化物語 こよみサムライ[第二話]   作:3×41

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「しかし、鬼のお兄ちゃん、僕がいない間にクアッズであんなかわいこちゃんたちと関係つくっちゃうんだもんなぁ。かわいい僕というものがありながら」

 

「関係作ってねぇだろ。一人には切腹をせがまれるし、もう一人には気絶させられてるんだぜ。ていうかおののきちゃんは僕の彼女的なポジションじゃないだろ」

 

「まぁまぁ、それは表向きの話じゃない。今は僕たち二人だけなんだしさ」

 

「前から愛人関係だった見たいに言わないでくれ! ていうか犯罪になるわ!」

 

 式神人形に法律が適用されるのかはわからないけど。

 僕とおののきちゃんは、街の丘の上に位置する学園から、ハーレンホールドの街へとおり、街の南西側の市街地を歩いていた。

 

 あたりはずいぶんと暗くなっており、通りにはちらほらと人通りがあるだけであった。

 どこかから、トランペットの陽気な音楽が聞こえてくる。

 

「それでおののきちゃん、評議会っていうのは、どこで開かれるんだい?」

 

「うん? 気になるかい鬼のお兄ちゃん」

 

「そりゃぁ気になるよ」

 

 最初、街を歩く僕はそこそこ楽しい気分だった。

 しかし、おののきちゃんに脅かされていたこともあり、だんだんと生命の危機に瀕しているような危機感がじわじわ体をむしばんできた。

 また、どうにも閑散とした住宅街を歩いているというのも、どうにも評議会という重苦しい単語とは似つかわしくないように思われて、もうひとつ腑に落ちないところがあった。

 

「まぁ、そりゃぁそうかもしれないね。でも僕も、もうひとつこの街に詳しいわけじゃないんだよなぁ」

 

 おののきちゃんはそういってぴっと一切れの紙片を取り出して見せた。

 

「ここだよ。その”評議会”っていうのが行われる場所さ」

 

 おののきちゃんに見せられた地図つきの住所を見てみたが、どうにもおかしい。

 それは、評議会がおこなわれるような特別な場所ではなく、どうも民家の住所であるようだったからだ。

 

「ここって、ただの民家じゃないのかい? ここでその”評議会”っていうのをやるのかい?」

 

「たぶん、そういうことなんだと思うよ。聞いた話では、まぁそうなるんだろうね」

 

 しかし、これはただお茶でも出されるような、そういう予想しかできないんだけど。

 ちょうど立体区画の3階の民家である。

 

 僕たちはすでに階段を上り、複雑に入り組んだ居住区へと足を踏み入れていた。

 階段がいたるところに伸び、ところどころに扉がある。

 

「あっちかな」

 

 おののきちゃんがある階段を指さして、二人で上っていく。

 しばらくすると、階段の上の踊り場に出た。

 

 そこには、井戸があり、その周りにイスがいくつも置かれ、周りにいくつも階段が続いている。

 

 その踊り場を地図にしたがっておののきちゃんと歩きながら、僕はつぶやくようにこぼして言った。

 

「しかし、あんなふうなもんなのかな…… あの学園ってさ」

 

「あんなふうなもんって、どんなふうなもんなのさ」

 

 それは、僕の感情としては、憤懣やる方なさからこぼれたものだった。

 

「いや、さっきの晩餐会でさ、アクアマリンってクラスのやつが、トパンズのクラスのやつらに食ってかかってたじゃないか。ああいうう階級性っていうのかな、日本にああいうのってあんまりないだろ」

 

 最初、晩餐会といわれて僕もけっこう、ウキウキしてしまっていたことを、ここで自白しておこうと思うけど、しかしだからこそ、ああも横柄に振舞う同じ学園の学生に少なからずショックを受け、だからこそついついでしゃばってしまったようなところがあったわけだ。

 

「まぁまぁまぁまぁ。鬼のお兄ちゃん、それはえらく狭い知見と言わざるをえないね。かわいい僕に言わせればさ」

 

 おののきちゃんは、僕の隣で地図に目を落として歩きながら、そのままに言った。

 

「まぁまぁ、日本こそ今では階級がほとんどなくなっているような部分はあるけどさ、昔は士農工商えたヒニン、結構ガッツリ階級で分かれてたんだよ。生まれたときからガッチリ階級さだまってたのさ。僕たちと違ってね」

