化物語 こよみサムライ[第二話]   作:3×41

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 レミリアがいない。

 それがロッジの玄関を開けて僕とティリオンの前に現れたメアリーの第一声だった。

 曰く、リビングにも、自室にも、裏庭にも、どこにもレミリアの姿がないということらしかった。

 

「あいつがいないって、キャンプファイアーにでも行ってるんじゃないか?」

 

 僕はメアリーがにわかに浮き足立っている感を察して、落ち着かせる意味でもまず順当な予想を立てたが、メアリーにすぐに指摘された。

 

「いや、あの子はサリバンが落ち込んでるようなときに一人で遊びに行けるような子じゃないんだよ。それに、こんな時間に外を出歩くなら私に何か言うのが普通だし、書置きすらないなんてちょっと普段では考えられないよ」

 

 確かに、それは僕にもかなり妥当なように思われる。時間はすでに夜の9時を過ぎているのだ。5年大祭という、かなり大きい祭りであるとはいえ、女子が一人で、しかも無断で出歩く時間帯でもないか。

 しかし、今だってこの学園のキャンパスにさえ、学園の生徒たちでごった返しているであろうこともまた事実だ。その騒乱のどこかにレミリアが消えたということだった。

 

 あの学園の中では小動物みたいなレミリアが。

 同居人に何も告げずにである。

 そんなことありえるのだろうか? 考えていて自信がなくなってくる。

 

「もしかして空でも飛んでるのかな……」

 

「コヨミ。私はけっこうまじめな話をしてるんだよ?」

 

「あ、悪い、そういうつもりじゃないんだよ」

 

 ポツリと考えていたことがつい口に出てしまった。

 メアリーがあっけにとられたようにして、軽く呆れ顔をされてしまう。

 しかし、変貌をとげたといってもいいレミリアのサイコキネシスによる飛行。それもロッジの誰にも言わずにやることでもないだろう。

 もしかして、またぞろあのアイリー・レオニードに手を出されたのか?

 

「もしかして、またアイリー・レオニードか?」

 

 嫉妬からか単純な悪意かなにからなのか、どうもちょくちょくレミリアに手を出しているあのダイアスの女王、アイリー・レオニードがレミリアをどこかに連れ出したのだろうか? 可能性としてなくはない。

 だとすれば、昨日の降霊室のこともある。早くレミリアを見つけないと。

 彼女の名前を口に出してしまったところで、それはまずかったと悟った。

 

「あの売女……」

 

 底冷えのするような声でそうつぶやいたメアリーがにわかに怒気を発散していた。

 まるで臨戦態勢のハンターのような表情のメアリーに、思わず寒気を感じてしまう。

 もしかしたらレミリアが言っていたように、メアリーに言うべきじゃなかったかもしれない。メアリーがアイリー・レオニードに食ってかかって、もし万が一不況を買って停学や、ましてや退学処分になどなってしまっては今度は僕がレミリアに殺されるような気がする。

 そのときは僕が止めなきゃな。どっちにしろ命がけだ。  

 

「それはないと思うがね」

 

 にわかに怒気を発散しながら、扇情的にペロリと舌を出すメアリーと、それをいさめようとする僕に、玄関先で考えているようだったティリオンがそう告げた。

 

「あのダイアスの女王なら、今夜はレオニードのセントラルビルの展望階で、やつの主催でパーティーを開いているはずだ。ダイアスの生徒中心でな。この時間にこんなトパンズの宿舎くんだりまでくることはあるまいよ。おっと失礼、それはあくまでやつの価値観でいえばということだ」

 

 ティリオンにそういわれて、メアリーが、肩透かしをされたように、安心したようにため息をついた。

 少し残念そうな感があるのは僕の気のせいだろう。いや、そうであってほしい。

 次に、もうひとつ思いついたことをメアリーにたずねた。

 

「なぁメアリー。レミリアの携帯に電話はしてみたのかい?」

 

