号外号外、と数人の女生徒が紙の束を持ちながら走り回る。登校してくる生徒にそれらを一枚一枚配りながら、彼女達は声を張り上げた。配っているその紙に目を通した人々が食い入るように記事を眺め、また目を見開いて驚いているその表情を見ると、この行動に意味はあったと女生徒達は嬉しくなる。
昨日の放課後突然渡されたある戦闘記録。それを見た彼女達新聞部は寝る間も惜しんで記事を作り上げた。全ては、今この瞬間の為に。
「世界初の男性IS操縦者の初陣! その結果がここに!」
徹夜明けでテンションがおかしくなっている部長を眺めながら、部員の少女達は手に持っている紙を配り歩く。誰彼構わず、とりあえず目に付いた人物に紙を渡す。
ふとそれを渡した女生徒の顔を見ると、持っている新聞に載っている人物と同じことに気が付いた。加えて言うならば、やられている方の、である。部員の少女は思わず後ずさりをして、どうやって逃げようかと周囲を見渡した。
ところが、彼女の予想と裏腹に、三年生の女生徒は苦笑を浮かべるとそれをカバンに仕舞うというその行動だけで立ち去ってしまった。怒っていないのだろうか、という疑問が頭をもたげたが、しかしそれをわざわざ聞きに行くほど彼女は無謀ではない。何も言われなかったのならばそれでいいと判断し、また別の人物に持っている新聞を手渡した。
受け取った女生徒は、リボンタイからすると一年生。地毛の金髪からすると留学生なのだろう。所謂縦ロールと呼ばれるその髪型が、不思議と彼女の雰囲気にマッチしていた。
女生徒は渡された新聞記事へと視線を移す。そこには、自身のクラスメイト二人が見知らぬ相手と大立ち回りを行っている写真が載っていた。記事によると、二人は三年生のカスタム機相手に余裕の大勝利を収めたらしい。記事の書き方からすると眉唾ものではあるが、しかし勝利したのは事実なのだろう。流石にそこを捻じ曲げるほど腐ってはいまい、そう判断した彼女は、手に持っているその記事を丁寧に折るとカバンの中に仕舞い込んだ。
「ふふっ……。やはり、わたくしの思った通りの実力を持っているようですわね」
自然と浮かんでくる笑みを隠そうともせず、女生徒――セシリア・オルコットは歩みを進める。自分の所属する一年一組の教室へ、この号外で一躍時の人へ変わった人物達のいる教室へと、歩みを進める。
思わず作った握り拳に力が入った。持っているカバンを握る力が強くなった。地を踏みしめる力が増した。闘争本能が、溢れ出した。
「是非とも……お手合わせを願いたいものですわ」
そう呟いた彼女の笑顔は、その纏う雰囲気とはかけ離れているほどに獰猛なものであった。獲物を狙う猛獣、そう形容するのがしっくりくるような、そんな顔で。
いけないいけない、と軽く自分の頬を叩いたセシリアは、表情を元に戻すとゆったりとした動作で教室の扉を開いた。
「だー! もうほっといてくれよ!」
「何だ一夏、昨日は遠巻きに見ていられるくらいならどんどん話し掛けろと言っていたくせに」
「限度があんだよ! ついでにいうと朝からずっと同じ話題なんだぞ! せめてもう少し違う話題をだな」
「あ、織斑君! この記事のことなんだけど」
「うがぁぁぁぁ!」
一年一組の教室で、渦中の人物は吼えた。朝、寮を出て学園へと向かう道のりから今この瞬間まで同じ話題を延々続けられているのだ。そうなってしまうのも至極当然と言えるだろう。ただ、この状況を作った原因は何かと問われれば自分達が暴れたからだと言えてしまう訳で。
若干怯えてしまったクラスメイトに謝罪しつつ、一夏は今までしてきた話と同じものをもう一度口にするのだった。何だかんだで律儀な人物である。
「ていうかだな。何で俺ばっかなんだよ」
「勿論、お前が男だからだ」
「何という男女差別! 女尊男卑はいけないと思います!」
