ISDOO   作:負け狐

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VSダークシャル


No39 「改めて、自己紹介をしようか」

「デゼール、裏切っちまったかー」

 

 あーあ、と二人のセンサー範囲外からそれを眺めるのはIS学園三年生の制服を纏った少女。はてさてどーすっか、となどと軽口を叩きながら端末を操作しどこかと通信を繋ぐ。

 向こうの返事を待たずして、彼女は先程一人で呟いた感想をそのまま相手に報告した。

 

「で、どうする? 始末する?」

 

 正直面倒だからやりたくないんだけど。そう続けた少女は、通信の相手が溜息を吐くのを聞いて苦笑した。冗談、と訂正するが、それが本気だと向こうも分かっているのだろう。はいはいと軽く流してしまう。

 

『どちらにせよ、こちらから手を出すことはないわ』

「それは、どうして?」

『あれはデュノアの管轄よ。こちらで勝手に処罰したら、それを機に向こうが図に乗るわ』

「めんどくせぇ」

 

 そうね、と通信の相手は笑う。始末するのも面倒だから丁度いいでしょ、と続けられ、少女は違いないと笑みを浮かべた。

 そのまま暫しの沈黙。その後、それにね、と通信の相手は溜息混じりに言葉を紡いだ。

 

『エムが護衛についているわ。襲撃したら確実にあの娘が向かってくる。……全力でね』

「そいつはまた」

『そして、エムが全力で彼女を護るために戦えるということは――『あの人』が容認しているということ』

 

 げ、と少女の表情が歪む。それじゃあ絶対手出し出来ないじゃないか、そう返すと、ええその通りねという返事が来た。

 

『どのみち、このことが知られた時点でデュノアが勝手に動くわ。私達は静観していればいい』

「了解」

 

 じゃあ監視も取りやめるから、と少女が述べると、別に構わないという答えが来る。センサーの監視と通信を同時に終了させながら、少女はやれやれと肩を竦めた。もうすぐ夏休みだっていうのに、色々面倒なことが起きるな。そんなことをついでにぼやいた。

 

「せんぱーい、って、あれ? どうかしたッスか?」

「んー? いや、夏休み前ってのはなんでこう憂鬱なのかってな」

「普通逆じゃないッスか?」

「アホ、私は三年だぞ。夏休みは忙しいんだ」

「今めっちゃダラケてましたよね?」

 

 そう言ってお下げの少女はジト目で目の前の彼女を見る。それに対し、今丁度面倒な仕事が終わって一息ついていたと彼女は返した。

 絶対ウソだな、と少女は思ったが口にはしない。しないが、どうやらお見通しだったらしくこめかみをグリグリといじられた。あぎゃー、と凡そ見目麗しい少女らしからぬ悲鳴を上げたまま、暫しの間床に蹲る。

 そんな少女を見ながら、彼女はなあフォルテ、と声を掛けた。

 

「なんスかダリル先輩」

「同僚がいきなり仕事辞めて別の会社行くってなったらお前どうする?」

「滅茶苦茶唐突な質問ッスね。え、それは正式な手続きでですか?」

「……多分正式に手続きすると絶対辞められないだろうから、バックレだな」

「そんなブラック企業は先輩もちゃっちゃと辞めるべきッスね」

「いや私の待遇は割といいぞ。身内が上役だからな」

「これが格差社会……!」

 

 ふざけたような会話。だが、ダリルのそれは、口調以上に本気であった。ああ言ったものの、どうにも気になって仲のいい後輩にそれとなく聞いたのだ。

 まあ、そうだよな。そんなことを思わず呟く。自分のように、ただただ学生をやりながら『亡国機業』で暴れるようなものとは違う。雁字搦めで、自分が出せなくて。そんな中でも、絆を作った。唯一ともいえる『亡国機業』での親友に、友達だと言ってのける程度には深く、固い絆を。

 

「ま、そりゃ辞めるわな」

「先輩?」

「こっちの話だ」

 

