原作通りにはどうがんばっても進みませんね、これ。
対戦相手の少女二人は戸惑っていた。練習で確かに見てはいたが、実際に対峙するとまた違うことに気付いたのだ。
セシリアは遠距離、鈴音は近距離。それが一年の中での常識でもあった。高レベルのその二人を相手にするのならば、よしんば変則的に立場を変えているのだとしても、それなりの対策が必要である。そう思っていた。
「こんこんちんくしょー!」
両手に持ったバズーカから弾が発射される。それを躱すと、その隙を狙って大剣を振り上げる青い騎士の姿が現れる。
「って、ちょっと鈴さん! こっちにも来てますわよ!」
「あ、ごめん。でもしょうがないじゃん! 味方がいる状態での戦いやってないんだから!」
「そこなんですよね……」
言いながら、セシリアは相手の攻撃を盾で受け止めた。パリィでブレードを弾くと、右手の大剣を横に薙ぐ。決まるかと思われたそれは、割り込んできた向こうのパートナーのシールドで防がれてしまった。苦い顔をしながら彼女は後退。そこに向かって後方の鈴音がミサイルを放つ。
「だから、早いですわ!」
「え? マジ?」
着弾、直撃。ただし、それは三人纏めて、であった。爆煙の中に消えてしまった己のパートナーがいた場所を見詰めながら、鈴音は思わず頭を抱える。これはひょっとして、セシリアも撃墜されてしまったのでは。そんなことが頭を過ぎった。
「あ、でもあたしが残ってるから勝ちか」
「マジ切れしますわよ」
「うぉ!? セシリア無事だったんだ」
「喧嘩を売ってるのですか貴女は!」
盾に焦げ跡の付いたセシリアが彼女の目の前に現れる。その顔はどう見ても友好的なものではなく、明らかに怒っているのが分かった。まあそりゃそうだ、と思いながらも、鈴音はごめんと頭を下げる。大きく溜息を吐かれたが、とりあえず説教は後回しですわと言う言葉と共に前を向いたセシリアを見て、彼女は少しだけ安堵の溜息を漏らした。
どのみち説教されるのは変わらないのか。そんなどうでもいいことをついでに考えた。
「いいですか鈴さん。わたくし達は専用機と専用機のコンビ、耐久値は全チームの中でも最低値に近い。それはつまり、長期戦は不利だということに他なりません」
「短期決戦、か。普段ならまだしも、この状態でいけるんかなぁ」
「いけるいけないではなく、やるしかないのですわよ」
そう言うとセシリアは再びバスタードソードを構える。その彼女を見てこくりと頷くと、鈴音も両手のバズーカを握り直した。相手は先程の爆発でもそれほどダメージを負った様子は無く、今度はこちらの番だと言わんばかりに接近しようとしている。恐らく先程までの激突で、鈴音が味方を巻き込まずに射撃が出来ないということに気付いたのだろう。接近してしまえば、セシリア一人を狙えばいい。分かりやすいほどに視線がそう物語っていた。
「鈴さん、馬鹿にされてますわよ」
「セシリアだって接近戦ならそんな強くないって思われてるじゃない」
「ええ、そうですわね。……非常に、腹立たしい」
目が据わった。隣にいる鈴音が思わず体を震わせるほどに、彼女の雰囲気が変化したのだ。目の前の相手はまだ気付いていないのか、それとも彼女が気付かれないようにしているのか。どちらにせよ作戦を変更せずに突っ込んでくるのが見える。
セシリアがバスタードソードを正眼に構えた。視線を動かさずに、フォローをお願いしますと短く隣に告げる。少々戸惑いつつ、鈴音は了解と返した。
ふと自分の持っているものを確認した彼女は、バズーカを仕舞う。そして取り回しのしやすいハンドガンを取り出した。両手に一丁ずつ、二丁のハンドガンを構えた鈴音は、突っ込んでくる相手に向かって剣を振り上げるセシリアの背後につく。
「セシリア・オルコットを」
「凰鈴音を」
『嘗めるんじゃない!』
二人の、そんな怒号がアリーナに響き渡った。
二人が戦っているアリーナの観客席の一角。生徒用スペースで土下座をしている男子生徒が一人いた。無論織斑一夏であり、そしてその目の前で仁王立ちしているのは布仏本音だ。
「私ね、ちょおちょお傷付いたんだ」
「分かっております」
「親友を馬鹿にされたんだもん、おりむーも分かるでしょ?」