「いや、あの子は携帯電話を持ってないんだ。あれでなかなか節約家だからね。そこそこだけど貧乏してるんだよ」

 

「じゃぁそれも無理か……」

 

「それじゃぁ、ささやかながら俺も友人たちに聞いておこうか。レミリア・ワゾウスキを見なかったかということでいいかな?」

 

 ティリオンが、おもむろに携帯電話を取り出してカチカチメールを打ち出した。

 

「そういえば、マットやサリバンにはこのことは?」 

 

「いや、言ってない。マットのダウジング能力は、そこまで強くないし、まだ言うこともないだろうからね。それに、わざわざレミリアが何も告げずに出かけたのは、たぶん何か理由があるんじゃないかと思うんだよ。だからできることならサリバンとマットには知らせないでおきたい」

 

「うーん。確かにな。正直僕もサリバンにアイリー・レオニードのことを話す気にはなれないよ。でも、頭数が必要になったら、そうしたほうがいいと思うぜ」

 

「ありがとう。私もそうするつもりだよ」

 

「話がついたところでなんだが、ちょっといいかな?」

 

 僕とメアリーのしたのほうから、ティリオンが声をかけ、僕たちがティリオンのほうを向くと続けて言った。

 

「レミリア・ワゾウスキの行方だがね、ルビウムの生徒がどうやら見かけたらしい。さすが我らが学園のファンクラブの1角ともなるとどうしても目だってしまうようだ」

 

「本当? レミリアはどこにいるの?」

 

 メアリーがせかすように尋ねると、

 

「ふむ。どうやらレミリアは、学園のキャンパスから北西の森に向かったらしいぞ。あそこは今、立ち入り禁止令が出ているはずなんだがな」

 

「北西の森? 北西の森って、あの巨大樹の森か?」

 

 僕が食いつくように尋ねると、ティリオンは片眉を上げて

 

「うん? 確かにそのとおりだが。あそこは普段はダイアスの連中が穴場のように根城にしているんだが」

 

「いや、そんなこと関係ないよ」

 

 ティリオンが、意外そうに僕を見上げた。

 僕のほうは、レミリアが北西の森に向かったと聞いて、すでに気が気ではいられなかった。

 

 北西の森。直径5メートル以上からなる巨大樹で覆われる樹海で、そして今、あのにはハーレンホールドの自警団を数百人惨殺した怪異“樹魅”が潜伏し、“不死の祟り蛇”を放っている。

 いかに驚異的なサイコキネシスの成長を遂げたレミリアでも、“祟り蛇”や、ましてや“樹魅”に遭遇すれば命はない。

 

 メアリーは、どうも様子がおかしい僕を察して、黙ってそれを推し量るようにしている。

 僕は僕で、少しかわいたようになった喉をしぼるように言った。

 

「急がないと、すぐレミリアを連れ戻さないと、レミリアはもう戻ってこないかもしれない」

 

 

 

 #

 

 

 

 走る僕の目の前から建物が後ろにすばやくすぎさっていく。

 はねるように、学園北東の宿舎区画から、ダッシュで北西の森へと走っている道中だった、隣では僕と同じくメアリーが併走している。

 ティリオンは、ルビウムの生徒が北西にレミリアが消えるのを見たという情報を僕たちに伝えて

 

「詳しいことは、聞けないようだが。どうやら俺が協力できるのはここまでだな。北西の森にはおそらくダイアスの生徒たちもいるだろう。ルビウムの人間として、ダイアスといさかいを起こすとやっかいなことになるのでな」

 

 といって、ロッジを飛び出す僕とメアリーを見送ったのだった。

 

「それでコヨミ。どういうことなの?」

 

 走りながら、メアリーが尋ねてくる。メアリーとしても、レミリアがもどらないかもしれないということになっては、北西の森が今どうなっているのかということを把握しておきたいのだろうということは、僕にも理解できる。

 しかし、それをどこまで言っていいものかはわかりかねた。

 

 どこまで言っていいものだろうか?