 手出しはしないが、助けもしないぞ。心の中で聞こえないであろう相手にそう述べると、気晴らしに何処かに行くかとダリルはフォルテに声を掛けた。

 

「ちなみにフォルテ、同僚の辞めた穴を埋めるためにどうだ?」

「嫌ですよそんなブラック企業!?」

「私と毎日一緒に仕事出来るぞ」

「嫌ですよそんな仕事!」

「何でさっきより力強く否定すんだよお前は!」

 

 

 

 

 

 

 明日から夏休み、と生徒達ははしゃいでいる。夏期休暇の予定をどうするか悩むのもまた楽しい。そんな表情で各々が学院から寮に戻り、帰省するかここで夏を満喫するかと騒ぎながら思いを馳せるのだ。

 そんな生徒達とは少し趣の違う一行がとあるアリーナにいた。アリーナ自体は夏季休暇の特別解放がされているためそこに生徒がいようと何ら問題がない。問題なのは、その生徒達の纏う雰囲気と、そして。

 

「ご丁寧に人払いしてるんだな」

「それはそうだよ」

 

 一夏の言葉に目の前の相手は苦笑する。これからやることは他の人に見られるわけにはいかないからね。そう言いながら視線を動かした。

 一夏の後ろには思い思いの表情をした少女達がいる。いつもの面々、と言っても差し支えない、一年生の専用機持ち達だ。他の生徒から『織斑組』などと呼ばれる彼女達は、何も言うことなくそこに立っている相手を見ている。

 

「それにしても、まさか皆来てくれるとは思わなかったよ」

「呼び出されたのだ、来ないわけにはいくまい」

 

 彼等と対峙している相手、デゼールの言葉に箒はそう返す。そんなものかな、と頬を掻く彼女であったが、他の面々が同じように頷いているのを見て肩を竦めた。本当に感化されているね。そんなことを思わず呟く。

 

「呼び出しの文面を見たのならば、内容もちゃんと分かってきているんだよね?」

「当然よ。……最後の戦いってのがわけ分かんないけど」

「そのままの意味だよ。私にとっての、最後だ」

 

 鈴音が怪訝な表情を浮かべるのを気にすることなく、まあそういうわけだからと既にISを纏っていたデゼールは武器を構えた。勝負をしてもらう、そう言って真っ直ぐに一夏を見た。

 

「勝負は、一対一ってことでいいのか?」

「受けてくれるの?」

「ここに来たってことは、それ以外ないだろ?」

 

 『白式』を展開、『雷轟』の装備を取り出し構える。何度も戦っている割に、きちんと決着もついていないから丁度いい。そんなことをついでに考えた。

 デゼールはそんな彼を見て満足そうに笑う。それでこそ一夏だと笑みを浮かべる。そしてその後ろにいる彼女達も、そこに異議を唱えることなく邪魔にならないように移動する。それを見て更に笑みを強めた。

 

「どちらにせよわたくしは療養中。戦いたくとも出来ませんわ」

「『甲龍』返却したから機体ないし」

「……まだ、開発中」

「もう少しで出来るけどね~」

 

 セシリア、鈴音、簪、本音は言い訳のようなそんな理由を述べながら、だから任せたと観客となる。戦いたくない、というわけではないのだろう。何か理由があるのだ、と察しているのだ。

 でなければ、わざわざ『亡国機業』のメンバーが果たし状を出して真っ向勝負を挑んでくるはずもない。介添人まで連れて、だ。

 

「無論、そちらの介添人は手出し無用だな?」

 

 箒は視線をデゼールからエムへと向ける。サングラスで顔を隠している彼女は、ふんと鼻を鳴らすと当たり前だと言い放った。あのクソ野郎共と一緒にするな、とついでに言い捨てた。

 

「あの、オータムとかいう奴か」

「……知っているのか?」

「クロエが出会っていたらしい。お前にもな」

 