「おっしゃる通りでございます」
「本音……その辺にしよう、ね?」
そろそろ止めなければ、という簪のフォローにより何だか分からない土下座劇は幕を閉じ、顔を上げた一夏はアリーナの方へと視線を向ける。おーおーやってるやってる、という何とも呑気な声を挙げつつ、しかし二人の装備を見て首を傾げた。
「ん? セシリアが接近戦で、鈴が射撃? 逆だろ普通」
「ああ、お前はさっきからずっと土下座していたので見ていなかったのか」
そういう方針らしいぞ。そう言いながら箒は肩を竦めた。普段とは目を見張るほどの酷さだがな。そう続けながら笑う。
確かに彼女の言う通り、二人の動きは普段と比べると明らかに精彩に欠けている。セシリアは『クイックドロウ』があの状態では使用出来ず、鈴音は真っ直ぐ突っ込むことも『視る』ことも出来ずに牽制をするくらいしかやっていない。
何より、連携が全く取れていないのだ。鈴音の射撃はセシリアを巻き込み、そしてセシリアも彼女の射線上に無意識の内に飛び込んでいってしまっている。訓練をしていたはずなのに、まるで急造のコンビのような機動を行っていた。
「あ、ミサイルが……セシリア巻き込んだぞおい!」
「うわぁ」
「味方もろともか……中々冷酷な思考の持ち主だな、凰鈴音」
「多分……違うんじゃ、ないかな」
「お~、マジ切れしてるね」
「何やっているのだあいつ等は」
このままでは優勝どころか、一回戦突破ですら怪しい。そんなことを見ている誰もが思い始めた。一夏達ですら、そう感じていた。
だが、その空気が変わったのにいち早く気付いたのもまた、一夏達であった。呆れたような顔を一変させ、何やら緊張した面持ちで二人が佇む姿を見やる。セシリアが剣を正眼に構え、そして鈴音がフォローにつく。一見さっきまでと同じように思えたるが、違う。
嘗めるな、という叫びが聞こえた。それと同時、普段の彼女らしからぬ愚直な機動で突っ込んでくる相手を迎撃にかかる。セシリアのバスタードソードと相手のブレードがぶつかり合い、甲高い音を立てた。だが、それも一瞬。取り回しのしやすいように設計されている通常の近接ブレードでは、彼女の大剣は止められない。あっさりと力負けし、そのまま押し切られる。あわやブレードごと真っ二つかと思われたそのタイミングで、相手のパートナーがフォローに入った。アサルトライフルを撃ちながらセシリアとの間合いを離そうとスラスターを吹かす。それに気付いたセシリアは一瞬だけそちらに目を向け、しかし気にせずにもう一度大剣を振り被った。
今なら攻撃が当たる。そう考えた相手のパートナーは照準を彼女の頭部に合わせるが、その瞬間に視界がぶれた。何が起こったのか理解出来たのは、正常になった視界が地面を見ていたタイミングでようやくであった。慌てて姿勢制御とセンサーを確認すると、ロックオン警告と共にもう一度吹き飛ぶ。その方向に銃弾をばら撒いたが、既に相手はその位置にはおらず。
「結局さ、射撃だろうが何だろうか、あたしのやることって変わらないわけよ」
声の方へと顔を向けると、『甲龍』・『フォシァン』の砲門が全て彼女の方へと向いているのが見えた。両手のガトリング、肩の衝撃砲、そして腰と足に備え付けられたミサイルランチャー。それらが全て、目の前の相手を蹂躙せんが為に構えられていた。
「真っ直ぐ、ぶっ飛ばす! 全弾発射だこんにゃろぉぉぉぉ!」
連射、不可視の砲弾、そしてミサイル。性質の違うそれらが全て一体の敵に向かって放たれる。その弾幕は対策をとることなど不可能にも思えて。
一斉掃射を受けた少女はそのままバランスを崩して落下していく。それを確認した鈴音は視線をすぐさまもう一人へと向けた。パートナーであるセシリアと戦っているもう一人へと。
「セシリア……!」
セシリアは思わず舌打ちをしていた。先程の乱入によって止めの一撃が躱され、そして相手は警戒をするようになってしまった。大剣の攻撃は重く威力のある代わりに遅い。回避に専念されてしまうと、まだ完璧とはいえない彼女の近接技術では捉え切れないのだ。
