まあ、元々主人公の機体からしてあれなんですけれど。
「……何か用か?」
「別に」
「なら何故私を睨んでいる」
「別に」
「言いたいことがあるなら言え」
「別に」
「……織斑一夏、お前は――」
「申し訳ありませんボーデヴィッヒさん、今連れて帰りますわ。はいはい、いい子ですからこちらに来ましょうね」
「子供か俺は! 離せー!」
「……何なんだ?」
「お気になさらず」
ズルズルとセシリアに引きずられていく一夏を見ながら、ラウラは一人首を傾げた。状況が全く分からない、一体全体どういうことだ。そんな言葉が頭を巡る。
それに助け舟を出すように、いつの間にか隣に立っていた箒がセシリアと同じように気にするなと述べた。私とお前が組んだから拗ねているのだ、そう言って彼女は笑った。
「子供か……」
「子供だ」
断言する箒を横目に、ああ確かにあの対応のされ方は子供そのものだったな、とラウラは思う。さしずめセシリアは母か姉かといったところであろうか。
そこまで考えた彼女は、一夏の本当の姉のことを思い出し苦い顔を浮かべた。どうした、と隣の箒が訊ねるが、何でもないと彼女は答える。表情が何でもないわけがないことを物語っていたが、箒は敢えて何も聞かず「そうか」と続けた。
織斑千冬。織斑一夏の姉にして、ラウラの尊敬する『教官』だ。彼女の記憶のほとんどは千冬と共に過ごしたことで埋められている。苦しい時も楽しい時も、思い出は常に彼女が傍にいた。
そんな尊敬する人物の弟、一夏の話をラウラは聞いたことがある。どうしようもない弟だ、と笑いながら答えた彼女の『教官』は、その言葉とは裏腹にどこか誇らしげに見えた。だから、思わず訊ねてしまう。自慢の弟なのですか、と。
「当たり前だ、馬鹿者、か……」
「ん? どうした?」
「ああ、独り言だ。気にしなくていい」
思わず呟いていたらしいその言葉に反応した箒にそう答え、ラウラはもう一度一夏に視線を移した。セシリア、本音、癒子、ナギ、ついでにどこからかやって来た鈴音の五人に囲まれ説教を受けている男を見て、彼女は思わず溜息を吐く。あんな奴のどこが自慢なのだろうか、そんな疑問まで頭をもたげてくる。
ドイツで育てた他のISパイロットより、最も優秀な生徒であった自分より、あんな男の方が自慢なのか。そう思うと、彼女はどうしても一夏を敵視してしまう。どうしても友人とは呼べなくなってしまう。クラスの他の面々は胸を張ってそう呼べるのに、だ。
それが嫉妬だということは気付いている。ただのヤキモチ、馬鹿にしたあの男と同じ子供っぽい感情だということも分かっている。
分かっていても、それを抑えられない。
「私も結局ただの子供か……」
自嘲気味にそう呟く。無意識の内に、彼女は左目の眼帯に手を触れていた。自分でも気付かない内に、別の誰かが操ったかのように。
触れた眼帯の奥にある瞳が、ジクジクと疼いている気がした。
「まずい、非常にまずい」
放課後である。既に授業を終えた生徒は各々の活動を始め、教室に残っている生徒は多くない。そんな場所で、一夏は頭を抱えて唸っていた。
彼の悩みは至極簡単で、遠くない内に行われる学年別タッグトーナメントのパートナーが見付かっていないことであった。当てが無くなった彼はクラスメイトに聞いて回ったのだが、結果は惨敗。組む相手が見付からなかった場合同じような境遇の生徒同士ランダムで決められるらしいのだが、このままでは一夏はそのグループに入ることは確実であった。
「っていうか、シャルルは引く手数多なのに俺は何でこんな状態なんだよ」
昼にも言っていたことをもう一度呟く。世の中理不尽だ、そんなことを続けながら、一夏は机に突っ伏す。
そんな一夏の背中に声が掛けられた。顔を上げ振り向くと、見覚えのあるクラスメイトがこちらを見て微笑んでいる。出席番号一番、相川清香。ハンドボール部で趣味はスポーツ観戦とジョギング。そんな凄くどうでもいい情報も確認をしつつ、彼は彼女にどうしたんだと返答した。