 ラウラのその言葉にエムは、マドカは舌打ちする。あの時の電脳空間の記憶をどうやらある程度はっきり持ち合わせているらしい。そう判断した彼女はジロリとラウラを睨むと、しかし何かを言うことなく一歩下がった。今から何かを言ったところで何も変わらないと判断したのだ。どのみち、デゼールはここで正体を明かすつもりなのだから。

 

「さて、始めようか」

「ああ、いつでもいいぜ」

 

 ちらりとマドカを見る。ほんの少しだけ目を閉じたマドカは、二人を真っ直ぐに見詰めると邪魔にならない距離まで下がった。そうした後に、合図だと右手にブレードを喚び出す。

 天に向けられ投げられたそれがヒュンヒュンと回転し、突き刺さる。そのタイミングで双方は一気に飛び出した。構えている武器は共に銃、狙いはどちらも頭。

 

「そこっ」

「ちぃ」

 

 が、当然のように射撃戦ではデゼールが勝る。一夏のビームガンは狙いを逸れ、彼女のアサルトライフルはしっかりと目標を捉えている。それでも彼は勘だけを頼りにその銃撃を躱しきった。お返しだ、とばかりに間合いを詰めた一夏は、銃を放り投げるとブレードを取り出し振りかぶる。

 デゼールのその動きは勘ではない。半ば確信めいた予測である。一夏ならそうする、というある意味信頼の賜物である。

 

「読まれた!?」

「……違うよ。分かってたのさ」

 

 タッグトーナメントでパートナーだって努めた。勘と野生全開で動くのでなければ、彼の動きの癖くらいは分かって当然だ。左手のロングライフルでブレードを受け止め、展開することで弾いて一夏の体勢を崩したデゼールは、そのまま銃口を彼の土手っ腹に向け。

 

「……撃たないよ」

「だろうな」

 

 『真雪』に換装していた一夏がビームランチャーを構えているのを見てそれを下ろした。そこで踏み止まれるのもまた、分かっていたからである。知っている、のではない。分かっているのだ。

 

「ねえ、一夏」

「何だよ」

 

 ふう、と息を吐いたデゼールは、少しだけ距離を取ると指を一本立てた。ちょっとした賭けでもしようよ。そう言いながらヘルムとバイザーで隠されていない口角を上げる。

 

「賭け?」

「そう。この勝負、こちらが勝ったら皆で私の野望に協力してもらう」

「『亡国機業』に入れってことか? そりゃ絶対に負けられ――」

「違うよ」

 

 ゆっくりと首を横に振る。言うのか、とサングラスの下で目を細めたマドカをチラリと見たデゼールは、後もう少しと視線で返した。お互いに目元は見えていないはずなのに分かるのは、付き合いの長さ故か、あるいは深い信頼か。

 ともあれ、デゼールは一夏の言葉を訂正した。『亡国機業』は関係ないと言い放った。

 

「何せ、私はあんなところもう辞めようと思っているからね」

「……は?」

 

 何言ってんだこいつ、という目でデゼールを見る。が、当の本人は涼しい顔で言葉通りだと続けた。最後の戦いというのもそういうことだと観客席を見た。

 

「そういうわけだから、私は『亡国機業』を叩き潰したい。そのための戦力になってもらおうと思ったんだ」

「それを信じろってのか?」

「……どちらでもいいよ。私のやることは変わらない」

 

 言葉を止めると、下ろしていた武器を構えた。賭けの内容は伝えた以上、後はそれに乗るかどうか。こちらが武器を構えれば、同意したとみなす。大体そんな意味合いを持った行動なのだろう、と一夏は思った。だからすぐさま武器を構えず、暫し真っ直ぐに相手を見る。

 ヘルムとバイザーでどんな表情をしているかは分からない。唯一見える口元は真一文字に結ばれている。

 だが、それでも。一夏は何故か、目の前の彼女が震えているように見えた。拒絶されるのを怖がっているように見えた。

 