 メアリーにも、学園の北西の森が立ち入り禁止に指定されていることはわかっているだろうが。

 怪異のことについてまで話すと、またぞろむしろ探しに行ったりしないだろうな……

 

「あれだよ…… 学園も北西の森への出入りは禁止してるだろ? 聞いた話だけど、霊脈の関係だかなんだかで、かなり危ないらしいんだよ」

 

「ふぅん……」 

 

 走りながら、メアリーはそういって何か考えているようだった。

 

「……僕の考えすぎなら悪いけどさ、その原因を探そうとかしないでくれよ?」

 

「それはさておき、とにかく今はレミリアを連れ戻さないと」 

 

「レミリアを連れ戻すのは賛成だけど、さておいてるんじゃねぇよ。絶対ダメだからな」 

 

 すでにキャンパスを出て北西の森へと走る僕とメアリーの足元は、すでに土の道になっていて、すぐ先に巨大樹がまばらに見えてきた。

 足元には、往来が繰り返された道に大小さまざまな足跡があるようだったが、この中にレミリアの足跡もまじっているのだろうか。

 

「コヨミ、何がくるかわからないから、一応注意しておいてくれよ」

 

「わかってるよ。メアリーも、とにかくすぐ逃げる準備をしておいてくれよ」

 

「私が逃げる? ダイアスの連中。レミリアに少しでもケガさせてたら、刺し違えてでも殺してやるよ」

 

「大げさすぎるだろ! できるだけ穏便にだぞ」

 

 すでに僕とメアリーは北西の森へと足を踏み入れていた。

 巨大樹や、そのそばに群生する木々にも注意をはらいながら、神経をすませる。

 メアリーの横で、夜の森を走りながら思考をめぐらせていた。

 

 しかし、この5年大祭の夜に、ダイアスの連中はこの森で、どういう理由でレミリアまで呼びつけたのだろうか。

 ダイアスの女王、アイリー・レオニードの淫蕩な笑みが脳裏をよぎる。彼女は今頃、ハーレンホールドのセントラルビルで盛大なパーティーを催しているという話だったが。

 

 一応、忍に血を吸わせてやれば、僕の身体能力をかなり高めてやることはできたが、同時に吸血鬼としての妖気のようなものが高まれば、何に見つけられるかわかったものではない。

 幸い、夜目はそこそこ効くし、相手がレメンタリークアッズの生徒たちなら、言葉が通じる分目があるといっていいだろう。

 

「止まってコヨミ」

 

 横でメアリーが言って、その言葉にしたがって走っていた足を止めた。

 メアリーが見ているほうに僕も目をやると、巨大樹の脇から3人の人影が姿をあらわした。

 その場に足を止める僕とメアリーにその影が言葉を発した。

 

「誰だ? 招かれざる客だな」

 

 僕は一瞬身構えたが、その影はダイアスの生徒たちだとわかった。3人の男子生徒である。

 一様に、からかうような表情を浮かべていて、その中の一人はあきらかに泥酔しているようで、足取りこそしっかりしているものの赤ら顔にニヤケ面でこちらを見やっていた。

 その三人の男子生徒たちにメアリーが尋ねた。

 

「ここに、レミリア・ワゾウスキが来たって話を聞いたんだけど、それは本当かな?」

 

「おいおい、トパンズの連中じゃないか。ハハハ。また何か“勘違い”してこんなところまで来たってわけか?」

 

 メアリーの質問に、しかし答える様子もなく、男たちは一同に笑いあった。

 

「僕たちは急いでるんだよ。それにこの森は学園から立ち入り禁止にされてるんだぜ?」

 

 僕がそういうと、ダイアスの男子の一人が大げさに肩をすくめて、二人の男たちが口々に言った。 

 

「レミリア。レミリアちゃんね。通ったかなぁ。通ったとして、お前らに何の関係があるんだ?」

 