「違うぞ一夏、お前がかっこいいから皆が注目しているんだ」
「え? そ、そうなのか?」
「無論だ。私もそう思っているのだからな」
「マジで!? じゃあ告白したらオーケー貰える?」
「ごめんなさい」
「やっぱりかよちくしょう!」
そんな状況にもかかわらず、結局いつもの調子でこの二人は軽口を叩いていた。そんな光景を、初日である程度慣れた面々は生暖かい目で、運良く目撃していなかった生徒は一体何事だったのかとドン引きで眺めている。そして、前者の中でもトップクラスに位置する三人は生暖かいを通り越して笑っていた。
三人とは言わずもがな、布仏本音、谷本癒子、鏡ナギである。
「おはよ~、二人共」
「おはよう、織斑君、篠ノ之さん」
「おはよう。朝から大変だったみたいだね」
加えると空気の読める三人はコント中の二人に向かって極々普通に声を掛けた。号外は三人とも貰ってはいるが、そのことについては話題に出さない。
それが何より嬉しかったのか、一夏は目を輝かせながら三人に向かって朝の挨拶を飛ばした。爽やかな笑みを浮かべるその姿は、先程の箒の軽口ではないが充分に異性を魅了するだけの力を持ち合わせているようであった。事実、一瞬見とれてしまった癒子とナギは誤魔化すように視線を逸らす。
「ん? どうしたんだ二人共」
「んっふっふ~。おりむーがかっこいいから二人は惚れてしまったのだ~」
「マジで!? じゃあ告白したらオーケー――ってこれ天丼じゃねぇか!」
「ちっ、気付かれたか」
隣で頭を潰そうとスタンバイしていた箒が残念そうに右手を下ろす。もう少しだったのにと呟いていることから、隙あらばアイアンクローを叩き込もうと画策していたらしい。
「それにしても、おりむー人気者だね~」
「そうか? こんなの、パンダからふれあい動物コーナーにランクが変わったようなもんだろ」
「そ、そんなことないと思うよ。こんなのはきっかけで、本当はみんな織斑君と話したかったんだよ」
「そうそう。今はこの記事の話だけかもしれないけど、その内色々なことで話し掛けてくるよ、きっと」
人気者である、という本音の言葉を否定するように一夏はぼやいたが、癒子とナギがそんなことはないと告げる。流石に二人揃って違うと言われれば、彼も自分の意見を変えようかと顎に手を当てた。箒はそんな一夏を見て薄く笑う。本人としては微笑んでいるつもりなのだろうが、どうにも目付きの悪さの所為で何かを企んでいるように見えてしまうのは致し方ない。
そのまま五人で雑談を行っている内に、朝のホームルーム開始を告げるチャイムが鳴り響いた。それじゃあまた、と各々の席に戻っていくのを眺めながら、一夏も自分自身の席へと着く。さて、今日の一時限目は一体何だっただろうかと時間割を確認していた辺りで、千冬と真耶が教室へと入ってきた。ホームルームが開始され、朝の注意事項を二・三個述べると、千冬は思い出したかのように手を叩いた。
「そういえば、クラス代表を決めなくてはいけなかったな」
クラス代表、という聞きなれない単語を耳にした一夏は首を傾げたが、続けてされた説明を聞いて要は学級委員長のようなものかと納得した。つまりは面倒な仕事を押し付けられる役割なわけだ。そう結論付けた彼は、自分は絶対にならないでおこうと心に決める。
しかし、彼は失念していた。クラス代表の仕事の一つに代表同士によるクラス対抗戦という行事があるということを。そして、今朝自分は一体どんな理由でもみくちゃにされていたのかということを。
「では、誰か立候補者はいないか? いないなら推薦でも構わんぞ」
「はい! 織斑君がいいです!」
「はい! それでいいと思います!」
「はい! 賛成です!」
「ちょっと待ったー!」
