化物語 こよみサムライ[第二話]   作:3×41

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 おののきちゃんに誘われた小旅行。

 怪異退治である彼女のことだから、どこか日本の奥地に行くのかもしれないと思っていたら、霊脈の密集するオランダの都市だった。

 旅行というものだから観光したりゆっくりできたりするものかと思っていたら、存在移しなる怪異みたいなものに僕、阿良々木暦とおののきちゃんの存在が奪われ、その存在を使って存在移しとその協力者たちがこの街、ハーレンホールドの内部に入り込んでいるということらしい。

 日本の裏側のオランダで、自分の存在すら失って、もうやばいくらい孤独だった。いや実際にやばいんだけど。

 とにかく、存在移しを見つけなければ、そして自分たちの存在を返してもらわなければどうしようもない。

 今の僕は妹である火憐ちゃんや、月日ちゃんにとっても他人だし、戦場ヶ原にも「あなた誰ですか?」という存在になってしまっている。

 

 僕とおののきちゃんと忍はこの緊急事態において、しかしハーレンホールドの観光を断行していた。

 とりあえず偵察がてらに祭の様子を見て見ようと、まぁそういうわけだった。

 

「ふんふんふんふ~ん」

 

 と、鼻歌混じりに歩いているのは金髪幼女の忍である。

 オランダの街頭では、黒髪のジャパニーズである僕より、むしろ忍のほうが街に溶け込めるように思われた。

 僕は僕の隣で鼻歌混じりに歩く忍に、ややあきれ気味に

 

「ていうかお前、なんで浴衣姿なんだ?」

 

 と尋ねた。

 

「ん? この姿か? ええじゃろう? せっかくの祭じゃし、気分のもんじゃ」

 

 と忍は語尾に音符でもつきかねない調子で答えた。

 忍は普段はワンピース姿だが、今はピンク地の浴衣に髪をまとめてかんざしにさしている。

 それで下駄をカランカランとやりながら歩いているからなかなかの念の入りようだった。

 というか緊張感のないやつだった。

 

「あ! お前様、リンゴ飴じゃぞ! あれをこうてくれ!」

 

 忍が街の露天のひとつを指差して僕の服を引っ張った。

 このハーレンホールドの街は5年に一度の大祭であるというだけあって、露天であふれ人は川のようだ。

 

「しかたねぇなぁ。すまんおののきちゃん、あの店によらせてくれ」

 

「僕はかまわないよ、鬼のお兄ちゃん」

 

 僕は忍に引っ張られるままに、近くの露天にいって、リンゴ飴を二つ注文した。

 忍はリンゴ飴を渡すと、キラキラした目でそのリンゴ飴にかじりついた。

 

「半端なく美味じゃの!」 

 

 こいつほんとに旧怪異の王だったのかとめちゃくちゃ怪しくなる挙動だった。

 そしてもうひとつのリンゴ飴をおののきちゃんに渡すと

 

「いいの? なんか悪いね。ありがとう鬼いちゃん」

 

 といっておののきちゃんはそのリンゴ飴をペロリとなめて

 

「うん、おいしい」

 

 と簡単な感想を言った。

 

 ちなみに、オランダの大都市であるらしいハーレンホールドの通過は、もちろん日本円ではない。

 僕は手持ちが5000円しかなかったが、高校生にはそれでも大金なのだが、それをおののきちゃんに頼んでユーロに両替してきてもらっていた。この海外地でおののきちゃんはめちゃくちゃ頼りになっていた。

 

「5千円とははした金だけど、まぁかまわないよ。僕はこのとおりかわいい身なりだからね。両替の人も嫌な顔はしなかったし」

 

 とおののきちゃんはユーロなる奇怪な通貨の紙幣を僕に渡してくれた。

 ついでに

 

「今は日本の金融緩和に加えてECBが金融引き締めしてるからけっこう円安になってるけどね。それでもここらへんは物価が安いからそこそこの手持ちにはなるだろうよ」

 

 とわけのわからないことを言っていたけど、まぁそこそこの手持ちになるならそれでいいわけである。

 

 そしてもうひとつ、オランダの言語はもちろん日本語ではない。ないのだが

 