「いや、なんだか凄く落ち込んでるなぁって」
「そう思うならパートナーになってくれよ」
「うーん、それはちょっと」
結局同じ反応しか返ってこないのを見て、一夏は再び大きく溜息を吐く。一体何が悪いんだ、そう漏らしながら再び机に突っ伏した。
「あはは。でも、それはしょうがないと思うんだ」
「何でだよ」
「あの授業の時さ、織斑先生が言ってたじゃない。高コストの機体と組むと耐久値が下がるって」
「ああ、言ってたな。それがどうしたんだよ」
「織斑君の機体って最高コストなんでしょ。一般機にしか乗れない普通の子は敬遠しちゃうんじゃないかな。他の子と比べて凄いハンデになっちゃうし」
清香のその言葉を聞いて、何となく納得が行った一夏は突っ伏したまま更に落ち込んだ。ジーザス、と呟いているその姿は完全に負け犬のそれである。
彼女の言葉からすれば、つまり一夏のパートナー足りえるのは一般機以外を駆る人物だということになる。が、一年生で専用機持ちは既に全員がパートナーを決めているわけで。
「八方塞じゃねぇかよ」
ランダム抽選で決められたパートナーでは、とてもじゃないが勝ち抜くことは出来ない。そう思っている彼にとって、それは死刑宣告に等しかった。清香はそんな彼を見て、頑張ってねと無責任にエールを送ると部活へと向かう。
そして再び彼は取り残された。
「あーもうどうすりゃいいんだよ。実は誰か専用機持ってましたとかそういうサプライズ転がってねぇかな」
体は突っ伏したまま、顔だけを上げて教室を見渡す。当然のことながら、そんなことが起きるはずもない。一人また一人と教室を出て行く姿を見つつ、彼はガクリと肩を落とした。
そんな一夏の元に聞こえてくる大勢の声。起き上がりそちらを見ると、どうやらシャルルが廊下を歩いているようであった。声からすると、まだパートナーになってくれという要望が溢れているのだろう。そんなことを考えながら、一夏はぼんやりとその姿を見る。
「……待てよ」
要望が溢れているということは、まだ彼はパートナーを決めていないということだ。そして、彼の機体は専用カスタム機。
これしかない、と一夏は勢い良く席を立った。教室を飛び出し、女子に囲まれている一人の少年の下へと走り出す。囲んでいる女子が何事だと彼を見詰めるが、そんなことは気にせんとばかりにシャルルへと駆け寄り、そして叫んだ。
「シャルル、俺と組んでくれ!」
突然のお誘いに周りの声がピタリと止まる。その場にいた全員が一夏へと視線を向けていた。一体こいつは何を言っているんだ。そんなことを言いたげな瞳が彼を突き刺す。
だが、その言葉を聞いたシャルルは二・三度目をパチパチと瞬かせると、考え込むように顎に手を当てた。しばし視線を彷徨わせていた彼は、やがて答えを決めたのか笑顔を浮かべて一夏を見た。
「いいよ、僕と組もう、一夏」
えぇぇ、と周りにいた女子の不満の声が上がる。「織斑君は変人だよ」だの、「織斑君と関わると変人になるよ」だの、「織斑菌に掛かっちゃ駄目だよ」だの、割と言いたい放題でシャルルを止めようと説得を行っていた。
「織斑菌って……」
「だって、あの代表候補のオルコットさんがいつの間にかあんなんになっちゃったし」
「俺とセシリアにトコトン失礼だぞ」
「長く接している篠ノ之さんと凰さんはもう手遅れだし」
「そういう言い方はないんじゃないのか? 流石に俺もカチンと――」
「全部織斑君が関わってるからだよねぇ、って」
「そこに至っちゃうの!? イジメ!? ねえこれイジメなの!?」
どうやら女子の中で一夏と関わる面々は被害者、元凶は彼という図式が出来上がっているらしい。彼女達は悪くない、悪いのは一夏だ。そう言わんばかりの言葉が地味に彼を傷付けた。