 

「式神人形ほど運命定まっちゃいなかったと思うけどな。そういうものなのかな。たしかに僕の街は割りと平等主義なのかもしれないな」

 

 おののきちゃんは、地図から目を上げてある階段を指差した。

 

「あっちだよ。鬼のお兄ちゃんの言いたいことも、わからないでもないけどね、文化の違い、ってことでなんとか納得しておくしかないんじゃない」

 

 おののきちゃんの言うことはわかる、わかるけど、思わずため息を漏らしてしまった。

 

「はぁ。そういうもんか。でも、どんな階級に属しても、人柄っていうのは結構比例しないもんなんだな」

 

「そりゃそうだよ。階級を作るのは人間のごく一部の能力が反映されたにすぎないんだから、それでそこまで全能感もたれても困るよ」

 

「そういえばおののきちゃん、あの学園のレオニード家っていうのは、そんなに重要な家系なのかい?」 

 

「鬼のお兄ちゃん、その名前を出しちゃうんだ。そんなに気軽に口に出しちゃうんだ。ほんとに命が惜しくないんだなぁ」

 

「そんなに危ないの!?」

 

「もちろん冗談さ、名前を出すくらいじゃ殺されたりはしないから大丈夫だよ」

 

 さらりと言いやがった。

 ヒヤっとしちゃったじゃないか。

 

「レオニード家は、ハーレンホールドではどんな王族より権威がある家系だよ。それは名誉という意味合いでも、実際的な意味でもそうなのさ。特にハーレンホールドの大霊脈が励起している今は、レオニード家の人間と長く一緒にいることすら禁じられてるんだよ。レオニードの鍵に『当たる』からね」

 

「へぇ、なんかよくわからんけど。いろいろ大変なんだな」

 

「実はこの時期は、あの”山犬部隊”がレオニード家の人間を護衛しているくらいなのさ」

 

「ああ、それは知ってるよ」

 

「あ、そう。さすが鬼いちゃんは、情報通なんだなぁ」

 

「いや、実際に見たからね」

 

 二人でそういうことを話していると、やっとのことで土作りのレンガの何階かの扉の前に到着した。

 扉の向こうからは、特に何の音も聞こえてこなく、人がいるかどうかすらも察することはできなかった。

 

「ここだよ。お兄ちゃん、覚悟はいいかい」

 

「覚悟って、何の覚悟だよ」

 

「何の覚悟って、死ぬ覚悟だよ」

 

「だからこえーよ!」

 

 おののきちゃんは無表情だから、本気か冗談かいまいちわかりにくい。

 彼女が目の前の木の扉を、コンコンと叩いた。

 

 が、何の反応も見られない。

 

「おやおや、不在かな。ということは、出ちゃうかな。かわいい僕の、たったひとつのさえたやり方が」

 

「それ”アンリミテッド・ルールブック”だろ! ふっとばしちゃダメだぞ!」

 

 扉ふっ飛ばして入ってくるとか心証最悪だろ。僕は冗談なのか本気なのか、内心ヒヤヒヤしながら、おののきちゃんをさえぎりながらしばらく待っていると、目の前の木の扉が、ふいに、ギイっと開いた。

 扉の隙間から顔を出したのは、妙齢の女性だった。

 女性は全身に黒い布を巻いており、髪も、首もよく見ることができなくなっていた。

 

 女性は、あいた扉の隙間から、不審者でも見るかのように、僕とおののきちゃんを上から下まで、ジロっと見定めるように視線を泳がせた。

 おののきちゃんは、明らかに不審そうにするその黒尽くめの女性に対して。

 

「いぇーい。ピースピース」

 

 と横ピースした。

 

「……」

 

 女性は、しかし、というか当然なんだけど、何の反応も示さなかった。

 

「すいません。この横ピースしてる童女は、えーと、影縫ヨツギで、この街の自警団の”評議会”に参加するように言われて来たんですが」

 

「すまんね、鬼いちゃん」

 

 どんなキャラだよ。

 というか、どうみても、ここが”評議会”の会場であるというようには、僕には思えなかった、見た感じどう見てもただのレンガ作りの民家である。間違った住所を渡されたんじゃないだろうか。

 ならば、急いで引き返さないと、遅刻というか、”評議会”を逃すことになってしまいかねない。

 

