臨海学校準備~一日目序盤、ですね。
季節は進み、暦では夏と記される季節。IS学園では一年生は夏休み前に臨海学校という一大行事がある。滞在期間は三日、移動時間を合わせると四日という期間を使って行うそれは、生徒達にとってかなりの期待となっていた。遊びは勿論だが、向こうでの特別待遇も拍車を掛けている。
「あー、そういや臨海学校の間だけ学園のISを一機自分専用として使えるんだっけ?」
「そうそう。専用機を持っている織斑君達には分からないかもしれないけど、普通の生徒にとっては重要なんだよ」
「成程。通りで騒がしくなっているわけだ」
「そういうこと。だからみんな必死だったの」
へぇ、と一夏は呑気な声を上げた。その隣では同じようにふむふむと箒が頷いている。そしてその説明をしたナギと癒子は少し呆れたような目で二人を見た。別にだからといって二人が必死じゃなかったと言うつもりはないけれど。そんなことを言いながら肩を竦める。
「期末で赤点取って補習って……」
「いや、私は怪我で入院していた所為もあるぞ」
「あ、そっか。ってことは」
「何だよその目は。俺が馬鹿みたいじゃないか」
「いや、馬鹿だろう」
「お前に言われたくねぇよ! 何だよ入院してたからって! 更識さんのノート借りてただろうが!」
「一夏、お前はノートを写しただけで授業の内容を理解出来るのか?」
「出来てたら補習なんて受けてないっつの」
「威張って言うことじゃありませんわ……」
「あ、セシリア」
どうぞ、と差し入れのジュースを四人に渡す。ありがとうとそれを受け取ったナギと癒子は蓋を開けそれを飲み、箒と一夏はとりあえずこれを解いてからと机に置いた。
監視、代わりますわ。そうセシリアが述べたので癒子とナギはありがとうと笑みを返す。じゃあ頑張ってね、と述べると、二人はそのまま教室から出て行った。一夏はそんな三人の会話を聞いて監視ってなんだよとぼやいている。
「お二人だけで補習だなんて、暴れろと言っているようなものではないですか」
「どんだけだよ俺達」
「日頃の行いですわ」
「そうは言うが、セシリアも周りの評価はそう大して変わらないと思ったが」
箒の言葉にセシリアの動きが止まる。表情を苦いものに変えながら、確かにそうかもしれませんけれど、と絞り出すような声で呟いた。
ぶんぶんと首を振って気持ちを切り替えたセシリアは、とにかく、と二人に向かって指を突き付ける。その補習課題をやらないことには、臨海学校の準備もままならない。彼女にそう言われるまでもなく分かっていることであるが、しかしだからといって気合を入れてやれるかといえば答えは否。
「大体、分かんないんだよこんなん」
「一夏さん……ちょっとその発言は高校生としてどうかと」
「優等生さんには分かんない悩みってのが劣等生にはあんの! この問題とか俺には難しいの!」
「ああ、確かにそこは私もよく分からん」
「どこですか?」
一夏の指差した箇所を覗いたセシリアは、ここはこうするといいとあっさり述べる。成程、と箒はその説明を受けて解き始め、一夏はもう少し詳しく教えてくれと頭を下げた。
分かりました、とセシリアは一夏の隣に座る。こうなったら付きっ切りで指導して差し上げます。そう言い切った彼女のオーラに若干気圧されながら、彼はよろしく、と微笑んだ。
そして監視役が向こうでマンツーマンになったことで取り残される少女が一人。
「これが、俗に言うイジメ……」
「何でよ」
「お、鈴ではないか」
確か今日は買い物に行ったのでは。そう箒が問い掛けると、鈴音はアンタ等を置いて行けるわけないでしょうがと肩を竦めた。その言葉を聞いた箒は眉を下げ、それは済まなかったと頭を下げる。彼女らしからぬ態度に思わず鈴音は素っ頓狂な声を上げ、やれやれ、と溜息を吐く。いいからさっさと補習を終わらせるわよ。そう言うと箒の対面に座った。
「では、鈴が私の課題を見てくれるのだな?」