「あ、ごめん。でもそういうわけじゃなくて」
「どういうわけだよ」
「えっと、織斑君ってさ、あれなんだもん」
「どれだよ」
「あれよあれ。『残念なイケメン』」
「やかましいわ!」
止めを刺された一夏は吼える。その叫びにキャイキャイ言いながら女子達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。そのまましばらく去っていた女子達を目で追っていた彼は、力尽きるようにガクリと肩を落とす。
流石IS学園、男子の人権マジ低い。そんな呟きをしながら窓の外の遠くの景色を眺めた。
「えっと、一夏?」
「あ、ああ悪いシャルル。ついちょっと現実逃避をだな」
「大丈夫だよ。彼女達も本気で一夏を嫌ってるわけじゃないだろうし」
「知ってるよ。知ってるけど、女子の群れの中のいじられキャラ的ポジションって地味にキツイんだぜ」
「あはは」
笑うシャルルに笑い事じゃないと一夏は溜息を吐きながら返した。そのまま暫く窓の外を眺めていた一夏だったが、表情を戻すと振り向き訊ねる。本当にいいのか、と。
「うん、僕としても願ったり叶ったりだよ」
「そうなのか? こう言っちゃ何だけど、俺なんかより他の女子と組んだ方がよっぽどいいと思うぞ」
「そうでもないよ。彼女達より、実戦慣れしている一夏の方がパートナーとしては信頼出来るからね」
「そんなもんか?」
清香に言われたこととはまた違う考えを述べられ、一夏は思わずそう呟いた。耐久値が著しく下がるハンデを負ってまで組む価値。成程、これが一般機を使う者と専用機を持っている者の違いか、と感心したように頷いた。
「よし、じゃあそういうことなら改めて。よろしく頼むぜ、パートナー」
「うん。こちらこそよろしく、パートナー」
笑顔を浮かべた二人は、廊下でがっちりと握手を交わした。
時は進んで土曜日。晴れてパートナーを得た一夏は、早速とアリーナまでやってきていた。最近の平日は中間考査の勉強に時間を取られており、ISの訓練を行う時間がほとんど取れていない。その為、久しぶりのアリーナの空気に一夏のテンションはうなぎ上りになっていた。
「人が多いな」
「きっとみんな同じなんだろうね」
土曜日や休日・祝日のアリーナは全て開放されており、彼等と同じような者達で溢れかえっていた。視線を巡らせると、彼等の見知った顔もそこかしこに見られた。
とはいえ、そんなことを気にしてもしょうがない。一夏は早く動きたくてうずうずしており、そんな彼を見てシャルルも思わず笑みを浮かべる。
「じゃあ特訓を開始しますか」
「おうよ」
一夏とシャルル、お互いに『白式・雷轟』と『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』を纏い、共に空へと駆け上がる。まずはお互いの武装の確認、とそれぞれの武器を使い簡単な模擬戦を繰り広げた。
一夏の『白式』の特殊換装機構『金烏』により三タイプに変化する動きに合わせるように、シャルルも『ラファール・リヴァイブCⅡ』の豊富な『拡張領域』を生かした戦法でそれに食らい付く。『真雪』には的を絞らせずに高速移動を絡めた格闘戦、『飛泉』には接近されないように射撃弾幕を張り相手の防御力の低さから飛び込むことを躊躇させ、『雷轟』は左手の盾を絡めたカウンターにより機動力を生かさせない。
とはいえ、それを甘んじて受ける一夏ではなく。高速換装機構の名前は伊達ではなく、相手の得意なフィールドに切り替わらないように細かく換装を行い対抗した。高速移動には『雷轟』の機動力で、弾幕には『真雪』の防御で、防御には『飛泉』の攻撃力で。双方が自身のフィールドに引き寄せようと空中で激しく激突した。
「ふう、こんなもんかな」
「あー、だな」
そう述べ、二人は地面に降り立つ。先程の模擬戦を思い出しながら、二人の戦い方の反省会を始めた。
