上の――」
「俺は」
シャルルの言葉を途中で止める。どこか間抜けな空気を醸し出していた先程までとは違い、彼の表情にふざけたものは見当たらなかった。
「俺は、お前と友達だ。お前がどう思っていようと、俺は、友達だと思ってる」
「――だから、何?」
「決まってんだろ」
そう言いながら一夏は笑った。ISを解除したその姿で、右手を彼女の目の前に差し出して、笑った。それが当たり前だと、当然だと言わんばかりに笑った。
勝負も終わったんだから。そんなことを続け、彼は彼女の手を取った。
「遊ぼうぜ」
男女混合総勢九名。内訳は、一夏、箒、鈴音、セシリア、簪、本音、ラウラ、そしてシャルルと。
「……何で私がお前達の遊びに付き合わんといかん!」
「別にいいじゃねぇか。シャルルもいるし」
護衛するんだろ、と一夏に言われては彼女――マドカも黙らざるを得ない。結果として、どうせ一緒に行動するなら遊ぼうぜ、という彼の言葉にまんまと乗せられてしまったのだ。
そんなわけで一行は色々遊べるからと言う理由で駅前のデパートへ向かう。女性陣の姦しい買い物を、一夏は甘んじて受け入れる態勢を見せた。
最初は服でも買おう、という話であった。が、マドカが乗り気ではないこととシャルルが男装を解いていない為に流れた。
「まあ、私もそこまで乗り気ではないしな」
「じゃあ何で提案した」
一夏の言葉に箒は知らんと返す。まあいつものことだと流した他の面々は、ではどうしようかと案内板を眺めた。服以外の買い物ではどうだ。そんな誰かの言葉でとりあえずウィンドウショッピングに移行する。何か気に入ったものでもあれば、と騒がしい一行は広い建物内を歩いて回った。
そうして見付けたのはちょっとした小物屋。どうせならばお揃いでも買おうか、という本音の提案で、一夏とシャルル、マドカを除いた面々がああでもないこうでもないと店内を見て回る。
「で、これか」
「そ。これなら一夏がつけててもいいんじゃない?」
ふふん、と笑う鈴音の左手にはブレスレットがついている。革と布で出来たそれは、シックな色合いで男でも特に違和感はないであろうことが覗えた。
ふうん、と一夏はそれを左手につける。そうしながら、どこか難しい顔をしている二人に目を向けた。
「つけないのか?」
「……いいの、かな」
「逆に何で駄目だと思ったんだよ」
そう言って笑う一夏の表情に裏は全くない。それを見たシャルルはどこか諦めたように苦笑し、しかし手に持ったまま動きを止めていた。
そんな彼女を見て、マドカはその頬を突く。何するんだよ、と膨れるシャルルを横目に、マドカはなんてことのないようにそのブレスレットを右手につけた。
「この連中のことを一々気にしていてはキリがない」
「いやまあ、そうなんだけど……マドカは、いいの?」
「奴らと同じ方にはつけん」
せめてもの抵抗らしい。そんな彼女を見たシャルルは吹き出し、それなら自分も、と右手にそれをはめる。二人でお揃いだね、と笑うシャルルを見て、マドカはそうだなと薄く笑った。
さてでは次だ、と一夏の勢い良く宣言したノープランにより、最終的にゲームセンターに辿り着いた。とりあえずやれるゲームを片っ端から始めていく彼と、それに対抗する箒。そしてそんな二人を追い掛ける形となった他の面々。
そんな構図を見ながら、シャルルはまったくもうと口角を上げた。
「みんな、楽しそうだね」
「……そうだな」
マドカはそう言って彼女を見る。自身の隠し事を話したはずなのに、何故かこれまでと同じ距離を保とうとしている。そんなシャルルを見て、マドカは少しだけ不安になった。このまま彼女は、自分の隣でもなく、奴らの輪の中でもない何処かに行ってしまうのではないかと思ってしまったのだ。
「シャル」
「何?」
「お前は――」
そこから、何を言おうというのだ。紡ぐはずの言葉が出てこず、マドカは苛立たしげに顔を顰めた。何でもない、と吐き捨てるように言うと、視線を彼女から騒いでいるであろう連中に移動させる。
「ん?」
「どうしたの? ……一夏達、何か女の人と話してるね」
喧嘩や事件では無さそうだというのは雰囲気で分かる。が、談笑しているわけではないのも一目瞭然であった。女性は何やらぐいぐいと一行に迫っているし、一夏達は頬をかきつつ逃げる素振りを見せていない。
仕方ない、とシャルルはそこへと足を動かした。マドカもそれに続き、一体どうしたと声を掛ける。