「あたしに何の期待してんのよ。そういうのは優等生の仕事よ」
へいかまん、と鈴音は教室の扉に向かって声を掛けた。その声と同時にやってきたのはいつもの面々とも言えるラウラ、本音、簪である。これだけいれば大丈夫でしょ、という彼女の言葉に、箒はうむと力強く頷いた。
「それで、鈴、お前は」
「冷やかし」
「私も~」
多数の援軍は実質半分だったらしい。そのことを理解した箒はよろしく、とラウラと簪に頭を下げた。
翌週。二人の補習も終わり、改めて臨海学校の準備をする為に、一行は駅前のショッピングセンターへとやってきていた。海に行くならば水着を新調する、というセシリア以外の要望によりやってきたのだ。ちなみにセシリアはオーダーメイドなので買い物は必要ないと言い切った。
「で、何でついて来てんのよお嬢様は」
「消耗品は買わなければ無いですし」
「最高級品じゃないと駄目~、とかは?」
「そんな品の無い成り上がり貴族みたいなことを言うつもりはありませんわ」
オーダーメイドの水着は充分そういう発言だったよ、という言葉は全員が飲み込んだ。何だかんだで皆空気を読んだらしい。ともあれ、ここにいるのは箒、鈴音、セシリア、ラウラ、簪、本音。そして一夏とシャルルの八人である。ナギと癒子は流石にこの面々で買い物はちょっと、と断っていた。
ついでに言うと一夏とシャルルも最初は断っていた。姦しい女性陣に男性二人は色々とついていけないと判断したのだ。が、結局押し切られて今に至る。
「だりぃ……」
「まあまあ、ここまで来たんだし、買い物を楽しもうよ」
げんなりしている一夏にシャルルがそう述べる。まあ確かにそうかもな、と伸びをした一夏は、それでまずは何を買いに行くんだ、と女性陣に問い掛けた。返ってきた答えは当然、水着。あ、用事思い出したと彼は即踵を返した。
「逃がさんぞ一夏。お前は女性水着売り場で立ち尽くすという気まずさを体験するのだ」
「嫌だよ! 何でわざわざそんなことしなきゃいけないんだ! シャルル、お前からも何か――」
「それで、僕らはみんなの水着選びを手伝うの? ちょっと、恥ずかしいな」
「大丈夫大丈夫~、でゅっちーイケメンだから~」
「確かに……顔がいいと……許されてる、って……感じがする、ような」
「おいちょっと待てそれは俺だと駄目だってことかよ」
「別に問題無いと思いますわ。喋らなければ」
「限定されすぎだろおい」
「まあ、あたしは、い、一夏は、か、かっこいい、と思うわよ、うん」
「鈴、俺はお前の水着を全力で選ぶ!」
「往来でその台詞はただの変態だぞ織斑一夏」
「酷ぇ!?」
道行く人々は男女八人の集団を何事かと目で追っている。が、それが騒いでいる高校生だと分かると、ああ成程、と苦笑しながら視線を戻した。それでもある程度は快く思わない者もいるようで、それに気付いた一行は騒ぎを収めると目的地へと足を進めた。結局男性陣、ではなく一夏の意見は黙殺され水着売り場に向かうらしい。
じゃあ選ぶから感想を言え、と散っていった女性陣を見ながら、水着売り場入り口で男性陣二人はぽつんと立つことと相成った。
「ついでだし俺も水着買ってくるか。隣にあるし」
「あ、行ってらっしゃい」
「って、シャルルはいいのか?」
そう尋ねてから、一夏はしまったと顔を顰めた。シャルルが転校してきた初日に打ち明けられたことを思い出したのだ。上半身にある大きな傷、それを見られたくないから同性の一夏にも肌を晒すことを良しとしない。そんな彼が水着など着るはずがないではないか。そう結論付け、悪いと一夏は頭を下げた。
「いいよ、そこまで気にしなくて」
「それでも、ごめん」
「前もそうだったけど、本当に真っ直ぐだね、一夏」
「そうか? 箒や鈴には捻くれ者とか言われるが」
「あははっ」
何で笑うんだ、と一夏は苦い顔を浮かべたが、まあいいやと頭を掻きじゃあ向こうに行くからとシャルルから離れた。うん、と頷いた彼はすぐ近くのベンチで座って暫しの間ぼうっとする。何も考えずに、どこを見るでもなく。