「なあ」

「……何?」

「賭け、俺が勝ったらって部分が抜けてるよな?」

「自分が負ける予想は立てないからね。何か要望があるのかな?」

「あるぜ。俺が勝ったら」

 

 友達になれ。いつぞやに聞いたようなセリフをのたまいながら、一夏は笑って拳を突き出した。これで賭けは成立だと言わんばかりに武器を構えた。

 そんな彼をデゼールはぽかんとした表情で見やる、そして我慢出来ないといった様子で笑い出した。腹を抱えて、大声で笑った。見ると介添人であるマドカが呆れたように額に手を当て頭を振っている。それでも口角が上がっている辺り、大体自身と同じ感想を持ったのだろう。

 

「ねえ一夏」

「何だよ」

「本当に馬鹿だね」

「何でだよ!」

「クロエにも同じこと言われたじゃない」

「へ? いやまあ確かに状況はあの時と似てるか……ん?」

 

 引っかかりを覚える。まるで見ていたかのように、当事者のように語る目の前の相手に、違和感を覚えた。何かを見落としていたように感じた。

 

「まあ、いいか。……確かに、『全力で喧嘩して、その後お互い笑い合って。そんな状況だぜ、楽しいじゃねぇか』って感じかもね」

「お前、何を言って」

 

 まさか、と言う声が観客席から聞こえた。セシリアと簪が目を見開き、お互いに顔を見合わせ頷く。他に分かっていそうな面々は、と視線を動かすと、全く動じていないラウラが目に入った。

 

「ラウラさん……貴女まさか」

「ああ、いや。これでも驚いているぞ。というか今、クロエから聞いた」

 

 顔に出ていないだけだ、とラウラは目を細める。そしてその口にした言葉を耳にしたセシリアと簪は自身の予想に確信を持つことになる。

 そのタイミングで、一夏も目の前の相手が見知った相手であると感付いた。ただ、彼の記憶と目の前の少女は合致しない。いやまさか、でもしかし、と混乱している様子である。

 

「……そろそろいいかな? ねえ一夏」

 

 変声機を停止したのだろう。目の前の相手が発する声が明らかに聞き覚えのあるものに変わった。手に持っていた武器を収納すると、その両手でヘルムとバイザーの装着を解除していく。隠されていた顔が顕になり、その瞳が真っ直ぐに一夏を見詰めている。

 

「改めて、自己紹介をしようか。『僕』はデゼール、IS学園での生徒としての名は――」

 

 間違いない。その声も、その顔も。一夏にとっては、否、この場にいる全員が見慣れている相手。一年生の専用機持ちの一人であり、ここのメンバーに加わることもある一人であり。

 一緒に馬鹿をやっていたはずの、大切な友達の一人である。

 

「――シャルル・デュノアだ」

 

 

 

 

 

 

「シャルル……!?」

「随分と驚いているね。そんなに意外だったかな?」

「当たり前だろ!」

 

 思わず叫ぶ。転校してきてから今日まで、共に過ごし、色々な出来事を共に経験した相手。それが目の前の、『亡国機業』の一員であったなどと言われて冷静でいられるはずがない。そんなことを思いつつ、一夏は一体いつからこんなことに、と絞り出すように言葉を続けた。

 

「最初からだよ」

「……最初、から?」

「そう。『僕』は元々君達の一員として潜り込んで『亡国機業』の活動をサポートする役目だったんだ」

 

 ははは、とシャルルは笑う。だからそのための工作も色々とやったよ。そんなことを言いながらちらりと視線を観客席に移す。

 

「まずは一夏に信頼されるために、ゴーレムとの戦闘のピンチに駆け付けた」

「あの時のあれから……」

「そう。そして皆の一員になれたところで活動開始さ。ラウラの中のクロエを目覚めさせる手助けをしたり、一夏の白式を換装出来なくさせたりね」

 