日頃箒との掛け合いの賜物か、クラスメイト達が発言したその提案に即座に一夏は食って掛かる。一体全体何故どうして自分が推薦されなくてはいけないのか。言葉と同時に立ち上がった一夏は身振り手振りを交えて熱弁した。
大体、自分は成績も良くはないし、授業態度だって良いとは言い難い。自分自身を思い切り低評価しながら、どうにかしてその意見を取り下げさせようと必死で語る姿は、みっともないを通り越して笑いを誘うほどであった。事実、箒は肩を震わせて一夏を見ないよう窓の外へと視線を向けている。
「織斑」
「な、何だよ――ですか、千冬ね――先生」
「ちょっと黙れ。鬱陶しい」
「バッサリ!?」
千冬に止めを刺された一夏はそのまま燃え尽き力無く椅子に座る。そんな彼には目もくれず、彼女は他にいないのならば無条件で当選だが構わないかと述べた。暫く教室を眺めて待ってみたが、別段不満がありそうな表情をしている生徒がいないことを確認すると、ではクラス委員は織斑一夏に決定すると告げた。告げようとした。
その直前、一人の女生徒が真っ直ぐに手を挙げるのを見て、彼女は言いかけた言葉を飲み込む。そして、その女生徒に、金髪縦ロールの少女に向かって声を掛けた。
「オルコット、お前も立候補するのか?」
「……いえ、わたくしとしてはクラス代表は彼で構わないと思っていますわ」
だが、千冬の問いに対する返答は否。では一体どうして手を挙げたのかと続けて尋ねると、彼女はカバンから折りたたまれた一枚の紙を取り出し広げた。恐らくこの学園の生徒全員が持っているであろうそれは、朝新聞部が配っていた号外。織斑一夏と篠ノ之箒が大立ち回りをした、という記事である。
「ただ、皆さんが織斑さんを推薦した理由がこれであろうという推測をしたものですので」
「だろうな。許可を出した者として思った通りの結果になるのは好ましい」
「元凶あんたかよ!」
復活した一夏の叫びは意図的に流された。千冬も、セシリアも、彼の言葉など聞こえていないかのように話を続ける。一夏の隣の席の少女が「ガンバ」とエールを送ってくれたのが唯一の救いであった。
「ですが、この記事だけでは信憑性が足りないと思うのです」
「……ほう」
セシリアの言葉に千冬の目が妖しく光る。彼女の言いたいことを察したのか、薄く微笑みながら視線だけで話の続きを促した。その態度で理解が得られたと感じたセシリアも薄く微笑み、視線を千冬から一夏へと移した。
「わたくしと織斑さんとで、勝負をするというは如何でしょう」
「クラスの皆の目の前で実力を示せ、とそういうわけか」
「はい。素晴らしいアイデアでしょう?」
「そうだな。良いアイデアだ」
視線を再び千冬に向けたセシリアと、向けられた千冬はお互いに笑う。その顔はどう見ても教師と淑女の笑みではなかったが、生憎そのことを指摘する者は誰もいなかった。クラスの生徒にとって、そんなことは些細なことだったのだ。
織斑一夏の戦いを見られる。この記事に書いてあるような戦いを、実際に見ることが出来る。そう考えると、彼女達の心は湧いた。是非ともやって欲しい、その思いで満たされた。
本人の意思をそっちのけで、である。
「よし、では話は纏まった」
「肝心の本人の意見ガン無視じゃねぇかよ!」
「……何だ織斑、戦いたくないのか?」
抗議の叫びを上げた一夏は、千冬のその言葉で動きを止めた。戦いたくないのか、そう問われた場合、彼としての意見はほぼ百パーセント決まっていた。決まっていたからこそ、答えに詰まったのだ。
戦いたいに決まっている。喉まで出掛かったその言葉を飲み込んだ。彼がそうしたのは、ここで思い通りにされてしまうのは何とも癪だと感じたのが理由の一つ。そしてもう一つは、どうせなら自分から勝負を挑みたいという子供のような意地である。その思いを抱えたまま一夏は暫し無言で天を仰ぐと、やがて覚悟を決めたように大きく息を吐いた。