「しかし、凄いね。話には聞いていたけど、本当に瞬時に換装するんだ」
「シャルルは生で見たこと無いんだっけか」
「あの時見たような気はする、くらいかな」
映像ではしっかり見たけどね、とシャルルは笑う。おかげで自分の戦い方が上手く出来なかったよ、そう続けた。
彼の戦い方は豊富な武装を使った『砂漠の逃げ水』と呼ばれるものだ。押しても引いても一定の距離と攻撃レベルを保ち、相手に自分の戦い方をさせないそれは、確かに名前の通りであるのだろう。
だが、逆に言えば、相手がその戦い方が出来るのならばその真価はほとんど発揮出来ないということだ。相手の得意距離を乱すのが目的であるのに、それそのものが得意距離ならば意味が無いからだ。そして、一夏の『白式』は正にそれが機体コンセプトであった。
「俺の場合は機体任せなんだよな。シャルルみたいに技術でやってるわけじゃない」
「へぇ。……あれ、そういえば、『白式』って『後付武装(イコライザ)』がないの?」
戦闘データを眺めながらシャルルは問う。それに一夏はそうなんだよな、と頭を掻きながら答えた。何せ『拡張領域』が空いていないらしいから。自身の機体のステータスを呼び出しながらそう続ける。
「まあ、パッケージを三つ収納しているんだし、しょうがないのかもね」
「それとは別に『金烏』もあるしなぁ」
「高速換装機構、だっけ。それが『白式』の第三世代兵装なんだっけ」
「ああ、そうだぜ。……正直、セシリアのBT兵器や鈴の『龍咆』と比べると地味なんだよなぁ」
「そんなこと無いと思うけど」
むしろ充分派手だ。シャルルはそう続けた。なにしろ、戦闘中に別の機体に変わるのだ、インパクトは充分であろう。相手にとっては三体と戦うようなもので、他の第三世代兵装と比べて厄介さは上であると言える。
「とは言ってもなぁ。同じ『しののの』製第三世代でも、箒の機体の特殊兵装なんかすげぇんだぜ。束さん絶対妹贔屓してるって」
派手だし、と言いながら視線を移動させる。そこには赤と黒が舞っている姿があった。赤は『紅椿』、黒は『シュヴァルツェア・レーゲン』。箒とラウラのコンビが特訓をしているのが彼等の位置から見えたのだ。
「篠ノ之さんの武装? そういえば、学園の記録にも載ってないね」
「ああ、まだあいつ一回もここで使ってないし」
派手に暴れたのは入学してすぐの時くらいで、他はあまり積極的に戦闘をしていないのも拍車を掛けていた。おかげで『紅椿』のデータはIS学園にほとんどなく、他の生徒も彼女が一番の要注意人物だと特訓しているその姿を注視している。
ならば、とシャルルは問う。そのデータを知っている一夏ならば対処も出来るのではないか、と。
「……んー」
「あ、やっぱり幼馴染の秘密を教えるのは嫌なのかな?」
「いや、そうじゃなくてな。説明し辛いんだよ」
あればっかりは実際に見てもらった方がいい。そう言うと一夏は肩を竦めた。ただ、絶対にあいつから注意を逸らさないこと。真剣な表情になってそう続けた。
「さて、特訓再開しようぜ」
「こういう相談も特訓のうちなんだけどね」
「体動かさないと特訓って感じしないんだよ俺は」
「あはは」
一夏達とは別のアリーナ。そこで特訓をしている二人の少女の姿があった。一人は慣れない射撃武装を四苦八苦しながら扱い、もう一人もあまり得意ではない格闘武装を使って接近戦を挑んでいる。
「やっぱりあたし射撃合わないわ」
「いきなり諦めないで下さいませ!」
そう言うと射撃武装を使っていたツインテールの少女――鈴音は地面に降り立つ。文句を言いながらも彼女のパートナーであるセシリアも同じように地面へと着地した。
二人の機体は既に修復も終わり万全な状態である。だが、どうにも二人は浮かない顔をしていた。このままでは勝てないのではないか、そんな思いが頭をもたげたのである。