 シャルルの笑みは変わらない。まるで貼り付けたかのようにその表情を保っている。他の表情など出来ないと言わんばかりに、ただそれだけを浮かべている。

 

「『銀の福音』が感染したウィルスも、『僕』の攻撃で傷付いた箇所を媒介にしたんだよ」

「全部、お前が」

「そうだよ」

 

 俯いてしまった一夏の表情は分からない。眼の前にいるシャルルにも、観客席にいる箒達にもだ。だが、少なくともこちらの方が冷静だろうとセシリアと簪は視線を動かした。自分達二人とクロエが中にいるラウラ、何だかんだで動じないように見える本音。そして。

 

「……箒」

「どうした? 鈴」

「こんな時、どういう反応をすればいいんだろう。何だか感情が色々ぐちゃぐちゃに混ざって、自分でわけわかんなくなってる」

「そうか。ちなみに私は、呆れているぞ」

「呆れる?」

「ああ。自分の馬鹿さ加減と、一夏の馬鹿っぷりと、デュノアの勘違いの酷さにな」

「……わけわかんない」

 

 なんだそれ、と溜息を吐く鈴音に笑みを返した箒は、視線をアリーナ中央の二人に戻した。あの馬鹿者は、何と言うだろうか。そんなことを呟いた。

 

「……そう、だから全部嘘っぱちなんだ。一夏達との友情ごっこも、全部」

「シャルル」

「それも嘘っぱちさ。シャルル・デュノアなんて人間は、本来存在しない」

 

 二人目の男性パイロットは、虚構でしかなかった。己の女である体を見せつけるようにくるりと回転したシャルルは、だから全部が全部嘘だったのだともう一度述べた。

 そうして話は終わりだと武器を再度構える。後は勝負を続けるだけだとその銃口を彼に向ける。

 

「そうかよ」

 

 ポツリと呟いた。顔を上げた一夏は、真っ直ぐに目の前の相手を見詰めると同じように武器を構えた。勝負の続きだとスラスターにエネルギーを込めた。

 爆発するかのような加速で一気に距離を詰める。目と鼻の先まできた一夏は、その状態で振りかぶっていたビームソードを袈裟斬りに薙いだ。咄嗟のことではあったが、それに反応をしたシャルルは自身の近接武装で受け止め、弾く。

 その瞬間には既に一夏は『飛泉』に換装を終えていた。手を離したビームソードの代わりに取り出した太刀を真っ直ぐに突き出す。

 

「なっ!?」

 

 驚愕と舌打ちをしながら体をずらしそれを躱したシャルルは、右足に何か違和感を覚える。ガシャリ、とチェーンアンカーが絡みついているのがセンサーで確認出来た。繋がっている先は、『白式・飛泉』の腰部。そして視界の先には飛来してくるブーメラン。

 

「がっ」

 

 肩を削られた。だがまだその程度だ。そんなことを考えつつアサルトライフルで弾幕を作ると、低防御の『飛泉』を『真雪』に換装し逃げられる。その切り替えの速さと思い切りの良さは、考えて出来ることではない。

 

「ただの勘、か」

「ああ、ただの勘だ!」

 

 そう一夏が叫んだ時には、既に『白式』は『雷轟』であった。シャルルがブーストを吹かし距離を取ろうとしているタイミングで、である。左手の実体盾を振りかぶり、叩きつけるように突き出す。それが躱されると、今度は右手のビームブレードを逆手に持って振り抜く。

 

「な、めるなぁ!」

 

 シャルルの、デゼールの機体の左腕にマウントされていたロングライフルを展開、受け止め体勢を崩す。先程の攻防で成功したそれを再度、と行った行動は、しかし重大な抜けがあった。

 勘と野生全開でなければ。先程自分がそう思っていたことを失念していたのだ。

 

「――言っとくがな」

 

 ブレードのビーム部分が消失する。エネルギーを瞬時にカットしたことで弾かれるはずであった刀身を無くした一夏は、そのまま投げるように右手から左手に柄を移動させた。体のひねりを逆に回転させ、今度は左手で突きを放つ。