「誰に口を聞いてるんだ? ダイアスの人間が、なぜ少々の危険に身をひそめなければならない?」

 

 少々の危険か、まぁお前たちが勝手に死ぬ分には好きにしたらいいけどな。

 男たちを見ながら頭のわきでそういう考えがよぎる。

 そしてもうひとつ

 

「通った? レミリアは、この先にまだ進んだってことか?」

 

 メアリーは、レミリアがここに来たかと質問したが、彼らは通ったか通ってなかったかと答えた。

 これは、やはり当たっているかもしれないな。

 僕が頭でそう思考をめぐらせていると、先ほどの赤ら顔の男がふいに叫んだ。

 

「うるさいぞ! この“トラッシュ”どもが! さっさとどこへでもゴミの行くべきところへ行け!」

 

 そのときである、ダイアスの生徒たちを見ていた僕の目が大きく見開かれた。

 さきほどまで僕の隣にいたメアリーが、いつのまにかダッシュして跳躍し、さけんでいた赤ら顔の男に膝蹴りを肉薄させていたのである。

 

「!?」

 

 赤ら顔の男は、ぎょっと表情を緊張させながら、右手を反射的に掲げてメアリーの右ひざを防ぐと、振り払うようにザザッと後退した。

 男があらためて見たメアリーはハンターのように男たちをねめつけ、準備運動のように首をかしげながら野生的な笑みを浮かべていた。

 

「急いでるって言っただろ? そんな風に煽らないでくれよ。殺したくなるだろ」

 

 男たちは一瞬驚いていたようにしていたが

 

「殺す? トパンズの女が一人で俺たちを?」 

 

「コヨミ」 

 

 メアリーは、しかしダイアスの生徒たちには反応せずに僕の名前を呼び、続けて言った。

 

「この人たちは私が相手するからさ。コヨミはこの先を見てきてよ」 

 

「いいのか?」 

 

 僕がチラリと目の前の3人の男たちを見ると、彼らは何かを言おうとしたが先にメアリーが制していった。

 

「怖いの? 私一人に相手されるのが?」

 

 メアリーがクスクス笑うようにそういうと、男たちは一段トーンを下げて、首元のダイヤがあしらわれたチョーカーに手をやり、一様に腰に指していた刀剣を抜き放った。

 男子生徒の一人がメアリーを指差して言った。

 

「結界がショートしたら、お前は俺たちの“ディナー”だ」 

 

「できるものなら」 

 

 メアリーはこともなげに言うと、次に僕のほうを見て

 

「コヨミ、先に行っててよ」

 

「でもさ……」 

 

 もう一度目の前を見ると、刀剣を抜いた男が3人、メアリーは一人、素手である。

 先に行けとはいうが、僕にしてみればなかなか承服しかねる。

 逃げるだけでも、逃げ切れるものか?

 僕が逡巡していると、メアリーがさらに

 

「私もコヨミのことを信頼してるんだ。コヨミもそうしてよ」

 

 と言ってきた。

 

「ケガするなよ」

 

 僕もやむにやまれず、そうメアリーに言ってから、3人の男たちの横を回り、手を振るメアリーにその場をまかせ、つまりその場に残して、一人で森のさらに奥へと走ったのだった。

 

 

 

 #

 

 

 

 それから10分ほど走っている道中だった、森の先へは確かに何度も往来があったように草が踏み潰されている、いわゆる獣道のようなものが続いていた。

 そもそも、ダイアスの連中がここらを根城にしているのもわからなかったが、なぜレミリアがこんなところに来なければならなかったのかももうひとつわからない。

 もう森の中へはかなり入り込んでしまっている。他方で後方でダイアスの生徒を3人相手にしているメアリーも気になった。

  