そんな二人を見て女性は顔を輝かせた。自分で交渉してください、と箒はそんな女性を一刀両断する。交渉、というキーワードを耳にしたシャルルは、ああまた何かやらかすのかと苦笑した。そんな『分かっている』親友の態度を見て、先程の不安は杞憂だったのかもしれないとマドカは少しだけ安堵する。
「それで、私達と何を交渉する気だ?」
「ん? ああ、まあ詳しいことはこっちの人から聞いてくれればいいけど。早い話が」
アルバイトだな。そう言って一夏は笑い、残りの面々は肩を竦めた。
「織斑一夏」
「何だよ」
「貴様は、遊ぼうと誘ったはずだな」
「そうだな」
「……なぜ、こんな場所で働かなければいかん」
「お前さっき何で遊ばないといけないんだとか文句言ってたじゃねぇか」
「労働ならいいという意味じゃない!」
というかこちらを向け。そんなことを言いながら、マドカは一夏の首を掴んでこちらへと動かした。グキ、とあまり洒落にならない音が聞こえた気がしたが、当の本人が痛ぇと騒ぐだけで別段何も無さそうなので問題ないらしい。
さて、そうして彼女の方へと顔を向けさせられた一夏はというと。
「……ぷ、くくくく、ははははは!」
「ぶち殺すぞ」
「いや違うんだって! 似合ってるし可愛いんだけどさ……千冬姉に似てるせいで千冬姉のメイド服姿想像して――はははははっ!」
「ぶち殺されるぞ」
何だこいつ、という目でマドカは一夏を見る。自分はこんな奴を憎んでいたのか、と無性に馬鹿らしい気持ちになった。そうしながら視線をもう一人へと移す。
メイド服の胸元がパツパツになっている箒がそこにいた。サイズ合ってないぞ、と苦々しい顔を浮かべているのは普段の彼女らしからぬものであったが、流石に今の姿は恥ずかしいらしい。
「まあ、あれはあれでいいんじゃないかな」
「……シャルはシャルで……それでいいのか?」
「何が?」
執事服である。確かに男装していたのだから間違ってはいないのだが、正体を明かしたにも拘らずそれでいいのだろうかとマドカは思ったのだ。とりあえず本人は問題無さそうなのでよしとしようと溜息を吐いた。
「……ねえ、箒」
「どうした鈴?」
「一発殴っていい?」
「何故だ?」
「世の中の! 不公平を! 代弁して!」
「鈴と箒じゃストーンとボボーンだからな」
「死ね一夏ぁ!」
臨時アルバイト最後の一人である鈴音の一撃で一夏は地面と平行に飛んだ。被害の少ない壁にぶち当てたのは彼女なりの理性の賜物だろう。
はぁ、とマドカは溜息を吐く。何故自分はこんな連中とこんなことをやっているのかと自問自答する。『亡国機業』の一員である自分が、『しののの』の一員であるこいつらと仲良くしているのはどうしてなのかと問い掛ける。
知れたことだ。ここにシャルロットがいるからに他ならない。そうでなければ、こんな連中と。
「マドカ」
「ん?」
「良かった。安心したよ」
「どうしたいきなり」
「何だかんだで私が一人で楽しんでると思ってたけど、マドカも案外楽しんでたんだなって」
「私が?」
「うん。今完全にオフの時の顔してたから」
思わず自分の顔を触る。鏡を覗き込み、思った以上に緩んでいる頬を見て顔を引き攣らせた。いや違う、これはシャルが楽しそうだからそれにつられただけだ。そんなことを呟き、自分に言い聞かせた。
「さて、じゃあちょっとだけ働きましょうか」
「……ああ、仕方なくな」
向こうでは既に一夏達三人が行動を始めている。慣れているのか、鈴音は手際よく注文をさばき、一夏と箒がそれを参考にそれっぽい動きをしながら誤魔化しているのが見えた。
負けてられないね、とシャルルは笑う。対抗するな、とマドカは苦笑した。
突発的な人手不足と本社の視察が重なったというこの店の危機は、こうしてたまたま目を付けた男女により、乗り切ることが出来たのである。店長は自分の目に狂いはなかったとご満悦であった。いっそこのままここで働かないか、ずずいと食い気味にそんな提案までした。
それも悪くないか、とシャルルは一瞬だけ考えた。どうせもう『亡国機業』とはおさらばする身だ。デュノア社に戻ることもないだろう。ならばいっそ、名前でも変えてひっそりと暮らすのも。
「――っ!?」
銃声が響いた。何だ、と視線を向けると、随分と古風な格好の強盗が店に押し入るところであった。何だあれは、とマドカもその強盗を見て呆れたように肩を竦めている。
「シャルル」
「どうしたの、一夏」