その為に、鈴音は射撃を、セシリアは格闘をとお互いの苦手分野を重点的に特訓しているのだが。結果はご覧の通り、芳しくなかった。
「せっかくそれ用のパッケージを送ってもらって悪いとは思うんだけど、ねぇ」
「そう思うならもう少し頑張ってみればいいではないですか」
「そう言われてもさ、あたしの戦い方の基本ってやっぱり一夏と箒なわけじゃん。射撃の知識ほとんど無いのよ」
言われてみれば、とセシリアは顎に手を当てる。箒については良く知らないが、一夏は射撃武装を使ってはいるがお世辞にも得意であるとは言えそうに無かった。あれを参考にしているのならば、現在の鈴音の状況もあながち間違ってはいない。
いないが、だからといってそれを諦めるのは論外だ。
「ぐちぐち言っていても始まりませんわ。大会までにある程度は物にしないと」
「はいはい」
テスト勉強もあるのになぁ、とぼやきながら再び鈴音は空を舞い、手に持っているショットガンを構える。同時にセシリアも無骨なバスタードソードを構えた。
先に動いたのはセシリア。背中と腰のスラスターで一気に加速し、その大剣を振るう。その斬撃を見た鈴音は少しだけ後ろに下がることでそれを躱し、手に持ったショットガンを連射する。銃声が響き、目の前の相手に弾が飛ぶ。だが、セシリアは振り切っていた両手、その片方の左手を即座に剣から離しその腕に装備されている盾を展開、弾を弾いてそのまま突っ込んだ。盾で鈴音をぶん殴り、彼女の体勢が崩れたところで右手の大剣を振り上げる。
「ま、だまだぁ!」
『龍咆』が唸る。射撃と離脱を同時に行ったそれは、自身を後方に移動させセシリアを吹き飛ばした。空中で体勢を立て直すセシリアであったが、その隙を逃す彼女ではない。左手にバズーカを呼び出し、すかさず連射。おまけとばかりに腰に付いていたグレネードを放った。爆発音が響き、爆煙があがる。
相手が見えなくなったその煙の中から、フィン状の物体が四つ飛び出してきた。やば、と目を見開く鈴音だが、遅い。BT兵器のビームにより彼女の動きがあっという間に制限される。隙間を縫って離脱しようとスラスターを吹かしたその時には、既にセシリアがバスタードソードを振り被っていた。
「貰いましたわ!」
「貰われてないし!」
右手のショットガンを捨て、『双天牙月』を呼び出しそれを防ぐ。二本の大剣がぶつかり合い、火花を散らした。
そのまましばらく鍔迫り合いを続けていた二人は、どこからともなく体を離した。お互いに大きく息を吐くと、ちょっと休憩と地面に降りる。
「やれば出来るではないですか」
「いやまあそりゃセシリアが苦手な接近戦だったし。普通に射撃戦出来るとは思えないのよねぇ」
「まあ、まだ改良の余地はあるでしょうけれど。これはタッグマッチ、二人で戦うのですから」
足りないところはお互いに補えばいい。そう言ってセシリアは笑う。鈴音もそんな彼女につられて笑った。
しかし疲れる、と一旦ISを解除しアリーナの端へと移動した。セシリアもそれに続き、二人でアリーナ隣接スペースの休憩用ベンチに座る。やっぱり慣れない戦いはするものじゃない、と笑いながら鈴音は自販機のジュースを買ってそれを飲んだ。
「あたしは格闘戦が合ってるのよ」
「さっきも聞きましたわ」
そう返しながらセシリアも同じようにジュースを購入、それに口を付けた。そして、自分自身も同じことを思ってはいると鈴音に笑い掛けた。格闘を戦闘のメインに据えると、どうしても彼女の中では違和感がある。『クイックドロウ』が使えないということも拍車を掛けていた。
しかし、だからといって止めるわけにはいかない。わざわざそれ用のパッケージを送ってもらったこともあるし、何より。
「わたくしは、不屈ですもの」
胸のダイヤモンドのペンダントを握り締め、彼女は微笑んだ。