お待たせ、と一夏はシャルルに声を掛ける。早いね、という彼の言葉に、男の水着選びなんぞこんなもんだと返した。
それに合わせるように、ちょっと来い、という女性陣の声が届く。どうやらある程度水着を選んだようで、評価を男性陣に求めているらしい。若干げんなりした表情を浮かべながら、行くか、と一夏はシャルルに述べた。
「てか、結局最終的に何にしたかは秘密なのかよ」
「あったりまえでしょ。当日の楽しみが無くなっちゃうじゃない」
そう言う鈴音に他の面々もうんうんと頷く。楽しみ、ということは、どうやら二人には選んだ水着を海で見せびらかす算段のようであった。元気だな、とシャルルが苦笑しながら呟き、まったくだと一夏も同意した。
後は細かい消耗品を買わなくては。そう述べ別の場所に行こうとした時である。ちょっとそこの、と一夏は呼び止められ振り向いた。
いかにも高慢そうな女性が、一夏に向かって水着を突き付けている。これ片付けておいて、とそれだけを告げ、さっさと持てと言わんばかりに鼻を鳴らす。
「は? え? 何で俺?」
若干の困惑を浮かべた一夏であったが、すぐに目の前の相手がどういう存在であるのかを理解し顔を顰めた。恐らく、IS適正を傘にして威張り散らしている一部の連中の一人なのだろう。そう判断した彼の答えは、首を横に振ることであった。
それに対し、相手はそれだけの女性にペコペコしているくせに、と悪態を吐く。言われた一夏は後ろを振り向き、ああ確かにその辺は弁解しようがないと溜息を吐いた。だが、と彼は相手に言う。これは自分の友人達であって、見ず知らずの相手に従うのとは違う、少なくともそちらにそんなことを言われる覚えはない、と。
「いい啖呵だねぇ」
「どこがだ」
それに何かを言おうとした相手の言葉を遮るように、一夏にとって聞き覚えのある声が二つ聞こえた。片方は呆れたように彼を見るスーツの女性、そしてもう一人はニコニコと笑うウサミミにエプロンドレスというエキセントリックな格好をした女性であった。
突如現れた二人に、女性は何かを言おうと視線を向けたが、その顔を見て動きを止めた。見間違いでないのならば、この二人は。
「で、そこの人はこの篠ノ之束の友人に何か御用かな?」
底冷えするほどの冷たい目。それを受けた女性は気圧されるように後退り、何でもないと言い放つとその場から去っていった。まったく、何なんだろうねあれ、と束は隣の千冬に問い掛け、知るかと千冬は言い放つ。
それよりも、と彼女は自身の弟へ視線を向けた。
「何だ一夏、ハーレムか」
「何言ってんのこの人!?」
「あ、勿論箒ちゃんが正妻なんだよね?」
「何言ってんのこの人!?」
「一夏、ツッコミが同一だぞ」
気にするところはそこではない、と隣の鈴音は思ったが、まあ箒だからと諦めた。それより、と気を取り直して二人に問い掛ける。そっちも買い物ですか、と。
「ん? まあ、そうだ。臨海学校もあるし、水着を新調でもするかと」
「束さんもちーちゃんの付き添いで水着購入さー」
はっはっは、と笑う束を呆れたように見る千冬であったが、その表情は普段よりも幾分か和らいで見える。友人同士で買い物、という状況で、教師としてよりも一個人としての部分が強く出ているのだろう。そんなことを思いつつ、一夏は邪魔しては悪いと二人から離れようとした。
が、そんな彼を束が掴む。知り合いなら色々融通聞くんだよね、という彼女の言葉を聞き、一夏はこれから何をされるのかを大体予想した。
「……悪い、みんなは買い物しててくれ」
「さっきの威勢はどうした一夏」
「無茶言うな、相手は千冬姉と束さんだぞ。そこまで言うなら箒、お前が――」
「よし、行くか皆」
「手の平返すの早ぇ!?」