 女性はしばらく考えるようにしておののきちゃんの顔をじっと見ていたが、しばらくしてポソリと言った。

 

「承っております。こちらへどうぞ」 

 

「え?」

 

 あっけにとられる僕をよそに、その女性は木の扉をギイっとあけて、僕とおののきちゃんの入室を促した。

 でも、明らかに民家なんだけど。

 しかし、僕の心配をよそに、おののきちゃんは

 

「では失礼」

 

 といって、民家の中にさきさきと入っていってしまい、仕方なしに僕もおののきちゃんについてその民家へと入っていったのだった。

 

 

 #

 

 

 おののきちゃんと僕が入っていくと、その、外からどう見ても民家にしか見えなかったその家は、やはり民家だった。

 僕が入った玄関の横では、ガスコンロにかけられたヤカンがシュポシュポと湯気を立てており、玄関のむこうでは、リビングではいはい歩きをする赤ん坊が、何事かといったようにこちらをじっと見つめていた。

 その向こうの窓はすでに暗くなっている。

 

「ほんとにここであってるのか?」

 

 いぶかしみながらの僕とおののきちゃんは、先ほどの女性につれられて、リビングへと通された。 

 しかし、そこはどう贔屓目に見ても、やはり一般的な家庭におけるリビングそのものだった。

 

「みなさまお待ちです。こちらへどうぞ」

 

 次に女性は僕たちを促して、リビングから横につながる扉に僕たちを呼び、僕たちがその扉の前に立ったところで。

 

「ではどうぞ。この扉をくぐった時から、”評議会”は開始されます」

 

 といって一息に扉を開けた。

 

 それは、異様な光景だった。

 明らかに家庭的な民家のリビングから続くその扉の先は、かなり広い空間だった。

 それだけではない、その広い空間は、黒い影、いや、黒い衣服に頭まで身を包んだ人、人、人で埋め尽くされていた。

 

「いくよ鬼いちゃん。呑まれないでね」

 

 おののきちゃんは、キリっとした風にそういうと、その広い部屋へと、”評議会”の会場へと足を踏み入れた。

 おののきちゃんに続いて、僕もその部屋に入ると、後ろでは先ほどの女性だろう、扉が占められてしまった。

 

 その広い部屋は、かなり湿気が強く、ムワっとした空気が皮膚を覆った。

 くらくらしてしまいそうな空気に、ややもすると平衡感覚を微妙に失いそうになる。

 

 黒尽くめの人間で埋め尽くされていた、”評議会”の会場であったが、僕とおののきちゃんが部屋に入ると、

 目の前の人々がいそいそと動いて、目の前にまっすぐの道が現れた。

 そしてその先には、ひときわ高く、ひな壇のような、舞台のようなものが見えた。

 

 おののきちゃんは、誰に言われるでもなくその人の道を歩いていき、僕もそれについていった。

 その途中で横目に黒尽くめの人間たちを観察すると、割と身長の高い男たちで占められているようで、僕たちを見るでもなく見ないでもなく、ちょっと遠くでは内輪で談笑しているような人たちまでいるようだった。

 

 その高台へつくと、その舞台はまわりより、演説台のように少し高くなっていて僕とおののきちゃんがその舞台に上がると、そこには一人の黒尽くめの人間が立っていて、僕とおののきちゃんを迎えた。

 

「ようこそ。我らがハーレンホールドの”評議会”へ」

 

 男の野太い声だった。

 頭の先まで覆う黒尽くめの男が、黒い服の下で両手を広げたようにした。

 その男に対しておののきちゃんは

 

「いぇーい。ピース」

 

 と、あの横ピースをしてみせるのだった。

 

「……」

 

 黒い男はしかし、というかやはりというか、それに何の反応も示さなかった。

 僕はそのちょっと高い舞台のうえから、回りを見回すと、いまや、数百人はいるだろう、の黒尽くめの人間たちに囲まれ、この舞台上からは広い部屋の隅まで見渡すことができた。

 部屋には薄くもやがかかっているように、遠くまで見ると視界がボヤけている。

 演説台の後ろを見ると、女神像のような、3mほどの女性の像が演説台を見下ろしていて、安心感より、むしろ今にも倒れてきそうな威圧感があるように思われる。

 