目の前に立っている千冬を見て、そして振り返って自分よりも後ろの席にいる彼女を睨んだ。そんな一夏の表情を見たセシリアは待ってましたとばかりの笑みを浮かべる。淑女の仮面に隠された、獰猛な猛獣のような笑みを。
「セシリア・オルコット」
「はい、何でしょう織斑一夏さん」
「俺と、勝負だ!」
「ええ。喜んで」
真っ直ぐに突き付けられた拳を涼しげに受け流し、彼女は静かにそう答える。その態度が少し気に入らなかったのか、一夏は眉を少し上げて言葉を続けた。そうやって余裕ぶっていられるのも今の内だぜ、と。
「ふふっ、それはそれは。とても楽しみですわ」
しかし返ってきたのはやはり余裕を感じさせるそんな一言。それを聞いた一夏は尚も言い返そうと口を開きかけたが、千冬のホームルームは終わりだという言葉に口を閉じた。渋々と向きを戻し席に着いたが、彼の中ではまだ気持ちが燻っている。
セシリア・オルコットは、自分が負けるとは思っていない。それが、先程までの会話で一夏が出した結論だった。流石にそこまでは言い過ぎかもしれないが、少なくとも勝てない可能性は全く考慮していないのは確実だった。彼女は彼のことを自分と同等、あるいは下に見ているのだ。実力を試す、というニュアンスの言葉を紡いでいたことからもそれが窺えた。
上等、と一夏は笑う。それだけの自信を持っているということは、裏打ちされるだけの強さも持っているということだ。だとすれば、相手にとって不足は無い。全力でぶつかって、そして勝つ。そうすることで、自分はまた一つ一人前に近付くことが出来るはずだ。
「よっしゃ燃えてきたー!」
思わず叫んだ。そして思い切り立ち上がった。
間髪入れずに出席簿が彼の脳天に飛んできた。おおよそ材質的にありえない音が教室中に響き渡る。
「授業が始まる。ちゃんと席に着いていろ」
淡々と告げた千冬の言葉は、力無く机に体を預けている一夏の耳には届いていなかった。ピクリとも動かないところを見ると、どうやら一撃で沈められたらしい。
やれやれと肩を竦めた千冬は、そのまま動かない一夏を放置して教室から出て行った。一時限目は通常科目、彼女の出番は暫く無い。だから、彼を起こす理由も無い。教師としてそれはどうなのだろうと思わないでもないが、姉と弟と考えるのならばそんなものなのかもしれない。
勿論一夏は一時限目を寝て過ごしたので箒にノートを借りる羽目になった。
朝の一撃がまだ痛むのか、一夏は頭部をさすりながら廊下を歩いていた。その隣では呆れたような顔をしている箒と、そして何故かセシリアが共に歩いている。三人が向かう先は、学食。現在の時間は勿論昼休みである。
入学してから暫くは弁当を用意する予定だった一夏だが、昨日の騒動でそのことをすっかり忘れていたのだ。騒動自体も色々と重なっていたのが拍車を掛けているだろう。
「まさか弁当を作り忘れるとは、たるんでいるぞ、一夏」
「そう思うならお前が作ればいいじゃないかよ」
「その場合、お前の分は作らんぞ」
「薄情だなおい!」
「乙女の手作り弁当などという貴重品をそう容易く手に入れられると思うな」
「……たまに思うけど、箒って俺のこと嫌いだよな」
「何を言う。私は一夏にゾッコンラブだ」
「うさんくせー」
もう単語からして胡散臭い。そんなことを言いながら一夏は溜息を吐く。勿論本心ではないのは分かっているのだが、こういうやり取りは微妙にテンションを下げられてしまう。これが男同士だったならばもう少し違ったのかもしれない、などと思いながら彼は視線を横に向けた。箒の隣、二人のやり取りを面白そうに眺めているセシリア・オルコットに。
「なあオルコットさん」
「セシリアで構いませんわ織斑さん」
「あー、じゃあ俺も一夏でいいぞ。んで、何で俺達と一緒に歩いてんだ?」
「あら? 学友と共に昼食を取るのは何かおかしいのですか?」