 

「嘗めるな、はこっちのセリフだ!」

「こっちで合ってるさ!」

 

 それでも、シャルルは反応した。振り切っている左手を無理矢理捻り、肘打ちの要領で振り下ろす。機体の関節部と自身の肩が嫌な音を立てたが、知った事かと彼女は叫ぶ。同時に右手に取り出したナイフで一夏のこめかみを狙った。

 ぐるん、と一夏の首が回転する。ナイフの一撃を首を回すことでいなした彼は、しかし視線を外すことなく相手を睨み続けた。双方共に攻撃の隙を晒している、どちらが先に動いても、その一撃はカウンターとなるはずだ。

 息を吐き、ステップで距離を取った。元来ISは搭乗者のバイタルをある程度の水準で保たせる機能が搭載されている。勿論万能ではないが、それでも宇宙で活動することを当初の想定としていた以上、その基準値は低くはない。

 にも拘らず、一夏もシャルルも肩で息をしていた。機能をカットしてでも相手を打ち倒すエネルギーを用意したのか、それとも二人の集中が基準値を超えたのか。

 

「息が上がってんぞシャルル」

「一夏こそ」

 

 そう軽口を叩きながら口角を上げる。裏切った、裏切られた。そんな関係のはずの二人が、お互いに笑いあっているのだ。

 観客席にいる面々も、そんな二人を見てほんの少しだけ表情を安堵したものに変えた。まあつまりそういうことなのだ、と現在敵である彼女を見やった。

 

「……結局、シャルルさんはシャルルさん、というわけですか」

「多分……」

 

 セシリアと簪は考察した結論といった風に言葉を述べる。そんなものかな、と本音は返し、そんなものだろうとラウラは返した。

 そしてセシリアの言葉に一番反応したのは鈴音だ。ぐちゃぐちゃであった思考を少しずつ解し、一本にしていく。そうして作り上げた答えを彼女が口にした言葉と照らし合わせ、一人納得したように頷く。

 そこまでして、鈴音はようやく箒が言っていた意味に気が付いた。

 

「ねえ、箒」

「何だ?」

「さっきのやつだけど」

「デュノアの勘違いの酷さか?」

「うん。それってつまり、そういうこと?」

 

 言葉にせずに頷くに留める。そうしながら、同様に一夏の馬鹿っぷりと己の馬鹿さ加減もだと続けた。ちなみに鈴音はそちらについては分かっていない。ああうん、と曖昧な返事をするのみである。

 

「これは分かってない返事ですわね」

「そういうのは、言ってあげない方が……情け、かなって」

「口にしてる時点でアンタ等同列じゃい!」

 

 がぁ、と鈴音が吠える。どうどう、と本音とラウラに宥められてぶうたれながらも定位置に戻った。向こうの戦いの様子はいいのか、とツッコミを入れるものは生憎誰もいない。

 

「自分の馬鹿さ加減は、単純に奴の変装を見破れなかったことについてだ」

「……確かに箒さんならば出来そうな気がしますわね」

「駄目、だったの?」

「思い返せば、奴はこちらに肌を見せることが殆どなかった。ISスーツも極力露出の少ないものを着ていたからな」

「用意周到、というわけか」

 

 体の傷云々もそれに信憑性を持たせる偽造だったのだろう。そんなことを呟きながらラウラがうんうんと頷く。軍人さん的にそれでいいの、という本音の言葉は聞かなかったことにした。それだけシャルルの、『亡国機業』のデュノア社の技術が勝っていたということなのだ。

 

「それで、一夏のバカっぷりってのは?」

 

 最後の一つと鈴音が尋ねる。が、それを聞いた箒は何だ分からないのかと笑みを浮かべるだけであった。そうしながら、見れば分かると言わんばかりに視線をアリーナの中心部に向ける。