何故『ブレード・ペンドラゴン』は通常の近接ブレードではなく、こんなバスタードソードを用意しているのか。思わずそんな悪態を吐くが、それで何かが変わるわけでもない。どうにかしてこの大剣で相手の動きについていかなくてはどうしようもないのだ。
鈴音と特訓している際の模擬戦では、彼女が好戦的な性格ということもあって、このような状況に陥ったことがなかった。だからこそ、余計に彼女を焦らせた。
「くっ、この……!」
横に薙ぐ。その勢いを利用して上から下に振り下ろした。だが、そのどちらも躱され、胴に一撃を食らってしまう。カウンターをしようと突きを放ったが、既に相手は離脱していた。
横槍が入らないということは、つまり相手のパートナーは鈴音が抑えている、あるいは封殺しているということ。それが更に彼女の中で焦りを生む。相方は出来ているのに、自分は出来ない。ほんの少し前まで素人だった少女には出来て、国内戦無敗と誇っていた自分は出来ない。
「はぁぁぁぁ!」
突進、そして大剣を振るう。まともに打ち合えばそのまま両断せんばかりの威力を秘めたそれは、相手の回避優先の機動によって空を切る。
「ちょこまかと……!」
そのまま剣を横に薙ぐ。しかしやはり当たらない。単調になっているのだ。元々大剣という武器ではやれることは限られてくるが、彼女は焦りにより自分自身でその中でも更に選択肢を狭めてしまっている。横か縦に剣を振るう。その組み合わせしかしていない。
相手もそれが分かってきたのか、攻撃の合間にカウンターを行うようになってきた。ダメージは軽微であるが、しかし大会ルールによって耐久値が極端に下がっているセシリアにはそれも無視出来ない傷となる。いつの間にか、コンソールに表示されるシールドエネルギーは赤く点滅していた。
まずい、そう思った時には既に遅い。一瞬集中が切れたタイミングを狙い、相手は今まで使わなかった射撃武器を取り出す。完全に虚を突かれたセシリアは、その射撃を回避する術が無い。当たってしまえば、そのまま敗北判定値に至るであろう。
「なーにやってんのよ!」
叫びと共に高速で突っ込んできた鈴音が、目の前の相手を吹き飛ばした。技も何も無い体当たりを行った彼女はそのままバランスを崩して目の前を通り過ぎ、そしてそこで体勢を立て直しながらセシリアを睨む。そしてもう一度、何やってるんだと声を荒げた。
「あの時の、あたしの『双天牙月』使って戦ってた時の勢いはどうしちゃったのよ! 専用装備の方が弱いなんて笑い話にもなりゃしないわよ!」
「鈴さん……」
「アンタはあたしの目標で、パートナーでしょ! しゃきっとしなさい!」
数度目を瞬かせた。そして、堪えきれなくなって笑い出した。何笑ってるのよ、という鈴音に謝罪の言葉を述べつつ、そうでしたわねと返す。大きく息を吸い、そして吐く。
まだ戦闘不能になっていなかった相手のパートナーの方へと飛んでいく鈴音を横目に、セシリアはもう一度真っ直ぐに相手を見て、そして剣を構えた。正眼ではなく、切っ先を後ろに向け腰元へ。そのまま前傾姿勢を取り、背中のスラスターを吹かす。
相手の懐に瞬時に飛び込んだ彼女は剣を振るう。慌てて回避をした相手に視線を向け、そしてその口角を上げた。ニヤリ、と笑った。
彼女の機体の足に増設されたブースターが火を噴く。独楽のように回転しながら逃げた先へと刃を滑らせる。いきなりのその攻撃に相手は面食らい、そしてその一撃をまともに受けてしまう。体がくの字に曲がり、そして盛大に吹き飛んだ。
視界がグルグルと回る中、何とか姿勢を制御しようとスラスターを吹かした彼女は、しかしその途中で何かにぶつかり止る。コンソールにはそれが自分のパートナーだということを示しており、そして同時に目の前に二つの影が接近していることも知らせていた。
「ま、でもやっぱ真っ直ぐ突っ込んでぶっとばしたいわけよ」
「鈴さんらしいですわね。では、わたくしも」
『双天牙月』を振り被る鈴音と、バスタードソードを構えるセシリア。その二人の斬撃が、目の前に迫っていた。
「二刀!」
「両断!」
交差するように揃って切り裂かれ、二人は地面へと落下していった。
終わってみれば順当な結果であった。そんな感想を抱きながら、ラウラは席を立つ。そろそろ出番だ、と箒に伝えると、そうだなと彼女も立ち上がる。