「あ、ところで鬼のお兄ちゃん。一応鬼いちゃんが寝ている間に、意思疎通の術式を施しておいたから、まぁそこらへんは深く考えなくていいけど、一応口頭での話は通じるようになってるよ」

 

 とおののきちゃんが説明してくれた。

 具体的には僕のうなじの辺りになにか術式を彫りこんでいるらしく、強くこすらないように注意された。

 おののきちゃんも同様の術式を使っているのかと聞くとおののきちゃんは、

 

「あ、ちなみに僕はここらへんの言葉もしゃべれるから問題ないよ。現地では現地の言葉で、が基本だからね。すごいでしょ? かわいい上にすごいってもうすごすぎるよね。いぇーい」

 

 と言って横ピースしてこちらを向いたが、それは僕には本当にすごかったのでもうぐうの音も出なかった。

 

 

 しばらく人ばかりの街を歩いていたが、ちょうどよい公園を見つけたので、その広い公園のベンチに3人で腰を下ろした。

 ベンチに腰を下ろして、先ほど買ったフライドポテトを口に放り込む。ほくほくしてて美味だった。

 ベンチの周りには、小さな子供が数人で遊んでいたり、近くの砂場で城のようなものを作っていたり、家族連れが歩いていたり、男女が話していたりしていた、その光景は、あまりに平和で、あまりに日常だった。僕もこれで存在が奪われていなければ普通に楽しかったんだろうけど。

 

 忍は僕の隣で座りながら先ほど買ったポップコーンをほおばりまくっている。

  

「ていうか忍お前食いすぎだろ、いつから食いしん坊キャラになったんだよ」 

 

 僕が言うと、忍はポップコーンをつかむ手を止めてこちらをいぶかしむように見た。

 

「なんじゃ? このポップコーンはわしのものじゃ。わしの所有物じゃ。食いたければもう一袋こうてくることじゃ」

 

「別にいらないけど……」

 

「じゃぁ食うぞ? 食うてしまうぞ!?」

 

 忍は念を押してまたバクバクやりはじめた。

 こいつ本当に緊張感ないな。

 というか、もともと400年も生きてるから、忍と誰かという関係性はもうほとんどない。

 だから今さら存在を奪われてもあまり影響がない、ということなのかもしれなかった。

 そういう点では、ホテルでのおののきちゃんの指摘は的を射ているのかもしれない。

 

 午前の11時くらい、オランダという場所で緯度が高いだけあってか日差しがきつくないのはありがたい。

 しばらくベンチで座っていると、西洋人の、それは当たり前なんだけど、子供が3人僕の前に来て

 

「がおー! お化けだぞー!」 

 

 とちょっと大きな声で言った。

 

「え、うん?」

 

 ちょっとあっけにとられたように返答する僕に見かねたようにおののきちゃんがいった。

 

「鬼のお兄ちゃん、それはハロウィンみたいなもんだよ。時期がずいぶん早いけどね」

 

「へぇ、そうなのか。おかし上げなきゃいだずらしていいんだっけ?」

 

「いやそれはいたずらされるんでしょ。鬼いちゃんの願望をさらりと口に出さないでよね。警察に突き出すよ」

 

「ちょっと間違えただけだって、いや本当だよ?」

 

 とりあえず僕の目の前の3人の子供たちに手持ちのフライドポテトを分けてあげた。

 そういえば子供たちはそれぞれ角のようなものをつけたりマスクをかぶったりそれぞれ楽しげな仮装していた。

 お菓子をあげると、子供たちはそれでお礼を言って走り去ってしまった。 

 

「がおー! ワシもお化けじゃぞー!」

 

 今度は忍が僕の前に立ってそう叫んだ。

 というかこいつは吸血鬼だった。

 

「しっとるわ。お前はポップコーンがあるだろうが、これは僕の分だ」

 

 100円くらいのものだけど。

 ちなみに物価が安いというのは本当のようで、100円の割に結構なボリュームがある。

 

「お前様は意外とケチじゃのう。そんなんではモテんぞ?」

 

「うるせぇよ。どんだけ適当なこと言うんだよ」

 