「カゲヌイ・ヨツギ。そなたは、その御身の異才によって、我らがハーレンホールドの自警団への入団を望んでいるということで相違ないかな?」

 

 おののきちゃんが騙っている偽名を読んで、目の前の男はその広い部屋に響き渡るような大声でそういった。

 もう”評議会”は始まっているのだ。

 

「ああ、そうだよ。この僕を、カゲヌイ・ヨツギを自警団に迎え入れていただきたい」

 

 おののきちゃんは、無表情で、しかしよどみなくそういった。

 その瞬間に、演説台の周りの数百人はいるかという黒尽くめの集団が一斉にざわつきはじめた。

 

「カゲヌイ・ヨツギ。その意思は承った。しかし、我らは納得してはいない。貴君は我々を説き伏せなければならない。この場で、我々のすべてを納得させよ!」

 

 目の前の男が言うと、さらに演説台の周りがザワツキの音を増した。

 

「それはかまわないけど。具体的にどうすればいいのかな。僕の実力は、そりゃもう折り紙つきだけど、あなたを倒せばそれでいいのかな」

 

「ならぬ! 我々の血の盟約の内に入りたいのならば、我々を傷つけては決してならない。貴君は、その口で、このハーレンホールドの女神の前で! 我々を納得させなければならん!」

 

 おののきちゃんの提案を、男はキッパリと拒否した。

 しかしどうすればいいっていうんだよ。

 この演説台で、僕たちを取り囲むこの数百人を説得しなければならないのか?

 

「どうしろっていうんだよ……」 

 

 僕には、それはどうにも途方もないことのように思われた。

 僕たちを囲む黒尽くめの男たちは僕たちを見ながらザワつきをまし、背後では巨大な女神像が僕たちを見下ろしている。

 横目でおののきちゃんを見ると、おののきちゃんは、しかし無表情だった。

 いや、僕はおののきちゃんが無表情以外の表情をしているのを見たことはないが、だからこそ、この状況をどう見て取っているのか、僕の目にはまったく読むことができない。

 

「まぁ、そういうことならそれでも僕はかまわないよ」

 

 おののきちゃんは、快諾してそういった。

 こういう”こと”に、慣れているのだろうか。僕には不死専門の怪異退治である彼女らが、普段何をしているかなんてさっぱり知らないし、見当もつかないことだった。

 おののきちゃんはそういうと、首をかしげて、演説台の奥で僕たちを見下ろす女神像に視線をうつした。

 

「でも、さすがにちょっとめんどくさいから、これで片をつけることにするよ。かわいい僕の、たった一つのさえたやり方」

 

 そういって、おののきちゃんは、僕たちの背後で僕たちを見下ろす女神像に首をかしげながら、右手を掲げてピン、と人差し指を突き出した。

 

「”アンリミテッド・ルールブック”」

 

 おののきちゃんが、無表情のままでそうつぶやいた瞬間、おののきちゃんが突き出した右手の人差し指が、まるで爆発するかのように前方に巨大化した。

 巨大化し、爆発的なスピードで疾走したおののきちゃんの右ひとさし指は、そのままのスピードで僕たちの背後にあった巨大な女神像を直撃し、その巨大な指の形そのままに、女神像の胴体を瞬間的に消失させた。

 

「なっ……」

 

 ガラガラと、崩れていく巨大な女神像を前にして、僕はそうつぶやくことしかできなかった。

 そして次に、周りの圧が瞬間に膨れ上がったことに気づいた。

 

 相変わらずザワザワとしている、僕たちを囲む黒尽くめの人々が、殺気を含んだ視線でもって僕たちを突き刺している。

 

 ゾっとしながら、おののきちゃんをのほうを見ると

 

「これでわかってもらえたかな、かわいい僕の、カゲヌイ・ヨツギの実力ってものを。僕があなたたちを傷つけてはならないのは了承するけど、そちらが襲ってくるのを迎撃する分にはその限りではないというのは、道理というものだよね」

 

 と、平坦な、しかしよく通る声でそう言ったのだった。

 

 目の前の男と、僕たちを囲む数百人の男たちは、いまや黒いうねりとなって、一気に僕たちになだれ込みそうな勢いすらあった。

 ちょっと、これはマジでやばいな。

 僕も、せめて自分の命は守ろうと身構えたとき、部屋の隅から怒号がとどろいた。

 