がくりと肩を落とす一夏を尻目に、また後で、と一行は連れ立って消耗品を買いに別のフロアへと歩いて行く。これが友情か、と頭を垂れる彼の肩に、どんまいと束が手を置いた。
「ま、でもほら、考えようによっては役得だよ。ちーちゃんと束さんの水着見放題!」
「……成程」
「え、ちょっと本気で食い付くの? ちーちゃん、このいっくん大丈夫なの?」
「とっくに手遅れだ」
ふう、と溜息を吐いた千冬は、水着売り場へと足を進める。待ってよ、と束もその後に続いた。そして再び取り残される一夏。さっきはシャルルがいたので二人であったが、今度は一人。気まずさは倍である。
とはいえ、そんなところに突っ立っていないでこっちに来い、と言われれば、それもそれで思春期男子としては酷なわけで。
「ねね、いっくんはワンピースとビキニだったらどっち派?」
「え? び、ビキニ、かな」
「よしじゃあこれはどうだ!」
そう言って束が掲げたのはストライプのビキニ。水色と白の縞が、どこか別のものを連想させた。パレオをセットで用意してあるのも拍車を掛けている。
その水着を着た束を想像し、少し気まずくなった一夏は視線を逸らしたが、それが逆に彼女に何かを感付かせることとなった。じゃあこれにしておこう、と満面の笑みで述べる。
一方の千冬は、二つの水着を手に持ち一夏へと歩いてきた。白と黒、対照的な二種類は、どちらも彼女にはよく似合うだろうと思わせた。
「いっそ二つ買って上白、下黒はどうかな?」
束のその意見を却下し、千冬は一夏に問う。左右に視線を動かしたが、まあこっちかな、と黒の水着を指差した。
じゃあそうするか、と千冬の水着も選び終わり、買い物は終了。これで一夏は自由の身となったわけだが。
「ついでだし、お昼食べよ? 束さん奢っちゃうからさ」
「そうだな。あいつらも呼んで、昼飯といこう」
あれよあれよと二人でセッティングされていくのを見ながら、一夏はまあ奢りならいいや、と色々諦めたように肩を竦めるのだった。
そして臨海学校当日。夜行バスにより午前中の早い内に目的地に辿り着いたIS学園一年生は、バスの窓から見える海に否応なしにテンションを上げていた。
だが、この行事の目的は海で泳ぐことだけではない。それが分かっているのか、バスで座っている生徒達も外の景色と自身の腕についているブレスレットへ視線を交互にやっている。
そろそろ到着するぞ、という千冬の声に返事をした一年一組はそれぞれのバスの席へと戻る。暫く後にバスは旅館の前で停車、八台の中から出てきた生徒はまず入り口で整列し、注意事項や従業員への挨拶を行った。ではそれぞれの部屋へ、と思い思いに案内される中で、一夏も同じように荷物を抱えて歩いていた。
ここです、と案内されたのは二人部屋。当然のことながら一夏とシャルルの部屋である。男性陣は彼等しかいないため、部屋割りなどというものは存在しないのだ。結局寮と変わらない相手に二人揃って苦笑を浮かべ、まあとりあえず荷物を整理するかと持っていた鞄を置いた。
初日は自由時間だという話ではあるが、その前に一度話があるとのことで、一年生は大広間へと集合する。それぞれのクラスの担任教師が前に立っているが、そこに二人ほど教員でないと思われる人物を彼は見付けた。一人は金髪のサマースーツの女性、どこか見覚えのあるような気もしたが、少なくとも顔見知りではないだろうと一夏は結論付ける。
問題はもう一人だ。ウサミミにエプロンドレス、既に見慣れたそのエキセントリックな姿は、自分も教員ですと言わんばかりに堂々と立っている。思わず視線を前から箒に向けたが、まあ姉さんだし、という表情が見えて一夏も納得することにした。
ある程度の注意事項を述べた千冬は、ではこれから自由時間だが、と前置きをした。
「この三日間、お前達全員が専用機持ちだ。遊ぶのも構わんが、この機会に好きなだけ専用機を使い倒すという選択肢もあることを忘れるなよ」
それと、と彼女は二人に視線を向ける。サマースーツの女性と、束に。