「よし、ではワシのポップコーンと交換しよう。フライドポテトをひとつよこせ」 

 

「ああ、それならいいぜ。僕もちょっと食べたかったし」

 

 忍が口を開けて、そこにフライドポテトをくわえさせてやった。

 忍はそれをモグモグやって、代わりにポップコーンを僕の手のひらに一粒置いた。

 

「って一粒だけじゃねぇか!!」

 

「フライドポテトひとつにポップコーンひとつ。等価交換の原則に従ったまでじゃ」

 

「それは錬金術の原則だろ! ていうかこれは等価交換でもないわ!」

 

「よいではないか。ワシとお前様は一心同体じゃ。ワシが食べたものはお前様が食べたも同然じゃろう?」

 

「同然じゃねぇよ。全然同然じゃねぇよ。完全にお前がおいしくなってるだけじゃねぇか……ぐはっ!?」

 

 僕が言いかけた途中で忍が僕のわき腹に拳を埋めた。

 それで横隔膜が収縮して息が吐き出されてしまう。

 

「何するんだよ!」

 

「おやおやお前様、怒るというのがおかしいぞ」

 

 僕が抗議すると忍がニヤリと笑った。邪悪な笑みである。

 

「お前様はワシで、ワシはお前様じゃ。ワシがお前様の腹をついたというのは、お前様がワシの腹をついたというのも同然じゃ。それと同様、ワシがフライドポテトを食べたということは、お前様がフライドポテトを食べたも同然というわけよ」

 

「いやさすがにごまかされないけど、もうそれでいいや」

 

「カカカ、しめしめ」 

 

「念のためにいっとくけど騙されてはないからな」

 

 そこで、それまで忍とのしょうもない攻防で気がつかなかったが、僕の前にさっきの少年少女とは別の子が立っているのに気づいた。

 今度の子供は忍やおののきちゃんよりちょっと大きいくらいで、左目のまわりに星、右目の下には水のしずくの絵が描かれていて二つのコーンの帽子をかぶっている。

 さっきまでそばの砂場で城を作っていた子である。特になにも言われてはいないがその子に僕のほうから

 

「あ、君も食べるかい? 結構分量があるからさ」

 

 と言うと、

 その子は、ちょっと不思議そうに僕の顔を見て

 

「いいの?」

 

 と少し遠慮気味に言った。

 

「ワシも食べるー!」

 

「忍は黙ってろ」

 

 その子供は少し迷っているようだったが、しばらくして口を開けた。

 そこで僕も気づいた。砂遊びをしていたその子供の手は砂で汚れていて、自分でポテトをとることができないようだった。

 僕がポテトを食べさせてやると、その子供はモグモグとやって

 

「おいしい」 

 

 とつぶやくように言った。

 

「ああ、そりゃよかったよ」

 

「なんだか、もらってばかりじゃ悪いナ」

 

 子供はそういって、さっきまでいた砂場のほうを振り返った。

 その砂場には、その子供が作った砂の城のようなものができあがっていた。

 

「あれ、君がつくったんだろ? 器用なもんだな」

 

 実際それはよくできていて、そこそこの大作なようだった。

 

「うん。みてて」

 

 その子供はそういうと、砂だかけの手をポケットにつっこむと、ポケットから大きめの石を取り出して、それをその砂の城に向かって放り投げた。

 

「あっ」

 

 子供が投げた石はきれいな放物線を描いて、その砂の城に衝突して、砂の城を、突如襲った隕石のごとく崩落させた。

 砂の城は粉みじんになり、なだらかな山のようになってしまった。

 

「……よかったのかい?」

 

 僕がその子供に尋ねると、その子供は化粧された顔をほほえませて

 

「うん、よかった」

 

 と言った後にうなずいて

 

「どうせすぐに崩れるもの。それにこういうものって壊れるときがきれいでしょ?」

 

 と続けた。

 

「まぁわからなくもないけどさ」

 

 その子供がうれしそうだったので、僕も少し笑ってそう答えた。

 その子供は「じゃぁね」といって走っていってしまった。

 

「子供はみんな仮装してるね。けっこう楽しいでしょ?」

 