 しばらく進むと、獣道は少しくぼみへと入って行き、小さな谷の間を進むようになった。

 僕はまたぞろ誰かに見つからないように獣道から少し離れた林の間を走り、そして谷が奥まったところで、人の気配を察知することになった。

 

 そこは、広いホールのようになっている谷の終着点だった。

 谷の終着点の壁からは洞窟が伸び、その向こうまでこぎれいに整えられているようだ。

 巨大な竪穴のようなそのホールは松明などではなく紫からオレンジのカンテラで柔らかく照明されている。

 

 そしてそのホールには数名の人間がいるようだったが、その中で栗色の少し巻いたような髪質の、思案顔をしているレミリアの姿を見つけることができた。

 ほかのやつらは、どうも全員ダイアスの人間らしい。そしてその中の一人は僕にも見覚えがある、ルシウス・ヴァンディミオンだった。 

 

「レミリア」 

 

 そこまで確認して、少々意を決してその谷あいのホールへと足を踏み入れた。

 レミリアを含めた、その場にいる全員がこちらを振り向く。

 そして僕の姿を確認したレミリアが目を見開いた。

 

「コヨミッ? なんでいるの?」

 

「それを教えたらお前も同じ質問に答えてくれるのかよ?」 

 

 レミリアが無事であることに安堵して、少し笑い顔になってしまいながらそう答えた。

 逆に、レミリアをのぞくダイアスの連中は、招かれざる客の感をありありと出して僕に対する圧を強めた。

 

「君を招いた覚えはないが、一体何をしにきたのかな?」

 

 ホールへと踏み込んだ僕にそういったのは、先日のルシウス・ヴァンディミオンである。

 

「何って。ちょっと頼まれてさ。レミリア、メアリーが心配してたぞ」

 

「あっ……」 

 

 レミリアが気がついたようにそう声をもらした。

 

「とにかく」

 

 僕とレミリアをさえぎるように、ルシウスが続けた。

 

「人の求愛の邪魔をするのは、どうにもいただけないけどね?」

 

「は?」

 

 あっけにとられて、つい声がでてしまった。

 こいつら、こんなとこくんだりで一体なにをしているのかと思ったら、レミリアと親交を深めようとしていたのか。

 考えていると、ルシウスがこちらを見つめながらアゴに手をやって思案顔で言った。

 

「いや、君はハネカワ・コヨミといったか、自警団本部ビルにいたという? 叩けばホコリがでそうな君か」

 

 ギクリとしてしまう。僕が昨日、自警団本部ビルにいたことはごく一部の人間しか知らないはずである。

 自警団や、ティリオンのような名家の人間。もしかしてルイウスのヴァンディミオン家もかなり顔が利くのか?

 

「そういうのはやめてって言ってるでしょう? コヨミは関係ないじゃない」

 

 僕のそばにかけよってきていたレミリアが、ルシウスに抗議するように言った。

 レミリアがそういうと、ルシウスは得心げそうにした。

 

「わかってくれるかい? もし君が僕と付き合ってくれるのなら、僕は明日のコロセウムでも、恋人のお兄さんをひどく傷つけすぎることもない」

 

「それは……」 

 

 レミリアはそれだけ言って、黙ってうつむいてしまった。

 何を黙ってるんだよ。

 

「レミリアお前、サリバンや僕のことでこんなとこまでホイホイ一人で来たのか? 僕はそんなこと頼んでないし、サリバンだってそういうと思うけどな」

 

「うるさいバカ……」 

 

 レミリアはうつむき気味に、小さい声でつぶやくように言った。

 僕はルシウスのほうを向いて、しかし落ち着いた声で言った。

 

「おいおい。求愛ってお前は言うけどさ、これじゃ脅迫なんじゃないか?」

 

 言うと、ルシウスはクスクス笑った。

 

「僕は手段は選ばないんだ。欲しいものは手に入れる。学園の二大ファンクラブを作る二人が付き合うんだ、これ以上の抱き合わせはないだろう? 物事にはおさまりというものがある」 