「臨海学校の特別講師として、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』のパイロット、ナターシャ・ファイルス女史に来てもらっている。まあ、今のお前達では間違いなく為す術もなく倒されるだろうから、遠慮なく胸を借りておけ」
では解散、と千冬は告げる。が、生徒達はえ、と呆気に取られた顔で彼女を見た。もう一人紹介すべき人物がいるのではないか、と。
その視線を受けた千冬は、やれやれ、と肩を竦めた。物好きだなお前達は、と言いながら、先程目を向けたもう一人についてを語り始めた。
「今年の一年生は特別機が多くてな。臨海学校のISの整備を一人で行える人物がいなかった。ので、学園は特別に『しののの』に依頼し、優秀な整備士を派遣してもらった」
以上だ、と述べる千冬は、もうこれ以上話すことはないというオーラが滲み出ている。その為、優秀な整備士ってレベルじゃない、というツッコミを入れられる人物は皆無であった。
では解散、という二度目の彼女の言葉で、一年生は大広間から去っていく。これからは自由時間、遊ぶのも良し、ISを使うのも良し。
ここで残って何か物申すのも良し、である。
「姉さん」
「いや、今回については、束さんとしては何の落ち度もないと思うんだけどね」
まあ確かに、と箒は思い直した。正式な依頼で派遣されてきたのならば、こちらとしても何も文句はない。何より、束がいるのならば『紅椿』にある程度無茶をさせても修理が可能だ。むしろメリットが大きいことを考え、箒は納得することにした。
納得したところで、さてどうしようか。そんなことを思いながら大広間を見やると、自分以外にも生徒が残っていることに気が付いた。数名の女生徒が真耶へと声を掛けている。聞こえてくる会話を聞く限り、どうやら以前授業中に彼女に撃墜された者達のようだった。
成程、リベンジか。そんなことを思いながら視線を動かすと、顔見知りが一人、千冬へと声を掛けているのが見えた。特徴的な金髪縦ロールは、この学園に来てから出来た親友の一人で。
「セシリア、千冬姉に何かあんのだろうか」
隣にやってきた一夏がそんな声を上げる。そうだな、と箒は述べ、まあ行けば分かるだろうと続けた。そうだな、と先程の彼女の返事と同じ言葉を返した一夏は、セシリアと千冬の下へと歩いて行く。
何してんだ? そう尋ねた一夏に向かい、セシリアは別に大したことではありませんわと答えた。
「いい機会ですから、リベンジを果たそうか、と」
開放されている砂浜とは別に、ISを使用する為の特設ビーチがこの場所にはある。学園のアリーナのようなそこで、二体のISが対峙していた。片方は青、そして片方は薄い桜色。セシリアの『ブルー・ティアーズ』と千冬の『暮桜』。その二体がそれぞれの獲物を構えて立っていた。
周囲には一年生全員が観客として集まっており、見学スペースはごった返している。対して、一夏達は審判も兼ねて近い場所で二人を眺めていた。
「じゃあ二人共、準備はいいかしら?」
そう尋ねるのは、先程千冬が紹介した『銀の福音』のパイロット、ナターシャである。こくりとお互いが頷くのを確認すると、自身のISを部分展開したまま始め、と声を張り上げた。
「『ブルー・ティアーズ』!」
先手はセシリア。BT兵器を即座に展開、自身は無手で目の前の相手を見ながら逃走ルートを潰すために四機を操作、ロックオンを行う。コンソールにそれぞれを捉えたのを確認すると、油断なく一挙一動を見逃さないようにしながら射撃を。
「甘い」
放たれたビームは全て千冬の斬撃により弾かれた。本人は一歩も動かず、そして視線もセシリアを見詰めたまま。ハイパーセンサーがあるとはいえ、死角から飛んでくる攻撃を意にも介さず捌いてのけたのだ。