―――存在を奪われていなければね。と無表情のままおののきちゃんが言った。

 

「それじゃ鬼のお兄ちゃん。自警団にいくのも、レメンタリー・クアッズにいくにも、もうちょっと時間があるから、次はオークションでも見に行ってみる?」

 

 

 

 #

 

 

 

 おののきちゃんの言うオークションは街のいたるところで何十箇所と行われているらしかった。

 僕たちはその中の一箇所を訪れていた、映画館のようなイスに僕とおののきちゃんが座っている。

 忍はというと、外の大食い大会が気になるとか言っていたのでしばし別行動である。

  

「5年に一度の大祭だからね。ハーレンホールドの警備力を頼ってこのときに大きいオークションが集中するらしいよ」

 

 僕の隣に座ったおののきちゃんが説明する。

 

「ちなみに場所が場所だけに、扱われるものはいわくつきというか、それなりのものがけっこうあるらしいよ」

 

「へぇ。まぁ一高校生には縁のない話だけど。見物するだけなら興味があるよ」

 

 話の種になりそうだし。

 存在が奪われているという現状を忘れているかのようにそんなことを考える。

 あたりには背の高い帽子をかぶった太った紳士や明らかに高級そうな装飾品をまとった婦人がチラホラ座っている。

 5年に一度のオークションだからだろうか。軽く殺気だっているような印象さえ受けた。

 

「あ、はじまるようだよ」

 

 とおののきちゃんがホールの前を指差す。

 そちらを見ると、ちょうど赤いこれまた高級そうな幕が上がるところだった。

 

 赤い幕が上がりきると、中年の男が台の上に置かれた刀を紹介した。

 

「レディースアンドジェントルメン! 次の品物は、知る人ぞ知る名刀! いやいや妖刀! 玉銀紗刀にございます!」

 

 マイクを握る司会の男が紹介したのは一振りの刀であるようだった。

 その説明で会場がどよめく。

 

「聞いた? 鬼のお兄ちゃん」

 

 僕の隣に座っていたおののきちゃんが僕に耳打ちした。

 

「あの刀、ようとうだってさ。僕にピッタリだと思わない?」

 

「そりゃ幼刀だろ。ていうか幼女用の刀なんてカテゴリなんてないよ?」

 

「しかたないなぁ。じゃぁちょっと僕の身体に触らせてあげるから」

 

「それはちょっと気をそそられるけど。残念ながら一高校生に日本刀なんてとてもかえないよ」

 

「ちょっと? これは鬼のお兄ちゃんにしてはずいぶんと我慢したものの言いようだね」

 

「ピックアップするのそこかよ。とにかくどうせ買えないし見るだけだよおののきちゃん」

 

 その後司会が説明を進めて、実際に触ってもいいとアナウンスされた。

 そのアナウンスで、まわりの年配の紳士や貴族階級的な淑女が席を立ってホールの前へと歩き始めた。

 

「鬼のお兄ちゃん、僕たちも行こうよ。触るのはただだってさ。僕はかわいいから触るのは有料だけどね」

 

「後半聞いてねぇよ。ていうか金出したらいいのかよ」

 

 とりあえずおののきちゃんに言われて僕も席をたってホールの先頭に行き、その刀の柄を握って見た。

 その玉銀紗刀という刀は名前どおり銀でできているらしく、すこし刀のギラつきが強かった。

 説明によれば、銀は鉄より柔らかいのが基本だが、この刀は鉄と銀の合金で、今は喪失された製法で鉄以上の硬度をほこる貴重な刀であるということらしかった。ダマスカス刀みたいだな。

 おまけに銀でできているので、アヤカシの類にも効果がある、らしい。

 銀である。少なくとも吸血鬼には効果覿面というやつだ。実のところ半身吸血鬼である僕が柄ではなく刀身を触れば肉がやけていることだろう。

 僕のふたつ後ろに刀を触った老人などは興奮して絶対にこの刀は手に入れると意気込んでいる。

 

 しばらくして全員がまた着席すると、少しもったいぶってオークションが開始された。

 

「それではまいりましょう! まずは1200万から!」

 

