化物語 こよみサムライ[第二話]   作:3×41

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 そしてそのときにはすでに僕は右手に心渡を持って樹魅に肉薄していた。

 樹魅の向かって左側から心渡を振りぬく。

 

「っらあぁぁぁぁ!!」

 

 しかし、というかやはりなのかもしれなかったが、その刃は紙一重の合間で樹魅にバックステップでかわされてしまい。次に樹魅は右手に黒い刀を発生させていた。

 

 ゾクリ。といやな感覚が体に走る。あの刀は伸びる。それは先日一度樹魅に殺されたことでその身に刻まれている記憶だ。

 樹魅はすでに黒い刀を持った右手を振りかぶっている。

 

 それを見て僕は跳ねるように後ろにとび、心渡を体の左側に縦にかまえた。

 

 そして次の瞬間には、樹魅の刀が急激に伸びながら横なぎに振られ、僕がかまえた心渡に衝突した。

 ギィィィン、という金属音が響く。そして僕の吸血鬼の聴覚が樹魅の声を捉えた。

 

「アァァ…… その受け方は、よくなかった…… アァ……」

 

 気づいたときには、心渡で受けたはずの樹魅の黒い刀の刀身から、木の枝が生えるようにさらにいくつもの刀が発生しそれがさらに伸びて僕の体を刺し貫いた。

 

「ギアアアアァァァァッ!!」

 

 僕の肺から悲鳴と一緒に空気が搾り出される。

 僕の肉を肩から、首から、腕から、腹から、足から、黒い木の刃が貫き、体に根を張り、体の筋肉から腱という腱を刺し貫いた。

 

 それでも、僕は死ななかった、いや、死ねなかった。それは僕の吸血鬼性によるものであり、樹魅にもわかっているだろうことだった。

 

「まだ殺さない」

 

 肝が冷え切る心地だった。樹魅はそういうと、次にメアリーに言った。

 

「しばらく、お子も見ていろ。でなければ、あちらのお子が死ぬ。粉みじんに切り刻んでもいいし、食人植物に消化させてもいい」

 

「……」

 

 メアリーはその言葉に、黙り、しかし動かなかった。

 さすがにそこまでされれば、いかに吸血鬼の不死性があっても消滅するかもしれない。もともと不完全な不死性である。

 忍なら、この黒い刃を食うことはできるだろうが、しかし今出てくれば忍まで“こう”なる。

 

「ぐっ…… あっ……」

 

 僕のほうは、体中を体内から縛られ、声も出せなかった。心渡も握ったまま指も動かせない。

 それを試みている間にも、樹魅はゆったりとした歩調で部屋の中心へと歩いていっていた。

 

 そしてそれにあわせるように、天井の木々がとぐろをまくように樹魅の頭上まで降りてきて、樹魅の頭上で結集した。

 

「アァァ…… “賢者の石”だ。私のものになる」

 

 そういって、樹魅はその結集した木の根に向かって顔を上げ、大きく口を開けた。

 

 それでもメアリーは動かない。こいつの危ういところだった。こいつは自分の周りの、サリバンやレミリアやマットや、ついでに僕が無事なら、ほかがどうなってもいいと思ってしまいかねないところがある。

 

 その間にも、樹魅が見上げる木の束は、赤く輝きはじめていた。ハーレンホールドの巨大な街に張り巡らされた樹海が、いっせいにソウルスティールによって、この街の大霊脈と、そして生命を吸い上げている。

 

 そしてその木の根の先に、赤い結晶が結実した。あれがこの街の霊脈と数多の命を凝縮した“賢者の石”に違いない。

 それが天井から垂れ下がった木の束から落下し、樹魅の口へと落下しはじめた。

 

 パリン

 

 そして、その途中で賢者の石は粉々に砕け散った。

 樹魅と、そしてメアリーが一緒に僕のほうを見た。

 

 賢者の石を砕いたのは、僕が投擲した心渡だ。

 右手も腱や筋肉をしばられてはいたが、樹魅が把握していない吸血鬼の能力は“発生”である。しばられた腱と筋肉をよける形で、新たに腱と筋肉を発生させ、それによって手首のスナップで心渡を投擲した。それが空中を落下する賢者の石を粉々にしたのだった。

 

 僕はメアリーのほうに、縛られていない目の筋肉だけで目配せした。するとメアリーは僕の意を汲んだようで

 

「大丈夫だよ。あれならまだ人も霊脈も器は損なってないから、魂も霊脈ももどる。まだ街は死んでない」

 

 それはよかった。もう全身を貫く刃の傷みで気絶しそうだ。僕のちっぽけな命で、あまりに大きなおつりを得たようなものだ。

 

「おのれええぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 部屋に絶叫が響く。それは樹魅のものだった。

 樹魅が血走った目を見開き、こちらに走ってくる。

 十数年かけた計画を僕のような木っ端に邪魔されたとあっては心中穏やかでないのは察するに余りある。

 

 そして、僕に向かって疾走しながら、樹魅が首をかしげると、その首があった空間を回転しながら投擲された心渡が通り過ぎた。

 それは先ほど僕が投げて部屋の向かいに突き刺さった心渡を、そのそばの陰から姿を現した忍が再び投擲したものだったが、しかし樹魅は意外にも、というか実際のところ当然なのかもしれないが、それを冷静にかわし、僕に向かって走ってくる。

 