だが、セシリアにとってはその程度は予想の範囲。まだまだ、とBT兵器を動かしつつ、自身も円を描くように機動を行う。的を絞らせないその動きは、オールレンジ攻撃と合わさりそう簡単に対処出来るようなものではない。
にも拘わらず、千冬は何てこともないようにそれを受けきる。右手に持っている刀一本で、その全てをしのいでみせた。
「ならばっ!」
武器を取り出す。近接戦用に誂えたバスターソード、それを腰に構え突進した。周りの生徒達にとって近距離を挑むセシリアはただの自殺行為だとしか思えなかったが、対峙する千冬は別であった。ほう、と少し感心するような声を上げ、その一撃を飛んで躱す。
今まで一歩も動かず迎撃した千冬が、動いた。それを機にBT兵器を一斉掃射したセシリアは、最初に行った斬撃の勢いをそのまま次の一撃への力に変え、千冬が来るであろう場所へと叩き込む。
手応えはあった。確かに当たった感触はあった。だが、しかし。
「……っ!?」
「いい一撃だ。射撃を主とするお前がここまでやれるようになるとは」
空いている左手でバスターソードを掴んで止めた千冬は、そう言って笑う。笑いながら彼女は腕を引き、その勢いでバランスを崩したセシリアの鳩尾に刀の柄をねじ込んだ。肺から一気に空気が吐き出され、思わず視界が暗くなる。シールドエネルギーの減少は僅かであったが、パイロット本人へのダメージはそれ以上であった。
バスターソードを手放し、素早く距離を取る。む、と千冬は掴んでいたバスターソードを放り投げ、次の彼女の一手を待ち構えた。
瞬間、千冬の眉間にビームが飛ぶ。目にも留まらぬ速さで射撃を行ったセシリアは、しかしまだだと姿勢を立て直した。持っていた武器を仕舞い、再び『クイックドロウ』の体勢に入る。
「オルコット、お前のその技術は素晴らしい。自身の腕のみでそこまで到達するものはほんの僅かだろう。だが」
まだ甘い。そう言うのと同時、千冬は『暮桜』のスラスターを吹かした。一瞬にして間合いをゼロにし、セシリアの眼前に現れる。
目を見開いた。だが、まだこのくらいは。そんなことを思いつつ『クイックドロウ』で射撃を行ったセシリアは、それを『暮桜』の刀で受け止められたことで舌打ちをした。ならばもう一撃、そう思い再び銃を構えた時には、既に目の前の相手は刀を振り切っていた。
自身の首に、斬撃の跡が走る。え、と声を発した時には、既に彼女の首は断たれていた。無論『絶対防御』は発動し、『ブルー・ティアーズ』のシールドエネルギーはゼロになる。敗北判定がコンソールに記され、彼女の機体はゆっくりと失速していった。
ふう、と千冬は『暮桜』を解除する。砂浜でへたり込んだセシリアに手を差し出すと、その手を取りながらも悔しそうな顔をしているのが目に入った。それが可笑しくて、思わず千冬は笑ってしまう。なんですか、というセシリアに、すまんすまんと彼女は述べた。
「……完敗ですわ。一夏さんのように勘で躱されるのではなく、明らかに『クイックドロウ』に反応されました」
あの時より速く撃ったはずなのに、と拳を震わせるセシリア。それを眺めながら、まああれだ、と千冬は告げた。
「まだまだヒヨッコなのさ」
「むきぃぃぃぃ!」
普段の彼女らしからぬその態度を見て、目の前の千冬も、見ていた一夏達も思わず笑みが溢れてしまった。それが余計にセシリアの機嫌を悪くさせ、拗ねせさせてしまう。
まあ分かっていましたけれど。そんなことを言いながら頭を垂れる彼女に、一夏は心配するなと肩を叩く。俺も千冬姉に勝てたことないから。自慢気にそう述べたのを見て、セシリアの怒りは何処かに吹き飛んだ。
「……何だか、どうでもよくなってきましたわ」
「何故に!?」
臨海学校一日目。早くも騒動が巻き起こりながら、しかしのんびりと時間は過ぎていく。そこにあるのは笑顔。嵐も何もない、晴れやかな空。
海は、とても平和だった。
というわけで臨海学校初戦は千冬vsセシリアでした。
原作の臨海学校ってこんな話だったっけ……?
まあいいや。