「たっかあぁぁっ!?」

 

 司会の声にホールの後ろで仰天した僕だった。

 1200万の刀とか誰が買うんだよ。

 

「へぇ、お手ごろだね」

 

 僕の隣でおののきちゃんが言った。

 こっちにきてちょいちょい思っていたんだけど、おののきちゃんは少々金銭感覚が飛び越えているようだった。

 影縫さんは不死専門の怪異退治師だということだったけど、そんなに儲かるんだろうか。 

 

「はい! 2400万! 3600万! どんどんまいりましょう!」

 

「まじかよ……」

 

 客席から手が上がり、司会がそちらを指差して進行していく。

 小市民に過ぎない僕には、それは別世界のできごとだった。

 一振りの刀がどんどん天文学的な値段に跳ね上がっていく。

 

「ちなみに指を半分まげて一本だすと100万上乗せで、二本まっすぐだすと二倍、三本なら三倍だよ。鬼のお兄ちゃん」

 

 おののきちゃんが僕に解説してくれる。

 

「そうなんだ。絶対使わない知識だけどありがとうおののきちゃん」

 

「まぁしり込みするならやめておいたほうがいいよ。こういうオークションは基本的に取り消しがきかないからね」

 

「僕は最初っから参加する気は微塵もないからそこは安心してくれよ」

 

「お姉ちゃんがいたら乗ってたかもね。結構手ごわい人たちもいるみたいだし、僕一人で来たのは正解だったかな」

 

「へぇ。じゃぁやっぱあの刀はいいものなんだな」

 

「うん、本物だよ。まぁ僕は『アンリミテッド・ルールブック』で事足りるから基本的には無用なんだけどね」

 

「ああ、まぁそうだよな」

 

 人間の身体を丸ごと消失させたりするし。あれは斬るとかいうレベルじゃないよな。

 そう思っているとおののきちゃんは右手を上げて

 

「いぇーい」

 

 と少々うざい横ピースをした。

 

「出ました! 8000万円!!」

 

「あっ……」

 

 おののきちゃんがつぶやくようにそういった。

 僕の心臓が丹田あたりに下がる心地になる。

 今、8000万円が出たとかいってたけど、僕ら関係ないよな?

 おののきちゃんは顔の横に指を二本立てた横ピースをしていて、心なしか司会の視線がこっちに来ているような気がするけど。

 

「……おおっと! 白髪の紳士が1億5000万だああああっ!! まだ上がる! あちらの老紳士が1億6000万っ!!」

 

「……」

 

 僕は息を止めたまま、その様子に耳を澄ませ。

 

「はぁぁぁぁぁっ……」

 

 としばらくしてから大きく息をついた。

 

「いやぁ、ちょっとあせったよ。危なかったね」

 

 とおののきちゃん。

 

「寿命が縮んだよ!」

 

「不死身のくせに」

 

「とにかく」

 

 そこで言葉を切って続ける。

 

「この会場では絶対に縦ピースも横ピースもしちゃダメだぜ」

 

「オーケーオーケー。かしこまりー」

 

 僕は無表情でそういうおののきちゃんに、先に外に出ておくと言って外に出た。

 オークションは先ほどの白髪の紳士と老紳士とやらの一騎打ちになっているようだったが、僕の心臓が持ちそうになかった。

 おののきちゃんはそれを最後まで見るということだったので、外に出た僕はさっき別行動をしていた忍を探すことにした。

 

 少し探して、大食い大会で忍を見つけることができたが、そこでも忍を見つけた瞬間心臓がワシ掴みにされる心地になった。

 あいつは大食い大会に参加していたのである。しかもそれだけではなく、大食いチャンピオン的な巨漢二人に混じってチャンピョンの座を争う感じになっていたのである。

 ほかのフードファイター的な人たちはいいけど、忍は外見が完全に8歳程度の金髪幼女である。誰がどうみても、今まで食ってきた容量がどこに消えたのか不思議なレベルだった。

 よくテレビの大食い番組でもこんな華奢な身体のどこにあんなに食べ物が入っているのかみたいなくだりはあるけど、その光景はもうそういう不思議感を圧倒的に凌駕しており、ちょっとしたマジックショーのようになっていた。