「……いや、どうしようかと思って」
あれ、と強盗を指差す。古風な格好をした三人組は一応銃で武装している。店内にいる一般人の客は間違いなく怯えることしか出来ないだろう。店員であってもそれは同様である。となれば、一般人ではない者が対処をするしかない。
「……そうだね。ぼ、私なら何ら問題なく始末できるけど」
「いや、殺しは駄目だろ」
「そう? あんなのの一人や二人、いなくなったところで」
そこまで述べて、シャルルは一度言葉を止めた。はぁ、と大きく溜息を吐くと、ああこれは駄目だと頭を振る。
隣のマドカを見た。甘っちょろいなとぼやいている彼女を見て、ほんの少しだけ安心した。
「やっぱり、喫茶店の店員はきついかな」
「ん?」
「こっちの話だよ。それで、どうするの?」
「ああ、そうそう。それなんだけどさ」
ちらりと視線を強盗の方に向けた。ん、とシャルルも視線をそちらに向け。
「よ~、っと」
「ほ、本音……殺しちゃ、駄目だよ?」
「大丈夫~、両足の関節外しただけだから」
かんちゃんのティータイムを邪魔した奴は死ぬべきなのだ。そんなことを言いながら客となっていた本音とおまけの簪が強盗を一人始末していた。足がラグドールのようになっているが、一応死んではいないらしい。
「随分と安物の銃ですわね。照準の調整も碌に出来ていない。こんなものでよく人を撃とうと思ったものですわ」
「撃ってるがな、お前は」
その拍子に落とした銃を拾ったセシリアが残りの強盗の銃を撃ち落としていた。少々呆れ気味に倒れた強盗を捕縛しているラウラが相対的に一番普通に見えている。
あっという間にリーダー格一人になった強盗は、こうなったらと腹に抱えていた爆弾を披露したが、その時には既に間合いに踏み込んでいた箒のモップによって一刀のもとに切り捨てられた。
「俺達の出番は、なさそうだな」
「……そうだね」
真面目に考えるのが馬鹿らしくなるな。そんなことを思ったシャルルは、しかしそれで己の心が随分と軽くなっていたことに気付いた。まあつまりそういうことなのだと結論付けた。
マドカ、と隣の親友に声を掛ける。どうした、と彼女はなんてことないように返事をした。
「私、好きに生きるよ」
「今更だな」
「あはははっ、うん、そうだね。今更だ」
口ではそう言っていたけれど、はっきりと決めたのは今この場だ。そんな言葉は、声にせずに心に留めた。どうせこの親友は分かっているだろうから。
好きに生きる、と決めた。ならば、切り捨てなければならないものがある。準備を済ませ、一夏達と別れ、マドカと共に空港まで向かった。彼女は最後までついてこようとしたが、そういうわけにもいかないだろうとシャルルはその申し出を断った。
「だが、シャル」
「大丈夫だよ。それに、マドカもこれ以上無理するとマズいでしょ」
ぐ、とマドカの表情が歪む。確かにこれ以上の『わがまま』を行うと彼女にとってまずいことになる。首を一撫でし、苦々しい顔を浮かべたまま、仕方なくといった風にマドカは頷いた。
ありがとう、とそんなマドカにシャルルはお礼を述べる。マドカが親友でよかった、と微笑む。この瞬間がかけがえのないものだと噛み締めるように、ゆっくりと。
「シャル」
「大丈夫だよ」
そう言ってシャルルは笑った。チケットをひらひらとさせながら、ちょっとクソ親父に絶縁状を叩き付けてくるだけだからと軽い調子でそう述べた。
「ちゃんと、戻ってくるよ」
「……約束だぞ」
「うん、約束だ」
小指を立てる。マドカはそれに自身の小指を絡め、子供がやるように約束のわらべ唄を口にする。嘘吐いたら針千本飲ます、と。
それじゃあ行ってくるよとシャルルは空港の奥へと消えていった。それを見送っていたマドカは、その姿が見えなくなるとどこか泣きそうな顔で踵を返した。通信端末を取り出すと、どこかと連絡を繋ぐ。用事は一旦終わったので、戻ります。そう相手へと言葉を紡ぐ。
『そうかい。じゃあ、休暇は終わりかな?』
「……今のところは、と言ったら怒りますか?」
『怒るわけないだろう? 娘のちょっとした我儘くらい、父親は笑って受け流すものだよ』
「なら――」
『でも、デュノアに向かうのは許可しない』
ミシリ、と思わず端末を握る力が強くなる。叫びたくなるのを抑えながら、どうしてですかと静かに問い掛けた。
『僕は《亡国機業》の中でも下っ端だからね。デュノアのご機嫌を伺わなければならないのだよ』
「……」