 今度こそ殺される。忍が再び影の中を移動しているのが、感覚的にも伝わるが、僕と忍が束になっても樹魅には物の数ではない。

 僕が気絶しそうな頭でそう考えているときである。

 

 黒い刃で磔になった僕と、こちらに全力で走ってくる樹魅の間に、メアリーが割って入り、彼女の右足を炎と化した。

 

「ぜああぁぁぁぁっ!!」

 

 叫びながら発せられたメアリーの巨大な炎の柱に、樹魅の体がすべて飲まれる。

 しかし、メアリーの炎が散らばると、そこから体を黒い木々で何重にも覆った樹魅が飛び出し、メアリーに左手を突き出し、その左手がメアリーのわき腹をとらえると、次の瞬間には樹魅の左手から伸びた黒い木々がメアリーの体を刺し貫いた。

 

「おおぉぉぉぉぉっ!!」

 

 その叫び声は僕のものだ。そのときの樹魅には、まるでメアリーの腹部から、心渡の刀身が発生したように見えたに違いない。

 メアリーが樹魅をひきつけたその一瞬の間隙をぬって、忍に僕の体を貫く刃を食わせ、そのまま心渡を持ってメアリーの背後から、完全に死角を突く形で心渡を振ったのだった。

 それがメアリーごと、メアリーの腹部から刃が出てくる形で樹魅に向かい、樹魅のわき腹を切り裂いた。

 

「ぐううぅぅぅぅっ!!」

 

 樹魅がうめきながら、2、3歩後退する。ボタボタと、浅黒い血がその腹部からあふれ出していた。

 しかしメアリーにはそうはならない。心渡は人を斬らず、怪異だけを斬る刀である。メアリーの体は無傷で通過し、樹魅の体だけを斬り裂くことができる。

 

 だが、メアリーの体は、樹魅の刃が幾重にも貫き、その傷口から赤い血を流しながら地面に崩れ落ちた。

 

「メアリー! おい!」

 

 言いながら、僕はメアリー床に転がって動かないメアリーに駆け寄った。

 そのそばで忍が樹魅に言う。

 

「引け。樹魅よ。心渡で負った傷は簡単には癒えん。賢者の石を作る術式を再び組むにも数日かかるじゃろう。それだけあれば、この街の外から怪異の専門部隊が複数おしよせるぞ? 手負いでそれらを相手にしながら術式を組めるかの?」

 

「アァ…… アアァァァァ……」

 

 樹魅はそれだけ言うと、驚くほどあっさりと、すぐに気配を消した。冷静な計算なのだろう。賢者の石を得る算段が困難になれば、もうここにいる必要はないのかもしれなかった。

 

 ただ、それよりも僕には目の前のメアリーのことだった。

 メアリーは僕のほうを見て口を何か動かしているようだが、声が出ていない。肺が動いていないのだ。樹魅の木に体を幾重にも貫かれては、むしろ生きているほうが不思議なほどだ。

 

「メアリー! メアリー! いくな!」

 

 呼ぶが、それでどうにかなるわけではない。

 そうだ。そこで思い出す。僕は吸血鬼だ、できそこないでも、この血には治癒効果がある。

 急いでメアリーの上に体をやって、右手を一息飲んで自分の腹へと突きたてた。

 

「ぐがああぁぁぁっ……」

 

 僕自身のうめきと一緒に、右腕に引き裂かれた腹からボタボタと血液がメアリーの体に滴り落ちる。滴り落ち、傷口にも流れ込んだ。強力な治癒効果があるはずだった。それで治癒されるはずだ。

 

 しかし、メアリーの傷は一向に、ピクリともふさがる気配を見せない。

 

「そんな…… なんでだ!?」

 

 さらにボタボタと血液を滴らせる。それでも何も起きない。

 見かねたように、横から忍が言った。

 

「のうお前様よ。もう血は十分すぎる。その娘が拒否しとる」

 

「な、なんでだよ。おい、メアリー!」

 

 とがめるように言うと、メアリーが再び口をパクパク動かし、かすれた声を出した。

 

「もういい…… もういいよ…… コヨミ。私は自由になりたい、そう思っていたけど。この世に自由な場所なんてなかった…… 人間は、生の奴隷だ。これ以上生きて、苦しいばかりなのに、何になるんだ? 私は…… 私はもういくよ…… いかせてくれ……」

 

 そういってメアリーは目を閉じた。

 

「なんでだよ…… ダメだ! そんなの! 治癒を受け入れろメアリー!」

 

「好きにさせてやれよお前様。それこそそいつの自由にすることじゃろう」

 

 横から忍が言ってくるが、そんなこと認める気にはなれなかった。

 

「そんなの、サリバンやレミリアだってきっと泣いちゃうぜ。あいつらのこと好きなんだろ? なぁメアリー。人は生の奴隷かもしれないけどさ。人間なんてみんな何かの奴隷なんじゃないのか? それなら立派に奴隷になってさ。えらくなって世の中変えてくれよ。自由を得るには力がいるって。お前言ってたじゃないか。そうだろ? また戦おうって言ってくれよ」

 

 もう聞こえているのかも僕にはわからなかったが、目を閉じたメアリーの頭を抱えて、言い聞かすように言葉を重ねた。

 

「サリバンやレミリアやマットの力になってやってくれよ。やなことあってもさ、元気ならいいだろ? なぁ、メアリー」

 

 その後も、僕は延々言い続けたが、メアリーは目を閉じたまま動かなかった。

 

 


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