「いや、別におかしくはないけど」
朝に勝負を持ちかけた身としては、こうやってフレンドリーに接されると戦いにくくなって困る。そんなことをぼやいて一夏は肩を竦めた。しかし、対するセシリアは何だそんなことと言わんばかりに笑みを浮かべる。そして、どこか挑発するように言葉を紡いだ。
「一夏さんは、そんなに甘い人間なのですか?」
「は?」
「勝負を持ちかけた人間と仲良く昼食を取ったくらいで戦えなくなるような甘い方なのでしょうか、と聞いたのですわ」
「……言ってくれるじゃねぇか」
そう言われてはいそうですと答えられるような性格はしていない。たとえそれが挑発であったとしても、彼は流すことが出来ないのだ。単純馬鹿、とも言える。
いいだろう、と一夏はセシリアに向かって指を突き付けた。お前と仲良く昼飯を食って、そして勝負ではコテンパンにする。傍から聞いていると何とも情けない宣言であったが、彼の表情は真剣そのもの。だから、セシリアもその言葉を受けて不敵に微笑んだ。
「そういえば篠ノ之さん」
「箒でいいぞ。その代わり、私もセシリアと呼ばせてもらう」
「ええ、では箒さん。貴女は良かったのですか?」
「ん? 何がだ?」
「クラス代表ですわ。あの記事には一夏さんと箒さんのお二人共の活躍が載っていました。あの流れならば当然貴女の方も推薦されてしかるべきでは?」
「まあ、そうかもしれんが」
やはり男性IS操縦者というインパクトには勝てんだろう。そう言って箒は笑った。それに、と彼女は言葉を続ける。どの道推薦されても辞退していたよ、と笑みを崩さないままそう述べた。
「あら、それはまたどうして?」
「剣道部に入部する予定でな。部活とクラス代表の二足の草鞋は私には無理だ」
「成程。それならば仕方ないですわね」
クスクスとセシリアは笑う。その笑みは年相応の少女のようでもあり、綺麗に整えられた淑女のようでもあった。どちらにせよ、先程の際に浮かべていた笑みとは毛色が違う。
一体どちらが本当のセシリアの笑顔なのだろうか、と箒と話している彼女を見ながら一夏は思う。少女の微笑み、猛獣の笑み。そのどちらもが本当のようであり、そのどちらもが偽りのようでもある。答えの出ない問いに悩みながら、彼は辿り着いた食堂の扉を開いた。
食堂は思った通りの盛況ぶりで、座ることの出来る場所は残っているのだろうかと思ってしまうほどの人口密度である。だが、良く周囲を見渡してみると、席が空くまで待っているという生徒はいないようであった。ならば、こう見えてもちゃんと座る席はあるのだろう。そう結論付けて、三人はそれぞれ食事を注文して席を探す。
――が。
「……騙された!」
「ないな、席」
「困りましたわね」
空いている席が無い。正確には、相席以外の選択肢が無い、と言うべきだろう。完全に開いているテーブルは見る限り何処にも無く、三人が三人だけで昼食を取るということは無理そうであった。どうやら先程席があるように見えたのは、他の生徒は相席でも気にせずに座っている為だったらしい。もう少し良く観察しておくべきだったと肩を落としつつ、三人は仕方ないとどこか相席出来る場所を探して視線を彷徨わせた。
ふと、テーブルに一人で座ってうどんを食べている女生徒が目に入った。内跳ねしているセミロングが特徴的な眼鏡を掛けたその女生徒の周りには誰か座っている様子も無く、三人分のスペースは空いている。これは行幸と一夏はその女生徒の座っている場所まで歩みを進めると、ちょっとすいませんと声を掛けた。
「……何?」
「いや、見ての通り学食満員なんで、ちょっと相席お願いしたいなーなんて」
一夏の言葉に女生徒は彼とその傍らに立っている二人を見渡した。三人共に知らない顔ではないが、出来れば昼食は静かに食べたいと思っていた彼女は少しだけ考える。しかし、ここで断るのも何だか薄情だろうと判断した彼女は、小さく溜息を吐くとどうぞと答えた。