 何やらプログラムを書いていたシャルルが、一息吐き行くぞと一夏を睨んでいるところであった。望むところだと一夏も自身の機体プログラムからお目当てのものを見付け、ロック解除されているのを確認する。

 先に動いたのはシャルル。主にダメージを受けていた箇所のパーツが消失し、その代わりに彼等に見覚えのあるパーツが装着されていく。デゼールの機体ではなく、シャルルの機体。『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』の機体パーツがミキシングされていた。パッチワークミキシングにより通常時と同等かそれ以上の性能を引き出した機体は、追加された二機分のスラスターで一気に間合いを詰める。右手側に組み替えられたパイルバンカーと左手側の大口径ロングライフルで、目の前の相手を文字通り貫かんと振り上げた。

 が、一夏もその時には動いている。『白式・金烏』となった機体は三機分の力を詰め込んだ特殊形態。機動、攻撃、防御。そのどれもに長けたそれは、パイロットの技術と気合次第で如何様にも化ける。

 

「そこっ!」

「っとぉ!」

 

 牽制も兼ねた射撃はバレルロールで躱された。そんなことは分かっていると本命のパイルバンカーを顔面に叩き込む。当たればシールドエネルギーを根こそぎ持っていくであろうし、追撃を加えれば頭が吹き飛ぶ。

 勿論当たらない。翼を装甲展開した一夏はパイルバンカーとかち合った時点で後ろに下がった。一瞬早ければ向こうが踏み込みカウンターになり、一瞬遅ければ装甲ごと貫かれる。そのギリギリのタイミングを成功させたのはすなわち。

 

「勘が、鋭過ぎる!」

「知らねぇよ! 自分で狙ってやってんじゃないんだからな!」

 

 一夏の返しに更なる文句を言いつつも、シャルルは左手のロングライフルの照準を合わせた。次はこれだ、と胴にそれを撃ち込んだが、丁度その位置に構えられていた太刀により軌道を逸らされた。

 へし折れた太刀を投げつけながら、一夏はこちらの番だと腕を振り上げる。させるか、と肩のブーメラン、左手のビームランチャーに射撃を叩き込み向こうの攻撃手段を潰した。

 一夏は止まらない。それがどうしたと何も持っていない右手を振りかぶる。武器がなければ殴ればいいとばかりに右手をシャルルに打ち込もうとする。

 そんなもの、とシャルルも右手を突き出した。パイルバンカー『盾殺し』、右手ごと砕いてやるとそれを起動させた。

 激突音が響く。パーツが吹き飛ぶ音と共に、アリーナにそれらが降り注ぐ。それでも中央の二人は健在。最大級の一撃に砕かれた一夏など、いない。

 いるのは。

 

「……何だよ、それ」

「金烏専用、必殺技だ」

 

 広げられた右手は異形なものとなっていた。吹き飛ばされた装甲は一部のみで、肝心の右手はシャルルの『盾殺し』を握りしめている。翼の装甲が右腕に纏われ、まるで新たな腕が生み出されたような、巨大な爪を持ったものがそこに発生していた。

 金烏、とは太陽に住まう三本足の烏のことである。機動・攻撃・防御の三つの足を持つ、という意味合いが込められているのだ。そんなようなことを以前束に説明されたのだが、『白式・金烏』の時はまた意味合いが違う。そう彼女は笑っていた。

 

「いざという時の、三本目の爪。今回は一纏めで、威力も倍だ!」

 

 頭の悪い発言をしながら、一夏はシャルルの『盾殺し』を握りつぶす。右腕を失ったシャルルがよろけるのを逃さず、彼はもう一発とそれを振り上げた。

 

「……あーあ、負けちゃったか」

「ああ、俺の勝ちだ。だから――約束守れよ!」

 

 巨大化した拳でシャルルを殴り飛ばし、満足そうに笑いながら吹き飛ぶ彼女を見ながら、一夏はそう言って笑みを見せた。




シャルの死亡フラグが立つとこまでいかなかった

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