「ん? もうBブロックか」
「まだ五試合ほど残っているが、生憎私達は初戦なのでな」
一夏の言葉に箒はそう返し、ではまた、と観客席から去っていく。それを見ていた一夏は、俺達はどの辺だっけかとシャルルに尋ねた。
中盤だからまだ大丈夫だよ、という彼の言葉にホッと胸を撫で下ろし、ならあの二人の試合が見れると椅子に体を預ける。その様子を見て、シャルルはもう一度一夏に尋ねた。
本当に機体の整備しなくてもいいの、と。
「大丈夫大丈夫。そもそも待機形態で腕についてんだぜ? 異常があればすぐ分かるっての」
「……それなら、いいんだ」
そこで彼は言葉を止め、僕は念の為機体の調整をしておくよと席を立った。あいよ、という一夏の声を背中に受けながら、シャルルもまたアリーナの観客席を後にする。
やれやれ、と彼が肩を竦めていたが、一夏は特に気にしなかった。
「どうですかわたくしの剣捌きは!」
「あたしだって射撃やれるでしょ!」
そんな三人と入れ替わりにやって来たのは一回戦を済ませたセシリアと鈴音。どうだと言わんばかりに胸を張っているが、しかし。
最初酷かったじゃないか、という一夏の言葉に二人揃って肩を落とした。
「そうですね……どうせわたくしは井の中の蛙でしてよ……」
「やっぱりさ、あたしなんかが代表候補生名乗っちゃいけないよね……」
「ダウナー入るの早過ぎだろおい!」
「テンションおかしいね~みんな」
「うん本音……貴女が言っちゃいけないと、思う」
ケラケラ笑う本音に呆れながら簪はそう返し、落ち込んでいる二人に向かっておめでとうと言葉を投げ掛けた。顔を上げたセシリアと鈴音に向かって、彼女なりの精一杯の笑顔を見せる。
「かっこ、よかったよ……」
「ほ、本当ですの!?」
「マジ!?」
こくり、と彼女が頷くのを見て、二人は拳を天に突き上げた。いえーいあたし達さいきょー、と何だか分からないテンションで叫んでいる。
まあ機嫌が直ったのならばいいか、と思った一夏は再びアリーナに視線を移す。試合をしている生徒を見ながら、そういえばとトーナメント表を開いた。先程シャルルに聞いた自分の出番を再確認しつつ、自分とは直接関係ないAブロックのトーナメントを見る。
先程勝ち抜けた簪と本音のペア、そして今勝ったセシリアと鈴音のペア。それらの進む先を目で追っていった一夏は、思わず声を挙げた。良く出来てるな、と呟いた。
「ん? どしたの一夏」
「これだよこれ。Aブロックのトーナメント」
「それがどうかなさいましたか?」
鈴音とセシリアの問いに、ほらこれ、と目で行ったことを指でやってみせる。それを見せられた二人は、成程、と笑って視線を動かした。
更識簪と布仏本音の二人へ。
「え? な、何?」
「どうしたの?」
首を傾げる二人に向かって、セシリアも鈴音も指を突き付ける。勝つのは自分達だ、と。
その言葉で何を言っているのか理解した二人は、同じく笑みを浮かべて勝つのはこちらだと返した。
「これでどっちか決勝いけなかったら爆笑もんだけどな」
そんなことを呟きながら、一夏はトーナメント表を再び仕舞う。まあ、まずそんなことは無いだろうけど、と続けてアリーナの試合に意識を向けた。
どうやらAブロックの試合はこれが最後のようで、終わり次第Bブロックの試合が始まるらしい。そのアナウンスを聞いた一夏は、四人にそろそろ箒達の出番だぞ、と声を掛けた。
その声に騒いでいた四人は動きを止め、席に座ってアリーナを見やる。暫く試合を観戦していると、試合終了のブザーがなり四人がアリーナから去っていった。
「何だか観客席がざわざわしてるわね」
ではBブロックの試合を、というアナウンスと共に、来賓席からざわめきが聞こえ始めた。確かにそうだな、と首を傾げた一夏に向かい、セシリアは呆れたように声を掛ける。
「次は箒さんの出番ですから、注目されているのでしょう」
「は? 何で箒が?」
「いや、貴方もですわよ」
「俺も?」
首を傾げる一夏は本気で分かっていないようで、それを見たセシリアは大きく溜息を吐く。まったく、貴方達は何を考えているのですか。そんなことを言いながら彼に詰め寄った。