「おお、さんきゅー! あ、俺織斑一夏、って知ってるか」
「随分自意識過剰だな」
「今日のあの惨状を考えれば別にそこまででもないだろ」
「確かに、今も一夏さんの顔をちらちらと見ている方々もいらっしゃるようですからね」
二人の言葉通り、確かに彼女は彼のことを知っている。ただ、その理由は今話題に出ているように号外を見たからではない。見る前に、その話を親友から聞かされていたのだ。
絶対にかんちゃんの方が強いから、おりむーをコテンパンにするんだよ。最後にそう締めくくられたのを思い出して、彼女は思わず笑みを浮かべた。
「ん? 俺の顔そんなに面白かったか?」
「大爆笑だぞ一夏」
「お前には聞いてねぇよ」
尋ねた割にそっちのけでコントを始める二人を見て、今度こそ本当に彼女は彼等が原因で笑みを浮かべた。どうやらもう一人も同じようで、二人のやり取りを見ながら微笑んでいる。
ふと、そんな彼女と目が合った。
「わたくしの顔に何かついていますか?」
「いや……そういうわけじゃ、ない」
「そうでしたか。それは申し訳ありませんでしたわ」
笑みを崩さないまま目の前の彼女、セシリア・オルコットはそう述べる。そして、ところで、と言葉を続けた。
「貴女は、クラス代表になったのですか?」
「……何故、そんなことを?」
「そうですわね――貴女が日本の代表候補生だから、でしょうか」
その言葉を聞いた少女は一瞬目を見開き、しかしそれも当然かと思い直した。目の前の相手はイギリスの代表候補生、この学園に入学する際に同じ代表候補生の情報くらいは調べていてもおかしくはない。事実、自分がそうなのだから。
少しずれた眼鏡を指で直しながら、彼女はセシリアをじっと見詰める。余裕の表情を崩さないその態度は、自信を持てない自分にはどことなく輝いて見えた。
「多分、私になると思う」
とりあえず質問には答えようと彼女は言葉を紡ぐ。セシリアは彼女の言葉にそれは良かったと返し、そのまま自分の食事に手を付け始めた。その様子を暫く眺めていた少女だったが、自分も昼食途中だったことを思い出し箸を付けた。
いつの間にか食事にシフトチェンジしていた一夏と箒も合わせ、暫し食事を取る音だけが彼等の周囲の空間を支配する。先に食べていたこともあり、少女が最初に食べ終わった。
「それじゃあ、私はここで」
「ああ、相席ありがとな」
「済まなかったな」
「ありがとうございました」
空になった容器のトレイを持つと、彼女はそのまま席を立つ。思わぬ出会いをしてしまった三人に一言だけ述べ、返却口まで歩みを進めた。
しかし、一体彼女は何故あんなことを聞いたのだろう。歩きながら少女は頭に浮かんだ疑問について考える。一体、自分がクラス代表になると何が良かったのだろうか。答えの出ないその問題に、彼女は思考を巡らせる。
ひょっとして、自分がクラス代表ならば楽勝に勝てると思っているのだろうか。ふと、そんなことを思った少女は、それも当然かと肩を落とした。偉大な姉と比べて、自分は所詮劣等者。そう思われても仕方がない。ほんの疑問からどんどんとネガティブな思考に陥ってしまった少女は、人知れず大きな溜息を吐いた。
「でも……」
それでも、そんな矮小な自分にだってプライドはある。そんな風に馬鹿にされたのだとしたら、全力を以ってその意見を覆してみせる。姉に守られずに、自分で自分を守る。それが、自分の出来る唯一の姉への反抗だから。
それに。
「本音に、応援もされてるしね……」
だぼだぼの袖を振り回しながら熱弁を振るっていた親友の姿を思い出しながら、彼女は一人微笑んだ。
次回はVSセシリアさん、だと、いいなぁ。
そして簪さんはキャラ的にこんな感じでいいんだろうか……。