嘘を吐くな、と激昂しかけたが、何とか思い留まった。無言のまま、相手の話を続きを、あるいは折れて本当の理由を述べるのを待つ。
そんな彼女の態度が伝わったのか、向こうもちょっと冗談が過ぎたかなと苦笑したようであった。
『この際だ、デュノアの発言力を落としてやろうと思うのさ』
「それと、私が向かえないのに何の関係が」
『理由が欲しい』
デュノアに攻め込める理由が。そう言って向こうは笑った。その意味が分かるだろうと相手は笑った。
きっと向こうは離脱者を使って何かしらやるだろう。それを暴いて、失敗させる。出来ることならば、『しののの』辺りがやってくれれば万々歳。
『まあ、向こうは精々死体の脳をプログラムに組み込むくらいしか出来ないだろうから、その程度なら問題なく処理出来るよね?』
「ふ、ざ――っ!」
『マドカ、返事は?』
言葉が途中で止まった。頭はこれ以上ないほど沸騰している。親友がこれから死ぬこと前提の任務で、それもとどめを刺せと言われたのだ。そうならないほうがおかしい。
それでも、マドカはそれに否定を返せない。まだ、今のままでは相手に憎悪をぶつけることが出来ない。
「――は、い」
『うん、ありがとう。流石は僕の自慢の娘だ。反抗期真っ最中の千冬や一夏とは違うね』
それじゃあよろしく。その言葉とともに通信を終えた端末を、マドカは力の限り床に叩きつけた。
フランス。己の故郷に戻ってきたシャルルは、タクシーを使いデュノア社まで向かうところであった。メンテナンスをしてもらった己の機体の待機状態を撫でながら、彼女はこれからを考え、表情を固くする。
そんなシャルルに、タクシーの運転手は声を掛けた。随分と緊張していますね、と。
「……まあ、これから少し、父親と話し合いをするので」
苦笑しながら誤魔化すようにそう述べた。一応間違ってはいないから別にいいだろうとそんなことをついでに思った。
が、それを聞いた運転手は笑い出す。それはそれは、と何がおかしいのか肩を震わせる。
一体何がおかしいのか。そんなことを思い怪訝な表情を浮かべたシャルルは、しかし運転手が帽子とともに顔を剥がすのを見て目を見開いた。そこから出てきたのは、女性の顔。それも見覚えのある相手の、顔。
臨海学校で支援した相手。『ラブ・レイター』のパイロットの女性であった。
「なっ――」
「随分と腑抜けているのね、デゼール。社長がのんびりと貴女を待つわけないじゃない」
話し合いなど、もとから出来ない。そう言って彼女は笑った。それが何を意味するのか、そんなことは分かりきっているだろうと微笑んだ。
「社長は、裏切り者にもきちんと役割を与えてくれたわ。『二人目の男性操縦者は、帰郷の途中事故にあって死亡。父であるデュノア氏は深い悲しみにおそわれた』。そういう筋書きの、メインを飾るの」
いつの間にか車は勝手に動いている。おあつらえ向きのように、目の前には迫りくる大型トラックが。
シャルルは舌打ちした。ああ、やはりあの父親はそういうことをやってくるのか。そんなことを思いながら、己のISを展開せんと手を動かした。この程度の衝撃ならば、シールドバリアで十分軽減が可能のはずだ。そう思い、機体を展開しようとした。
「――え?」
「忘れたの? 私の機体は『ラブ・レイター』、ISの制御を奪うことなんて朝飯前よ」
動かない。機体の展開は出来ず、目の前の『ラブ・レイター』は機体を展開させ、タクシーと恐らくトラックのAI制御も乗っ取られ回避も出来ない。それどころか、車内から飛び出すことすらさせてくれない。
トラックはもう間もなくこの車に激突するであろう。生身であの車体とぶつかればどうなるか、そんなことは火を見るよりも明らかだ。
「本当に腑抜け過ぎよ。あんな連中と関わったからこうなるの。もし次があるのなら、肝に銘じておきなさい」
「――がう。違う、後悔なんかしない。一夏達と、マドカと、もう一度会うんだ! 私はこのまま、ここを、切り抜けるんだ!」
「勢いは認めてあげる。でも、無理よ」
ほら、と視界いっぱいに広がるトラックを指差しながら、『ラブ・レイター』はクスクスと笑った。グシャリとボンネットが潰れていくのを見ながら、口角を上げた。
「それじゃあ、さようなら、デゼール」
道路のど真ん中で起きた盛大な激突音と盛大な爆発は、近隣の住民が思わず外に飛び出すほどであったらしい。
※11巻が出る前に捏造した設定で出来ていますのでシャルパパは悪役です。