「いいですか? 貴方も箒さんも、『しののの』のISパイロットなのですわよ」
「へ? あ、ああ、そうだな」
「今まで織斑先生しかISパイロットが確認されてなかった『しののの』の全貌が明らかに! みたいな感じなのかもね~」
「……特別、なんだね」
「マジかよ」
気楽にやるつもりがとんだプレッシャーだぞそれ。そう言いながら一夏は肩を落とす。特に貴方は男性操縦者ですから二倍注目ですわ、というセシリアの追い討ちで力尽きたように椅子へ崩れ落ちた。
「って、野郎の操縦者ならシャルルもいるじゃんかよ」
「『しののの』と男性操縦者で二倍ってことよ。頭使いなさい頭」
「……そうっすね」
もう逃げようかな、と思わず彼は漏らした。だが、しばらく無言で空を見上げると、よっしゃあと勢い良く立ち上がる。こうなりゃトコトンやってやろうじゃないか。そう叫びながら拳を振り上げた。
「ちょうどいい。ここでビシッと決めて、千冬姉と束さんに一人前だって認めさせてやるぜ!」
「その意気ですわ」
「おう、頑張んなさい」
「おおいえ~」
「頑張って」
思い思いのエールを貰い気合を入れ直した一夏は、じゃあ俺も準備をしてくるかと出口に足を向けた。
試合、見ていかないの? という問い掛けに、一夏は振り向くことなく心配いらないと返す。あいつが負けるわけないだろ、と言い残すと、そのままアリーナの観客席から去っていった。
残された四人は、思わず顔を見合わせる。鈴音は一人納得していた様子であったが、残りの三人は少しだけ怪訝な表情を浮かべた。
「信頼し切っている感じでしたわね」
「うんうん」
「凄い……」
「ま、そりゃそうよ」
そうは言うものの、果たして本当にそうなのか。彼と同じリアクションをしている鈴音を除く三人は、どこかそんな引っ掛かりを覚えつつもアリーナに目を向ける。どうやら既に試合の準備は出来ているようで、後は試合開始のブザーが鳴るのを待つばかり。
「来た!」
合図と共にピットから紅と黒が飛び出してくる。相手は『ラファール・リヴァイヴ』二体のペアのようで、豊富な武装で相手を翻弄しようという作戦らしい。確かにまだ実戦経験の薄い生徒達には有効な作戦であろう。
だが、生憎と相手が悪い。
「ラウラ、先に行かせてもらうぞ」
「了解。援護は任せろ」
紅の流星が疾駆する。相手が銃弾を放つ前に間合いを詰め、その二刀を振り被った。気持ち良いくらいの音を立て、相手の持っていた銃が切り裂かれる。そのまま刀の柄で腹を殴り飛ばすと、もう一人の方へと斬撃を飛ばした。咄嗟のことで反応が遅れたもう一人はその斬撃をまともに食らい姿勢が崩れる。そこを狙い済ましたかのようにレールガンの砲撃が飛び、アリーナの端まで吹き飛んでいった。
体を捻る。パートナーが吹き飛んだことで動揺していた目の前の相手の首を、持っていた二刀で刈り取った。二連続で首を断たれた相手は『絶対防御』が発動、大量にあったシールドエネルギーは瞬時にゼロとなる。
試合終了のブザーが鳴り響いた。この間僅か十五秒。思わず見ていた者も言葉を忘れるほどの、ほれぼれとする秒殺劇であった。
「……なんとまあ」
セシリアの口からそんな言葉が漏れる。隣に視線を向けると、本音と簪も同じような顔をしているのが見えた。それほどまでに衝撃的な光景だったのだ。
少なくとも代表候補生と同等かそれ以上の操縦技術。加えて実戦慣れしたメンタル。今まで授業である程度分かっていたつもりであったが、実際に見せ付けられると溜息が出てしまう。反対側にいる鈴音が目を輝かせているのを見て、無理もないと肩を竦めた。
ただ、言わせてもらうのならば。
「あれくらいの秒殺劇は、わたくしでも可能ですわ」
「おお~、せっしー対抗意識メラメラだ」
「私はちょっと無理、かな……」
「え~、かんちゃんなら十秒でやれるって!」
「いや、私そういう戦い方じゃないし……」
無傷で勝利くらいは出来るだろうけど、という言葉を聞いて、セシリアは思わず笑ってしまった。何だかんだ言っても、この少女も先程の光景を見て対抗意識を燃やしたのだ。当たり前だ、あんなものを見せられて、燃えないほうがどうかしている。
「鈴さん」
「ん?」