「静かに!!!」

 

 まるで、心臓をつかまれるような怒号だった。静かに、ビークワイエット、オランダの言葉でなんと言っているのかはわからないけど。そのように発せられた怒号は、瞬間的に部屋に充満した。

 しかし、それだけではなく、その声で、先ほどまでマグマのようにうねっていた男たちは、まるで誰もいないかのように静まり返り、全員直立不動の格好となったいた。

 そして、遠くの人だかりの中から、こちらの演説台に向かって、誰かが歩いてくるのが察せられた。

 

 人ごみを掻き分けて、いや、人々が自分で道をあけて、現れたのは、背の高い老人だった。

 その老人の顔は厳しい表情に深いシワがいくつも刻まれている。

 その大柄な老人が演説台に上がり、僕とおののきちゃんの目の前にたつと、誰からでもなく、一斉に、周りの数百人の男たちが叫んだ。

 

「サー・バリスタン・セルミー!! サー・バリスタン・セルミー!! サー・バリスタン・セルミー!!」

 

 男たちは、叫ぶと、再び誰もいなくなったかのように静まり返った。

 サー・バリスタン・セルミー。その名前には聞き覚えがある。”山犬部隊”第二席”豪胆”サー・バリスタン・セルミー。

 このハーレンホールドの自警団の上位組織、”山犬部隊”のナンバーツーである。

 

 この老人は、厳しい表情のままで、僕とおののきちゃんを見下ろし、そして訪ねた。

 

「この女神像を、このようにしたのは貴女かな?」 

 

 底冷えするような、ひしがれた声だった。

 老人に尋ねられたおののきちゃんは

 

「そのとおりだよ、山犬のおじいちゃん。この僕の必殺技、”アンリミテッド・ルールブック”でこうした次第だよ。もしお望みだというのなら、あなたもこうなってみるかい?」

 

 おののきちゃんが挑発をまじえてそういった。しかし、その言葉はその広い部屋に空虚に響いた。

 僕たちを囲む数百人の男たちはみじろぎひとつしていない。

  

「……」

 

 老人は、おののきちゃんの言葉にどう反応するでもなく、深いシワの刻まれた厳しい表情のままでオノノキちゃんを見下ろし。

 

「いいだろう」

 

 と言って黒尽くめの男たちに叫んだ。

 

「この少女を、このサー・バリスタン・セルミーの名において我がハーレンホールドの自警団への所属を認める!! ハーレンホールドの女神を破壊した罪、不問に臥す。異議のあるものは表明せよ!!」

 

 とどろくような大声が部屋に響き渡ると

 再び先ほどのサー・バリスタン・セルミーの三連呼で聴衆が答えた。

 

 セルミーというこの”山犬”はその後足早に、

 

「歓迎をしている暇は遺憾ながらない。ハーレンホールドの南東で大規模な問題が発生した。各員対応に迅速を期せ!」

 

 再びとどろくような号令を発すると、”評議会”の黒尽くめの男たちはいっせいに動き出し、複数ある扉から流れるように出て行った。

 しばらくして、広い部屋に僕とおののきちゃん以外の誰もいなくなると

 

「はぁ、まさか”山犬”のナンバーツーが出てくるとはね。さすがにかわいい僕でも予想外だったよ。命があってよかった」

 

「ええっ!? そんなに危なかったの僕たち」

 

「うん。さすがに山犬の第2席となると僕の手にもちょっと負えないからね」

 

「まじかよ……」

 

 おののきちゃんいわく僕たちは結構な危ない橋を渡ったあとだったようだ。

 彼女はしかし

 

「まぁでも、鬼のお兄ちゃんだけは僕の命にかけて守るけどね。お兄ちゃんをここに呼んだ僕の責任としてさ。僕はドヤ顔でそういった」

 

 と、無表情のままで言うのであった。

 正直かっこいいのか悪いのかよくわからない言葉だったが、どちらでもいいことでもある。

 おののきちゃんは次にスマートフォンを取り出して。

 

「お、話どおりだ。ハーレンホールドのデータベースにアクセスできるようになってるよ」

 

 と言って現代っ子っぽくスマートフォンを人差し指で操作しながら言った。

 

「でも、ちょっと気になるんだよなぁ」

 

「気になるって、何が?」

 