 観衆も本当は歓声を上げるところなはずだが、妙に静かになっており、僕の近くからも「あの娘なんかおかしくない?」的なささやき声が聞こえてくる。

 僕はあわてて群集をかき分けて会場に上がり、ホットドックをパクパク食べ続けている忍をひっつかまえて、司会にすいませんこいつ大食いなんでとか普通に見たらわかるよ的なことを言って急いでその場を離れた。

 

「ふぅ~美味じゃの~。ぱないの~」

 

「いやおまえだよ。一体なにやってんだよ」

 

 僕が非難めいて忍にいうと、忍はそれをまったく意に介さない様子で、カカカと、さめざめと笑った。

 

「なにをゆうておるお前様よ。ワシは元は怪異の王、怪異の中の怪異じゃぞ? どれだけ食そうが、この身体が太ることなど決してありはせんのじゃ。そこは安心するがよい」

 

「僕が心配してるのはそこじゃねーよ」

 

 どうやら忍はしばらく食いしん坊キャラで行くつもりらしかった。

 ここにきてやっと気づくことになったけど、この二人の幼女、存在を奪われるとかいう以前に今回なかなかトラブルメーカーだな。

 

「どうやら合流できたようだね」

 

 しばらくしてから遅れてきたおののきちゃんがそういって続けた

 

「あの玉銀紗刀は結局白髪の人のほうが競り落としたよ。おじいさんのほうもがんばってはいたけどね。最後の競り値はいくらだったと思う?」

 

「いや、僕は聞かなくていいや。心臓に悪いからさ」

 

「そう? まぁさすがにあそこまでいくとは、かわいい僕にも予想はできなかったけどね」

 

―――さて。おののきちゃんが言って僕のほうを振り向いていった。

 

「それじゃぁ僕はそろそろハーレンホールドの自警団に行ってみるけど、その前に鬼いちゃんはレメンタリー・クアッズに行こうか」

 

「ああ、ここの高校なんだっけ」

 

―――存在移しがいるかもしれない。エクソシスト養成の。

 

「うん、でもそれもちょっと問題があってね」

 

「この際だからどんなことでもそんなに気にならないと思うぜ」

 

「いや、それはたいした問題ではないんだけど」

 

 おののきちゃんは無表情のままちょっと手を振って続けた

 

「レメンタリー・クアッズはエクソシストの養成校ってことは先に言ってたけど、学年ごとに4つのクラスに分けられてるんだよね」

 

「ふーん」

 

「一番待遇がいいのは『ダイアス』で、本当は鬼の鬼いちゃんはここに入れてもらうことになってたんだよ」

 

「そこに存在移しがいるかもしれないってことだよな。というか、クラスごとに待遇とかあるのか」

 

「うん、まぁ階級制みたいなものだね、優秀な人間は基本的にダイアスに集められる、それで次に並んでルビウム、アクアマリンがあって一番下がトパンズなんだよね。んでおねぇちゃんの名前が使えないってことになると、入れてこのトパンズになると思う」

 

「ああ、そんなことか、それくらい全然かわまないぜ」

 

 すこし肩透かしにあった気になってしまう。

 もし存在移しがダイアスに所属したのだとすれば、別のクラスになって少し探しにくくなりはするかもしれないけど。

 

「せめてルビウムかアクアマリンにねじ込めればと思わないでもないけどたぶん難しいと思うよ。トパンズはあんまり待遇がよくないんだよね。僕もお姉ちゃんに聞いた話なんだけど、トパンズは別名で『トラッシュ』つまりごみくずって言われてるくらいでさ」

 

「ああ、まぁ、僕にお似合いなんじゃないの?」

 

「あまり自分を卑下しないことだよ。鬼のお兄ちゃん。たとえそれが事実だとしても、だよ」

 

「どんなフォローだよ」

 

「それじゃぁ行こうか」

 

 まぁそんなこんなで、忍は僕の影の中に入り、おののきちゃんと僕の二人は一路ハーレンホールドの北に位置するエクソシスト養成校レメンタリー・クアッズへと向かうことになった。

 

 


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