「わたくしはすぐに近接戦闘を身に付けてみせますわ」
そして、絶対に優勝してみせます。そう言うとセシリアは柔らかく笑った。だが、そこに秘められているのは獰猛な猛獣の笑み、あるいは、そんな猛獣を仕留める狩人の笑み。
それが分かっているのか、鈴音もつられるように微笑んだ。期待してるよ、あたしのお師匠。そう続けて彼女の肩を叩いた。
「箒は勝った、と。ま、当然だわな」
ピットまでやって来た一夏は試合結果を見てそう呟いた。既に試合は次々に進んでおり、自分の出番もそこまで遠くではなくなっている。キョロキョロと辺りを見渡し、シャルルの姿を見付けた彼はそこまで近付いた。
「あ、一夏、やっぱり確認しに来たの?」
「いや、違うけど……やっぱ確認、しとくか」
「そうしなよ」
シャルルが微笑みながらそう述べるのを聞き、一夏は自身の機体を纏わずに展開させる。調整の為のハンガーに置かれたそれを眺め、そして備え付けのコンソールを確認した。
そこで一夏は動きを止める。目を擦り、そしてもう一度確認。眉を顰め、目を擦り、改めて映っているステータスを見た。
「な……」
エラーの文字がでかでかと表示されている。とはいえ、全てにその表示が出ているわけではない。出ているのは一箇所。それ以外は正常の表示が出ていた。
ただ、そのエラーとなっている箇所が問題であり。
「『金烏』……使用不可!?」
高速換装機構『金烏』。その部分がエラーにより使用不可能になっていた。現在の『白式』は、『雷轟』も『飛泉』も『真雪』も使用出来ない、完全なるフラットな状態である。
その叫びにどうしたの、とシャルルが調整用のパネルを覗き込む。そして同じように目を丸くさせると、これ、試合までにどうにかなるのと一夏に訊ねた。
「なるわけないだろ……これ束さん独特のシステムだぜ、俺じゃあ何でエラーなのかも分かんねぇよ」
血の気の引いた顔でそう答えると、一夏は一体どうすればいいんだと頭を抱えた。今から別の機体を用意するわけにはいかないので、最悪この状態で試合に臨むしかないのだ。
フラフラとよろけながらも、彼は自身の姉に連絡を取った。事態を聞いた千冬は溜息を吐くと、間に合わんから何とかしろと返す。それが無理だから言ってんだろ、という一夏の言葉に、呆れたようにもう一度溜息を吐いた。
『おい一夏。私はお前をそんな軟弱者に育てた覚えは無いぞ』
「いや、でも千冬姉」
『くどい。それとも何か、お前はまだ姉に縋り付かないと生きていけないほど子供なのか?』
思わず言葉に詰まった。そうだ、自分はさっき何と宣言した。一人前だと認めさせてやる、そう叫んだではないか。そのことを思い出すと、彼は一度大きく息を吐いた。
「分かったよ千冬姉。見てろ、この程度の障害なんぞ軽く乗り越えてやる」
『ふん、言葉だけは一人前だな。……頑張れよ、一夏』
「ああ、任せとけ!」
気合充分に返事をし、通話を終了させた。よし、見てろよ。そう呟いて自身の機体を見る。重要な部分が使えなくなっている自分の剣を見る。
ねえ、一夏。と、そんな彼に声が掛けられた。どうしたシャルルと一夏が振り向くと、頬を掻きながら、一つ聞きたいことがあるんだと彼は問う。
「確か、一夏の『白式』って、『拡張領域』ゼロなんだよね?」
「ああ、そうだぞ。『金烏』に全て使ってるからな」
「じゃあ、今の状態で使える装備って、何?」
その質問に一夏は一瞬シャルルから目を逸らした。宣言したものの、そこを突かれると困るんだよな。そんなことを呟きつつ、視線を元に戻した。
「無い」
「……は?」
「無いよ。『金烏』が使えない『白式』には、装備は何も無い」
「それは、つまり?」
予想は付くけど出来れば当たらないで欲しいな。そう言いながらシャルルは一夏に訊ねる。対する一夏は吹っ切れたように笑うと、堂々と胸を張って宣言した。多分、その予想が大正解だ、と。
「今からの試合、『白式』は武器ゼロで戦うしかない」
それも、追加装甲やスラスターも無しにだ。そう続けて、一夏は『白式』の装甲をコツンと叩いた。
次回は原作よりも何も無い『白式』の登場です。
グローイングフォームかプラットフォームじゃないんだから、というツッコミは無しの方向で……。