「さ、休憩が終わったら続きですわよ」
「はいはい。あ、そうだセシリア」
「どうされました?」
「……後で、勉強教えて」
「……了解しましたわ」
中間考査も、もうすぐである。
「本音?」
「はいはい?」
またまた別のアリーナ。そこでは一体の専用機と一体の量産機が特訓を行っていた。専用機は『打鉄弐式』、更識簪その人である。現在は休憩中なのか、二人共ISを解除していたのであるが。
そんな簪はパートナーである本音を見ながら溜息を吐いた。やる気があるのだろうか、と思わず呟いてしまう。それほどまでに、目の前の幼馴染はボケっと突っ立っていた。
「大丈夫だよかんちゃん。私は今物凄くやる気に満ち溢れてるよ~」
「うん……信用、出来ない」
「あらら」
機動も格闘も射撃も、本腰を入れてやっているように見えないのだ。彼女でなくともそう答えるであろう。だが、対する本音はそうでもなかったようで、唇を尖らせて抗議を行う。かんちゃんは私の本気を知らないんだから、と。
「知ってるよ。充分、知ってる」
「む~」
「私は本音のことなら……一番、知ってる。虚さんより、姉さんより」
「おお~、流石かんちゃん。言ってくれるね~」
「……だから」
だから、今彼女が真面目に特訓していないことも知っている。そう続けた簪の言葉に、本音はバツの悪そうな顔で顔を背けた。あははは、と笑うが、どう考えても誤魔化せている様子はない。
やがて観念したように溜息を吐くと、頭を掻きながら再び視線を簪に戻した。
「武装変えたいな~って思ってたんだよ」
「……カスタムするの?」
「う~ん、と、いうよりも」
家に置いてきたあっちを使いたい。そう言って彼女は笑った。
それに対し、簪は怪訝な顔をする。家に置いてきた? と思わず鸚鵡返しで訊ねた。
「……あれ、持って来てない、の?」
「いや~。持ってくるの忘れちゃったんだ」
「本音……」
何だか物凄く可哀相なものを見る目で簪は彼女を見る。その視線に耐えられなくなったのか、本音はわざとらしく泣き真似をしながらその場から走って逃げ出した。
その行動を遮るように彼女の前に人影が現れ、思わずその人影にぶつかってしまう。あいた、という可愛らしい声を挙げて彼女はその場にしりもちを付いた。対する人影は、何をやっているの本音、と呆れたような顔でずれた眼鏡を直している。そして、その人物の後ろから、やっほーと扇子を広げた少女が顔を出した。
『お姉ちゃん!』
簪と本音の声が重なる。その反応に片方は嬉しそう、片方は呆れるような表情で返すと、二人は彼女達へと近付いた。ちなみに扇子には『こんなこともあろうかと』と書かれている。
「やっほー簪ちゃん、お姉ちゃんよ」
「うん。……見れば、分かるよ」
「違うそうじゃなくて。もっとこう、お姉ちゃんの胸に飛び込んでくるような、そんな感じのサムシングが」
「……何しに来たの?」
「視線が、視線が痛い!」
何をやっているんだか。そんな表情で虚は二人のやり取りを見る。とはいえ、あれでいて仲が悪いわけではないのを知っている彼女は特にどうにかすることなく、自身の妹へと視線を向けていた。その鋭い眼光に射竦められ、思わず本音はビクリと肩を震わせる。
そんな妹を見てやれやれと溜息を吐くと、彼女は持って来ていた小箱を差し出した。何これ、という言葉に、開ければ分かるわと返す。
「髪飾り? ……あ! これ!」
「貴女のISの待機状態よ。どうせ今回のイベントで使うだろうと思ったから持ってきたわ」
「うんうん。ありがと~お姉ちゃん!」
「お礼は楯無さまに言いなさい。貴女が忘れていることとか今必要としていることとかを言い出したのはあの人だから」
その言葉が聞こえていた簪の動きがピタリと止まった。どうしたの、という楯無の言葉に睨むだけで返すと、彼女は本音の方へと歩みを進める。どうしたのかんちゃん、という呑気な言葉が、彼女の中のイライラを更に増させた。