「うん、僕は、僕たちの存在を奪った”存在移し”が何を目的にしてるのか、僕なりに考えていたんだけどね」

 

 おののきちゃんはそういって、スマートフォンの画面を僕に見せた。

 画面にはハーレンホールドの大体の地図が映し出されている。

 

「さっきの”山犬”のおじいちゃんは南東で大規模事件が起こったって言ってたでしょ?」

 

「ああ、何の事件かは知らないけどさ」

 

 そういえば、ここにいた自警団の面々も、その対応のために足早にこの部屋を出て行ったのだった。

 

「ハーレンホールドのデータベースによると大規模の爆破事件で断続的に続いてるらしいんだけど」

 

「そりゃかなり大事件じゃないか」

 

 爆破事件って、普通にテロリズムとかそういうものなんじゃないのか。

 

「いや、でも問題はこっちなのさ」

 

 おののきちゃんが指さしたのは、爆破テロが起きている区画のちょうど反対側のハーレンホールドの北西部である。

 

「ここに自警団の本部があるんだけど、普段はかなり警備が厳しいんだよね。それでもし自警団の内部に入り込んでいるとしたら、この反対側の爆破事件っていうのは、ちょうどいい陽動になるんだよね」

 

「ってことは、”存在移し”が?」

 

 行動を起したってことか?

 おののきちゃんは首を立てにふって続けた。

 

「これが陽動として成立するのは、存在移しが内部に潜伏しているとあたりをつけている僕たちにしか予想できないことだ。あくまで可能性でしかないけど、だから僕はまずハーレンホールドの北西の自警団本部に向かおうと思う。僕はキメ顔でそういった」

 

 おののきちゃんはスマートフォンを僕に見せながら、やはり無表情でそういうのだった。

 

 

 

 #

 

 

 

「ほらね、やっぱり当たりだったよ。でも、これはちょっと予想外だったな」

 

 僕たちは、”評議会”の部屋から出た後、そのままハーレンホールドの北西の自警団本部へと向かった。

 自警団本部は、30階ほどあるかなりでかいビルだった。どうやら、僕が思っていた何倍もの規模の組織であるようである。

 

「なんだよこれ……」

 

 しかし、そのビルの様子は、異様そのものだった。

 おそらく、もともとこんな様子ではなかっただろう、そうであるわけはない。

 

 その巨大なビルは、太い根が張っていた。

 巨木の根のような、テレビでアマゾンの様子が伝えられるときに見るマングローブの太い根のようなものが、その巨大なビルをあますところなく貫いていたのだ。

 

 それはビルの中に巨大な樹でも発生し、その樹から伸びた根や枝が数百年、数千年たってそのビルを数百、数千にも貫いたような。巨大な根でビルがおおいつくされていたのだ。

 

「鬼のお兄ちゃん」

 

 その自警団本部ビルの異様に唖然としていた僕におののきちゃんが呼びかけた。

 

「これは、まずいかもしれないね。かわいい僕でも、こんなことができるやつを、僕は一人しか知らない。複数いる可能性はもともとあるとは思っていたけど”存在移し”だけじゃなかったみたいだ」

 

「それって、どういう……」

 

 そこで、その巨大なビルを見る僕たち以外の、近くにいた男が別の男に叫んで言った。

 

「”おののき”だ! 山犬部隊に配属されたおののきが、我々を裏切って暴走しやがった!!」

 

 その、おそらく自警団の構成員の叫び声を横に聞きながら僕も考えをめぐらせた。

 おののき、斧乃木余接。つまり、おののきちゃんの存在を、存在移しによって移された”誰か”があのビルをあんな異様な、異形へと変貌させたのだ。”存在移し”ではない”存在移し”の協力者。

 その樹木の根に幾重にも貫かれた巨大なビルはところどころから火を噴いてハーレンホールドの暗い夜空を赤々と照らしている。

 その赤い光に頬を照らしておののきちゃんは続けた。

 

「あのビルの中にいるのは”樹魅”だよ。鬼のお兄ちゃん」

 

「じゅ、じゅみ……?」

 

「ああ、そうだよ。おそらくあのビルの中の人間は、全員殺されてるだろうね」

 

 平坦な声で、感情のない声で、恐ろしいことをおののきちゃんは、やはり何の表情も交えずに、そう言ったのだった。


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