 

「ルシウスさん。今日はちょっとおかしいよ……」 

 

 レミリアが恐る恐るといった風に言った。

 ルシウスは、笑い声をもらして答えた。

 

「そうかもしれないね。僕はアイリーと普段から一緒にいるから、彼女の“レオニードの鍵”に当てられたのかもしれないな」

 

 そういって、「どうする?」とレミリアにさらにたずねた。

 ルシウスだけではなく、周りにはべっているダイアスの生徒たちもレミリアを注視しはじめた。

 ダイアスの主席、ルシウス・ヴァンディミオンに見初められたレミリアを、祝福すらしている感があった。

 

「レミリアはどうしたいんだい?」 

 

 僕がレミリアを見ると、軽く目をそらした。

 どうも、というかやはり、乗り気ではないように見える。

 そもそも、色恋沙汰を始めるのならば、こんななし崩しである必要すらないだろう。

 

 と、なればやはりさっさと連れ帰ってしまうのが上策である。

 

「まぁそこらへんは帰ってから聞かせてくれよ。おいルシウス!」 

 

 そう前方のルシウスへと叫び、次に目の前のレミリアに手を伸ばしてぎょっとするレミリアの肩を抱き寄せて言った。

 

「悪いけど僕の女はやれないな! レミリアは連れて帰るよ!」

 

「は、はぁっ!?」 

 

 あたりがざわつくなか、そう叫んだのはレミリアだった。

 肩を抱かれたレミリアから見上げる僕の顔は、近くで見ればいたずらそうに笑いをこらえているのが察せられたに違いない。

 

 それは完全にでまかせである。

 ただそういうことで、向こうがあきらめてくれればそれでいいし。

 もしそれが嘘だとバレたところで特に問題はない。 

 

「レミリアさんが、君の女? 付き合っているのか?」

 

「ああ、一緒に暮らしてたら、えらく気があったんだよ。そういうわけだから、ルシウスの申し出を受けることはできない。もう帰ってもいいだろ? いこうレミリア」 

 

「うっ……あっ……」 

 

 驚きすぎて声になってないレミリアを促して、来た道へと向かう。

 すると後ろから

 

「待て」 

 

 とルシウスの声が僕たちを呼びとめ。

 僕がルシウスのほうを振り向くと。

 

「決闘だ。ルシウス・ヴァンディミオンはこの場で君に決闘を申し込む」

 

 そういって、腰からギラリとぬめるように輝く大振りの刀剣を抜いた。

 

 

 

 #

 

 

 

「まさか逃げることはあるまい? ヴァンディミオン家の影響力を見誤らないことだ」

 

 決闘を申し込む。ルシウスはそういって、右手に長剣を持ち、柄を握りなおした。

 横から、レミリアがあわてたような口調で

 

「コヨミ、もういい。もういいから」

 

 と言って身をゆすった。

 僕は、しかしレミリアの肩を放さず、ルシウスにたずねた。

 

「僕たちがこのまま逃げたらどうするんだよ?」

 

「そもそも、逃げることもできないだろうね。それにこのハーレンホールドにいる限り、ダイアスを中心にした僕の友人や、ヴァンディミオン家の影響下から逃れることはなおのことできない。君はレミリアさんを賭けた決闘を受けなければならない」 

「……」 

 

 僕は聞きながら思考をめぐらしていた。

 逃げるか? このまま僕とレミリアが走ってこの場を離れて、逃げ切れるだろうか? 

 ちょっと厳しいな。少なくとも、姿を隠せる間が必要だ。その時間は与えてもらえないだろう。

 

 では決闘を受けて、ルシウスを退けることができるか?