「本音」
「ど、どうしたのかんちゃん? 顔怖いよ?」
「特訓の続き……やろう」
「え? あ、うん、そうだね。おじょうさまが持ってきてくれたし」
「……そうだね。お姉ちゃんが、持って来てくれた、しね」
そう言うと彼女は休憩所からアリーナへと歩き出す。それに続くように本音も休憩所から出て行った。
そして残される姉二人。片方はしまったと頬を掻き、もう片方は何やらオロオロと視線を彷徨わせていた。その持っている扇子には『わけが分からないよ』という言葉と謎のマスコットが描かれている。
「え? え? 何で私今簪ちゃんに睨まれたの?」
「……タイミングでしょうね」
「これ以上無いくらい完璧なタイミングだったじゃない! これで簪ちゃんも本腰入れて特訓出来るって喜ぶところでしょ!?」
「そうだと良かったんですけどね」
「今、最後の区切りわざとやってたわよあの子! しねって言いながら私見た!」
「……気の所為ですお嬢様」
何を言っても落ち込まれるような気がしていたが、それでも虚は惚けることにした。好き好んで止めを刺す必要はあるまい。そう考えたのだ。
簪ちゃぁぁぁぁん、という生徒会長の嘆きが空しくアリーナに木霊していた。
「篠ノ之箒」
「ん? どうしたラウラ」
お互いに空中を飛びながらそんなやり取りをする。『紅椿』も『シュヴァルツェア・レーゲン』も機体の調子は万全で、そしてお互いの動きも洗練されていた。タッグとしてはかなりの完成度を誇っており、恐らく耐久値の低さなど問題ではないのだろうということを思わせた。
そんな二人だが、ラウラは少し浮かない顔で箒を見た。どうしたんだと訊ねた彼女に対し、本当に良かったのかと問い掛ける。
「一夏のことか? ああ、構わないさ。あいつはあいつでちゃんとパートナーを見付けたみたいだしな」
「それならばいいが」
そう述べたものの、彼女の表情は未だ浮かないままである。まだ何かあるのか、と箒が問うても、なんでもないと返すばかりだ。
答えられないならばしょうがない、と箒は聞きだすことを諦め、特訓の方に意識を集中させることにした。『紅椿』のスラスターを吹かし、空中で複雑な機動を描きながら二刀を振るう。ラウラもそれは同じようで、『シュヴァルツェア・レーゲン』のスラスターを吹かしワイヤーブレードとプラズマ手刀のコンボを放っていた。お互いに攻撃がぶつかり、そしてお互いの死角にその攻撃は振るわれる。それを避けようともせず、お互い寸止めするのが分かっていたかのように二人はそのまま交差した。
振り向き、ニヤリと笑い合う二人だったが、ラウラがふと思い出したように問い掛けた。その機体は、武装はそれだけなのか、と。
「そうだな、『収納領域』にあるのはこの二振りの刀だけだ」
「射撃戦も出来るとはいえ、それだけでは戦力に不安があると思うが」
「そうでもないぞ。元々私は近接が主であるし、それに」
特殊兵装はしっかりと積んであるからな。そう言って箒は不敵に笑った。対してラウラは首を傾げたが、まあ大会が始まれば分かるさと彼女ははぐらかす。
パートナーの武装は全て知ってしかるべき、とラウラは思いそれを口に出そうとしたのだが、ふと何かに気付いたように視線を巡らせた。見られている。そのことを確認した彼女は、そういうことかと箒に向き直った。
「敵に手の内を明かすのは得策ではないな」
「そういうことだ。それに」
秘密が女を美しくさせるのだからな。そう言って笑うと、続きを行おうと再び箒は二刀を構えた。
その『秘密』が一体何に掛かっているかを、ラウラが知る由は、無い。
大会練習風景って感じで。
次回から本格的に学年別トーナメントが始まり、そしてちょろっと出ていたオリジナル武装が本格お披露目になっていきます。
具体的には、セシリアさんのバスタードソードとか。