 聞いたところによると、あいつはダイアスの主席で、去年のコロセウムでは優勝の座を勝ち取り、学園最強の花の騎士の称号を与えられたということである。これも難しい。

 

「コヨミ。いいから……」

 

 レミリアがそういって再び身をゆすった。

 

「よくねぇよ。アイリーのことはもっと早くメアリーに話しておくべきだったんだ。そしたらこんな事態にも、たぶんならなかった。そこは僕にも責任があるし。そもそも僕もサリバンもお前にそんなことさせたいだなんて思ってないんだよ」

 

 レミリアにそういって、次にルシウスのほうを向いて言った。

 

「わかったよ。その決闘の申し出を受ける」

 

「ほう? 獲物はどうする? 誰か貸してあげようか?」

 

 ルシウスは、決闘を持ちかけた時点で逃げるだろうと予想していたのか、少し意外そうにした。

 こっちとしても、賭けには違いない。

 ルシウスが右手の長剣を持ち直し、その刀身がホールの光を反射してぬめるようにギラついた。

 

「忍。心渡を」

 

 ルシウスの前まで歩いていき、しゃがんで僕自身の影に手をやると、影の中から妖刀、心渡の長い刀身の、むき出しの柄が差し出され、それを手にとって一気に影から引き抜いた。

 僕の右手に持たれた長刀にまわりが驚いたようなうなり声を上げる。

 目の前のルシウスは、しかし片眉を上げただけだった。

 

「ほう。“精製”とは、トパンズの留学生にしてはなかなかの術式を使うじゃないか。だが素人が術式精製した刀剣で、我がヴァンディミオン家の名剣バゼラードに太刀打ちできると思わないことだ」

 

 どうやら彼らには影の中から刀を出したのではなく、刀を作り出したように見えたらしかった。

 

「お手柔らかに頼むよ。お互いの結界がショートしたほうが負けでよかったかな?」

 

「いいだろう。しかし単層結界でバゼラードの剣撃が防ぎ切れればだけどね。多少怪我をしても文句はいわないでくれよ」

 

「そりゃおっかないな」

 

 実際のところ、多少の怪我をしても僕の分にはそう問題ではなかったのだが。

 

「ではいくぞ」

 

 そういってルシウスがバゼラードと読んだ刀剣を構えた。

 僕は、しかし戦闘態勢になったルシウスに心渡の長い刀身を差し出して見せた。

 

「……?」

 

 ルシウスはその意図を測りかねているようだった。

 

「刀当てだよ。決闘をはじめる前の礼儀として、僕の文化ではこうするのが決まりなんだ」

 

「かまわないよ」

 

 乗った。

 ルシウスが僕の説明に納得して、差し出した心渡にバゼラードの刀身をカチリと当てた瞬間である。

 

 バチン!と電気が破裂するような音とともに、ドサリ、とルシウスがその場に崩れ落ちた。

 結界のショートと同時に気絶したらしく、目を閉じたまま動かない。

 

 それは心渡の能力によって起こったことだった。

 心渡は人間の体は切らず、怪異を斬る妖刀である。

 怪異に対して絶対の威力を持つ心渡は思ったとおり結界に対しても効果があったわけである。

 刀を当てた瞬間に、心渡が瞬時にルシウスの結界を破壊しショートさせたのだ。

 

「僕の勝ちだな」

 

 そういって、まわりを見ると、ルシウスの勝利を確信していたであろうダイアスの生徒たちは、何が起きたのか不可解そうに浮き足立っていた。同時に、僕に向かって刀剣を抜きかねないようなやつまでチラホラいる。

 

「ルシウスの結界はショートした。決闘は僕の勝ちだ。それでいいだろ? それに僕が今何をやったのかわからなかったのなら、うかつに僕に手を出すべきじゃないぜ」

 

 そういわれて、血気にはやっていた数名も手を出せないようだった。

 僕はそれらを確認してから、同じく何が起こったのかはかりかねて困惑しているレミリアのほうへ小走りにかけていき

 

「それじゃぁ帰ろうぜ。お腹減っちゃったよ」

 

 と生返事をするレミリアを促してそのホールを後にしたのだった。

 

 

 


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